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五章

プロローグ

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 ここはヒャルハッハ王国のとある領地。
 元は平民出身で成り上がった少年がいる。
 彼の名前はレアンドロだ。
 彼は公爵の爵位を授与されてから女遊びが絶えることはない。
 しかし噂ほど悪い人間というわけでもなかった。
 泣かされた女性はいないのだ。
 それは彼がイケメンであり、彼女達にとっては慕う人間でもあるからだ。
 橙色の髪に赤眼の美青年で、老若男女に徳が積む。

「心地がいい風の香りだ」

 特に風からは匂いがするわけではないが、レアンドロはご機嫌の為に発せられた。

「失礼します」

 レアンドロの部屋に訪れるメイドの名前はリャン。
 彼の30人いるメイドの中の一人だ。

「レアンドロ様、どうやらこれからライザー帝国の皇帝が訪問されるそうなので、来て欲しいと国王様からのお達しです」

「ふふっ、そうか。浅知恵の蜘蛛が壊滅状態らしいからな。俺の専属部隊アマゾネスに護衛を頼みたいってわけか」

 レアンドロの専属部隊アマゾネスはメイドとは別の、女性のみで構成された私兵だ。
 その部隊には貴族の女性だったり、平民だったり、スラム街の孤児だったり色々いるが共通していることがある。
 それはレアンドロに全員が処女捧げ、尚且つ美人であることだ。
 レアンドロが直々に鍛えたこともあり、一人一人の実力は折り紙付きである。
 更にレアンドロの夜伽も行なっている為、子を身籠れば寿除隊も可能で、レアンドロが支援をしている。

「はい恐らく。さすがご慧眼恐れ入ります」

「リャンの考えてることは手に取るようにわかる。今夜はお前を抱く事にしよう」

「ありがたき幸せ」

 そういうとリャンと呼ばれた女性は、顔を赤くしてうっとりとした後、ハッと我に返ってレアンドロの外出の準備をするために部屋を後にする。
 レアンドロの横で同じ様に座る赤髪の青年がいるが、メイドは彼と会話する事なく退出した。
 そもそも会話ができないのだが。

『たまにはお前の専属を抱かせて欲しいものだ』

「お前は聖霊だ。人間を抱く趣味はなかろう?」

 そう、この少年は炎神のイフリート。
 レアンドロと契約した神話級の精霊だ。
 得意な魔法はその名の通り火属性の魔法だ。

『然り。しかし帝国か。彼の国には風神の住む幻獣の森があったなぁ。懐かしい』

「ふむ。風神はイタチの様な姿をしているのだな。機会があればこの俺と契約して欲しいものだ」

『止せ。魔力が足りないさ』

 レアンドロとイフリートは会話が成立している。
 最もレアンドロにはイフリートが何を言っているかはわかってはいないのだが。

「帝国には聖女に生まれ変わった転生者がいたな。ただの聖女なら関係なかったが、魔物大量発生スタンピードを防ぐ強力な戦力を別に持ちつつ、強力な転生者の2名がいる彼の国と事を構えるのは得策ではない。俺でも奴の考えまではからな」

『そうだな。まだ早計だな』

「俺達の計画に帝国はまだ必要だ」

『しかしもう一つの国は別だろう?』

「くくっ、わかってるじゃないか。大義もある」

『この前潰した侵入者のひとりを生かしといてよかったな。奴の懐に入っていた生命反応を探知する魔道具は壊れたから今頃慌てていることだろう』

「あぁ、だから今が好機だ。その為にも帝国にはできるだけ和平交渉を願おう。まだ時期じゃないからな」

 そういうとレアンドロもまた立ち上がり、身支度の準備をする為再び戻ってきたリャンに正装を着せられ邸を後にした。



 時を同じくして、リンガーウッド領の領主宅ではイライラが頂点に達したマルデリンが家具に怒りを当たり散らしていた。
 先日、兵士達に薬の実験の為に持たせた薬の権能を確かめたのだ。
 マルデリンは高貴な血でなくとも薄めれば効果があると思い、兵士たちを含めて一番税の納めが悪い村を実験台にしたのだ。
 結果は兵士はある一人を除いて全滅し、村も壊滅してしまった。
 いくら家格が下の男爵領とはいえ、自身一人でどうにかなると思うほどマルデリンも馬鹿ではなく、動こうにも動けない状況に陥っている。

「くそがっ!いくら高貴な血を持つ私とて、一人であの領地をどうにかできるほど甘くないことくらいわかっているっ!奴らは卑しくも平民に媚を売りその戦力は大規模なものだからな!」

 そのイライラを家具に当たり散らす。
 セバスとしては考えなしに暴れる選択をすると思っていたのだが、アテは外れてしまっていた。

「マルデリン様」

「ぐっ!なんだこんな時に!貴様は確か実験の生き残りの------名前はなんだ!名乗れ!」

 マルデリンに話しかける男性とも女性とも判断できないその人物は、特徴的な赤紫の髪をしていたため、物忘れが激しいマルデリンにも頭の隅に記憶として残っていた。

「アルテリシア・フォン・リーゼハルトと申します」

 アルテリシアは平の騎士ではあったが、准男爵の家格を持つ貴族だった。
 しかし准男爵は領地を皇帝から承らないため、子爵であるマルデリンの領地で暮らしていた。

「リーゼハルトの倅か。ふんっ、私は今忙しいのだ。用があるなら手短に言え」

「はい。恐れながらマルデリン様は高貴なる血を持つお方。何も畏れることはないのではありませんか?」

「バカめ。いくら私が高貴な血を受け継いでいるからと言って、こいつで戦力差を覆せると思うほど私は傲慢ではない」

「傲慢ではありません。うちの領には戦力になるほどの人材がいないのも事実ではありますが、だったらそれをうまく使うのもまた領主の手腕ではないかと」

「ほぅ?」

 マルデリンは不適な笑みを浮かべニヤリと笑う。
 アルテリシアは戦力にならない人間がいるなら、それ以外の使い道、囮や盾にしてはどうかと言ったのだ。
 兵士が薬を使って自滅による自滅をが繰り返された中、一人だけ薬を飲まずその事実を隠していたことからも、アルテリシアは頭が切れる人間であることが窺える。

「例え領民を失ったとしても平民の代わりなんていくらでもいますよ。それこそアルゴノート領の領民とかもない」

「ガハハハ!お前、やはり貴族の血を持つだけあるな。お前の言う通りだ。よろしい。貴族同士の争いはご法度ではあるが、大義があれば話は別よ」

「おっしゃる通りかと」

「かっかっか!所詮男爵風情が相手だ。大義などどうとでもでっち上げることができるわい。楽しみにしていろアルゴノート男爵よ」

 マルデリンはそう遠くない未来に思い吹け酒を口にする。
 琥珀色のアンバーラム酒だ。
 樽の香りに、カラメルソースの甘さがいい塩梅で合わさり気分を高揚させる。

「ふむ。今日の酒は肴があって美味いな」

「それはようございます」

「お前に渡した薬はまだ残っているか?」

「薄めたものがございます」

「それは高貴な血を持つ貴族にしか扱えない。お前は平民からの成り上がりの血だから飲むな。お前は役に立つ。これからは側近にしてやろう」

 何も言わずに腰に帯刀する剣をマルデリンに渡すアルテリシア。
 そしてニヤリと笑うマルデリンは剣を抜き、側近騎士になる形式儀式を行う。
 右肩、左肩に剣を置いた後、お互いの指の血を分け合うことで契りが成立する。
 これでアルテリシアは正式にマルデリンの側近騎士となった。
 
「早速明日から取り掛かろう。リーゼハルトの倅よ。主に計画を一任してもいいか?」

「ありがたき幸せ」

 姿勢の正しいお辞儀にマルデリンも満足し、そのまま眠りについた。
 その時のアルテリシアの顔は、酷く歪んだ笑みを浮かべていたことにマルデリンは気づいていない。



 時は遡り、ヒャルハッハ王国北方にある翁国おうこくエグゼリアガソで緊急の会議が行われていた。
 そこにはエグゼリアガソの国民以外も在籍している。

「ロックバンドの、この状況がわかっておいでで尚そのようなことを口にしているのではあるまいな!」

「もちろんですとも。こちらとしては、エグゼリアガソと共に心中などごめんですから、商売を撤退させていただきたいのですよ?」

 ロックバンド商国はその名の通り商業国家であり、各国に商業展開する足の軽い国だ。
 彼の国の歴史は300年にも至る。
 ロックバンドは軍事力を持たない。
 だと言うのに今までこの国が生き残ってきたのは、そのどれもこれも商業国家ロックバンドの手腕に他ならない。

「心中とは心外でございます。我々のどこに問題が?」

 ニヤリと笑うロックバンドの親善大使。
 商売とはどれだけ情報を持っているかで変わる。
 そしてロックバンドは、エグゼリアガソが抱える問題の一つがわかってしまったのだ。
 それはこの国が破滅してしまう可能性すらある案件だった。

「翁殿。この世界には不思議なこともあるみたいですなぁ。例えば、自分とは違う誰かの記憶がある人間が居たりとか」

「ぬぐっ!貴様、どこまで知っておる」

「これはこれはエグゼリアガソのヴェザン翁ともあろうお方が同様とは珍しいこともあるのですね」

 ヴェザン・ゲルバッテン翁は、エグゼリアガソを治める王のような存在だった。
 民主国家であるため、王のような礼節を弁えない発言を来賓に出来るほどの立場ではないのだが。

「申し訳ございません。配慮が足りていませんでした」

「いえいえ。それでよろしいですかな?」

「仕方ありません。ガーナ」

 翁が大声で叫んだ名前により、この部屋に入ってくる者がくる。
 それは白銀の髪に漆黒の瞳を持つ絶世の美女であり、ロックバンドの親善大使もゴクリと息を飲む。

「どうしたのお父さん?」

 それは翁の娘であるガーナという少女だった。
 しかし父という単語を聞いたことで、一人だけ身震いをさせる者もいる。

「たった今ロックバンドとの和平条約が切れた」

「へ?」

「え!?じゃあロックバンドはアタシの好きにしていいの?」

 親善大使は冷や汗をダラダラと流し始め、顔は真っ青になっていることがわかる。
 時に知らないことは幸せとはよく言ったもので、ガーナの情報を知っているからこその恐怖だった。

「翁殿、我が国家を攻撃するおつもりで?」

「おつもりでも何も仕方あるまい。お前達が商売や撤退させると言うことは、この国の民達を飢餓に陥れようとしているのと同義であろう?」

「めちゃくちゃだ!我々は慈善事業ではないのですよ!」

「わかっているが、こちらとしては機密情報を知られたかもしれない国を放っておくこともできない」

「ですが------!?」

 シュバっという音と共に、親善大使の頭が吹き飛ぶ。
 しかしどうやったのか、親善大使の死体から血が噴射されることはなかった。

「ごちゃごちゃうるさいよ」

 親善大使の首を切り落としたのはガーナだった。
 しかし剣は使っては居ない。
 何らかの魔法を使って切り落としたのだ。

「こいつには自国の行く末を見せてやろうと思ったのだけれどな」

「いいよ、たとえこいつが苦しんだとしても興味ないし」

「たしかにどうでもいいな。それでガーナ、任せても良いか?」

「好きに実験して良いってことだよね?」

「あぁ、存分に暴れてくるが良い」

「ありがとう!お父さん大好き!」

 そういうとガーナはヴェザン翁の頬にキスをして、窓からロックバンド商国へと飛び出して行く。
 数秒もしないうちにガーナは見えなくなってしまった。

「よろしいのですか?ガーナ様は神話級の精霊の契約者。おそらくロックバンド商国を潰れます。各国の追及は免れませんよ」

 そう翁に進言するのは、側近騎士のロコ・グランマド。
 翁が信頼する幼馴染でもあった。

「構わん。誰に喧嘩を売ったのか各国に示すのにちょうどいいだろう」

「今更ですか。それで、親善大使殿が言っていたことは本当なのですか?」

 親善大使が言っていた心中するつもりがないという話だ。
 その後に言っていたことは、この国では周知された事実なのでロコも追求はしない。

「恐らくな。ヒャルハッハが動くのも時間の問題だ。あの組織と共に同行させていた騎士の1人が死に際に連絡があった」

「彼からはなんと?」

「申し訳ありませんとそれだけだ」

 その組織とはセバスも在籍する組織なのだが、エグゼリアガソはその組織と親交があった。
 ヒャルハッハ王国に在中していた彼らに同行を許せるほどに。
 しかし状況が変わってしまった。
 騎士からのその言葉を最後に、組織はエグゼリアガソとの連絡を断っている。
 これは組織がエグゼリアガソを切り捨てたとみて良い。
 そして理由は簡単だ。
 ヒャルハッハで死亡した騎士エグゼリアガソの人間だとヒャルハッハに露呈してしまった為だ。

「つまり、我々はトカゲの尻尾切りをされたと」

「その通りだ。そしてガーナ同様にヒャルハッハにも神話級の精霊契約者がいる」

「えぇ、彼の有名な豪炎のレアンドロですね。恐らく炎神と契約していることでしょう」

「あぁ。だから多少は無理してでもロックバンドを潰し、手を出しにくくできれば功だ」

 そのような理由からも、ロックバンドが撤退するという案を出してきたことは僥倖だった。
 ロックバンドを滅ぼすことに何も躊躇はないのだ。

「ロックバンドを滅ぼした後は吸収合併ですか?」

「生き残った民がいればな。恐らくは出ないだろうから領土を手に入れる程度に終わるだろう」

「ヒャルハッハは精鋭もごろごろいると聞きます。友好国であるライザー帝国に支援していただくというのはどうでしょうか?」

「あの貴族主義だらけの国が、平民しかいないこの国を助けるとでも?」

「皇帝陛下は話がわかる方ですよ」

「他の貴族が味方につかねば意味はない。それに我が国にも聖女がいる。ただでは負けないさ」

「それでも勝率はあまり高くなさそうです」

「どうかな。闘いはやってみなければわからない。ここで何を議論しても無駄だ!くるべき戦に備えて兵達の訓練を促すぞ」

「イェス!」

 胸に拳を当てロコは姿勢の正しい敬礼をした。



 リアスが魔物達と闘っている頃、帝都では大騒ぎが起きていた。
 至る所に新聞を持つ人たちが歩いている。
 そしてそれは貴族達の茶会でも似たような状態で話題はひとつだけに持ちきりだった。

「おい、見たかよあれ」

「まぁ帝国はだいぶ前にロックバンド商国から見放されたからな。ざまぁみろくらいだけどな」

「それよりも内容だ!あれはやべぇだろ」

「あぁ、白銀の称号は伊達じゃないってことだな」

 帝国の国民達の反応は大体こんな感じだ。
 文句を言う者、恐怖する者、困惑する者、色々いるが総じて決まった最後にはざまぁみろの一言だった。

【号外】ロックバンド商国滅亡!犯人はエグゼリアガソ翁国の白銀のガーナただひとり

 新聞の見出しに堂々と大きく取り上げられたその文字は帝国だけではなく、全世界に震撼をもたらした。
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