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四章

過度に追い込まれた最後の手段

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 ここからは目にも止まらぬ攻防戦だ。
 あちらの速度は現代日本に例えれば、普通自動車が出せる普通の速度程度だ。
 とはいっても人間が、人型がそんな動きでもしてきたら、あぁとんでもない。
 それに比べたら俺たちの動きなんて矮小なもんだ。
 精々ロードバイクを全力で漕いだ程度の速度でしかない。
 もちろん、お互いの拳速だってその応酬だ。
 それに俺とイルミナは手を負傷しているから、痛みの所為で精細も欠ける。
 こればかりは鍛錬しても身につけにくい。
 何せ痛みとは、人間の肉体の異常への危険信号だからな。
 つまりそれを快楽に変えてるやつは、それ自体が危険------ってそんな余計なこと考える余裕はこっちにはない。

「くそ速えな!」

「あんたみたいのに言われると嫌味にしか聞こえねぇよ!くそがっ!」

「ぐっ!はぁぁぁあ!!」

 イルミナの渾身の蹴りも簡単に流してしまうこいつの皮膚はどれだけ頑強なんだ。
 今は魔力まで加わってるから、殴った瞬間にアスファルトか何かを叩いてると錯覚した。
 アスファルトなんてこの世界にはないけどな。

「ライトニング------」

 魔法を唱えようとすれば、遠距離からの狙撃が邪魔をしてきて魔法を構築できない。
 狙撃手の方も精度もさることながら、調子に乗せてしまったから射速が未来予知レベルでピンポイントで狙ってくる。

「魔法をそう簡単に使わせると思うなよ!」

「ならこいつだ!イルミナ!」

「了解!」

 俺達は収納魔法で、紙屑を大量にカムイに向かって投げつける。
 さすがにこれがなんだかわからないか。
 これは魔道具、グレネードだ。
 この紙屑一つ一つには、俺が炎の上級魔法を付与している。
 魔法名は焔爆騾グレネードだ。
 普通に使っても爆発する魔法だが、こうして付与することによって大量の上級魔法がカムイを襲う。
 さらに中身には、魔石をいくつか仕込んでる。
 現代のグレネードも、破片が主なダメージソースらしいしな。
 そして爆風に包まれたところで索敵を行うが------

「イルミナ、あいつは倒れてねえ!最悪を想定しろ」

「これでも無傷とか言う冗談は言わないことを信じたいです」

 次の瞬間煙が爆ぜた。
 まるでそこに穴でもあったかの様に煙が、奴のいたところだけごっそり消えてる。
 俺はイルミナを横に突き飛ばし腕を交差させるが、その甲斐虚しく腹部に痛烈な痛みを感じた。

「ぐはっ!」

「やるねぇ!」

 気休めでしかないが、腹には土魔法でクッションを作っといた。
 おかげで臓物を飛ばさずに済んだけど、肋骨は何本かやったな。
 それにしても予想はしてたが最悪だ。
 まるで外傷がない。

「魔石でも傷ひとつ付かねえか」

「あぁ、こいつは焦ったぜ。人間の浅知恵も魔物からしたら脅威の一つだ」

 握った手が開いたかと思うと、手からパラパラと落とされるのは魔石。
 おいおい、マジかよ。
 多分俺とイルミナが放ったグレネードは確かに効いている。
 手が血で滲んでるから。
 しかしまさか全てを受け止めてるなんて思わないだろ。
 
「だから面白いもん見せてやるよ」

 魔石の一部をカムイが指で弾いた。
 次にはドサっという音と共にイルミナが倒れ伏す。

「がっ!」

「イルミナ!」

「はぁ、はぁ、だいじょ・・ぶです」

 出血した様子がないが、患部を押さえて息も荒くなるほどの攻撃を腹部に受けたみたいだ。
 魔石は人間に対しては、石と大差ない。
 魔物が魔石に対して、魔力の耐性が無くなるだけの話なだけだ。
 つまり奴は指の力で石を飛ばしたそれだけで、イルミナを一瞬だけ膝をつけたのだ。

「くそ、このままじゃ勝算は薄いか」

 速度においても力においても、俺とイルミナだけではまるでこいつに追いついていない。
 それどころかまだ手加減されてる節がある。

「リアス様、わたしはまだ!」

「無理すんな。動けなくなったら奥の手が使えなくなっちまう」

 そう、俺はこの場を、いや戦局すらひっくり返す奥の手がある。
 けどそれは諸刃の剣でもある。
 味方を巻き込む可能性があるからだ。

「ミラとクレ、リリィやグランベルがなんとかこっちに加勢してくれればいいんだが・・・」

 そう思った矢先、恐ろしく感じるほどの殺意の乗った斬撃がこちらへと飛んできた。
 咄嗟にイルミナに頭を下げさせて難を逃れたが怖ぇ。
 索敵魔法を使ってたから気づけたけど、危ねぇ。
 次には鼓膜が破裂する様な、激しい爆裂音と突風が巻き起こった。
 周りを見ればそれがどれだけ恐ろしいものかはわかる。
 ここら辺の森林が軽く伐採されている。
 まるで嵐が過ぎた様な、そんな跡地になっている。

「鬼神のやつ、派手にやったなぁ」

「鬼神っ!リリィ、グランベル!」

 二人を見るがなんとか無事みたいだ。
 けどリリィの方が戦意を喪失してる。
 遠目から見ても震えているのがわかる。
 いや、鬼神の後ろが伐採じゃなくただの野原になってることから、何かしらの強力な魔法を放ったんだろう。
 それをおそらく両断されたから、恐怖で震え上がってるってところか。
 こりゃ、ますますやるしかないみたいだな。

「なぁ、カムイのおっさん」

「なんだぁ?」

「できれば俺は意思疎通できる奴を殺したくないんだわ。頼む、見逃してくれ」

「そいつは難しい相談だ。おめぇは親を殺された奴を見逃すんかぁ?」

 そりゃそうだ。
 前世ではわからんが、今世ではなんだかんだと母に恵まれ、今の両親も愛着はある。
 殺されたら報復するだろうさ。
 けど、はいそうですかってならない。
 意思疎通のできない脅威を排除することを、俺は悪いとは思わない。
 それは会話できるとしても同じこと。
 だから俺はこいつを全力で殺す。

「それに某の有利に変わりないのに、見逃す理由もあるまい?」

「違いない」

 交渉決裂だ。
 俺は結構小心者だから、殺しの後には恐ろしく吐き気に襲われる。
 それが魔物だとしても、意思疎通できれば人間と大差ないと思ってる。
 だからこいつを殺した後もそれに襲われるだろう。
 でもだからって、ここで死にたいわけでもない。
 アルナの死亡フラグもへし折らないといけないしなぁ。

「イルミナ!できる限り離れろ!ここからは巻き込まない自信はねぇ!できればリリィとグランベルを拾ってくれると助かる!ミラとクレにはおそらく後始末をさせちまうけど申し訳ないな」

「リアス様・・・申し訳ありません。わたしの力不足で」

「そりゃお互い様だろ?さっ、いけ!」

 イルミナはリリィとグランベルの元に走って行った。
 カムイは追いかける様子はない。
 どうやら恨みを持たれてるのは俺だけみたいだな。

「メスを逃して、オス同士で決着をつけようってのか?」

「いいや?そんな生易しいもんじゃないさ」

「じゃあなんだ?鬼神みたいな強力な一撃でもあんのかい?」

 さっきの鬼神と似た様な真似をする魔法は割とあるが、その中であのおっさんをどうこうできる魔法はない。
 つまらないにも等しいがここは見栄を張ろう。

「あるにはあるが、おそらく塞がれるのが関の山だ。だから確実にお前を殺す方向にシフトする」

「殺すとは大きく出たなぁ」

 俺は収納魔法であるアイテムを取り出す。
 それはこの戦いに終止符を打つものになってくれればと思う。
 
「なんだぁ?その小汚ぇマフラーは」

「魔物でもマフラーって知ってんだな。こいつが俺の切り札さ」

 <狂戦士の襟巻き>を俺は一度も制御できたことがない。
 意識を保ってられたのも精々10秒が限界だ。
 10秒で思考が薄まり、殺意と渇きが支配する。
 その渇きは血を求める最悪の感情だ。
 代わりにあらゆる身体能力が向上される。
 それは魔力も含まれるが、思考がままならない所為で魔法は使えない。
 だが逆に言えば10秒だけ魔法を使える。
 幻想銃ガンズミストという魔法は、その魔力が増大してる間に使える俺の最大火力の魔法だ。
 だからリリィに対して使うことはできるが、確実に死ぬと言った。
 じゃじゃ馬な魔法とは言ったが、じゃじゃ馬なのは魔法そのものじゃない。
 俺自信だからな。

「一瞬で付けて、カムイを殺してから外せば問題ない!」

 だから俺は人差し指を前に掲げる。
 しかしそこでピンポイントに矢が飛んできてバランスを崩した。
 くそっ!狙撃手・・・
 次には急激に思考が低下していく。

「おい、小僧どうしたよ?」

 ここで突撃してくるか。
 死に急ぐこともないだろうに。
 あぁダメだ。
 思考に靄がかかる、そんな感じだ。
 俺はカムイの拳を片腕で受け止めた。

「なにっ!?」

「ふふっ」

 あたり周辺が真っ暗に染まる。
 あァ、酷く喉ガ渇ク。

「バカな!さっきまでは防戦一方だったのに一体どうやって!?」

「・・・」
 
「黙ってたら何もわかんねぇぞ!」

 真っ直グくルなんテ、まルで俺ヲ舐メてイ縷!!
 拳を受け止めた後、そのまま奴を殴りつけると軽く吹っ飛んでいった。
 あァ、まだ足リナィ。
 これじゃァ渇きハ満たさレナイ!
 
「アッチカラ・・・あの少女ハ、アノトキノ」

 あの少女ヲ殺せば、渇きは満たサレルノカ?
 試してミヨウ!



 フェンリルのスノーと神話級の精霊の風神、クレセントの二体はかつて幻獣の森で出会った旧知の仲だった。

「おじさん達知り合いなの!?」

『えぇ、彼女はフェンリルのスノー。かつて彼女のパートナーの人間が付けた名前だそうです』

「クレセント、その子は誰だい?」

『こちらはミライ。雷神の娘ですよ』

「ほぉ、インテグラルの倅かー!懐かしいね。インテグラルは元気かい?」

『亡くなりましたよ。人間の手によってね』

 インテグラルとは雷神の名前であり、その名前を知っていると言うことは少なくとも信用できる相手出会ったことを示している。
 父親の名前を知っているフェンリルは少なくとも、自身の敵にはならないと思いたいミライだった。

「なんだって!?あの雷神が人間に・・・」

『私も信じられませんよ。力はほぼ彼女に託したようです』

「カコは元気かい?」

『彼女もその時に亡くなりました』

 カコとはミライの母親であり、雷神のパートナーだ。
 雷神のパートナーの名前を知っているとなれば最早限られた者のみであり、母の名前が出たことによりミライは警戒を緩めた。

「驚いたわ。そんなことになっていたなんて・・・」

『こちらこそ驚きましたよ。高位の魔物達を率いていたのが貴女とは』

「なんだか知らないけど、最近進化の頻度が多いのよ。でもそういうことなら彼らを引かせないとね」

「あ、あの!ありがとうございます。あの、ボク達に襲撃を仕掛けた理由を聞いても?」

「あぁ、それはね・・・」

 その瞬間爆音が当たりに響き渡った。
 それは鬼神の怒撥天どはつてん-凪幽咫なゆた-。
 鬼神の全魔力を刀に凝縮させ、前方に全力で放つ技で聖魔法で最も威力の高いイグニッション・レイを打ち破り、その残滓で激しい爆発音が周りに響き渡ったのだ。

「う、うるさっ!」

「あら、鬼神のは全力を放つとは思ってなかったんだけど」

 斬撃こそ、スノーがシールドで防いだが、辺り一体は木の幹や折れた木々が散らかった。

『なるほど、そちらの陣営の技ですか。森が一部吹っ飛んだ当たりかなり危険ですね。早いところ矛を収めて欲しいところです』

「もちろんさ、今すぐ------」

 次には辺りが真っ暗に変わる。
 先ほどまで明るい空間だったと言うのに、急に暗くなったのでその現象にスノーは驚きを隠せない。

「急になに!?」

「え、待ってこれって・・・」

 一方、ミライとクレセントはこの状況に驚きつつも、それ以上に警戒態勢に入っている。
 この現象を知っているからだ。

『くっ!スノー、そちらにも理由はあるんでしょうけど、Sランクの魔物が人間に攻撃を仕掛けると言う意味をちゃんと理解しているんでしょうね?』

「も、もちろんよ!だから彼らには命を奪わない様に言ってあるわよ」

『まるでわかっていません。人間は弱い生き物です。にも関わらず幻獣の森を横断するような人間が居るとすればそれは、最悪の場合Sランクをケチらす奥の手を隠し持っているということ』

「そんな!?さすがに数人の人間にそれだけの力は・・・」

『人間にはそれだけの期待値はありますよ』

 次の瞬間、クレセントとスノーの間を通り過ぎる影がある。
 そして通り過ぎた先で打ち付けられたのは------

「カムイの!?お前さんが吹っ飛ばされるなんて」

「いっつ・・・」

 カムイだった。
 Sランクの魔物であり、最も打たれ強い。
 防御力こそチーリンのより下ではあるが、進化したのが一番早いのであって力の使い方を熟知している。
 故に、スノーも一切心配していなかった人材だった。
 そんな奴が吹っ飛んでくれば驚かないと言う方が無理だった。

「大丈夫かい!」

「姉御、とんでもない獣を呼び起こしちまったようだ。すまん」

 そういうカムイの顔は険しく、かつてないほどに焦燥していた。

「カムイのが吹き飛ばされたのは、初めて見たよ」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇ!ヤベェぞ?あいつ、急に別人の様に冷たい視線と殺気、かつてないほどの威圧を放ってきやがった!」

 カムイが驚くのも無理はなかった。
 カムイはフェンリルであるスノーや鬼神、そして最高火力を誇るクピドの攻撃すらも吹き飛ばされたことはなかったからだ。
 つまり初めて、吹き飛ばされる経験をし、更にその相手が弱小種族の人間と来たからには、驚かないはずがなかった。

『くっ、今日の制御時間は5秒未満ですか・・・!』

「リアスくん!」

 そこに現れるのは<狂戦士の襟巻き>を装備したリアスの姿だった。
 しかしそれはリアスではなかった。

「アハハハハハッ!」

 高笑いをしているというのに表情は微笑を浮かべる程度。
 そして左手の傷は塞がっているが、指の第二関節から上がピンと伸びきっていることを始め、ありとあらゆるリアスで構成された何かは、まるで人が人でないような、人を模倣する何かの様な畏怖が、この場にいる全員を震撼させる。

『あれを止めるには苦労しますよ!スノー!貴女も協力してください!彼を止めます!』

「あれを止めるだって!?そんなこと可能なのかい?」

『マフラーを奪えれば、正気に戻すことは可能です!』

 簡単に言うが、クレセントですら現在のリアスが<狂戦士の襟巻き>を付けた状態の実力を知らない。
 未知の相手に対して、武器を奪えと言うのは無力化よりも難しい。
 しかしまともに闘えば、この場にいる誰一人として無事だは済まないだろう。

「リアスくん!正気に戻って」

「イヒハハハ!」

 ミライの、彼の婚約者の悲痛な叫びは彼には届かない。
 そしてリアスはその場から消え去り、カムイの頭目掛けて蹴りが入ろうとしていた。
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