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連載
さわこさんと、芋煮会 その4
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夜になりました。
お店の前にはいつものように提灯と暖簾が掲げられています。
最初の頃はずいぶん珍しがられたものですが、
「お、もう開いてるな」
そう言って、今もお客様が店内に入ってこられたように、営業中の目印としてすっかり浸透しているように思います。
「ウェルカム! さ、カウンター席へどうぞ」
接客担当のエミリアが、いつものようにお客様をカウンター席へと案内しています。
「いらっしゃいませ。そろそろ風が冷たくなってきたんじゃありませんか」
お手拭きを手渡しながら笑顔で話しかける私。
毎日、一枚一枚手洗いした後で、一枚一枚巻いているお手拭きです。
バテアさんの魔法のお店で販売されている加湿魔石を使用して蒸してありますので、あったか仕様になっているものですから、それを受け取ったお客様は、
「あぁ、ホント日に日に寒さが増してる気がするよ……ホント、こんな日にこんなあったかいお手拭きを出してもらえると嬉しくなっちゃうね」
「喜んで頂けて何よりです」
笑顔で言葉を返しながら、私はお椀に寸胴の中身をよそっていきます。
「さ、まずはこれをお試しくださいな」
「え? さわこさん、俺、まだ何にも頼んでないけど……」
「いえいえ、これは今日のお通しの代わりにサービスさせていただいている芋煮です。お代はいりませんよ」
「へぇ、そうなんだ。そりゃありがたいな」
お椀を受け取ったお客様は、早速スプーンで芋煮を口に運んでいかれました。
私の世界でしたらお箸が当然なのですが、こちらの世界にお箸は存在しておりません。
お店の常連客の方の中には、お箸をご使用になられる方もおられるのですが、やはりそういった方は少ないんです。
「うん!? こりゃ、なんの芋だい? あまり食べたことがない味だけど、美味いよ! この肉とすっごくあうね!」
「それはサルトイモなんですよ、今朝たくさん収穫出来たものですからお客様にも味わって頂こうと思いまして」
「へぇ、これがあのサルトイモなんだ!? 野宿した時に森で見つけて焼いて食ったことはあるけど、こうしてお店で美味しく調理されたものを食べたのははじめてかもしれないな」
嬉しそうにそう言うと、お客様はあっという間に芋煮をたいらげてしまいました。
これはバテアさんにお聞きしたのですが、
「普通さぁ……サルトイモって見つけにくいから、酒場で料理して出せるほど出回ることはないんだけど……リンシン達ってばよくもまぁ、こんなに大量に見つけてきたわねぇ」
そう言いながら、びっくりしたような呆れたような表情をなさっておられたんです。
「喜んでいただけて光栄です」
「うん、こりゃ美味い。お代わりもらえるかい?」
「えっと、2杯目からはお代を頂きますけど、よろしいですか?」
「あぁ、もちろんわかってるって。それと焼き鳥と串焼きも3本ずつお願いするよ」
「はい、喜んで」
私は、笑顔を浮かべながら返事を返すと、芋煮をよそったお椀をお客様にお渡ししてから、焼き鳥と串焼きを炭火コンロの上に並べていきました。
相変わらず、クッカドウゥドルの焼き鳥とタテガミライオンの串焼きは人気です。
今ではすっかり居酒屋さわこさんの看板メニューになっているんですよね。
私の得意料理の肉じゃがや、ベル達が踏み踏みしてくれているおうどんなんかも毎晩よく出ているんです。
私が焼き物を調理していると、カウンター席のお客様の元にバテアさんが近づいていかれました。
「さ、その芋煮にバッチリあうお酒はいかがかしら?」
「おほ! さすがバテアさん、いいタイミングで勧めてくれるね、もらうもらう!」
バテアさんの言葉に、笑顔を浮かべながらお客様はコップをバテアさんに差し出されました。
そこに、バテアさんは自らが手にしていた一升瓶のお酒を注いでいかれます。
お昼に、私がバテアさんに『芋煮に合うお酒』としてお勧めさせていただいた東北銘醸の初孫・魔斬です。
「このお酒ってね、ほんっとに芋煮に合うのよ。アタシが自分で試した上で言ってるんだから間違いないわよ」
「バテアさんのお墨付きがあるんなら安心だ」
お酒が一杯になったコップを、グイッと飲み干していくお客様。
「うん! 美味い! いや、芋煮うんぬんを抜きにしても、この酒はホント美味いね!」
「ふふん、よくわかってるじゃないの」
バテアさんとお客様がそんな会話を交わしていると、お店の扉が開きました。
「おうさわこ、今夜もお邪魔するぞい」
「さわこ~、こんばんわ~」
お店に入ってこられたのは、大工のドルーさんと、冒険者のクニャスさんでした。
ドルーさんの後方には、大工のお弟子さん達が続いておられます。
ドルーさんとクニャスさんって、よくお店の前でばったり一緒になられるみたいなんです。
なので、こうして一緒に来店くださることが多いんですよね。
……まぁ、開店早々から閉店まで飲まれるのがいつもなお2人ですので、ご来店の時間が一緒になるのも、なんとなく納得なんですけどね。
「いらっしゃいませ、ドルーさんとお弟子の皆さん、それにクニャスさん。いつもありがとうございます」
「はっはっは、さわこの店の料理は美味いからな。いつもお邪魔させてもらうに決まっておるわい」
「へ~、そんなことを言ってるけど、相変わらず綺麗なお姉さんに密着してもらえる上級酒場組合の酒場に顔を出してるって聞いてるんだけど?」
「う、うむ!? ……い、いや、あれはじゃな……その……って、えぇい、どこのどいつじゃ、おしゃべりのクニャスに告げ口したのは!?」
「あれ? 適当に言っただけだったんだけど……まさか、図星だったぁ!?」
「う、うむむ……クニャスよ、お前……」
口元に手を当てながら、ニヘラァと笑われているクニャスさん。
そんなクニャスさんの前で、顔を真っ赤にしながら口を尖らせているドルーさん。
なんといいますか……お2人が一緒になると、だいたい1度は行われる軽口の言い合いなんですよね。
「はいはい、言い合いはそのあたりで切り上げて、今日も美味しい物を食べて飲んで行ってくださいね」
そう言いながら、私は芋煮のお椀をお2人に手渡していきました。
「わ、何何!? これすごく美味しそう」
「ほほ! クニャスよ、今日はさわこの料理に免じてここまでにしてやるが……」
「うん! 美味しい! すっごく美味しいよこれ!」
話かけているドルーさんを半ば無視して芋煮を口に運んだクニャスさんは、笑顔を浮かべながら席から立ちあがりました。
「う、うむ!? そ、そんなに美味いのか……って、うぉぉ!? こりゃホントに美味いな、お!」
クニャスさんの様子を横目でみながら、ご自分の芋煮を口に運ばれたドルーさんは、何度か口をモグモグさせると、クニャスさんと同じように笑顔を浮かべながら立ちあがられました。
そんな2人の様子を見ていたお弟子さん達も次々に、芋煮を口に運んでいかれます
「うん、こりゃ美味しいや」
「この芋、おいしいね」
「中の肉とあうなぁ」
皆さん、笑顔で芋煮を口に運んでおられます。
そんな皆さんの様子を、新たに来店なさったお客様達が見つめておられます。
「へぇ、美味そうだな、それ。さわこさん、こっちにも同じのをくれる会社?」
「さわこさん、こっちにも頼むよ」
途端に、お店のあちこちからそんな声があがっていきました。
その声に、私は、
「はい、喜んで!」
笑顔で返事を返しながら、芋煮をどんどんよそっていきました。
どうやら、今日は芋煮が大人気になりそうで……
「さわこ、いつものぜんざいを頼む」
そんな中、カウンター席に座ってそう注文なさったのは……常連客のゾフィナさんでした。
「ちょっとゾフィナ。今日くらい芋煮を食べたらどうなのよ。最初の一杯はサービスなんだしさ」
「いや、私はさわこのぜんざいを食べに来たんだ。他の物を食べる余裕があったら、一杯でも多くぜんざいを食べて帰りたい」
バテアさんの言葉に、真顔でそう言って頷くバテアさん。
なんといいますか……こんな日も、やっぱりゾフィナさんはゾフィナさんですね。
でも、私の作ったぜんざいをここまで愛してくださっているのですから、それはそれ嬉しいんですけどね。
そんなゾフィナさんとバテアさんのやり取りに、店内からは楽しげな笑い声があがっていきました。
いつしか、店内はお客様でいっぱいになっていました。
さぁ、今夜も頑張りませんとね。
ーつづく
お店の前にはいつものように提灯と暖簾が掲げられています。
最初の頃はずいぶん珍しがられたものですが、
「お、もう開いてるな」
そう言って、今もお客様が店内に入ってこられたように、営業中の目印としてすっかり浸透しているように思います。
「ウェルカム! さ、カウンター席へどうぞ」
接客担当のエミリアが、いつものようにお客様をカウンター席へと案内しています。
「いらっしゃいませ。そろそろ風が冷たくなってきたんじゃありませんか」
お手拭きを手渡しながら笑顔で話しかける私。
毎日、一枚一枚手洗いした後で、一枚一枚巻いているお手拭きです。
バテアさんの魔法のお店で販売されている加湿魔石を使用して蒸してありますので、あったか仕様になっているものですから、それを受け取ったお客様は、
「あぁ、ホント日に日に寒さが増してる気がするよ……ホント、こんな日にこんなあったかいお手拭きを出してもらえると嬉しくなっちゃうね」
「喜んで頂けて何よりです」
笑顔で言葉を返しながら、私はお椀に寸胴の中身をよそっていきます。
「さ、まずはこれをお試しくださいな」
「え? さわこさん、俺、まだ何にも頼んでないけど……」
「いえいえ、これは今日のお通しの代わりにサービスさせていただいている芋煮です。お代はいりませんよ」
「へぇ、そうなんだ。そりゃありがたいな」
お椀を受け取ったお客様は、早速スプーンで芋煮を口に運んでいかれました。
私の世界でしたらお箸が当然なのですが、こちらの世界にお箸は存在しておりません。
お店の常連客の方の中には、お箸をご使用になられる方もおられるのですが、やはりそういった方は少ないんです。
「うん!? こりゃ、なんの芋だい? あまり食べたことがない味だけど、美味いよ! この肉とすっごくあうね!」
「それはサルトイモなんですよ、今朝たくさん収穫出来たものですからお客様にも味わって頂こうと思いまして」
「へぇ、これがあのサルトイモなんだ!? 野宿した時に森で見つけて焼いて食ったことはあるけど、こうしてお店で美味しく調理されたものを食べたのははじめてかもしれないな」
嬉しそうにそう言うと、お客様はあっという間に芋煮をたいらげてしまいました。
これはバテアさんにお聞きしたのですが、
「普通さぁ……サルトイモって見つけにくいから、酒場で料理して出せるほど出回ることはないんだけど……リンシン達ってばよくもまぁ、こんなに大量に見つけてきたわねぇ」
そう言いながら、びっくりしたような呆れたような表情をなさっておられたんです。
「喜んでいただけて光栄です」
「うん、こりゃ美味い。お代わりもらえるかい?」
「えっと、2杯目からはお代を頂きますけど、よろしいですか?」
「あぁ、もちろんわかってるって。それと焼き鳥と串焼きも3本ずつお願いするよ」
「はい、喜んで」
私は、笑顔を浮かべながら返事を返すと、芋煮をよそったお椀をお客様にお渡ししてから、焼き鳥と串焼きを炭火コンロの上に並べていきました。
相変わらず、クッカドウゥドルの焼き鳥とタテガミライオンの串焼きは人気です。
今ではすっかり居酒屋さわこさんの看板メニューになっているんですよね。
私の得意料理の肉じゃがや、ベル達が踏み踏みしてくれているおうどんなんかも毎晩よく出ているんです。
私が焼き物を調理していると、カウンター席のお客様の元にバテアさんが近づいていかれました。
「さ、その芋煮にバッチリあうお酒はいかがかしら?」
「おほ! さすがバテアさん、いいタイミングで勧めてくれるね、もらうもらう!」
バテアさんの言葉に、笑顔を浮かべながらお客様はコップをバテアさんに差し出されました。
そこに、バテアさんは自らが手にしていた一升瓶のお酒を注いでいかれます。
お昼に、私がバテアさんに『芋煮に合うお酒』としてお勧めさせていただいた東北銘醸の初孫・魔斬です。
「このお酒ってね、ほんっとに芋煮に合うのよ。アタシが自分で試した上で言ってるんだから間違いないわよ」
「バテアさんのお墨付きがあるんなら安心だ」
お酒が一杯になったコップを、グイッと飲み干していくお客様。
「うん! 美味い! いや、芋煮うんぬんを抜きにしても、この酒はホント美味いね!」
「ふふん、よくわかってるじゃないの」
バテアさんとお客様がそんな会話を交わしていると、お店の扉が開きました。
「おうさわこ、今夜もお邪魔するぞい」
「さわこ~、こんばんわ~」
お店に入ってこられたのは、大工のドルーさんと、冒険者のクニャスさんでした。
ドルーさんの後方には、大工のお弟子さん達が続いておられます。
ドルーさんとクニャスさんって、よくお店の前でばったり一緒になられるみたいなんです。
なので、こうして一緒に来店くださることが多いんですよね。
……まぁ、開店早々から閉店まで飲まれるのがいつもなお2人ですので、ご来店の時間が一緒になるのも、なんとなく納得なんですけどね。
「いらっしゃいませ、ドルーさんとお弟子の皆さん、それにクニャスさん。いつもありがとうございます」
「はっはっは、さわこの店の料理は美味いからな。いつもお邪魔させてもらうに決まっておるわい」
「へ~、そんなことを言ってるけど、相変わらず綺麗なお姉さんに密着してもらえる上級酒場組合の酒場に顔を出してるって聞いてるんだけど?」
「う、うむ!? ……い、いや、あれはじゃな……その……って、えぇい、どこのどいつじゃ、おしゃべりのクニャスに告げ口したのは!?」
「あれ? 適当に言っただけだったんだけど……まさか、図星だったぁ!?」
「う、うむむ……クニャスよ、お前……」
口元に手を当てながら、ニヘラァと笑われているクニャスさん。
そんなクニャスさんの前で、顔を真っ赤にしながら口を尖らせているドルーさん。
なんといいますか……お2人が一緒になると、だいたい1度は行われる軽口の言い合いなんですよね。
「はいはい、言い合いはそのあたりで切り上げて、今日も美味しい物を食べて飲んで行ってくださいね」
そう言いながら、私は芋煮のお椀をお2人に手渡していきました。
「わ、何何!? これすごく美味しそう」
「ほほ! クニャスよ、今日はさわこの料理に免じてここまでにしてやるが……」
「うん! 美味しい! すっごく美味しいよこれ!」
話かけているドルーさんを半ば無視して芋煮を口に運んだクニャスさんは、笑顔を浮かべながら席から立ちあがりました。
「う、うむ!? そ、そんなに美味いのか……って、うぉぉ!? こりゃホントに美味いな、お!」
クニャスさんの様子を横目でみながら、ご自分の芋煮を口に運ばれたドルーさんは、何度か口をモグモグさせると、クニャスさんと同じように笑顔を浮かべながら立ちあがられました。
そんな2人の様子を見ていたお弟子さん達も次々に、芋煮を口に運んでいかれます
「うん、こりゃ美味しいや」
「この芋、おいしいね」
「中の肉とあうなぁ」
皆さん、笑顔で芋煮を口に運んでおられます。
そんな皆さんの様子を、新たに来店なさったお客様達が見つめておられます。
「へぇ、美味そうだな、それ。さわこさん、こっちにも同じのをくれる会社?」
「さわこさん、こっちにも頼むよ」
途端に、お店のあちこちからそんな声があがっていきました。
その声に、私は、
「はい、喜んで!」
笑顔で返事を返しながら、芋煮をどんどんよそっていきました。
どうやら、今日は芋煮が大人気になりそうで……
「さわこ、いつものぜんざいを頼む」
そんな中、カウンター席に座ってそう注文なさったのは……常連客のゾフィナさんでした。
「ちょっとゾフィナ。今日くらい芋煮を食べたらどうなのよ。最初の一杯はサービスなんだしさ」
「いや、私はさわこのぜんざいを食べに来たんだ。他の物を食べる余裕があったら、一杯でも多くぜんざいを食べて帰りたい」
バテアさんの言葉に、真顔でそう言って頷くバテアさん。
なんといいますか……こんな日も、やっぱりゾフィナさんはゾフィナさんですね。
でも、私の作ったぜんざいをここまで愛してくださっているのですから、それはそれ嬉しいんですけどね。
そんなゾフィナさんとバテアさんのやり取りに、店内からは楽しげな笑い声があがっていきました。
いつしか、店内はお客様でいっぱいになっていました。
さぁ、今夜も頑張りませんとね。
ーつづく
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