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四章
聖女と剣聖の卵の出会い
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リリィは走馬灯のようなモノが頭に流れていた。
彼女は前世の飯田莉里と言う人間の記憶があり、日本の女子高生だった。
世界中に蔓延したウイルスにより命を落とし、この世界に転生した。
この世界は彼女にとってゲームの、フィクションの世界だった。
けれどもこの世界で暮らしていくうちに、この世界はゲームの世界だったがフィクションでは無く現実だと受け入れる。
平民ではあったが、両親の優しさに恵まれて暮らしていた彼女はすくすくと育っていった。
そして彼女が9歳の誕生日に、人生は大きく変わる。
彼女が小さい頃に森で小さな大トカゲを拾って育ていたペットが聖獣であり、言葉を発したことで変わってしまう。
「リリィ・・・様?」
「え、てぃっくん!?てぃっくんが喋った!おかーさん!」
急いで二階へと駆け出していく。
聖獣の名前はてぃっくん。
トカゲのローマ字書きのイニシャルのTからとったのだ。
てぃっくんが喋ったことをリリィが母親に伝えると、目の色が変わる。
例外を除いて、喋る魔物や生き物は人間しかいない。
つまりその例外の一つである聖獣だと気づいたからだ。
聖獣との契約者は聖女となる。
家系から聖女生み出したとなれば、地位と名誉、そして多額の金が約束されるため、リリィの母親は旦那にペットのてぃっくんが聖獣であることを伝えると、リリィの父親も目の色を変えた。
そう、二人に野心が芽生えたのだ。
「リリィ?よく聞きなさい。てぃっくんはトカゲなんかじゃなく、特別な聖獣と言う生き物なのよ。そして貴女は聖女なの」
「おかーさん?てぃっくんはてぃっくんだよ?」
リリィはてぃっくんを家族だと思っていて、てぃっくんもまたリリィを母親だと思っている。
それは側から見てもわかるくらいの仲睦まじさだからだ。
そして彼女は両親が自身を聖女にしたいとも理解しているが、彼女はごめんだと内心吐く。
リリィは前世の記憶にある、この世界を模したゲーム「禁断の恋~どんな障害も乗り越えて必ず愛してみせる」で聖女の存在も認識していたからだ。
禁恋で聖女といえば、聖人君子の女性であり、何をしても怒らないような人間だった。
禁恋の主人公と対峙するシーンがあるが、その悟し方がリリィにとってはとてもイライラしたことを覚えている。
しかしそれには原因があり、教国が聖女を拷問にも近い環境で育て上げることで、精神を破壊したことにあった。
人としての感情の何もかも全てを奪われて、地位や名誉やお金のために人生をベッドにする気はさらさらなかった。
「おかーさん、てぃっくんはわたしの弟みたいな存在でしょ?聖獣だとしても変わりない家族じゃないの?」
そしてリリィは母親に黙っておくべきだと後悔していた。
父と母はリリィにとても優しかった。
だからてぃっくんにも優しくしてくれると思っていた。
しかしその目は血走っていて、てぃっくんのことを金のなる木くらいにしか思っていなかった。
それはリリィに対しても同じ目線を向けている。
実年齢を考えれば25歳になる彼女は、その瞬間彼らのことを親と認識することをやめた。
いや優しかった両親は死んだのだと理解した。
精霊契約の儀を執り行う際に聖獣と契約していることを申告すれば、リリィは晴れて聖女だ。
その場合は教国に連れて行かれ、聖女として育てられ、世界の為にその人生を捧げるのだ。
「家族よ。でも貴女達は選ばれた存在なのよ?賢い貴女ならわかるわよね?」
「おかーさんは、わたしに死ねって言うの?」
最早何も取り繕わなかった。
聖獣と契約する者たちは聖魔法と言う他の精霊には使えない魔法を使うことができる。
それは治癒魔法を超える癒しの魔法や、力を底上げする補助魔法、そしてどの属性も追随を許さない強力な攻撃の魔法だ。
どれも闘いにおいては欠かせない魔法に他ならない。
つまり生きた人間兵器になれと言ってるようなもの。
リリィの母親は、リリィが子供だからそのことを理解してないと思って、さも名誉なことの様に言った。
実際、この世界から見ても世界の為になる偉人になれる可能性を持った人材になれる事は命よりも誉れと言う風潮があったし、価値観的にはリリィの方がおかしいと言える。
しかし現代日本で育ったリリィにはそれは受け入れ難いことであり、世界の平和よりも一個人を大切にしたい気持ちの方が大きかった。
「そうじゃないのよ。貴女には幸せになって欲しいのよ?」
幸せの定義とは一体なんだとリリィは考える。
人それぞれに幸せがあり、それを他人に押し付けられるのは違う。
「わたしの幸せって何!人生を犠牲にして、お母さんとお父さんを裕福にするのが幸せなの!」
リリィの母親はその瞬間初めてリリィに手をあげる。
頬を思い切り引っ叩いたのだ。
「なんてこと言うの!世界の為になれるのよ!そんな名誉なことを犠牲だなんて、そんな馬鹿な子に育てた覚えはないわ!」
「おかーさん------やめ------て」
「この親不孝者め!俺が躾てやる!」
両親は二人して何度も何度もリリィの頬を引っ叩き、幼い彼女の顔は腫れ上がってしまう。
この二人はかつてリリィが生まれる前に息子がいたのだが、虐待により死なせてしまった。
5歳にも満たない幼い子に殴る蹴るの暴行を加えたため、リリィへはすぐに壊れてしまわない様優しくしていただけというのが真実だった。
彼女の一言で化けの皮が剥がれたのだ。
そしてある程度満足した後、てぃっくんと共に庭の物置にしてある倉庫に、鍵をつけて閉じ込められてしまった。
「ここで少しは反省しなさい!」
「精霊契約の儀があるからな。聖獣に治癒魔法を使わせて治すんだぞ!治ってなかったからまた躾けてやるからな!」
9歳の誕生日を迎えているため、数時間後には精霊契約の儀の場所に連れて行かれてしまう。
しかし物置に閉じ込められてしまった以上どうしよもない。
「パパ・・ママ・・二人ならわたしの言ってること・・わかってくれるよね?」
涙を流して頬に痛みが走るも、涙が止まらない。
前世の彼女は両親に恵まれていた。
怒られる様なことをしても、手を挙げてくることもなかった。
てぃっくんを抱きしめて、泣きじゃくるリリィ。
家族だと思っていた両親は家族じゃなかった。
たった一人の家族のてぃっくんだけが、彼女のすがる拠り所であった。
「リリィ様」
「ごめんねてぃっくん。てぃっくんまで巻き込んで」
最早聖女になることは避けられない。
そして巻き込んでしまった、てぃっくんにも申し訳ない気持ちいっぱいだった。
「大丈夫です。リリィ様は自分を拾ってくださいました。貴女は野垂れ死ぬとこだった自分を助けてくれたのです」
てぃっくんはリリィに拾われた時から言葉を発することはできた。
けれど言葉を発しなかったのは、人間のことを見下しており、リリィのことも摂取対象としか考えていなかったからである。
しかしリリィの注ぐ愛は数年の時をかけて居心地が良く、彼女の誕生日にプレゼントとして言葉を話したのだった。
それが裏目に出たのだが。
「大したことしてないわ」
「それでも親がいない自分にとって、貴女の存在は変え難いモノだったんです」
しっかりと抱きしめるリリィは自分のことしかさっきまで考えていなかった。
彼の言葉に、自分もあの両親と対して変わらないと涙する。
いくら泣いたところでどうしようもなく、現状を待つ他ない。
自力脱出することができないからだ。
しかしそんな最中でも救いの手は差し伸べられる。
「大丈夫ですよリリィ様。どうやら助けが来た様です」
てぃっくんの言う通り、その扉は唐突に開かれた。
驚いた様子を見せるリリィに対して、目の前の金髪のロングの少年は小さく微笑んだ。
「やっ!君、名前は?」
「えっ・・・えっ?」
いきなり閉じ込められてた扉が開けられたことで、困惑して言葉が出ないリリィ。
てぃっくんが代わりに少年に応対する。
「彼女はリリィ様です。そして自分は・・・てぃっくんと申します」
てぃっくんには本来の名前があった。
けれどリリィの付けてくれた名前を気に入っていて、彼自身も自分の名前よりも良いと感じたからそう名乗った。
「リリィか!そんな風に顔を腫らして、何があったんだ?閉じ込められてたことから、あまり良い雰囲気というわけでもなさそうだけど」
「あ、えっと・・・あの」
リリィは嗚咽で言葉を詰まらせているため、代わりにてぃっくんが受け応える。
自身が聖獣であり、彼女は自身の契約者であることを。
どのみち9歳の子供とではここから逃げても、生き残る術もない。
だから最後の希望を見出し、この少年に事の顛末を話した。
「へぇ、とんでもない親だな。それでいく当てもないから保護してくれと?」
「身なりからして平民ではなさそうですし、平民の子供を助けた貴方は悪い人間ではないと期待しますね」
「猫被りかもしれないぜ?」
「貴方は見たところリリィ様の歳が近そうなのに、剣を腰に下げています。その剣に恥じぬ行いをすると願っていますよ」
「面白いトカゲだな」
「この姿は仮初ですよ。どっちですか?保護してくださるのかしないのか。早くしないとあの両親が来ます」
精霊契約の儀はあと少しで始まる。
その前にここから逃げ出さなければ、リリィの言うことは現実に起きてしまうのを、てぃっくんも理解していた。
聖獣は契約者が壊れていた方が都合がいいから、かつて同じ群れの親から聞かされていたのだ。
「しゃーねぇな。乗りかかった船だ。俺的にはそっちのが都合がいいしな」
「自分の目が黒いうちは許しませんよ」
リリィが知らない間に話がまとまってしまった。
少年とてぃっくんはお互いに笑い合い、困惑して二人はキョロキョロと見るリリィ。
「俺はグランベルって言うんだ。剣聖の息子。よろしく頼むぜリリィ」
差し伸べられた手を恐る恐る掴む。
つい先ほど信じていた両親から裏切られたにも関わらず、その手を取れた理由はわからない。
けれどなんとなくこの人は裏切らないと思ったからその手を掴んだ。
*
リリィが目を覚ますとそこはアルザーノ学園の病室だった。
周囲を見渡すと丸刈りの男子生徒が一人、椅子でうたた寝をしている。
「誰!?」
丸刈りの生徒を見かけたことすらなかったリリィは、彼が何者かもわからず一人考え事を始める。
「久々にあんな夢みたな。グランベルのおかげでわたしは帝国の聖女として手厚い支援を受けさせてもらえたのよね」
グランベルがリリィに手を差し伸べ、剣聖スカイベルが後見人として、彼女を帝国の発展につなぐべく在中聖女として認めてほしいとエルーザに伝えた。
そして教国の聖女認定後、教国へと送還する申し出を帝国は断った。
もちろんリリィの心情も考慮したが、大義名分として他国に引き渡すことは帝国の損害になると判断し、教国にはそう伝えて断った。
しかし教国はその申し出を断り、リリィを無理矢理連れて行こうとした。
そこでスカイベルが、そのことを世界中に交付し、教国はバッシングを受けた。
何故ならこの事例が通れば、国で聖女を独占させることも可能となるからだ。
おそらく他国でも匿っていた聖女がいたのだろう。
「スカイベルさんには感謝しても仕切れないわよ。だからこそ------」
「おぉ、起きたかリリィ!」
丸刈りの男子生徒は喜びながらリリィの手を掴む。
リリィは声と起きてる時の顔立ちからその人物が誰なのかを予測がついて、思わず吹いてしまった。
「ふふっ、ふふふふ!なにそれグランベル」
その丸刈りの姿はつい先日までロン毛だったグランベルだった。
今回の婚約破棄の騒動で、スカイベルとセミールにより、グランベルの髪を剃って丸坊主に変えたのだ。
「これは今回の騒動の代償だってやられたよ」
「失恋かと思ったわ。ごめんなさいね。貴方の髪の毛、男の中では綺麗な方だったのに」
今回の騒動とは、アルバートによるグレシアの婚約破棄事件のことだった。
これほど騒ぎが大きければ、揉み消すこともできない上に、セバスが幻影を見せていたとは言え
多くの学園の生徒を危険に晒す行為となったことへのお咎めでもあった。
「身体はなんともないのか?」
「ん?えぇ。というか決闘の決着は着いたの?よくわからないけど途中から記憶がないのよね」
リリィはセバスによる薬物投与の影響で魔人となって暴れていたが、リアスと学園の教師陣が奮闘してリリィの魔力体を破壊し、元の姿に戻った。
「まぁ1週間も寝てたし無理もないな」
「1週間!?そんなに寝てたのね。たしかわたしはミライにやられそうになって、それでも諦めないで戦おうと思ったところまでは覚えてるわ」
急に意識が途切れたため、直前の記憶は朧であまり頭には残っていない。
「俺も実際見たわけじゃないが、お前は化け物の様に姿が変貌して、暴れ回ってたそうだ。イグニッション・レイも使用したって聞いて驚いたぜ」
イグニッション・レイを自身が使用したことに驚くリリィ。
攻撃魔法としては劣悪で、闘技場を破壊する可能性すらあったから使用を控えていたのだ。
そして決闘でリリィが意識を失ってからの出来事を話し始めるグランベル。
話を聞いてリリィは顔を青褪める。
「ってことがあったらしい。結果的にはリーダーが同時に落ちたことで引き分けにはなったが、俺達の陣営は全員が追い詰められた上での引き分けだ。敗北に近いだろうな」
アルバートはグレイに、グランベルはイルミナに、そしてリリィはミライに大敗を喫した。
ルール上では負けてないとしても、闘いには負けたのだ。
「ごめんなさい。貴方まで巻き込んだ上にわたしは------」
「こっちこそ、わりぃな守ってやることも闘いに勝つこともできなくて。イルミナって奴、強すぎるわあれ」
グランベルはリリィを擁護してくれるのは幼い頃から当たり前だった。
彼女もその居心地の良さに、心惹かれる部分があるため微笑んだ。
グランベルはリリィの前世の話を予め聞いており、そのために色々と協力をしていた。
アルバートの取り巻きになったのもその為だ。
「課題は色々とあるけど、グレシアとアルバートの二人の婚約破棄は一先ず確定してるわ。グレシアの狂気は加速しない。とりあえず帝国の破滅の道は避けられてるわね」
「だがアルバートの野郎の件はまだ片付いてねぇぞ?」
「それはもういいのよ。あのミライって子いるじゃない?」
「あぁ、リアスの婚約者とか言ったな」
「彼女は、アルバートが召喚するはずだった雷神らしいのよ。てぃっくんがそう言ってたわ」
禁恋では、リアスの前世でプレイしたゲーム「花咲季節☆君に愛を注ぐ」と登場人物は同じだが、内容が全く違った。
禁恋はそもそもバトルゲームではなく、主人公は男爵令嬢で魔術学園に通う攻略対象と愛を育むゲームである。
そしてこのゲームでもグレシアは悪役令嬢として主人公に立ちはだかるのだが、アルバートは攻略対象ではなく、ただの悪役キャラだった。
そしてアルバートには野望があった。
帝国による世界統治だ。
それは帝国を破滅へと導く、禁忌の魔法の行使へと繋がる。
自分が皇帝の座につく為に、ありとあらゆる手段を用いて、皇子達を陥れていった。
グレシアは元々は野望を持たない普通の令嬢だったのだが、アルバートに徐々に心酔していき気づけば狂気が加速し、国家転覆にまで持って到達しそうになる。
その危険性をいち早く感じた第三皇子のジノアが、二人を追放し計画は頓挫したかの様に見えた。
しかし物語は終盤に二人が現れて禁忌の魔法を使用する。
理由は復讐のためだった。
自身達を追放した帝国民すべてに向けて、二人は魔法を行使する。
グレシアの使用した魔法は大規模範囲魔法で、グランベルが使用したのが召喚魔法。
それがラスボスのフィールドを作り、雷神を召喚する魔法だった。
ちなみに禁恋の場合、ラスボスとの闘いでも選択肢を用いり闘う。
そして負けた場合帝国が雷神の手により滅びる為、必死になってアルバートを皇太子にして食い止めようとしていたわけだった。
「へぇ、あの女は雷神だったんだな」
「えぇ。シナリオがうまくいってないのはいつものことだけど、まさか雷神が既に世界にいるなんて思わなかったわ」
神界にいるはずだった雷神のミライが既に降臨していることで頭を抱えているリリィ。
そこでミライを雷神と見抜いたことに気づいたてぃっくんがいないことに気づく。
「あれ?てぃっくんはどこ?」
「あぁ、毎日にようにあいつらに噛みつきに行ってるよ。文字通りな」
そして病室に6人の影が入ってくる。
リアス、ミライ、イルミナ、グレイ、アルナ、そしてグレシアだった。
リアスの腕にはてぃっくんが抱えられている。
よく見るとてぃっくんがリアスの腕に噛みついたところで意識を失っているところだった。
「あ?リリィは目覚めたんだな」
「リアス・・・」
リアスにとっては、この世界で初めて落ち着いた空間での転生者との会合となった。
彼女は前世の飯田莉里と言う人間の記憶があり、日本の女子高生だった。
世界中に蔓延したウイルスにより命を落とし、この世界に転生した。
この世界は彼女にとってゲームの、フィクションの世界だった。
けれどもこの世界で暮らしていくうちに、この世界はゲームの世界だったがフィクションでは無く現実だと受け入れる。
平民ではあったが、両親の優しさに恵まれて暮らしていた彼女はすくすくと育っていった。
そして彼女が9歳の誕生日に、人生は大きく変わる。
彼女が小さい頃に森で小さな大トカゲを拾って育ていたペットが聖獣であり、言葉を発したことで変わってしまう。
「リリィ・・・様?」
「え、てぃっくん!?てぃっくんが喋った!おかーさん!」
急いで二階へと駆け出していく。
聖獣の名前はてぃっくん。
トカゲのローマ字書きのイニシャルのTからとったのだ。
てぃっくんが喋ったことをリリィが母親に伝えると、目の色が変わる。
例外を除いて、喋る魔物や生き物は人間しかいない。
つまりその例外の一つである聖獣だと気づいたからだ。
聖獣との契約者は聖女となる。
家系から聖女生み出したとなれば、地位と名誉、そして多額の金が約束されるため、リリィの母親は旦那にペットのてぃっくんが聖獣であることを伝えると、リリィの父親も目の色を変えた。
そう、二人に野心が芽生えたのだ。
「リリィ?よく聞きなさい。てぃっくんはトカゲなんかじゃなく、特別な聖獣と言う生き物なのよ。そして貴女は聖女なの」
「おかーさん?てぃっくんはてぃっくんだよ?」
リリィはてぃっくんを家族だと思っていて、てぃっくんもまたリリィを母親だと思っている。
それは側から見てもわかるくらいの仲睦まじさだからだ。
そして彼女は両親が自身を聖女にしたいとも理解しているが、彼女はごめんだと内心吐く。
リリィは前世の記憶にある、この世界を模したゲーム「禁断の恋~どんな障害も乗り越えて必ず愛してみせる」で聖女の存在も認識していたからだ。
禁恋で聖女といえば、聖人君子の女性であり、何をしても怒らないような人間だった。
禁恋の主人公と対峙するシーンがあるが、その悟し方がリリィにとってはとてもイライラしたことを覚えている。
しかしそれには原因があり、教国が聖女を拷問にも近い環境で育て上げることで、精神を破壊したことにあった。
人としての感情の何もかも全てを奪われて、地位や名誉やお金のために人生をベッドにする気はさらさらなかった。
「おかーさん、てぃっくんはわたしの弟みたいな存在でしょ?聖獣だとしても変わりない家族じゃないの?」
そしてリリィは母親に黙っておくべきだと後悔していた。
父と母はリリィにとても優しかった。
だからてぃっくんにも優しくしてくれると思っていた。
しかしその目は血走っていて、てぃっくんのことを金のなる木くらいにしか思っていなかった。
それはリリィに対しても同じ目線を向けている。
実年齢を考えれば25歳になる彼女は、その瞬間彼らのことを親と認識することをやめた。
いや優しかった両親は死んだのだと理解した。
精霊契約の儀を執り行う際に聖獣と契約していることを申告すれば、リリィは晴れて聖女だ。
その場合は教国に連れて行かれ、聖女として育てられ、世界の為にその人生を捧げるのだ。
「家族よ。でも貴女達は選ばれた存在なのよ?賢い貴女ならわかるわよね?」
「おかーさんは、わたしに死ねって言うの?」
最早何も取り繕わなかった。
聖獣と契約する者たちは聖魔法と言う他の精霊には使えない魔法を使うことができる。
それは治癒魔法を超える癒しの魔法や、力を底上げする補助魔法、そしてどの属性も追随を許さない強力な攻撃の魔法だ。
どれも闘いにおいては欠かせない魔法に他ならない。
つまり生きた人間兵器になれと言ってるようなもの。
リリィの母親は、リリィが子供だからそのことを理解してないと思って、さも名誉なことの様に言った。
実際、この世界から見ても世界の為になる偉人になれる可能性を持った人材になれる事は命よりも誉れと言う風潮があったし、価値観的にはリリィの方がおかしいと言える。
しかし現代日本で育ったリリィにはそれは受け入れ難いことであり、世界の平和よりも一個人を大切にしたい気持ちの方が大きかった。
「そうじゃないのよ。貴女には幸せになって欲しいのよ?」
幸せの定義とは一体なんだとリリィは考える。
人それぞれに幸せがあり、それを他人に押し付けられるのは違う。
「わたしの幸せって何!人生を犠牲にして、お母さんとお父さんを裕福にするのが幸せなの!」
リリィの母親はその瞬間初めてリリィに手をあげる。
頬を思い切り引っ叩いたのだ。
「なんてこと言うの!世界の為になれるのよ!そんな名誉なことを犠牲だなんて、そんな馬鹿な子に育てた覚えはないわ!」
「おかーさん------やめ------て」
「この親不孝者め!俺が躾てやる!」
両親は二人して何度も何度もリリィの頬を引っ叩き、幼い彼女の顔は腫れ上がってしまう。
この二人はかつてリリィが生まれる前に息子がいたのだが、虐待により死なせてしまった。
5歳にも満たない幼い子に殴る蹴るの暴行を加えたため、リリィへはすぐに壊れてしまわない様優しくしていただけというのが真実だった。
彼女の一言で化けの皮が剥がれたのだ。
そしてある程度満足した後、てぃっくんと共に庭の物置にしてある倉庫に、鍵をつけて閉じ込められてしまった。
「ここで少しは反省しなさい!」
「精霊契約の儀があるからな。聖獣に治癒魔法を使わせて治すんだぞ!治ってなかったからまた躾けてやるからな!」
9歳の誕生日を迎えているため、数時間後には精霊契約の儀の場所に連れて行かれてしまう。
しかし物置に閉じ込められてしまった以上どうしよもない。
「パパ・・ママ・・二人ならわたしの言ってること・・わかってくれるよね?」
涙を流して頬に痛みが走るも、涙が止まらない。
前世の彼女は両親に恵まれていた。
怒られる様なことをしても、手を挙げてくることもなかった。
てぃっくんを抱きしめて、泣きじゃくるリリィ。
家族だと思っていた両親は家族じゃなかった。
たった一人の家族のてぃっくんだけが、彼女のすがる拠り所であった。
「リリィ様」
「ごめんねてぃっくん。てぃっくんまで巻き込んで」
最早聖女になることは避けられない。
そして巻き込んでしまった、てぃっくんにも申し訳ない気持ちいっぱいだった。
「大丈夫です。リリィ様は自分を拾ってくださいました。貴女は野垂れ死ぬとこだった自分を助けてくれたのです」
てぃっくんはリリィに拾われた時から言葉を発することはできた。
けれど言葉を発しなかったのは、人間のことを見下しており、リリィのことも摂取対象としか考えていなかったからである。
しかしリリィの注ぐ愛は数年の時をかけて居心地が良く、彼女の誕生日にプレゼントとして言葉を話したのだった。
それが裏目に出たのだが。
「大したことしてないわ」
「それでも親がいない自分にとって、貴女の存在は変え難いモノだったんです」
しっかりと抱きしめるリリィは自分のことしかさっきまで考えていなかった。
彼の言葉に、自分もあの両親と対して変わらないと涙する。
いくら泣いたところでどうしようもなく、現状を待つ他ない。
自力脱出することができないからだ。
しかしそんな最中でも救いの手は差し伸べられる。
「大丈夫ですよリリィ様。どうやら助けが来た様です」
てぃっくんの言う通り、その扉は唐突に開かれた。
驚いた様子を見せるリリィに対して、目の前の金髪のロングの少年は小さく微笑んだ。
「やっ!君、名前は?」
「えっ・・・えっ?」
いきなり閉じ込められてた扉が開けられたことで、困惑して言葉が出ないリリィ。
てぃっくんが代わりに少年に応対する。
「彼女はリリィ様です。そして自分は・・・てぃっくんと申します」
てぃっくんには本来の名前があった。
けれどリリィの付けてくれた名前を気に入っていて、彼自身も自分の名前よりも良いと感じたからそう名乗った。
「リリィか!そんな風に顔を腫らして、何があったんだ?閉じ込められてたことから、あまり良い雰囲気というわけでもなさそうだけど」
「あ、えっと・・・あの」
リリィは嗚咽で言葉を詰まらせているため、代わりにてぃっくんが受け応える。
自身が聖獣であり、彼女は自身の契約者であることを。
どのみち9歳の子供とではここから逃げても、生き残る術もない。
だから最後の希望を見出し、この少年に事の顛末を話した。
「へぇ、とんでもない親だな。それでいく当てもないから保護してくれと?」
「身なりからして平民ではなさそうですし、平民の子供を助けた貴方は悪い人間ではないと期待しますね」
「猫被りかもしれないぜ?」
「貴方は見たところリリィ様の歳が近そうなのに、剣を腰に下げています。その剣に恥じぬ行いをすると願っていますよ」
「面白いトカゲだな」
「この姿は仮初ですよ。どっちですか?保護してくださるのかしないのか。早くしないとあの両親が来ます」
精霊契約の儀はあと少しで始まる。
その前にここから逃げ出さなければ、リリィの言うことは現実に起きてしまうのを、てぃっくんも理解していた。
聖獣は契約者が壊れていた方が都合がいいから、かつて同じ群れの親から聞かされていたのだ。
「しゃーねぇな。乗りかかった船だ。俺的にはそっちのが都合がいいしな」
「自分の目が黒いうちは許しませんよ」
リリィが知らない間に話がまとまってしまった。
少年とてぃっくんはお互いに笑い合い、困惑して二人はキョロキョロと見るリリィ。
「俺はグランベルって言うんだ。剣聖の息子。よろしく頼むぜリリィ」
差し伸べられた手を恐る恐る掴む。
つい先ほど信じていた両親から裏切られたにも関わらず、その手を取れた理由はわからない。
けれどなんとなくこの人は裏切らないと思ったからその手を掴んだ。
*
リリィが目を覚ますとそこはアルザーノ学園の病室だった。
周囲を見渡すと丸刈りの男子生徒が一人、椅子でうたた寝をしている。
「誰!?」
丸刈りの生徒を見かけたことすらなかったリリィは、彼が何者かもわからず一人考え事を始める。
「久々にあんな夢みたな。グランベルのおかげでわたしは帝国の聖女として手厚い支援を受けさせてもらえたのよね」
グランベルがリリィに手を差し伸べ、剣聖スカイベルが後見人として、彼女を帝国の発展につなぐべく在中聖女として認めてほしいとエルーザに伝えた。
そして教国の聖女認定後、教国へと送還する申し出を帝国は断った。
もちろんリリィの心情も考慮したが、大義名分として他国に引き渡すことは帝国の損害になると判断し、教国にはそう伝えて断った。
しかし教国はその申し出を断り、リリィを無理矢理連れて行こうとした。
そこでスカイベルが、そのことを世界中に交付し、教国はバッシングを受けた。
何故ならこの事例が通れば、国で聖女を独占させることも可能となるからだ。
おそらく他国でも匿っていた聖女がいたのだろう。
「スカイベルさんには感謝しても仕切れないわよ。だからこそ------」
「おぉ、起きたかリリィ!」
丸刈りの男子生徒は喜びながらリリィの手を掴む。
リリィは声と起きてる時の顔立ちからその人物が誰なのかを予測がついて、思わず吹いてしまった。
「ふふっ、ふふふふ!なにそれグランベル」
その丸刈りの姿はつい先日までロン毛だったグランベルだった。
今回の婚約破棄の騒動で、スカイベルとセミールにより、グランベルの髪を剃って丸坊主に変えたのだ。
「これは今回の騒動の代償だってやられたよ」
「失恋かと思ったわ。ごめんなさいね。貴方の髪の毛、男の中では綺麗な方だったのに」
今回の騒動とは、アルバートによるグレシアの婚約破棄事件のことだった。
これほど騒ぎが大きければ、揉み消すこともできない上に、セバスが幻影を見せていたとは言え
多くの学園の生徒を危険に晒す行為となったことへのお咎めでもあった。
「身体はなんともないのか?」
「ん?えぇ。というか決闘の決着は着いたの?よくわからないけど途中から記憶がないのよね」
リリィはセバスによる薬物投与の影響で魔人となって暴れていたが、リアスと学園の教師陣が奮闘してリリィの魔力体を破壊し、元の姿に戻った。
「まぁ1週間も寝てたし無理もないな」
「1週間!?そんなに寝てたのね。たしかわたしはミライにやられそうになって、それでも諦めないで戦おうと思ったところまでは覚えてるわ」
急に意識が途切れたため、直前の記憶は朧であまり頭には残っていない。
「俺も実際見たわけじゃないが、お前は化け物の様に姿が変貌して、暴れ回ってたそうだ。イグニッション・レイも使用したって聞いて驚いたぜ」
イグニッション・レイを自身が使用したことに驚くリリィ。
攻撃魔法としては劣悪で、闘技場を破壊する可能性すらあったから使用を控えていたのだ。
そして決闘でリリィが意識を失ってからの出来事を話し始めるグランベル。
話を聞いてリリィは顔を青褪める。
「ってことがあったらしい。結果的にはリーダーが同時に落ちたことで引き分けにはなったが、俺達の陣営は全員が追い詰められた上での引き分けだ。敗北に近いだろうな」
アルバートはグレイに、グランベルはイルミナに、そしてリリィはミライに大敗を喫した。
ルール上では負けてないとしても、闘いには負けたのだ。
「ごめんなさい。貴方まで巻き込んだ上にわたしは------」
「こっちこそ、わりぃな守ってやることも闘いに勝つこともできなくて。イルミナって奴、強すぎるわあれ」
グランベルはリリィを擁護してくれるのは幼い頃から当たり前だった。
彼女もその居心地の良さに、心惹かれる部分があるため微笑んだ。
グランベルはリリィの前世の話を予め聞いており、そのために色々と協力をしていた。
アルバートの取り巻きになったのもその為だ。
「課題は色々とあるけど、グレシアとアルバートの二人の婚約破棄は一先ず確定してるわ。グレシアの狂気は加速しない。とりあえず帝国の破滅の道は避けられてるわね」
「だがアルバートの野郎の件はまだ片付いてねぇぞ?」
「それはもういいのよ。あのミライって子いるじゃない?」
「あぁ、リアスの婚約者とか言ったな」
「彼女は、アルバートが召喚するはずだった雷神らしいのよ。てぃっくんがそう言ってたわ」
禁恋では、リアスの前世でプレイしたゲーム「花咲季節☆君に愛を注ぐ」と登場人物は同じだが、内容が全く違った。
禁恋はそもそもバトルゲームではなく、主人公は男爵令嬢で魔術学園に通う攻略対象と愛を育むゲームである。
そしてこのゲームでもグレシアは悪役令嬢として主人公に立ちはだかるのだが、アルバートは攻略対象ではなく、ただの悪役キャラだった。
そしてアルバートには野望があった。
帝国による世界統治だ。
それは帝国を破滅へと導く、禁忌の魔法の行使へと繋がる。
自分が皇帝の座につく為に、ありとあらゆる手段を用いて、皇子達を陥れていった。
グレシアは元々は野望を持たない普通の令嬢だったのだが、アルバートに徐々に心酔していき気づけば狂気が加速し、国家転覆にまで持って到達しそうになる。
その危険性をいち早く感じた第三皇子のジノアが、二人を追放し計画は頓挫したかの様に見えた。
しかし物語は終盤に二人が現れて禁忌の魔法を使用する。
理由は復讐のためだった。
自身達を追放した帝国民すべてに向けて、二人は魔法を行使する。
グレシアの使用した魔法は大規模範囲魔法で、グランベルが使用したのが召喚魔法。
それがラスボスのフィールドを作り、雷神を召喚する魔法だった。
ちなみに禁恋の場合、ラスボスとの闘いでも選択肢を用いり闘う。
そして負けた場合帝国が雷神の手により滅びる為、必死になってアルバートを皇太子にして食い止めようとしていたわけだった。
「へぇ、あの女は雷神だったんだな」
「えぇ。シナリオがうまくいってないのはいつものことだけど、まさか雷神が既に世界にいるなんて思わなかったわ」
神界にいるはずだった雷神のミライが既に降臨していることで頭を抱えているリリィ。
そこでミライを雷神と見抜いたことに気づいたてぃっくんがいないことに気づく。
「あれ?てぃっくんはどこ?」
「あぁ、毎日にようにあいつらに噛みつきに行ってるよ。文字通りな」
そして病室に6人の影が入ってくる。
リアス、ミライ、イルミナ、グレイ、アルナ、そしてグレシアだった。
リアスの腕にはてぃっくんが抱えられている。
よく見るとてぃっくんがリアスの腕に噛みついたところで意識を失っているところだった。
「あ?リリィは目覚めたんだな」
「リアス・・・」
リアスにとっては、この世界で初めて落ち着いた空間での転生者との会合となった。
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