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第一章 絶望と運命の出会い
第四話 捨てたはずの無能が、一番の宝物でした
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翌朝、私は人生で最高の目覚めを迎えた。差し込む朝日は眩しく、空気は昨日までのドロドロとした重さが嘘のように澄み渡っている。
(ふふ、やっぱりお掃除って素晴らしいわ!)
私は居ても立ってもいられず、昨日借りた予備のドレスを短く括り上げると、バケツと雑巾を持って廊下へ飛び出した。目指すは、昨日アレクシス様が歩いていたあの長い廊下。彼のマントを汚していた黒い靄を、根こそぎ落として差し上げたい。
「さあ、お掃除開始です!」
私が雑巾を手に取り、床に触れた瞬間――。またしても、身体の奥から溢れ出すような光の奔流。昨日よりもずっと自然に、そして強力に、光が城の奥深くへと浸透していく。
パキパキ、と心地よい音を立てて呪いが剥がれ落ち、壁に飾られた古い絵画や鎧が、まるで新品のような輝きを取り戻していく。私は無我夢中で、歌うように掃除を続けた。
一方その頃。レティシアを捨てた――バーンズ伯爵家では、異変が起きていた。
「……何よ、この部屋! どうしてこんなに寒いの!?」
姉のミランダが、自室の鏡を見て悲鳴を上げた。昨日まで豪華絢爛だった彼女の部屋は、なぜか一晩で薄汚れ、隅にはどす黒いカビが這い回っている。それだけではない。彼女が自慢していた宝石のような魔力も、なぜか急激に衰え、お肌はガサガサに荒れ果てていた。
「お父様! お母様! 早く誰かに掃除をさせて! この家、なんだか臭うわ!」
伯爵夫妻もまた、顔を青くして震えていた。実は、この伯爵家を災厄から守り、繁栄させていたのは、姉の魔力などではなかった。レティシアが毎日欠かさず行っていた『お掃除』という名の絶対浄化。彼女が家の隅々まで魔力を注いでいたからこそ、この家は保たれていたのだ。
守り手を失った伯爵家は、今や急速に腐敗し始めていた。だが、愚かな彼らはまだ、その理由に気づいていない。
***
「……レティシア」
背後からかけられた低い声に、私はビクリとして振り返った。そこには、昨日の仮面を外したアレクシス様が立っていた。
「ひゃっ……!? あ、アレクシス様……その、勝手にお掃除を……」
叱られるかと思って身を縮めたが、彼の反応は違った。初めて見る彼の素顔。鋭いけれどどこか悲しげな金の瞳と、彫刻のように整った鼻筋。あまりの美しさに、私は息を呑む。
「……君が掃除をした場所は、空気が美味いな。……呪いに侵された俺の右腕も、心なしか痛みが引いている」
彼は私の手から雑巾を取り上げると、私の小さな手を自分の大きな掌で包み込んだ。
「掃除は使用人に任せろと言いたいが……君のこれは、もう掃除の域を超えている。……あまり、無茶はするな。君が倒れたら、俺が困る」 「アレクシス様……」 「これからは、俺のそばを離れるな。……君をあの地獄に返したりはしない。絶対にだ」
彼の強い眼差しに、私は顔が火照るのを感じた。実家では「汚らわしい」と触れることすら拒まれていた私の手を、彼は愛おしそうに握り締めている。
アレクシス様に手を握られ、熱い視線を向けられていたその時だった。
「旦那様、レティシア様。失礼いたします」
部屋の扉がノックされ、老執事のセバスが険しい表情で入ってきた。その手には、見覚えのある紋章が刻まれた一通の書状がある。
「バーンズ伯爵家より、早馬で届けられました。レティシア様宛だそうです」
私は、その紋章を見ただけで心臓が冷たく凍りつくのを感じた。私を「無能」と呼び、棺桶のような馬車に押し込めて捨てた、あの実家からの手紙。
「……っ。お父様から……?」 「レティシア、顔色が悪いぞ。……俺が読もう」
アレクシス様は私の震える手から手紙を奪い取るように受け取ると、鋭い手つきで封を切った。そこには、殴り書きのような、身勝手極まりない言葉が並んでいた。
『レティシア。急用だ。お前がいなくなってからミランダの体調が優れない。家の汚れも酷い有様だ。今すぐ実家に戻り、姉の世話と屋敷の掃除をしろ。これは親としての命令だ。公爵には、無能なお前を返してもらう代わりに代わりの生贄を出すと伝えてある――』
「……無能なお前を『返してもらう』、か。よくも抜かしたものだ」
アレクシス様から漏れ出た声は、地を這うほどに低く、怒りに満ちていた。彼の手の中で、手紙がパチパチと黒い炎に包まれ、一瞬で灰へと変わっていく。
「アレクシス様……?」
アレクシス様は冷徹な眼差しで、執事に命じる。
「『我が妻レティシアは、ヴォルフェン領の呪いを解いた奇跡の聖女である。二度と接触を試みるなら、ヴォルフェン公爵家の総力を挙げて貴様ら伯爵家を叩き潰す』とな。……盛大な絶縁状を叩きつけてやれ」
「御意に。最高に冷酷な書面を用意いたしましょう」
セバスが深く頭を下げ、部屋を去っていく。
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(ふふ、やっぱりお掃除って素晴らしいわ!)
私は居ても立ってもいられず、昨日借りた予備のドレスを短く括り上げると、バケツと雑巾を持って廊下へ飛び出した。目指すは、昨日アレクシス様が歩いていたあの長い廊下。彼のマントを汚していた黒い靄を、根こそぎ落として差し上げたい。
「さあ、お掃除開始です!」
私が雑巾を手に取り、床に触れた瞬間――。またしても、身体の奥から溢れ出すような光の奔流。昨日よりもずっと自然に、そして強力に、光が城の奥深くへと浸透していく。
パキパキ、と心地よい音を立てて呪いが剥がれ落ち、壁に飾られた古い絵画や鎧が、まるで新品のような輝きを取り戻していく。私は無我夢中で、歌うように掃除を続けた。
一方その頃。レティシアを捨てた――バーンズ伯爵家では、異変が起きていた。
「……何よ、この部屋! どうしてこんなに寒いの!?」
姉のミランダが、自室の鏡を見て悲鳴を上げた。昨日まで豪華絢爛だった彼女の部屋は、なぜか一晩で薄汚れ、隅にはどす黒いカビが這い回っている。それだけではない。彼女が自慢していた宝石のような魔力も、なぜか急激に衰え、お肌はガサガサに荒れ果てていた。
「お父様! お母様! 早く誰かに掃除をさせて! この家、なんだか臭うわ!」
伯爵夫妻もまた、顔を青くして震えていた。実は、この伯爵家を災厄から守り、繁栄させていたのは、姉の魔力などではなかった。レティシアが毎日欠かさず行っていた『お掃除』という名の絶対浄化。彼女が家の隅々まで魔力を注いでいたからこそ、この家は保たれていたのだ。
守り手を失った伯爵家は、今や急速に腐敗し始めていた。だが、愚かな彼らはまだ、その理由に気づいていない。
***
「……レティシア」
背後からかけられた低い声に、私はビクリとして振り返った。そこには、昨日の仮面を外したアレクシス様が立っていた。
「ひゃっ……!? あ、アレクシス様……その、勝手にお掃除を……」
叱られるかと思って身を縮めたが、彼の反応は違った。初めて見る彼の素顔。鋭いけれどどこか悲しげな金の瞳と、彫刻のように整った鼻筋。あまりの美しさに、私は息を呑む。
「……君が掃除をした場所は、空気が美味いな。……呪いに侵された俺の右腕も、心なしか痛みが引いている」
彼は私の手から雑巾を取り上げると、私の小さな手を自分の大きな掌で包み込んだ。
「掃除は使用人に任せろと言いたいが……君のこれは、もう掃除の域を超えている。……あまり、無茶はするな。君が倒れたら、俺が困る」 「アレクシス様……」 「これからは、俺のそばを離れるな。……君をあの地獄に返したりはしない。絶対にだ」
彼の強い眼差しに、私は顔が火照るのを感じた。実家では「汚らわしい」と触れることすら拒まれていた私の手を、彼は愛おしそうに握り締めている。
アレクシス様に手を握られ、熱い視線を向けられていたその時だった。
「旦那様、レティシア様。失礼いたします」
部屋の扉がノックされ、老執事のセバスが険しい表情で入ってきた。その手には、見覚えのある紋章が刻まれた一通の書状がある。
「バーンズ伯爵家より、早馬で届けられました。レティシア様宛だそうです」
私は、その紋章を見ただけで心臓が冷たく凍りつくのを感じた。私を「無能」と呼び、棺桶のような馬車に押し込めて捨てた、あの実家からの手紙。
「……っ。お父様から……?」 「レティシア、顔色が悪いぞ。……俺が読もう」
アレクシス様は私の震える手から手紙を奪い取るように受け取ると、鋭い手つきで封を切った。そこには、殴り書きのような、身勝手極まりない言葉が並んでいた。
『レティシア。急用だ。お前がいなくなってからミランダの体調が優れない。家の汚れも酷い有様だ。今すぐ実家に戻り、姉の世話と屋敷の掃除をしろ。これは親としての命令だ。公爵には、無能なお前を返してもらう代わりに代わりの生贄を出すと伝えてある――』
「……無能なお前を『返してもらう』、か。よくも抜かしたものだ」
アレクシス様から漏れ出た声は、地を這うほどに低く、怒りに満ちていた。彼の手の中で、手紙がパチパチと黒い炎に包まれ、一瞬で灰へと変わっていく。
「アレクシス様……?」
アレクシス様は冷徹な眼差しで、執事に命じる。
「『我が妻レティシアは、ヴォルフェン領の呪いを解いた奇跡の聖女である。二度と接触を試みるなら、ヴォルフェン公爵家の総力を挙げて貴様ら伯爵家を叩き潰す』とな。……盛大な絶縁状を叩きつけてやれ」
「御意に。最高に冷酷な書面を用意いたしましょう」
セバスが深く頭を下げ、部屋を去っていく。
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