身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん

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第四章:没落家族の再来と、真の幸福編

第四十八話 初めての夜、本当の夫婦

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 ヴォルフェン公爵領を揺るがした、あの大熱狂の「伝説の結婚式」から数刻後。
 夜の帳が完全に下り、祝宴の喧騒が遠い波音のように微かに聞こえるのみとなった深夜。

 公爵城の最奥、最も高い塔に位置する主寝室の重厚な扉が、カチャリと静かな音を立てて閉ざされた。
 外界から完全に遮断されたその空間には、月光だけが銀色の絨毯のように降り注いでいる。

「……やっと、二人きりになれたな」

 アレクシスが、深い安堵と、それ以上に熱い吐息を漏らして言った。
 彼は漆黒の礼装の上着を脱ぎ捨て、少し乱れた前髪をかき上げる。その仕草一つにも、昼間の「公爵」としての威厳とは違う、一人の男としての色香が漂っていた。

「はい……。長い一日でしたね、アレクシス様」

 レティシアは、窓辺に立ち、夜風に少し火照った頬を撫でられていた。
 純白のウェディングドレスは、月明かりの下で真珠のような光沢を放っている。式の間中、世界中に「浄化の光」を振りまき続けた彼女だが、その瞳には疲労の色はなく、むしろ愛する人と結ばれた喜びで星のように輝いていた。

 アレクシスは音もなくレティシアの背後に近づくと、その華奢な腰に腕を回し、首筋に顔を埋めた。

「……長かった。本当に長かった。君が俺の前に現れてから今日まで、まるで夢の中を走っているようだった」

「夢じゃありませんよ。ほら、ちゃんと温かいでしょう?」

 レティシアが、腰に回されたアレクシスの手に自分の手を重ねる。
 かつては冷たい呪いの霧に覆われていたその手は、今は驚くほど温かく、そして力強い脈動を伝えてくる。

「ああ、温かい。……君が洗ってくれたからだ。俺の体も、心も、運命さえも」

 アレクシスはレティシアの体をゆっくりと反転させ、自分と向き合わせる。
 至近距離で見つめ合う、黄金の瞳と蒼穹の瞳。
 そこにはもう、言葉はいらなかった。

「……レティシア。ドレスを、脱がせてもいいか?」

 その問いかけは、命令ではなく、どこまでも相手を尊重する懇願だった。
 レティシアは頬を薔薇色に染め、小さく頷いた。

「はい……。あなたのものですから、アレクシス様」

 アレクシスの指が、震えるような慎重さでドレスの紐を解いていく。
 幾重にも重ねられたシルクが衣擦れの音を立てて滑り落ちるたび、レティシアの白磁のような肌が露わになっていく。
 それは、彼が何よりも大切に守り抜き、そして誰よりも独占したかった「聖域」そのものだった。

 やがて、身に纏うものがなくなったレティシアを、アレクシスは壊れ物を扱うようにそっと抱き上げ、天蓋付きの広大なベッドへと運んだ。
 最高級の羽毛で作られた純白のシーツに、レティシアの体が沈み込む。

「……綺麗だ。どんな宝石よりも、どんな星空よりも」

 アレクシスが覆いかぶさるようにして、レティシアを見下ろす。その瞳の奥には、抑えきれない情熱の炎が揺らめいていた。
 しかし、彼はまだ最後の一線を越えるのを躊躇っているようにも見えた。

「……どうされたのですか?」

 レティシアが不思議そうに尋ねると、アレクシスは自嘲気味に笑った。

「怖いんだ。……俺の中の呪いは消えたはずなのに、まだ信じられない自分がいる。この手で君に触れて、もしまた君を汚してしまったらと思うと……」

 彼はヴォルフェン公爵家の「死神」として生きてきた年月があまりに長すぎたのだ。幸せになることへの恐怖、愛する人を傷つけることへの根源的な恐れが、心の片隅に残っていたのかもしれない。

 レティシアは、そんな彼の不安を見透かすように、優しく微笑んだ。
 そして、両手を伸ばしてアレクシスの頬を包み込む。

「アレクシス様。……私を見てください」

「レティシア……」

「私は『お掃除聖女』ですよ? もし、万が一、アレクシス様の中にまだ小さな汚れが残っていたとしても、私がその都度、綺麗にして差し上げます」

 レティシアは、いたずらっぽく、けれど聖母のような慈愛を込めて言った。

「それに……今の私たちがしようとしていることは、汚れを移すことではありません。お互いの愛を確かめ合って、心を磨き合うことです。……だから、怖がらないで」

 その言葉は、アレクシスの心に残っていた最後の迷いを、春の雪解けのように溶かしていった。
 そうだ。彼女はいつだって、俺の恐れを希望に変えてくれた。

「……参ったな。君には一生、敵いそうにない」

「ふふ、勝とうと思わないでくださいね。私たちは、二人で一つなんですから」

 アレクシスは観念したように微笑むと、ゆっくりと顔を寄せ、レティシアの唇を塞いだ。
 誓いのキスよりも深く、甘く、そして溶けるような口づけ。

 部屋の明かりである魔石のランプを、アレクシスが指先一つで消す。
 暗闇の中で、二人の衣擦れの音と、熱い吐息だけが重なり合う。

「……んっ、……アレクシス、さま……」

「愛している、レティシア。……今夜は、君の全てを俺に刻み込ませてくれ」

 アレクシスの手が、レティシアの背中を、腰を、そして指先までを愛おしむように這う。その感触は熱く、しかしどこまでも優しい。
 レティシアもまた、彼の逞しい背中に腕を回し、その存在を全身で受け入れた。

 かつて「泥だらけの令嬢」と呼ばれた少女と、「死神」と恐れられた公爵。
 孤独だった二つの魂が、今夜、真の意味で一つに溶け合う。
 痛みも悲しみも、すべては過去の彼方へ。
 そこにあるのは、互いを求め合う純粋な愛と、魂が震えるような充足感だけだった。

 「……あ……、アレクシス様……っ」

 「レティシア……、離さない。もう二度と……」

 夜は長く、そして甘やかに更けていった。
 窓の外では、月が雲に隠れ、恋人たちの秘め事を優しく見守っていた。

 ***

 翌朝。
 カーテンの隙間から差し込む朝陽が、ベッドの上で眠る二人を照らし出した。
 アレクシスは先に目を覚ましていたが、腕の中で安らかな寝息を立てているレティシアを起こさないよう、微動だにせずにその寝顔を見つめ続けていた。

(……夢では、なかった)

 彼は自分の腕の中に確かな温もりがあることを確認し、胸の奥が締め付けられるほどの幸福を感じていた。
 レティシアの肩には、昨夜の愛の痕跡がほんのりと残っている。それがまた、彼のアレクシスとしての独占欲を強烈に刺激した。

「……んぅ……」

 レティシアが小さく身じろぎをし、長い睫毛を震わせて目を開けた。
 まだ眠気の残る瞳が、目の前のアレクシスを捉え、ふわりと花が綻ぶように微笑む。

「……おはようございます、あなた《・・・》」

 その自然な呼びかけに、アレクシスの心臓が大きく跳ねた。
 公爵閣下でも、アレクシス様でもなく、「あなた」。それは、二人が本当の夫婦になった証。

「……おはよう、レティシア。……よく眠れたか?」

「はい。とっても……。なんだか、今までで一番、深い安心感に包まれていた気がします」

 レティシアは恥ずかしそうにシーツを顔まで引き上げながらも、幸せそうに上目遣いで彼を見た。
 アレクシスは耐えきれず、シーツ越しに彼女を抱きしめる。

「君は……朝から俺をどうするつもりだ」

「え? 私、ただ挨拶をしただけですけど……」

「その無防備な可愛らしさが、俺の理性を削り取ると言っているんだ」

 アレクシスが低い声で唸ると、レティシアはクスクスと笑った。

「ふふ、アレクシス様ったら。……でも、今日は朝から『領地の大掃除パレード』があるんですよ? 領民のみんなが待っています」

「……パレードなど、地龍にやらせておけばいい。俺は今日一日、君とこのベッドから出たくない」

「ダメです! 領主様がそんな怠け者じゃ、領地が汚れちゃいます!」

 レティシアはアレクシスの頬に軽くキスをして、身軽にベッドから抜け出した。
 朝日を背に浴びて立つ彼女の姿は、昨夜の艶やかさとはまた違う、凛とした美しさに満ちていた。

「さあ、アレクシス様。新しい一日の始まりです。今日も世界をピカピカにしましょう!」

 その眩しい笑顔を見て、アレクシスは降参の溜息をつき、しかし最高に幸せな表情で起き上がった。

「……ああ。君が望むなら、世界の果てまで付き合おう」

 こうして、本当の夫婦となった二人の、騒がしくも愛に満ちた新しい生活が幕を開けたのである。

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 【第四十九話の予告】

結婚から数年の時が流れ、ヴォルフェン領は「世界で一番美しい観光都市」として繁栄を極めていました。
そして、公爵城の庭園には、元気いっぱいに走り回る二人の子供と、箒片手にそれを追いかけるレティシアの姿が!
アレクシスそっくりの長男と、レティシア似の長女。
二人の「お掃除英才教育」の成果やいかに!?
幸せの絶頂を描く、エピローグ直前の日常回!
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