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さわこさんと、ラニィさん その1

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イラスト:くくみす先生

 右も左もわからない異世界で開店いたしました居酒屋さわこさんですが、おかげさまで連日盛況でございます。

 最初の頃こそ閑古鳥が鳴いていたのですが、リンシンさんが狩って来てくださったマウントボアのお肉を街の皆さんに振る舞わせていただいたことが一つのきっかけとなりまして、そこから徐々にお客様が増え始めた次第でございます。
 その頃からお店にも常連さんが増え始めました。

 ドワーフで大工のドルーさん
 狐人族で冒険者のクニャスさん
 鼠族で冒険者ジューイさん
 人族で冒険者のシウアさん
 人犬族で冒険者のマイさん
 事務仕事をしていらっしゃる人猫族のツチーナさん
 農作業をなさっている人猫熊族のネコクマさん
 実家の雑貨屋を手伝っておられる猫人のショコラさん
 他にも、鍋の形の頭をなさっている方や、冒険者のマクタウロさん、半龍人のスーガさんと、個別にあげていけば皆さんの笑顔を浮かべることが出来ます。

 そんな皆様に支えられて、居酒屋さわこさんは毎日盛況でございます。
 そんな皆様に喜んで頂くためにも、しっかり頑張っていかないと、と、思っている次第でございます。

◇◇

 今日は、バテアさんは異世界へ魔石と薬草を採取に、リンシンさんは山へ狩りに出かけられております。
 そのため、バテアさんの魔法道具のお店では、私とエミリアの2人が店番をしております。
 もっとも、最近はもっぱらエミリアが店番をしてくれていまして、私は魔法道具の店が閉店してから開店します居酒屋さわこさんの仕込みをさせていただいております。
 お昼用に握り飯のお弁当を魔法道具のお店のレジ横で販売させていただいているのですが、おかげさまでこれも大変好調でございます。
 最近は、仕込みをしている居酒屋さわこさんの店内スペースで食べていって頂いたりもしているのですが、
「さわこ、その肉じゃがうまそうじゃの、握り飯のおかずに少しくれんか?」
「はい、よろこんで」
 ドルーさんのように、こうしてご要望くださる方がおられましたらお料理もお出しさせていただいてもおります。

 カランカラン

 魔法道具のお店の店内に、1人の女性が入ってこられました。
 すぐその後から2人の男性も入ってこられたのですが、このお2人は先に入ってこられた女性を警護なさっているといいますか、その左右を固めておられる……そんな印象がいたします。
「ウェルカム、いらっしゃいませ」
 魔法道具のお店のレジに立っていたエミリアが、3人の前に歩み寄っていきました。
 ですが、その女性は、
「結構よ、魔法道具の店に用はないから」
 そう言うと、エミリアの前を通過しまして、まっすぐ居酒屋さわこさんの店舗スペースへとやってこられました。
「ふぅん……あなたがさわこ?」
「は、はい。私がさわこですが?」
「そう……」
 そう言うと、その女性はドルーさんが座っておられるカウンターの席に腰掛けられました。
 握り飯と肉じゃがを食べておられるドルーさんを横目で一瞥なさっています。
「ちょっと、その料理を私にもくださるかしら?」
「は、はい、よろんで」
 私は、少し慌てながら肉じゃがを取り皿によそい、まず女性の方の前に、そしてその後方に立っていられるお2人へお出ししていきました。
「あぁ、その2人はほっといていいのよ」
 女性の方はそう言われたのですが、私は
「せっかくご一緒にご来店くださったのですからよろしいではありませんか。こちらのお代は結構ですから」
 笑顔でそう言いながら、お2人にお勧めさせていただきました。
 そんな私に、お2人は困惑なさった表情を浮かべながら私とその女性の方を交互に見回しておられます。
 そんなお2人の様子を横目で一瞥なさった女性の方は、大きなため息をつかれました。
「……せっかくなんだから、頂けば?」
「よ、よろしいので?」
「あ、ありがとうございます」
 お2人は、女性の方に深々と一礼なさった後、私から肉じゃがのお皿を受け取られました。
「なんか、いい匂いなんだよな、これ」
「あぁ、さっきからたまらなかったんだ」
 鼻をひくひくなさると、お2人は、フォークでジャルガイモを1切れ口に運ばれました。
「うむ、これは……」
「あぁ、これは……」
 お2人はそうおっしゃると、そのまますごい勢いで肉じゃがを食べていかれました。

 どうやら気に入っていただけたようですね。

 さすがにお酒をお勧めするわけにはいきませんので、私は煎茶を入れまして皆さんの前にお出しさせていただきました。

「ふぅん……」
 狼人のお2人の様子を眺めていおられた女性の方は、おもむろにフォークでジャルガイモをひとつ突き刺されますと、そのまま口に運んでいかれました。
しばらく、澄ましたご様子でジャルガイモを噛んでおられたのですが、徐々にその速度が速くなっておられまして……あっという間に飲み込まれてしまいました。
 そして1個、また1個とジャルガイモを口に運ばれています。
 タルマネギやマウントボアのお肉も合間に口に運ばれていらっしゃるのですが、いつのまにか一心不乱に取り皿の中身を口に運んでおられるご様子です。
「ふぅ……」
 最後にお汁までお飲みになられたその女性は、大きなため息をつかれました。
 その後もしばらく両手で持たれている取り皿を眺めておられたのですが、
「いいわね……うん、とってもいいわ」
「はい?」
 小首をかしげた私の前で、その女性はおもむろに席から立ち上がられました。
「私の名前はラニィ」
「はい、ラニィさん、本日はご来店ありがとうございます」
 私は、名乗られたラニィさんに笑顔で頭をさげました。 
 すると、ラニィさんも
「え、あ、はい……どういたしまして……じゃなくて!」
 私につられてお頭を下げられた後、慌てた様子で私に向き直られました。
「さわこ、合格よ、この料理なら問題ないわ」
「はい?」
「さわこ、私達上級酒場組合の一員に加わることを特別に認めてあげるわ、感謝なさい」
 そう言うと、ラニィさんは私を指さされました。
「はい?」
 その言葉に、私はおもわずきょとんとなってしましました。

 上級酒場組合ですか?
 私がそこの一員に加えて頂けるというのですか?
 その言葉を頭の中で反芻していた私なのですが、
 
「はい、お断りさせていただきます」
「そう、そうよね、私達の上級酒場組合に加われるなんて栄誉なことですものね、感涙にむせぶのも仕方ない……って……え?」
 得意満面なご様子でお話なさっていたラニィさんは、ここで目を丸くなさいました。
「ちょ、ちょっとまちなさい、さわこ……私が聞き間違えたのよね、上級酒場組合に加わらないなんて……言うわけがないわよね?」
「はい、そう言わせていただいたのですが?」
「なんで!?」
 私の言葉を確認なさったラニィさんは、顔を真っ赤にしながら肩をいからせておられます。
「さわこ、あなた何を言ってるのかわかってるのかしら! 上級酒場組合よ? 加盟すれば上級な食材、上級なお酒、なんでも好きなだけお店でだせるようになるのよ? そんな栄誉を断るなんて、あなた何を考えているのかしら?」
「何を、と言われましても……中級酒場組合さんにもお話させて頂いておりますけど、私、あまり組合というものが好きではありませんので……」
「……本気で言ってるの? さわこ」
「はい、本気ですけど」
「本気の本気?」
「はい、せっかくお誘い頂きましたのに申し訳ございませんが……」
 ラニィさんは私の顔を見つめながら、しばらく肩をふるわせておられたのですが……やがて一度大きく意気を吐き出されると落ち着きを取り戻されたようでした。
「……わかったわ、今日のところは一度帰らせてもらうわ」
 そう言うと、ラニィさんは出口に向かって歩き出されました。
「1週間後もう一度返事を聞きにくるわ。その時は絶対に頷かせてみせるからね」
 そう言うと、ラニィさんは、警護の狼人さん2人を連れて店を出ていかれました。

ーつづく
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