セフ令嬢は引き際をわきまえている

キムラましゅろう

文字の大きさ
11 / 14

セフ令嬢の知らない裏側 ハッシュside①

しおりを挟む
「……え?旅に出たって……え?え?なんで?何処にっ……?」

「さあぁ~?アンタに頼まれて、次の日に様子を見に行ったらもうどこかへ旅立った後だったわよぉぉ~?」

ミュリアの様子を見て欲しいと頼んだ母親から聞かされた言葉に、俺は只々狼狽えた。




直属の上官となったローベル副師団長に随行した地方駐屯地から戻って直ぐに、
俺、ハッシュ=ダルトンは王宮内にある図書室へと向かった。
勿論ミュリアに会うために。

そこで他の職員からしばらく有給消化で休む事になったと聞き、何だか嫌な予感がして彼女のアパートへと足を運ぶ。

だけど玄関のチャイムを何度鳴らしても、不自然に新しくなったドアが開く事はなかった。
いつもならチャイムを鳴らして直ぐに少しはにかみながら「いらっしゃい」と開けてくれるのだが、
部屋の中からは人の気配はしなかった。

地方へ行く前、ミュリアに会いに来た時は変わらず迎えてくれたのに。
初めて彼女に会った時から堪らなく惹かれるその微笑みを向けてくれたのに。

だけどふと、彼女から感じる違和感が気になって仕方なかった。
だから母親に彼女の事を打ち明けて様子を見に行って貰った。

母は俺に特別な女性が出来た事を晴天の霹靂とでも言わんばかりに驚いていたが。

いつ出会ったのか根掘り葉掘り聞かれそうになったが時間がない為それはまた今度と言って王宮へ戻った。

ミュリアは合コン以前に俺と会っている事を忘れているようだが、実はそれ以前に俺たちは会っていた。

そしてすでに惹かれていたミュリアが来ると知り、急遽参加した合コン。
そこで心が弱っていた彼女に付け入る形となると分かっていても、どうしてもきっかけが欲しかった。

わかってる。
彼女は貴族で俺は平民だ。
婚姻はおろか交際すること事でさえ、世間ではタブーとされている。
偏に貴族女性の通常の婚姻の条件が清い身であらねばならない事からこの暗黙の了解のようなルールが、特に王宮内では敷かれている。

それでも、それでも、彼女を抱きしめずにはいられなかった。

あの夜酒に酔いながら俺の背中で泣いていたミュリアを、
帰らないで欲しい、側にいて欲しい、寂しい、悲しいと泣くミュリアを放っておく事など出来なかったから。

長い闘病生活の末、儚くなった妹の死に打ち拉がれる日々に、一筋の光を与えてくれたのが彼女だったのだから。

生前、王宮の図書室で借りた小説を妹の枕元でよく読んでやっていた。
十八だった妹が楽しみにしていた王女と王宮文官との恋愛小説。
その物語の結末を知る事なく、妹は旅立った。
母と俺が一日でも長く生きてくれるようにと自らの寝食も忘れるほどに看病しても、妹の命を繋ぎ止めておく事は出来なかった。

早くに父親を事故で亡くし、母と妹と三人で生きてきた。
その妹が俺と母を遺し、一人で逝ってしまったのだ。

俺たちの喪失感は半端なかった。
今までの反動か何をする気力も湧かず、ただ妹の遺品を手に取って眺める事で心の寂しさを埋める日々。
幾ら遺品を眺めたところで妹はもう居ないというのに。
その遺品の中に、妹の為に図書室で借りた本がある事を思い出す。

とりあえず本を返却しなくては……。

遣る瀬無い気持ちを抱え、俺は返却期日を一日過ぎてしまっていた本を返しに図書室へ行った。
そしてその時にカウンターで対応してくれたのがミュリアだったのだ。

期日内に返却が出来なかった事を詫びると、他の利用者から予約が入っている訳でもないので大丈夫だと、彼女は言ってくれた。

「この作家さんがお好きなんですか?」

あの時確かミュリアはそう言った。
俺は別に自分のために借りた本ではないので違うと返答したと記憶にある。

じゃあなぜこの本を返却が遅れるまで借りたんだという話になるが、その事について触れて欲しくなかった俺は随分素っ気ない態度だったと思う。

だけど彼女はただ笑顔で、

「そうなんですね。この作家さんは恋愛小説以外にも児童文学も手掛けられているんです。幼い女の子が主人公のお話が多いのですが、何気ない日常を切り取った描写が何とも言えない温かさがあって……あ、でも大人の男性にお勧めするのは変なのかもしれませんね、すみません失礼しました」

と言った姿が何故か印象深くて、気がつけば勧められた本を手に取っていた。

それはミュリアが言っていたように、十歳の女の子が留守番をしたりおつかいに行ったり兄と喧嘩をしたり。
そんなありふれた日常を描いた物語で、それが妙に懐かしく感じた。
あぁそうか。この物語に描かれているのはどこにでも誰にでもある、ささやかな日常。

それは俺にも亡くなった妹にも当然あった、そんな懐かしい子ども時代の記憶の物語。

そしていつしか、その物語の主人公と亡くなった妹を重ねて何度も読み返していた。

病に倒れる前はこの物語の少女のように何気ない日常の中で、妹も確かに生きていたのだ。

本を開けば少女の日常にいつでも触れられるように、
俺が忘れなければ妹は今も思い出の中で生き続けていられる。

そう思えた時、悲しみだけではない不思議な感情が心に芽生えた。
居なくなってしまったと思っていた妹が帰ってきた、そんな感覚がしたのだ。

そしてその後も本を何度も読み返し、今度は期日内に返却した時に良い本を紹介してくれた礼を言うと、ミュリアは心から嬉しそうに笑ってくれた。

生気に満ち溢れた眩しい笑顔。
思えばその笑顔に一目惚れしたんだと思う。

それからは利用者として図書室に通いカウンター越しにミュリアと接した。

聞けば彼女は男爵家の令嬢というではないか。
どう頑張っても身分差は越えられないのがこの国の現状だ。
だからカウンターを挟んでの司書と利用者という関係で満足する他なかった。

彼女はいずれ、親の決めた貴族の子息と結婚し家庭を持つ。
それが貴族女性の幸せの形であると誰かから聞き、俺はただミュリアの幸せを願う男の一人として生きてゆくしかないのだと思っていた。

だからそのミュリアが合コンに参加すると知り、何かの間違いではないのかと思った。
それでも確かめずにはいられなくて仲間に頼み込み参加したのだ。

そして信じられない事に本当に彼女がいるではないか。

しかも何かあったのか明らかに呑み慣れない酒をかなりのハイペースで呑んでいる。
これは危ない。
さっきから男どもがミュリアの様子を窺っている。
俺は当然、他の奴らを牽制し、時には圧を掛けながらミュリアの隣を死守し無防備な彼女がお持ち帰りされないようにした。


…………まさか自分がお持ち帰りする結果になるとは思わなかったが。


そして奇跡が起きた。
俺の中ではそう言っても過言ではない。

だからたった一夜の過ちで終わらせたくはなかった。

ミュリアが二度目も望んでくれた事が、
そしてその後も俺を求めてくれた事が本当に嬉しかった。

もう、彼女のいない人生なんて耐えられない。

だけどミュリアは貴族女性。

そのミュリアと共に人生を歩んで行けるようにする為には慎重に動かなくていけない。

どうすればいい?
とりあえず横槍や妨害が入らないように、そして変な噂が立ち、ミュリアに害が及ばないようにしなくては。
平民騎士と一緒いるところを見られて、ミュリアが後ろ指を指されないように注意しなくてはならない。

彼女の気持ちが、いつか俺の気持ちに追い付いてくれた時にいつでも動けるように何とかその道筋は立てておきたい。


でも……

……気持ちが追いついてくれなくても、

側に居続けたいと言ったら、キミは迷惑だろうか。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



お気づきでしょうが……

ハッシュはヒロインよりヒロインなのです☆

次回、アドバイザー登場?

そして裏ハッシュも登場?









しおりを挟む
感想 327

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜

涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください 「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」 呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。 その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。 希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。 アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。 自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。 そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。 アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が…… 切ない→ハッピーエンドです ※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています 後日談追加しました

処理中です...