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五章

戦場の匂い

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 六人の実験体のひとりのライアンは、アルゴノート領の領民の避難所の一つである地下シェルターのあるアルゴノート邸へと進入を果たしている。

 もっとも彼は地下に領民が避難していると知らず、人気のないこの家を物色していた。



「ここ、本当に貴族の家かぁ?金品が何もないべ」



 どの部屋を漁っても出てくるのは書類ばかり。

 金目の物と言えば、ミライ、アルナのドレスや当主アルジオが集めた武器コレクションくらいだ。

 ライアンは他の同期五人と違って、少しだけ歳が上だ。

 そして彼が授かった能力は五人の中でも脆弱な物だった。

 そのため主人にはあまり評価はされてはいない。



「それにしてもこの勤務美味しすぎるべ?」



 神話級の精霊と契約している人間を対峙し仕留める可能性のある危険な任務ではあるが、所詮貴族の子息。

 更に排除できなくとも村を一つ落とすだけで金貨100枚と言う破格な任務だったのだ。

 ライアンは出来高払いで給料をもらっているため、ボーナスに近い任務だった。

 しかし彼はここで気づけた、いや気づくべきだった。

 それだけの大金を叩いている彼の主人が、何も考えなしで大金を出すわけがないと言うことに。



「おいおい、人様の家を漁るなんざ乞食じゃねぇんだからやめとけや」



「気をつけるっすよ。ミライが俺達をここに配置したんすから、確実に何かあるっすよ彼」



 気配が急に現れた二人を見て即座に距離を取るライアン。

 そして家の中にある家具が二人めがけて飛んでいく。

 しかしその二人はむっさんとツリムの二人。

 家具程度でどうにかなるはずもなく、家具は砕けてしまった。

 二人は全く動いていない。



「微動だにしない。お前らアルゴノート領の騎士だべ?しかも優秀な」



「よく見るといいっすよ。腰に剣をさしてないじゃないっすか」



「今時は騎士は肩書きだけだべ?そもそも俺の近くで急に気配が現れたあたり、気配を隠すのが上手い癖に一般人とか言わないべ?」



「ハハハ!聞いたむっさん?彼、俺達のこと人間だと思ってる」



「某達の成りを見て、何も感じなかった人間は初めてだ。リアスからは捕縛を頼まれてるから殺しはしないから安心しろ」



 そこに来て初めてライアンは彼らの顔をマジマジと見る。

 それは人間にはついていない角や耳が頭から生えていたのだ。

 しかしライアンは異形の姿の人間を見るのは初めてじゃない。

 少しも表情筋を動かすことなく、彼らを殺すことそれだけを考えていた。



「凄まじい殺気だな。ミライでもここまでの物は出さないぞ?」



「ミライってのが誰だか知らないけど------」



 ライアンは天井に飛び上がって手をついた。

 まるで張り付いているかのように。

 そして続け様に天井を蹴り、むっさんへと接近した。

 接近した直後に魔道具を発動させ、あたり一体に煙幕を展開する。

 その途端に、先ほどまで痛いほど感じていた殺気がきえた。

 そして横から殺気が感じられたので、ツリムが前に出る。

 煙幕からナイフが飛び出してきた。

 ツリムの境界斥力フォライズンは運動を止める。

 それはどんな攻撃でも、変わらない。

 魔力が上回ることがあれば話は変わってくるが、魔力というのは魔物達には欠かせない。

 そして魔力量的には、彼が境界斥力フォライズンを突破出来る様に見えなかったのだ。

 当然ナイフの動きは止まる。

 しかしナイフの柄の部分に手はなかった。

 そしてむっさんの顔面に拳が入る。

 殺気をナイフに込めることにより錯乱させたのだ。



「その程度の拳、痛くも痒くもないぞ?」



「その思考やめるっすよ!何があるかわかんないんすから!」



 まるで戦闘強の様に相手の攻撃を受け止めるむっさんに異議を申し立てる。

 彼は基本的に相手の攻撃を一度は受けてから闘いを始める。

 

「圧倒的力の差を見せつけ、尚且つ自身が怪我一つしていなければ、それだけで切り札を切るのを躊躇う。これも立派な闘い方だ」



「はいそーすか!油断して負けないで欲しいっすよ」



「拳を受け止められるのは大前提だべ?そんなのもわからないから俺に負けるんだべ!」



 ナイフを無造作に投げつけるが、そのコントロールは的確で、むっさんの頬に向かっていく。

 そんなこともお構いなしに、ツリムは土魔法である土の処女ソイルメイデンを発動。

 一瞬でライアンを捕らえて閉じられる土の処女は、ライアンがトゲを素手で触り、閉まるのを寸で止めている。



「土の処女を閉まらない様に無理やり止めるやつ初めて見たっす」

 

「驚くのはこれからだベェ!!」



 次の瞬間、土の処女がむっさんに向かって飛んでいった。

 ツリムは驚きを隠せない。

 しかしそこは即座にむっさんの前に出て事なきを得た。

 しかし魔法を強引に返してくるとは思っても見なかったのぇ、ツリムは少しだけ警戒度を上げる。



「厄介な敵だな」



「案外魔法に強いだけかもよ?むっさんなんとかして」



「任せろ!」



 やっと動き出すむっさん。

 カムイという種族は本来は近接戦闘を得意とする。

 むっさんもそのことに変わらないが、彼の場合は少しだけ違った。

 

「そんな見え見えの------なんたべこれ?」



 まるで地面と足がくっついて離れないかの様に身体が動かなかった。

 全く動かないのだ。

 しかしそんなことはお構いなしに突っ込んでくるむっさん。



「ふんっ!」



「やばっ!」



 むっさんに吹っ飛ばされ飛んでいくライアン。

 壁にぶつかり土煙が巻き起こる。

 対するむっさんは不機嫌そうに拳を開いたり閉じたりする。

 殴った瞬間の手応えが全くなかったからだ。

 

「腑に落ちない顔してるっすね」



「まるでからぶったかの様だ」



 むっさんが得たスキルは獣王の覇気キング。

 相手を威圧し動きを止めるだけのスキル。

 しかし単純で強力であり、生存本能を刺激して相手を威圧する為、相当壊れた人間でもない限り動けなくなるのだ。

 

「彼はイカれたジャンキーすか?」



「可能性も捨て切れないが、慌てていたからな。それに吹き飛んでいったのもまた事実だ」



 しかし彼の言葉とは裏腹に、ライアンは立ち上がっていた。

 誇りを払うかの様に膝を叩いている。



「かなり痛い。なんだべお前!」



「手応えがなかった。お前こそなんだ」



「敵に情報を渡すほど俺は甘くないべ?」



 瓦礫が次から次へとマッサンに襲いかかる。



「瓦礫程度守ってもらう必要はない!やれツリム!」



「了解!ブレイズファイア!」



 むっさんは地面を畳返しの様にひっくり返して難を逃れ、ツリムのブレイズファイアは家具に引火させながらライアンに迫っていく。

 因みにここはリアスの部屋で、壁などを暮らしやすい様に改築していた。

 元は折檻部屋だったが、存外リアスは気に入っている。

 この光景を見たら悲鳴をあげることは間違い無いだろう。



「ブレイズファイアはめんどくさいべ!シールド!」



 実験で魔法を行使できなくなったライアンだったが、手持ちの魔道具にはシールドがある。

 魔力がなくなったわけではないため、魔道具に魔力を注入すればいつでも使える仕様だ。

 しかしシールドを付与する魔道具は汎用魔道具としては存在されていない。

 そもそもシールドの様な初歩的な魔法を魔道具として使う発想がないのだ。

 精霊は10歳になれば精霊契約の儀により精霊と必ず契約でき、人間は精霊と契約しなければ魔法が使えないと思ってる以上、シールド魔法をわざわざ魔道具を使って発動する必要がないからだ。

 つまりこの魔道具はオーダーメイドと言うことになる。

 更に他の五名が、自身が魔法が使えないことを自覚してるのに魔道具を使っていないことからも、彼が普通ではないことがわかる。

 自身の能力に絶対の自信があろうとも、魔法が使えるに越したことはないからだ。

 

「魔道具でシールドっすか?って事は彼は------」



「何をする気だ?」



「試したいことがあるっす!幻惑魔法:常夢の悲劇バッドリーム」



 常夢の悲劇バッドリームは相手の視界を奪う初歩的な幻惑魔法。

 そして幻惑魔法は魔法解除レジストの魔・法・がないと解除できない。

 そして付与魔法に魔法解除レジストは相性が悪く、作成は困難とされていた。

 

「なんだべ!?何も見えないべ!?」



「やっぱり!むっさん、今のうちっす!彼は幻惑魔法を解除できないんすよ!」



「ふむ。ならば!」



 今度こそ確実に一撃を入れるべく、むっさんは全速力で走り出した。

 そして拳をライアンへと振り下ろした時に異変が起きる。

 認識しているのに、ライアンの気配が目の前から消えたのだ。

 そこには存在しているけれど、その気配がまるでそこにいないかの様に全く感じない。

 更に加えて、視界を奪われてるはずのライアンがむっさんにむかって笑みを浮かべたのだ。

 第六感が不味いと感じたのか離脱する。

 その勘は当たっていた。

 魔道具が使用されたのだ。

 それは相手を猛毒で肉体を蝕む魔法、呪毒アシッド。

 いくら強固なSランクの魔物でも、毒には対処できないのだ。



「この臭い、毒か」



「チッ!避けたべか」



「まるで見えてるかの様な動きっす!魔法が効いてないんすか!?」



 当然魔法は効いていた。

 しかしそれでもむっさんの位置を把握していたのは事実だった。

 それは単純に彼が闘い慣れている元傭兵だからに他ならない。



「例え目が見えなくとも、声や足音で大体の位置は把握できるべ?」



 見えなくなったところで意味をなさない。

 彼は夜目が効いていても見えない様な暗闇の森での任務などもあった。

 それ故に21歳になった今は、いついかなる状態になっても戦える様になっていたのだ。





「飛んだ曲者だな」



「ミライが俺達をここに配置したのも頷けるね」



 一人だけリリィが見た最大火力が低かった。

 気配が誰よりも気薄だった。

 得体の知れない何かがあった。

 だからこそSランクの魔物をミライは配置した。

 事実、圧倒的な能力を見せていないにも関わらず、リアス達が苦戦したSランクの魔物と対等に渡り合っている事からも、その実力の一端が窺える。

 傷こそ付けていないが、互いに無傷なのだ。

 それだけ彼は戦・い・慣・れ・している。



「しかしこれは面倒この上ないべ!」



「っ!?なんだ!?急に何かに!」



 むっさんは急にライアンの方へと何かが引っ張ってきて困惑を隠せない。

 まるで吸い寄せられている様なそんな勢いだった。

 しかしカムイと言うのは、全身が筋肉で出来ている。

 それこそ野生のクマの何倍もの筋肉だ。

 そして筋肉は脂肪よりも重い。

 これだけの巨体を引っ張る力に、流石のむっさんも困惑を隠せない。

 

「これが俺の力だべ!」



 そして鋼よりも硬い肉体に魔力まで組み合わさった強化な防御力を、たった一本の何の変哲もない短剣が突き破り、むっさんの胸に突き刺さる。

 それほどの勢いで飛んでいったのだ。

 推進力だけで彼の防御を突破した。

 そしてその勢いは衰える事なく、ライアンの後ろの壁へと激突していく。

 

「うっぐ!」



 刺さったのは右胸で致命傷にこそならなかった。

 しかし肺部分が損傷したことも確かで、すぐに治療しなければ大変なことになる傷でもあった。



「むっさん!」



「大丈夫だ!」



 ふらふらと立ちあがる。

 即座に短剣をなかったことが功を成した。

 短剣が止血ているおかげで、まだ立ちあがる体力が残っている。

 しかしダメージが深いのもまた事実。



「立ちあがるんだべか!」



「貴様の能力はわかった。貴様は触れた物を同じく触れた場所へと吸い寄せる能力か」



「今ので殺さなかったのは痛いべ。流石に攻勢に出たらすぐに能力がバレるとは思ったべ!」



 ライアンの能力は触れたものを触れた場所に飛ばす能力。

 たったそれだけの力だが、使い方を間違えなければこれほどの実力を発揮する。

 最初に家具を飛ばしたのは、先に触れといた二人がいた場所の壁をターゲットにして飛ばした。

 むっさんに殴りかかったのは、マーキングしてこの様に攻撃に持っていくのが狙いだった。

 本来はこれで決着をつける予定だったライアン。

 しかし戦闘と言うのはそんな簡単に終わらない。

 現にむっさんはまだ立っていて、ライアンは能力を割れてしまっている。

 彼のこれまで傭兵人生からわかる。

 能力がバレた状態で一人でこの二人に勝つのは、いくらむっさんの傷深くても不可能だと。



「こりゃ潮時だべ?今回の責任はアルテリシアにあるとはいえ、本国に戻ったら違約金だべかぁ」



「何を言っている?」



「俺達に挟み撃ちにされて逃げようとしてるのが正しいんじゃないすか?」



「正解だべ。こりゃ割りに合わないべ。流石にトンズラさせてもらうけど、逃がしてくれたら嬉しいんだべが?」



「逃すくらいなら殺す」



「そうっすね。生捕が理想っすけど、むざむざ逃してまた攻めてきても面倒っす」



「交渉決裂だべか。ならこれならどうだべ?」



 ライアンは地面へと手をついた。

 再びむっさんに吸引力が発生する。

 しかし今度は先ほどよりも弱い。

 むっさんは勢いを逆に利用して拳をぶちかます事を狙っていた。

 しかし彼が傭兵を始めたのは7歳で14年間の経験から、どれだけ的確な動きをするかは今までの戦いぶりからも明らかだった。

 彼が吸引したのは短剣だったのだ。



「がはっ!」



「むっさん!」



「某に構うな!奴を!」



「っ!わかったっす!」



 ツリムはライアンに触れていない為、能力は使えない。

 そして魔法に長けたツリムとライアンの相性はかなり悪かった為、顔を引き攣るライアン。

 

「時限炎弾タイムドファイア」



 小さな炎がライアンへと迫っていく。

 最初こそ小さい炎だが、それは徐々に巨大化していく。

 ライアンに到達する時には巨大な炎の弾へと変貌を遂げた。



「これじゃあシールドじゃ無理だべ?・・こいつならどうだべか!」



 ライアンもまた魔道具を使用した。

 発動した魔法は、炎の魔法とは相性のいい水属性の魔法。



「まさか、これは!?」



「アルカヘイスト。これ作ってもらうの大変だったんだべよ」



 水の上級魔法で、どんなものでも包み込み鎮火させて仕舞う強力な水の上級魔法。

 ブレイズファイアを飲み込み霧散させ、更に二人を飲み込もうとしている。

 鎮火とは聞こえがいいが、もしこれを直接食らった場合、肉体の機能をも停止させる恐れのある危険な魔法だった。

 そして胸に重傷を負ってるむっさんが食らえばひとたまりもない。



「くっ!」



「何をしているツリム!このままじゃ------ゲホゲホッ!」



「今のむっさんにあれを避ける体力は残ってないっすよ!アルカヘイストは唯一配下を持つ神話級の精霊の水神とその眷属しか使えないって聞いたっす。逆にそれはそれほど強力な魔法ということの裏返し」



 恐らく無理矢理ツリムが突っ込めば、突破できていた事は確かだった。

 境界斥力フォライズンのあるツリムには関係ないからだ。

 だがむっさんは違う。

 彼が万全な状態なら、魔力を纏って魔法を霧散させることも出来ただろう。

 しかし今の状態ではそれも叶わない。

 故にライアンはアルカヘイストを選び、見事にアルゴノート邸から離脱した。

 ツリムに後悔はない。

 例え勝っても、死人を出せば負けなのだ。



「不甲斐、ないな」



「いや、初見であれを見切るのは難しいっす。でもむっさんがあの攻撃を受けなければ、こんなことにもなってなかったんすよ?」



 いくら才能があろうと、それに慢心していては何も掴み取れない。

 油断せずに徹底してライアンと闘っていれば、また違う結末が待っていたかも知れない。

 しかしそれはたらればの話だ。

 人生において、結果が全て。

 胸の傷を抑えながら、むっさんは拳を地面に叩きつけた。
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