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セフ令嬢の知らない裏側 ハッシュside①
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「……え?旅に出たって……え?え?なんで?何処にっ……?」
「さあぁ~?アンタに頼まれて、次の日に様子を見に行ったらもうどこかへ旅立った後だったわよぉぉ~?」
ミュリアの様子を見て欲しいと頼んだ母親から聞かされた言葉に、俺は只々狼狽えた。
直属の上官となったローベル副師団長に随行した地方駐屯地から戻って直ぐに、
俺、ハッシュ=ダルトンは王宮内にある図書室へと向かった。
勿論ミュリアに会うために。
そこで他の職員からしばらく有給消化で休む事になったと聞き、何だか嫌な予感がして彼女のアパートへと足を運ぶ。
だけど玄関のチャイムを何度鳴らしても、不自然に新しくなったドアが開く事はなかった。
いつもならチャイムを鳴らして直ぐに少しはにかみながら「いらっしゃい」と開けてくれるのだが、
部屋の中からは人の気配はしなかった。
地方へ行く前、ミュリアに会いに来た時は変わらず迎えてくれたのに。
初めて彼女に会った時から堪らなく惹かれるその微笑みを向けてくれたのに。
だけどふと、彼女から感じる違和感が気になって仕方なかった。
だから母親に彼女の事を打ち明けて様子を見に行って貰った。
母は俺に特別な女性が出来た事を晴天の霹靂とでも言わんばかりに驚いていたが。
いつ出会ったのか根掘り葉掘り聞かれそうになったが時間がない為それはまた今度と言って王宮へ戻った。
ミュリアは合コン以前に俺と会っている事を忘れているようだが、実はそれ以前に俺たちは会っていた。
そしてすでに惹かれていたミュリアが来ると知り、急遽参加した合コン。
そこで心が弱っていた彼女に付け入る形となると分かっていても、どうしてもきっかけが欲しかった。
わかってる。
彼女は貴族で俺は平民だ。
婚姻はおろか交際すること事でさえ、世間ではタブーとされている。
偏に貴族女性の通常の婚姻の条件が清い身であらねばならない事からこの暗黙の了解のようなルールが、特に王宮内では敷かれている。
それでも、それでも、彼女を抱きしめずにはいられなかった。
あの夜酒に酔いながら俺の背中で泣いていたミュリアを、
帰らないで欲しい、側にいて欲しい、寂しい、悲しいと泣くミュリアを放っておく事など出来なかったから。
長い闘病生活の末、儚くなった妹の死に打ち拉がれる日々に、一筋の光を与えてくれたのが彼女だったのだから。
生前、王宮の図書室で借りた小説を妹の枕元でよく読んでやっていた。
十八だった妹が楽しみにしていた王女と王宮文官との恋愛小説。
その物語の結末を知る事なく、妹は旅立った。
母と俺が一日でも長く生きてくれるようにと自らの寝食も忘れるほどに看病しても、妹の命を繋ぎ止めておく事は出来なかった。
早くに父親を事故で亡くし、母と妹と三人で生きてきた。
その妹が俺と母を遺し、一人で逝ってしまったのだ。
俺たちの喪失感は半端なかった。
今までの反動か何をする気力も湧かず、ただ妹の遺品を手に取って眺める事で心の寂しさを埋める日々。
幾ら遺品を眺めたところで妹はもう居ないというのに。
その遺品の中に、妹の為に図書室で借りた本がある事を思い出す。
とりあえず本を返却しなくては……。
遣る瀬無い気持ちを抱え、俺は返却期日を一日過ぎてしまっていた本を返しに図書室へ行った。
そしてその時にカウンターで対応してくれたのがミュリアだったのだ。
期日内に返却が出来なかった事を詫びると、他の利用者から予約が入っている訳でもないので大丈夫だと、彼女は言ってくれた。
「この作家さんがお好きなんですか?」
あの時確かミュリアはそう言った。
俺は別に自分のために借りた本ではないので違うと返答したと記憶にある。
じゃあなぜこの本を返却が遅れるまで借りたんだという話になるが、その事について触れて欲しくなかった俺は随分素っ気ない態度だったと思う。
だけど彼女はただ笑顔で、
「そうなんですね。この作家さんは恋愛小説以外にも児童文学も手掛けられているんです。幼い女の子が主人公のお話が多いのですが、何気ない日常を切り取った描写が何とも言えない温かさがあって……あ、でも大人の男性にお勧めするのは変なのかもしれませんね、すみません失礼しました」
と言った姿が何故か印象深くて、気がつけば勧められた本を手に取っていた。
それはミュリアが言っていたように、十歳の女の子が留守番をしたりおつかいに行ったり兄と喧嘩をしたり。
そんなありふれた日常を描いた物語で、それが妙に懐かしく感じた。
あぁそうか。この物語に描かれているのはどこにでも誰にでもある、ささやかな日常。
それは俺にも亡くなった妹にも当然あった、そんな懐かしい子ども時代の記憶の物語。
そしていつしか、その物語の主人公と亡くなった妹を重ねて何度も読み返していた。
病に倒れる前はこの物語の少女のように何気ない日常の中で、妹も確かに生きていたのだ。
本を開けば少女の日常にいつでも触れられるように、
俺が忘れなければ妹は今も思い出の中で生き続けていられる。
そう思えた時、悲しみだけではない不思議な感情が心に芽生えた。
居なくなってしまったと思っていた妹が帰ってきた、そんな感覚がしたのだ。
そしてその後も本を何度も読み返し、今度は期日内に返却した時に良い本を紹介してくれた礼を言うと、ミュリアは心から嬉しそうに笑ってくれた。
生気に満ち溢れた眩しい笑顔。
思えばその笑顔に一目惚れしたんだと思う。
それからは利用者として図書室に通いカウンター越しにミュリアと接した。
聞けば彼女は男爵家の令嬢というではないか。
どう頑張っても身分差は越えられないのがこの国の現状だ。
だからカウンターを挟んでの司書と利用者という関係で満足する他なかった。
彼女はいずれ、親の決めた貴族の子息と結婚し家庭を持つ。
それが貴族女性の幸せの形であると誰かから聞き、俺はただミュリアの幸せを願う男の一人として生きてゆくしかないのだと思っていた。
だからそのミュリアが合コンに参加すると知り、何かの間違いではないのかと思った。
それでも確かめずにはいられなくて仲間に頼み込み参加したのだ。
そして信じられない事に本当に彼女がいるではないか。
しかも何かあったのか明らかに呑み慣れない酒をかなりのハイペースで呑んでいる。
これは危ない。
さっきから男どもがミュリアの様子を窺っている。
俺は当然、他の奴らを牽制し、時には圧を掛けながらミュリアの隣を死守し無防備な彼女がお持ち帰りされないようにした。
…………まさか自分がお持ち帰りする結果になるとは思わなかったが。
そして奇跡が起きた。
俺の中ではそう言っても過言ではない。
だからたった一夜の過ちで終わらせたくはなかった。
ミュリアが二度目も望んでくれた事が、
そしてその後も俺を求めてくれた事が本当に嬉しかった。
もう、彼女のいない人生なんて耐えられない。
だけどミュリアは貴族女性。
そのミュリアと共に人生を歩んで行けるようにする為には慎重に動かなくていけない。
どうすればいい?
とりあえず横槍や妨害が入らないように、そして変な噂が立ち、ミュリアに害が及ばないようにしなくては。
平民騎士と一緒いるところを見られて、ミュリアが後ろ指を指されないように注意しなくてはならない。
彼女の気持ちが、いつか俺の気持ちに追い付いてくれた時にいつでも動けるように何とかその道筋は立てておきたい。
でも……
……気持ちが追いついてくれなくても、
側に居続けたいと言ったら、キミは迷惑だろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お気づきでしょうが……
ハッシュはヒロインよりヒロインなのです☆
次回、名アドバイザー登場?
そして裏ハッシュも登場?
「さあぁ~?アンタに頼まれて、次の日に様子を見に行ったらもうどこかへ旅立った後だったわよぉぉ~?」
ミュリアの様子を見て欲しいと頼んだ母親から聞かされた言葉に、俺は只々狼狽えた。
直属の上官となったローベル副師団長に随行した地方駐屯地から戻って直ぐに、
俺、ハッシュ=ダルトンは王宮内にある図書室へと向かった。
勿論ミュリアに会うために。
そこで他の職員からしばらく有給消化で休む事になったと聞き、何だか嫌な予感がして彼女のアパートへと足を運ぶ。
だけど玄関のチャイムを何度鳴らしても、不自然に新しくなったドアが開く事はなかった。
いつもならチャイムを鳴らして直ぐに少しはにかみながら「いらっしゃい」と開けてくれるのだが、
部屋の中からは人の気配はしなかった。
地方へ行く前、ミュリアに会いに来た時は変わらず迎えてくれたのに。
初めて彼女に会った時から堪らなく惹かれるその微笑みを向けてくれたのに。
だけどふと、彼女から感じる違和感が気になって仕方なかった。
だから母親に彼女の事を打ち明けて様子を見に行って貰った。
母は俺に特別な女性が出来た事を晴天の霹靂とでも言わんばかりに驚いていたが。
いつ出会ったのか根掘り葉掘り聞かれそうになったが時間がない為それはまた今度と言って王宮へ戻った。
ミュリアは合コン以前に俺と会っている事を忘れているようだが、実はそれ以前に俺たちは会っていた。
そしてすでに惹かれていたミュリアが来ると知り、急遽参加した合コン。
そこで心が弱っていた彼女に付け入る形となると分かっていても、どうしてもきっかけが欲しかった。
わかってる。
彼女は貴族で俺は平民だ。
婚姻はおろか交際すること事でさえ、世間ではタブーとされている。
偏に貴族女性の通常の婚姻の条件が清い身であらねばならない事からこの暗黙の了解のようなルールが、特に王宮内では敷かれている。
それでも、それでも、彼女を抱きしめずにはいられなかった。
あの夜酒に酔いながら俺の背中で泣いていたミュリアを、
帰らないで欲しい、側にいて欲しい、寂しい、悲しいと泣くミュリアを放っておく事など出来なかったから。
長い闘病生活の末、儚くなった妹の死に打ち拉がれる日々に、一筋の光を与えてくれたのが彼女だったのだから。
生前、王宮の図書室で借りた小説を妹の枕元でよく読んでやっていた。
十八だった妹が楽しみにしていた王女と王宮文官との恋愛小説。
その物語の結末を知る事なく、妹は旅立った。
母と俺が一日でも長く生きてくれるようにと自らの寝食も忘れるほどに看病しても、妹の命を繋ぎ止めておく事は出来なかった。
早くに父親を事故で亡くし、母と妹と三人で生きてきた。
その妹が俺と母を遺し、一人で逝ってしまったのだ。
俺たちの喪失感は半端なかった。
今までの反動か何をする気力も湧かず、ただ妹の遺品を手に取って眺める事で心の寂しさを埋める日々。
幾ら遺品を眺めたところで妹はもう居ないというのに。
その遺品の中に、妹の為に図書室で借りた本がある事を思い出す。
とりあえず本を返却しなくては……。
遣る瀬無い気持ちを抱え、俺は返却期日を一日過ぎてしまっていた本を返しに図書室へ行った。
そしてその時にカウンターで対応してくれたのがミュリアだったのだ。
期日内に返却が出来なかった事を詫びると、他の利用者から予約が入っている訳でもないので大丈夫だと、彼女は言ってくれた。
「この作家さんがお好きなんですか?」
あの時確かミュリアはそう言った。
俺は別に自分のために借りた本ではないので違うと返答したと記憶にある。
じゃあなぜこの本を返却が遅れるまで借りたんだという話になるが、その事について触れて欲しくなかった俺は随分素っ気ない態度だったと思う。
だけど彼女はただ笑顔で、
「そうなんですね。この作家さんは恋愛小説以外にも児童文学も手掛けられているんです。幼い女の子が主人公のお話が多いのですが、何気ない日常を切り取った描写が何とも言えない温かさがあって……あ、でも大人の男性にお勧めするのは変なのかもしれませんね、すみません失礼しました」
と言った姿が何故か印象深くて、気がつけば勧められた本を手に取っていた。
それはミュリアが言っていたように、十歳の女の子が留守番をしたりおつかいに行ったり兄と喧嘩をしたり。
そんなありふれた日常を描いた物語で、それが妙に懐かしく感じた。
あぁそうか。この物語に描かれているのはどこにでも誰にでもある、ささやかな日常。
それは俺にも亡くなった妹にも当然あった、そんな懐かしい子ども時代の記憶の物語。
そしていつしか、その物語の主人公と亡くなった妹を重ねて何度も読み返していた。
病に倒れる前はこの物語の少女のように何気ない日常の中で、妹も確かに生きていたのだ。
本を開けば少女の日常にいつでも触れられるように、
俺が忘れなければ妹は今も思い出の中で生き続けていられる。
そう思えた時、悲しみだけではない不思議な感情が心に芽生えた。
居なくなってしまったと思っていた妹が帰ってきた、そんな感覚がしたのだ。
そしてその後も本を何度も読み返し、今度は期日内に返却した時に良い本を紹介してくれた礼を言うと、ミュリアは心から嬉しそうに笑ってくれた。
生気に満ち溢れた眩しい笑顔。
思えばその笑顔に一目惚れしたんだと思う。
それからは利用者として図書室に通いカウンター越しにミュリアと接した。
聞けば彼女は男爵家の令嬢というではないか。
どう頑張っても身分差は越えられないのがこの国の現状だ。
だからカウンターを挟んでの司書と利用者という関係で満足する他なかった。
彼女はいずれ、親の決めた貴族の子息と結婚し家庭を持つ。
それが貴族女性の幸せの形であると誰かから聞き、俺はただミュリアの幸せを願う男の一人として生きてゆくしかないのだと思っていた。
だからそのミュリアが合コンに参加すると知り、何かの間違いではないのかと思った。
それでも確かめずにはいられなくて仲間に頼み込み参加したのだ。
そして信じられない事に本当に彼女がいるではないか。
しかも何かあったのか明らかに呑み慣れない酒をかなりのハイペースで呑んでいる。
これは危ない。
さっきから男どもがミュリアの様子を窺っている。
俺は当然、他の奴らを牽制し、時には圧を掛けながらミュリアの隣を死守し無防備な彼女がお持ち帰りされないようにした。
…………まさか自分がお持ち帰りする結果になるとは思わなかったが。
そして奇跡が起きた。
俺の中ではそう言っても過言ではない。
だからたった一夜の過ちで終わらせたくはなかった。
ミュリアが二度目も望んでくれた事が、
そしてその後も俺を求めてくれた事が本当に嬉しかった。
もう、彼女のいない人生なんて耐えられない。
だけどミュリアは貴族女性。
そのミュリアと共に人生を歩んで行けるようにする為には慎重に動かなくていけない。
どうすればいい?
とりあえず横槍や妨害が入らないように、そして変な噂が立ち、ミュリアに害が及ばないようにしなくては。
平民騎士と一緒いるところを見られて、ミュリアが後ろ指を指されないように注意しなくてはならない。
彼女の気持ちが、いつか俺の気持ちに追い付いてくれた時にいつでも動けるように何とかその道筋は立てておきたい。
でも……
……気持ちが追いついてくれなくても、
側に居続けたいと言ったら、キミは迷惑だろうか。
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