Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第5節 村上 正人 其の3

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池畑は、アイスコーヒーをかき混ぜて一口飲み、話し始めた。

「…はい。まずはあなたに謝らないといけない。千里さんの現場検証の時やご遺体との対面の時、私とその時一緒にいた刑事の溝口は、呪いについては無知を装ってあなたと接していました。あれは嘘で、実は私と溝口は、先日判決のでた桐生朱美の事件を担当していました。」

「え!どういうことですか。」

話の展開の早さに正人はついていけてなかった。

「つまりあの事件の全てを見てきました。最初から全部、呪いというものの正体を含めて。」

正人は、池畑が凄い事件に携わってきたということに驚いた。

「あの…質問いいですか?」

勿論と池畑は頷いた。

「何故嘘をついていらしたんですか?そして、何故今俺に本当のことを話したんですか?」

池畑は一回下を向き、意を決したように正人を真っ正面から見つめ、語り出した。

「まず、何故詳しくないふりをしたかというとこれは簡単です。警察組織でそう対応するように命じられていましてね。呪いのメカニズムってのは絶対世に出すことはできない。何故だかわかりますね?」

警察組織の命令ということなら、正人はすぐに理解ができた。

「…模倣犯が出るからですね。」

「ご名答です。実は呪いのメカニズムは、わかる人には至極単純な仕組みらしいのです。私は知識がないので、始めから全てを見てきたといっても理解はできていません。これは本当です。

今インターネットの世界では、桐生の呪いについて、様々な憶測が出ています。その中に正解があるかもしれないし、ないかもしれない。

ひとつ言えることは、警察はどんな状況でも、このメカニズムを世に発表することはありません。よって呪いについて少しでも関わってるような言動は禁止されています。」

「なんとなくわかります。もし俺が殺したい人間がいるならば、呪いを使った方が完全犯罪に近づける気がします。もし、あなたが呪いの方法について知ってるとわかれば、あなたを脅してその方法を喋らせようとするでしょうね。…そういうことですよね。」

「そうです。それ以外にもあらゆることを危惧しないといけません。次に何故あなたに本当のことを話したのかですが…」

少し沈黙した池畑に、正人は何事かと内心ハラハラした。池畑はコーヒーを一口飲み、沈黙を破った。

「…あなたは、私と似ている。」

「………え?」

正人は予想外の答えにまともなリアクションができなかった。似ているとはどういうことなのか、一瞬色々考えてみたが思い当たることは…何もなかった。

「私は、あなたと同じです。大切な人を呪いで失いました。」

正人はまた何も言えなかった。ただ、池畑をじっと見ていた。

「先日の呪い裁判の事件は、今から一年半以上前に起こりました。私はその事件を途中まで担当をしていました。

最初は現場の状況などから自殺で片付けるつもりでしたが、翌日に桐生が私のとこに現れ、そこから世界が一変したのです。桐生は、私に呪いのメカニズムを記した書類を渡してきました。

私には全くわからず、知り合いの科学者にその書類を見せたのです。科学者からしたら、青天の霹靂の内容が記されており、桐生の言う呪いのメカニズムは、すぐに解明されようとしていました。

…その最中、その知り合いの科学者は行方不明になった。今もまだ見つかっていません。」

曇った表情の池畑を見て、正人はすぐに悟った。

「…もしかして、その知り合いの科学者ってのが、池畑さんの大切な人ですか?」

「…えぇ、彼女は元恋人でした。お互い忙しい日々ですれ違う毎日で、それを理由に私から別れを切り出しました。でも、本当は彼女を心から愛していました。私は科学者の職務を全うしている彼女が好きだった、伸び伸びと好きな研究に没頭して欲しかった。だから、私は彼女のお荷物のような気がしてなりませんでした。」

「綺麗な愛の形だと思います。相手の一番輝いている姿を理解している。生意気言いますけど、あなたは立派な方ですね。」

「…やめてください、私は立派な人間ではないですよ、本当に。

…私が知る限り、桐生の呪いというものが発覚してから、その被害者は南雲由実さんで三人目です。今回裁判になっている事件の被害者の菅野茜さん、そして、それ以前にも桐生の周りでは不審死が数件ありましたが、呪いによるものと結論付けたのは一件です。それからは、呪いによるものと結論付けられた事件はありませんでした。

最も警察が気が付いていなかったり、遺体が見つかっていないなど、隠れている被害者はありそうですが。

そして、あなたの奥さんである千里さん。昨晩お伝えしたとおり、これから、南雲さんの通夜の時間帯に解剖が行われます。同僚の刑事が立ち会ってますので、結果がでたらすぐに連絡をくれるでしょう。

私は南雲さんの件を含めて千里さんも呪いというものに巻き込まれたと考えています。そう考えるうちに、あなたが自分と重なって見えた。」

池畑の話し声が段々と潤んだ声に変わっていることに正人は気付いていた。

「池畑さん…。」

「村上さん。私は本当に弱い人間です。元恋人が行方不明になってから、彼女を巻き込んでしまったという自責の念より、本当に呪いが怖くなってしまった。彼女をこんな目に合わせてしまったのは私のせいだというのに…。

恐怖心から私は事件の捜査に消極的になってしまい、見兼ねた上司が私を担当から外してくれました。それから今に至るまでは別の同僚が担当しています。

正直、また呪いの事件に関わることになり内心震えています。怖いのです。上司が今回も私を担当から外してくれようとしましたが、このままではいけないと思い、この事件に携わっています。

同性で歳も近く、大切な女性を亡くしたあなたの姿を見て、あの時の自分と重ねてしまった。………あなたを私と同じようにしてはいけない。……呪いに負けて人生の価値を落とすようなことはしてはいけない。…呪いの恐怖に負けてはいけない。

…勿論押し潰されそうな自責の念も抱かないでください。私は…それをあなたに伝えたかった…。」

池畑の言葉に、正人は涙を拭っていた。今は池畑の言う通り自責の念で押し潰されそうだった。

だが、千里が呪いで殺されたとわかったら、今度はきっと、呪いというものの未知なる存在が急に現実に押し寄せてきて、恐怖の中で溺れていたかもしれない。

きっと、本来は警察の規定上話してはいけないことを池畑は自分に話してくれているのだと思った。正人は心から池畑に感謝した。

「ありがとうございます。」

正人は涙を拭い、頭を深く下げた。

「やめてください。私の勝手な自己満足で話し出したことです。…村上さん、解剖でどんな結果が出ても強く生きてください。」

池畑はそう言うと財布から千円を出し、テーブルに置いて席を立った。

「では、また後程。」

正人は千円は多いと言ったが、池畑は譲らず、そのまま店を出ていった。
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