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番外編

ガヤの生まれ変わる前の現代でのお話

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 全く、奴があの程度で死んでしまうとは思わんかった。
 我が息子ながら情けない。
 あれから俺達は子殺し、兄殺しとして近所から疎まれる生活を送るハメになった。
 近所を歩けば子殺しとして指を刺される毎日を送らされるハメになっている。
 幸い年金を止められる事はないが、バブル時代に負の遺産を作ってしまったから返済に当てるしか無くなっている。
 奴が生きていた頃はこんなことはなかった。
 許せん!
 
「帰ったぞ!」

「おかえりなさいあなた。晩御飯は出来ていますよ」

「あぁ。明里はまだ引きこもっているのか?」

「えぇ、あれからもう二ヶ月も経ったのだから出てきても良いのにねぇ。あの娘もいい加減虚言癖のある兄に対して泣かなくてもいいのにね」

「全くだ!奴は死んでからも家族を不幸にする親不孝者だな!」

「そうですね」

 明里は奴が死んでから、自身はバイト代を好きに使ってて本当は兄である奴が稼いだ金だったと泣き叫んでいたが、暴力沙汰を起こして家にいた人間に収入なんて得られるはずもない。
 全く死んでからも妹を困らせるとは、けしからん奴だ。
 明里は奴と違って優しく育ったからな。
 目に入れても痛くない。

「でもあなた。明里がバイトに行かなくなってから、家計は圧迫していますよ」

「奴め。生意気にも遺書を残しておった。親ではなく友に遺産を渡すとは!おかげで苦労させられる」

 もちろん葬式なんか開いていない。
 暴力沙汰を起こしたクズのために金を出すなどもったいないわ。
 しかし血縁関係にある以上墓は同じで無ければならない。
 非常に不服だ。

「明里の奴にも良い加減外に出て嫁に出てもらわないとな」

「そうですね。お婿さんは一流企業のサラリーマンがいいわね」

「そうだな。女は結婚が一番の幸せだ。良い嫁に貰ってもらいあちら側の家からお金を少しだけ支援してもらえれば恩の字だな」

 明里も今年で16だ。
 もう嫁に出ていてもおかしくない年齢だ。
 今のゆとり世代達は結婚をしない人間や、女性でもバリバリ働く人間もいるだろうが、女は結婚して家に入り子を育てるのが一番の幸せだ。
 家内だってそう言っている。
 間違いはない。

「そうと決まれば明日からは婿探しだな」

「えぇそうですね」

 晩御飯を食べ終えたところで風呂に入ろうと思うが、家内が待ったをかける。

「あ、貴方」

「どうした?まさかまだ風呂が焚けていないとでと言うんじゃないだろうな?」

 そうだとしたら躾直しだ。
 男は嫁に対して生意気を働かないように躾をするものだ。
 仕事は男が家事は女がやるものと、昔から決まっている。

「いえ、お風呂の石鹸を切らしているの。少し外に行って買いに行ってくれないかしら」

「・・・あぁ」

 普段からせっけんは明里が買い出しに行っていたが、今の明里は引きこもっている。
 くそ!
 何故俺が石鹸なんかを買い出しに行かなければならない。
 渋々と俺は家を出てコンビニに向かう。
 明里が引きこもらなければ、俺がこんなことしなくて済んだ。
 そして引きこもった原因は奴だ。

「全くどこまで俺に手間をかけさせるんだ奴は!」

「迷惑をかけてんのはどっちだよ!」

 その言葉とともに背中に激しい痛みと、生温かい液体が染み込み始めるのがわかる。
 俺は恐る恐る後ろを向くと、俺の背中に飛びつく一人の男がいた。
 それは俺もよく知る、息子の遺産を盗っていった男だ。

「お、お前は奴の!」

「そうだ!あんたの息子の親友だ!」

「くっ、こんな真似をしてわかっているのか!」

 口の中も鉄の味で満たされ始めている。
 おそらくすぐに治療しなくてはまずいところを刺されたのだろう。

「俺はあいつに救われたのに、なんでもない親のあんたがあいつを信じずに殺しやがった!」

「殺した?躾をしている一環で軟弱なあいつが死んだのだ!」

「それを殺したってんだよ!」

 無造作に背中に刺された何かが抜かれる。
 それにより患部を遮っていた物がなくなり、血が止まることなくドクドクと流れ出ているのがわかる。
 出血量が多いのか、俺は立ってることもままならずその場に倒れてしまう。
 
「ぐっ、俺は・・・死ぬのか」

「あぁ、そうだ。俺が今からお前の喉元を掻き切って、頭を外して晒してやる。日本ではどんな悪人でも辱めを受けることはないが、お前はそれだけのことをしたんだ!」

 俺に対抗するほどの体力は残されていなかった。
 意識がなくなるまで、自身の解体作業を行う息子の友人の顔をひたすら見ていた。



 石鹸を買いに行った主人が、もう1時間経ったと言うのに戻らない。
 昔からあの人は頼み事をすると寄り道してパチンコに行って帰ってくる。
 しかし男は自分勝手だと父から学んだ。
 父もまた、あの人同様に勝手なことをして喧嘩にくれる日々を送っていた。
 それが息子にまだ遺伝したのは予想外だったけれど。

「それにしても遅いわね」

 流石に1時間も帰らないと何かあったかと心配になる。
 外に出ると一人の男が何かを抱えて仁王立ちしていた。
 ボールのようなものだ。
 なんだか怖くなって扉を閉めようとしたが、その扉はその男によって閉められるのを憚られる。
 部屋の明かりに照らされ、彼の顔と抱えていた物が露わになる。
 彼の顔は、息子の遺産を遺書によって総取りした男だった。
 そして彼の抱えていた物は、主人の頭だった。

「きゃ------」

「黙れこのクソババァ」

 すぐに腹部に包丁を刺され口を抑えられてしまう。
 痛みに耐えながらも、刺した包丁をぐりぐりすることで痛みを更に増してくるのがわかる。
 そして無造作にその包丁を引き抜かれる。
 内臓がボロボロになって、血が止まらずに流れ出ている。
 これは助からない。

「あなたが息子にしたことはそう言うことだ」

「復讐ですか?」

「そうだ。俺は唯一あの人が味方だった。そんな俺はあの人をどん底に落とす原因になってしまった。後悔している。でもあの人はアンタらのために頑張ったのに、この仕打ちはあんまりだ」

「私達の・・為?」

 そういえば明里はあの子のことを庇っていた。
 てっきり明里が優しいからだと思っていたけど、あれは本当だった?

「まぁ、あんたらみたいのは死んでも治らないだろうけどな」

「あ・・には・・いこ・た」

 あの子には悪いことをした。
 そう言おうにも、身体が言うことを効かない。
 あの子を産んだ時、たしかに私は幸せだった。
 可愛いあの子が微笑んでくれることが幸せだった。
 すくすくと元気に育っていくのが何より幸せだったんだ。
 いつからあの子にあんなに辛く当たるようになってしまったのだろう。
 どうして暴力事件を起こした時、世間の目を気にして息子の言い分に聞く耳を立てなかったのだろう。
 後悔から涙が溢れてくるのがわかる。

「今更泣いてもあんたが死ぬ運命は変わらない。あの父親同様あの世で精々悔いることだ。どうせ俺もそっちに行くだろうからな」

 そういうと彼は私の首を切断し始めたが、私は終始死んでしまったあの子のことを思い、心の中で泣いた。



 外でファンファンと救急車やパトカーの音が鳴り響く。
 あれから何日経っただろうか。
 ちょっとした悪戯でお兄ちゃんを死に追い込んだわたしは、高校にも行かずにただ引きこもっていた。
 こんなはずじゃなかった。
 わたしは学校でもブラコンと呼ばれるほど兄が好きだった。
 だから兄に構ってもらうために、怒りつつもなんだかんだ許してくれる兄に軽い気持ちで悪戯をしてしまった。
 うちの親が毒親だと言うことは分かっていたのに・・・
 冗談じゃ済まされない冗談をして、更に兄を死に追いやったのに、学校では兄自慢ばかりしてたわたしを慰めてくれる子も多くてやるせない気持ちになった。
 一番悪いのはわたしなのに。

「お兄ちゃん・・ごめんなさい」

 もう何度こうして涙を流しただろうか。
 泣いたってお兄ちゃんは帰ってこないのに。
 そう思ったところでチャイムが鳴った。
 いつもなら母が出るのにいつまで経ってもチャイムが止まない。
 そして扉の鍵が鳴る音がする。
 やっと出たのだろうと思ったのも束の間、ドタドタと足音が鳴り響く。
 そして今までとは打って変わり、扉が思い切り開けられた。

「居たぞ!娘は無事みたいだ!」

「え?え?」

「混乱するのもわかる。でももう大丈夫だ。おじさん達は警察だ。少しだけ署に同行してもらえるかな?とりあえずシャワーを浴びよう。臭いがすごい」

 そう言って婦警の人がやってきてわたしの身体を洗ってくれた。
 別に二ヶ月引きこもってただけだから、どうってことないのと思ったのだけれど、ご飯も食べず水だけの生活をしていたわたしはどうやら栄養失調でうまく身体を動かせなくなっていたらしく、自力で洗うこともできなかった。
 そして警察署までパトカーで連行されていき、両親の亡骸を目にした。
 お兄ちゃんが死んだ時は悲しかったのに、彼らが死んだと聞かされても何も感じなかった。
 殺されたと聞かされて、犯人は未だ捕まってないらしい。
 確かに嘘をついたわたしが兄を殺した原因ではあるが、それ以前から兄を虐げていたのは彼らだ。
 自分のことを棚に上げて、両親を蔑むのも何か違うと思いそれ以上は考えなかったけど。
 そしてこれからのことを聞かされる。
 両親が居なく、親戚とも疎遠だったわたし。
 更に父が抱えていた借金もあったから、相続を破棄しなければ負債を負うことになると言うことで相続を破棄したため、貯金も何もない。
 しかしそんなわたしに、一千万もの大金が入った通帳が渡された。

「これは?」

「君のお兄さんの友達が自殺してね。遺書で君のお兄さんが貯めた貯金を君に渡したいと書いてあったんだ。だからこのお金は君のお金だ」

 お兄ちゃんはここまで考えていたのだろうか?
 いや、おそらくお兄ちゃんの友達がわたしの為にしてくれたのだろう。
 
「君のお兄さんは良い人だったんだろう。君は天涯孤独になってしまうが、何かあったら尋ねな」

 その警官の人は優しい目でわたしを諭した。
 おそらくわたしの目に生気を感じられなかったからだろう。
 そして多分わたしは家に帰ったら首を吊っていたことだろう。
 それは逃げだ。
 わたしは逃げたくなかった。
 それからはガムシャラに勉強して就職。
 大手の企業でキャリアウーマンとしてバリバリ働いた。
 そして出世に次ぐ出世をし、結婚することもできた。
 あの時優しい目をした警官の人だ。

「お兄ちゃん、ごめんね。わたしだけこんなに幸せになって。お兄ちゃんを死に追いやったのは他でもないわたしなのに」

 墓の前で手を合わせて、聞こえるわけもないのにそう呟く。
 兄のことを忘れたことはないし、忘れちゃいけない。
 しかし彼との夫婦生活は楽しく、そして子宝にも恵まれ、兄との記憶がだんだん薄れてきた。
 幸せ絶頂期だったわたし達。
 しかし唐突に事件は起きた。
 子宮がんに乳がん、大腸がんと至る所にがんが見つかったのだ。
 手の施しようもなく、すぐに入院し病院生活が続いた。

「おかあさーん」

「明里、見舞いにきたぞ」

 わたしは、わたしを慕ってくれている家族が毎日見舞いに来てくれる。
 余命三ヶ月と言われてもう先も長くなかった。
 きっと兄への仕打ちと、その事を薄れ忘れかけてしまったわたしに対して、神様の天罰が降ったのだろう。
 自分だけが幸せに生きるなんて許されないのだろう。
 だからふと家族に、事情を話してしまった。
 娘は何を言ってるかわからないみたいだけど、まだ2歳なのだから仕方ない。

「君がやったことは褒められることはないかもしれない。でもこれまで君が頑張っていたことは僕が誰よりも知ってる。そんなに気に病まないでくれ」

「でも・・・」

「最後の時間くらい幸せを楽しんだってバチは当たらない。君は頑張ったんだ」

 夫に抱きしめられて涙を流した。
 人間は間違ってもやり直せる。
 できるだけ間違いを起こさないに越したことはないが、それを反省し次に活かせるかで人は変わるのだ。
 娘と夫を抱きしめ面会が終わる。
 それ以降、わたしがこの世に生きてる間目を覚ますことはなかった。
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