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連載
さわこさんと、新メニュー その2
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
タテガミライオンのお肉を定期的に仕入れる目処がたちました。
おかげで、居酒屋さわこさんのメニューが豪華になった気がいたします。
もちろん、定番のクッカドウゥドルの焼き鳥や肉じゃがも相変わらず人気です。
タテガミライオンの串焼きや、そのすじ肉を使った和風すうぷかれぇが新たな人気メニューになっていますけど、焼き鳥と肉じゃがにも注文がひっきりなしに入っている次第です。
こういうのって、とても嬉しいですね。
焼き鳥と肉じゃがは、以前、私が元いた世界で居酒屋をやっていた時からお店の人気メニューだったのですが、それがこの世界の皆様にも受け入れられたわけですし……そう考えますと、なんだか嬉しくなってしまいまして仕込みをしながらつい笑顔になってしまいます。
「ホワット? さわこどうしたの、いきなり笑いだしたりして」
「あ、いえ、なんでもないのよエミリア」
お店の拭き掃除をしてくれていたエミリアに声をかけられた私は、慌てて口元を押さえた次第でございます。
最近の仕込みはと言いますと
クッカドウゥドルのお肉をさばいて部位ごとに串にさしていく
タテガミライオンのお肉を串にさしていく
肉じゃがの調理
和風すうぷかれぇの調理
特に注文の多いこれらのメニューの準備を優先的におこないまして、その後でお通しや他のメニューの下ごしらえを行っていきます。
バテアさんのお店の地下にある倉庫を使用させていただいているのですが、ここでぬか漬けや浅漬けを作らせて頂いています。
特に、さわこの森で収穫された白菜を使用した浅漬けはお店でもなかなかな人気メニューになっていまして、役場のヒーロさんなどは、これを肴にしてお酒をお飲みになられているほどでございます。
最近は自家製キムチもつけ始めています。
バテアさんやリンシンさん、エミリア達に試食をしてもらってこちらの世界で好まれる味を模索しているところです。
今までお店をやってきて、感覚として感じていることなのですが……
こちらの世界の皆様は少々濃いめの味付けを好まれる傾向があるようです。
特に汁物にその傾向が強い感じでございまして、すまし汁のような薄味の物は評判がいまいちなのですが、和風すうぷかれぇや赤味噌のお味噌汁などはとても好まれている次第でございます。
そういったことを踏まえたうえであれこれ試作を行いまして、バテアさん達に試食をしてもらっては、その評価を元にして味を調整しているのですが、皆さんと楽しく会話を交わしながらあれこれ調整していくのはとても楽しい時間でございます。
以前、居酒屋酒話を経営していた頃の私は、この作業をひとりぼっちで行っていた次第です。
たまに、親友のみはるやなちこ、和音達が来てくれることもありましたけど、それは希でしたし……
今のこの時間を、私は大事にしたいと心から思っている次第です。
◇◇
バテアさんは相変わらず私の世界のアイスクリームを大変お気に入りです。
私の世界に買い出しに行く度に、自分用に業務用の北海道アイスクリームを買い込んでお帰りになられています。あと、バニラ最中もお気に入りなバテアさんは、薬草や魔石を採取からお戻りになられますと、
「あぁ、疲れたわぁ」
と言われながら、魔石冷凍庫からバニラ最中を取り出して頬張られている次第です。
今では寝室に、バテアさんのアイスを保存するための魔石冷凍庫が鎮座している次第でございます。
今年の夏、とても暑かったことを受けまして、自家製のバニラアイスも作っていまして、バテアさんはそれも気に入ってくださってはいるのですが、買い出しに行く度に市販のアイスを大量に買い込んでこられる次第なんですよね。
「さわこのアイスも美味しいんだけどさ、向こうのアイスもいいのよねぇ」
バテアさんはそう言いながら苦笑なさいます。
確かに、そういうのもわからないでもないのですが……なんでしょうか、少しモヤモヤしてしまう私です。
なんで私の手作りアイスでご満足いただけないのですか? 的なとでもいいましょうか……
時折、お店で接客なさっている際にも、合間にアイスを口になさるバテアさんなのですが、それに触発されてアイスをご注文なさるお客様も少なくありません。
今夜も、バテアさんがアイス最中を頬張られていると、
「おいさわこよ、ワシもあのアイスをくれんか。バテアがあまりにも上手そうに食べるもんじゃから、ワシまで食べたくなってしまったわい」
ドルーさんがそうおっしゃられました。
そうですね……
ここで私バニラアイスに日本酒をかけてお出ししてみようと思った次第です。
以前からあれこれ試行錯誤していたのですが、森乃菊川の本醸造にごり酒が合うと思い、機会があればお出ししてみようと考えていたんです。
にごり酒特有のとろみとお米の甘みがバニラアイスによく合うんです。
酒升にそれを盛り付けた私は、
「はい、お待たせいたしました」
ドルーさんに笑顔でそれをお出しいたしました。
「ほう、これは……酒がかかっているのか?」
「はい、バニラアイスに合う日本酒をかけてみました。お試しくださいな」
「うむ、では早速いただくか」
ドルーさんは、スプーンでアイスをすくうと、かかっているお酒と一緒にそれを口に含まれました。
「ん!?」
途端に目を見開かれたドルーさんは、酒升を持ち上げるとその中身を口の中へと一気にかき込んでいかれます。
そして、空っぽになった酒升を私に向かって差し出されまして、
「うまい! もう一杯じゃ」
そう言われまして、とてもいい笑顔をなさいっています。
すると、そんなドルーさんの様子を横で見つめておられたバテアさんが
「さわこ、アタシにもこれちょうだい!」
身を乗り出しながらそうおっしゃいました。
「こらバテア、ワシが先じゃ。お前はそのモナカを食っておけ」
「最中も食べるけど、それ、すごく美味しそうじゃない。それも食べたいの!」
ドルーさんとバテアさんは、顔を付き合わせながらそのような会話を交わしておられます。
その様子に、お客様達から一斉に笑い声があがっていきました。
次いで、
「さわこさん、こっちにもそれを頼むよ」
そうおっしゃられたヒーロさんを筆頭に、気が付くとあちこちから注文の声があがりはじめた次第です。
「はい、喜んで!」
私は、笑顔で皆様を見回しながら、アイスの準備をしていきました。
こうして、デザートメニューが居酒屋さわこさんに加わった次第でございます。
◇◇
その夜のことです。
私・バテアさん・リンシンさんの3人は、お店の片付けを終えた後、晩酌をしながら歓談してから就寝したのですが、
「……うん?」
何か物音が聞こえたような気がして、私は目を覚ましました。
すると、隣で寝ているはずのバテアさんの姿がありません。
音は、1階から聞こえています。
……ま、まさか……泥棒……
私は、リンシンさんを揺り起こすと、一緒に一階へ向かって降りていきました。
一階の、居酒屋さわこさんの厨房のところに誰か立っています。
「……誰?」
リンシンさんはそう言いながら、手に持っていらした魔石灯をその人影に向けました。
その光りの中に……バテアさんの姿がありました。
バテアさんの前には業務用のバニラアイスの容器が置かれています。
その横には、にごり酒の瓶が置いてあります。
そして、バテアさんの手には、濁り酒がかかったバニラアイスが入っている酒升がありまして、バテアさんはそれをスプーンですくって口に運んでおられます。
「……バテアさん、こんな夜中につまみ食いですか?」
私の言葉に、バテアさんは
「あ、あはは……このお酒をかけたアイスってほんと美味しいよねぇ……なんか無性に食べたくなっちゃってさ」
その顔にバツの悪そうな苦笑をうかべながら、そうおっしゃられました。
そんなバテアさんを、私とリンシンさんは、苦笑しながら見つめ続けていた次第です。
ーつづく
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