その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

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歩く距離感

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「何を笑っているの?思い出し笑い?」

「ハルさん!」

スッポンの自分が池を泳ぐ姿を想像して吹き出してしまったミルルに、定時で仕事を終えた夫ハルジオが声を掛けて来た。

当たり前だが朝見送ったままの姿のハルジオに、ミルルは感動していた。

「ふふ朝のハルさんと寸分変わらずハルさんのままだわ」

「ん?当たり前じゃない?」

「夜遅い時はくたびれて別人の様になったハルさんだもの」

「ああ、そういう事か。定時で上がれるって素晴らしいよね」

ハルジオがミルルに手を差し伸べた。

「ホントね」

ミルルはその手を取り、ソファーから立ち上がる。

「じゃあ行こうか」

「うん」

二人手を繋ぎ魔法省の建物を出た。 

先輩と後輩時代はこうやって手を繋いで魔法省の敷地内を歩くなんて想像も付かなかった。

人生はホント、何が起こるか分からない。


ミルルはふと、入省して初めてハルジオと出会った時の事を思い出していた。


入省試験にパスし、初めて配属された部署の先輩として紹介されたのがハルジオだ。

『は、はぢめましてよろしくお願いします!セ…セノ=ミルルと申します!」

「ははは、緊張し過ぎ。“はぢめまして”になってたよ。ん?セノ?苗字だよね?東方の国の人?」

「ち、父が東方人なんです」

「あぁそれで。よろしくねセノさん。俺はハルジオ=バイス、キミのバディだ」

「バディ……」

「そう。相棒だよ」


その時の朗らかで優しげなハルジオの笑顔に緊張の糸がするすると解けてゆくのを感じた事を、ミルルは今も覚えている。



「何が食べたい?何でもご馳走するよ」

ハルジオの言葉に、ミルルは思い出の旅から引き戻される。

「え?あ、そうね。ハルさんは何が良い?」

「俺はミルルが食べたいものでいいよ。今日は奥サマに感謝する日なんだから」

「ふふ、じゃあ……東方食のレストランがいいかな。久しぶりにテンプラが食べたいの」

「いいね、じゃあそうしよう」

ハルジオはミルルの手を引いてレストランのある方向へと歩き出した。

僅かに足を引き摺るミルルの為にゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれる。

こうやって二人で並んで歩くのがいつの間にか当たり前のようになっていた。

先輩と後輩時代とはまた違う歩く速度、互いの距離感。

そのどちらも忘れないでおこうと、ミルルは思うのであった。


「それで?さっきはどうして笑っていたの?」

「わたしね、泳ぎの練習をしようかと思って」

「泳ぎ?リハビリとか?」

「スッポンに相応しくなりたくて」

「……うん?」



その二人並んで歩いて行く姿を、魔法省の窓からじっと見つめる人が居た事を、ミルルは知らない。






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