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 カムイ様と過ごす日々はとても穏やかで幸せな日々。カムイ様はどこからか持ってきた森でも歩きやすいシンプルなドレスや下着を着させてくれて、森の中でも不便はなくなった。
 今いる場所はカムイ様の力によって守っていられているらしくて、私とカムイ様以外には誰もいない。二人きりの生活。
 私がすることといえば、カムイ様と森で散歩や水浴びをして、夕方になれば二人でご飯を作って、二人で一緒に微睡む。
 なにもない、穏やかな日々。
 それがすごく素敵で、私はすぐにこの生活が大好きになった。
 前の生活はいつも私には監視がついていて、とても息が詰まるような日々だったから。ここの生活はとても息がしやすくて幸せを感じる。
 けれどそれがカムイ様と一緒だからなのか、私はまだ答えを出せそうにない。

「カムイ様、ここに生っているベリーはとても美味しいです」
「そうか。ベリーもベルに喜んでもらえて嬉しいだろう」
「カムイ様もいかがですか?」
「うむ、いただこう」

 そう言ってカムイ様はグッとかがんで、私の手元にあるベリーを口に含む。そのときカムイ様の唇が私の指に当たって、これ以上ないほど顔が赤くなった。
 カムイ様とこうして過ごすようになって、カムイ様を異性として見始めるようになった気がする。もう私の心のエドガー様は小さくて、私の心の中をどんどん占めていくのはカムイ様。
 カムイ様に惹かれている。それなのに、私はこの気持ちを正直に認められないでいる。

「んむ、まあ美味いな。……ん? どうした? 我を意識したか?」
「っ!」
「そなたは本当に可愛く愛らしい。我の宝物」

 大きな白龍の姿を見せるカムイ様は大きな尾で私の身体を包み込む。人の姿と白龍の姿を持つカムイ様は大抵は高貴な白龍の姿を見せることが多い。そちらのほうが本体で、楽らしい。私より何倍も大きな身体に恐怖はなくて、安心感が私を包んでくれる。
 ひんやりとしていて、意外にもツルツルな鱗を持つ身体を私に優しく擦りよせ、カムイ様は目を細める。

 ──また、だ。
 また、カムイ様への好きの気持ちが溢れた。
 とくん、と揺れる心。それなのに、私はカムイ様のことが信じられない。なんて不誠実なのだろうと思う。けれど、信じることが難しい。
 好きだからこそ、その気持ちを信じることが恐ろしい。

「ベル、我にすべて委ね──」

 ドゴンッ

 カムイ様がそう囁きかけたと同時に空からなにか落ちてきた。それに驚いて目を向ける前に、カムイ様の長い身体が視界を覆い尽くす。

「白龍様ッ! 白龍様ぁあッ!! ……って、あれ? そこの人間のメスは誰ですかぁ、白龍様ぁっ!」
「──殺す」

 カムイ様は私を護るように長い身体で私を包み込んだ。初めて聞くカムイ様の低い声にびくりと身体が揺れてしまう。
 カムイ様が怒ってる。初めて感じるカムイ様の怒気。
 ──怖い。その怒りがいつかは私に向くと考えると、余計。
 そんなことを考える私をなだめるように、カムイ様の尾は私を優しく撫でた。

「ベル、やつは火竜かりゅう族の族長の倅……息子だ。たまに来るが、そなたは気にせずともよい」
「でも、カムイ様……ご挨拶は?」
「んむ。そなたとの番の契約が完全なものになるまではしなくてよい。家に戻っておれ」

 ずきん、と胸が痛んだ。カムイ様は突き放したんじゃない。そうわかってるのに、どうしてか傷ついた気分になってしまう。そもそも悪いのは私なのに。

 番の契約を完全なものにするためには、私とカムイ様が身体を重ねる必要がある。

 その意味はきちんとわかってる。だけど、そんなすぐに、なんてできるものじゃない。
 身体を重ね、全てを曝け出すこと。私にとってそれはとても難しい。カムイ様に惹かれているのに、私がそれを打ち明けられないでいるのもそのせい。
 だって、カムイ様ったらとても触れ合いが好きな方なんだもの。
 私の恋心に気づかれてしまったら、その日のうちに身も心もカムイ様のものになってしまいそうで。
 それは、やっぱり恐ろしい。それが最後。私はきっとカムイ様に全てを捧げてしまう。私がカムイ様に全てを捧げている間はきっと幸せで溢れているのだろう。けれど、きっと終わりを考える。終わりを考えては絶望し、カムイ様に迷惑をかけてしまう。
 それが私という女だから。
 前世で私が身を投げたのは、身を捧げた人に捨てられたから。それを繰り返したくない。
 ああ、本当に私はややこしい。

「カムイ様、でも、ずっと私と一緒にいてくれる約束……」
「よし、火竜族族長の倅よ。ここで話すことを許そう」

 私の言葉にカムイ様は火竜族族長の息子だという竜に言葉を返す。
 火竜族。4本足のドラゴンはカムイ様よりも一回り近く大きく感じる。カムイ様が隠している私を見ようと必死に首を伸ばしているのが見えた。

「それよりそのメスはなんスか? また白龍様に生贄でも? 番……にしてはまだ番ってないっすよね? 匂いが混ざってないし。ねえねえ白龍さ、ぶへぶっ!」
「おぬしは少々口さがない。黙るか、死ぬか、どちらかにせよ」

 カムイ様がなにもせずとも、火竜は地面に落ち腹這いになる。顔まで地面についてしまっている。
 一体カムイ様はなにをやったのだろう。まさかカムイ様の尾が火竜様に? そう思って自分の身体にさわさわと触れている尾をぎゅっと掴んで存在を確かめるようにゆっくりとなぞってみる。

「ぐぁっ!」
「あ、楽になったー」

 ずしん、と大きな身体が体勢を整える。その姿はまさにドラゴン。真紅の鱗を纏った彼はぐあっと大きな口を開いて、呑気にあくびをしている。その姿は私が何度か会ったことのあるドラゴンよりも、少しだけ幼い気がする。

「なにをするのだ、我が番よ」
「え、なにを、って……」
「……そなたが誘っておらぬのはわかっているが、あまり我を誘惑するでない。我だってそなたに関することでは我慢強くなどなれぬのだから」

 うっとりとするような美声で顔を擦り寄せながらそう囁く。特になにも考えずに尾に触れてしまった私は、それがカムイ様にとって性感帯の一種なのだと気付いてしまった。
 誰だってあんな艶っぽい言葉で囁かれたら気付くと思う。
 だって、あんな、すごく色っぽかった。声だけで愛されていると分かるほど。
 カムイ様に愛されているとわかる。わかるのに、私はどうしてカムイ様に全て捧げようとしないのかしら。

「やっぱり番? なに、白龍様ってばいつのまに番なんて作ったの!? 勝手に番なんて作ったら、カトレアはもちろんブルーも、」
「黙れ。我が番の前で他の者の名を呼ぶな」
「ひゃい……」

 火竜族の彼から他の方の名前が出ると、身体が固まる。私の様子に気付いたカムイ様は彼を威嚇するように牙を剥いて、それから人の姿になって私を抱き締めてくれた。
 火竜族の彼はカムイ様に威圧されて小さくなっていた。文字通り、物理的に小さく。竜って体の大きさを変えられるんだ。私に対するカムイ様と、火竜族の彼に対するカムイ様の違いにも驚く。声のトーンが全然違った。
 白龍の姿のカムイ様も好きだけど、カムイ様をより身近に感じられるのは人の姿。だって、白龍の姿だと抱き締められるけど、抱き締めてはもらえない。人の姿のカムイ様にはぎゅっと抱き締めてもらえる。
 人の姿になると何故か着ている服。それは前世にあるようなニホンのキモノと呼ばれる服に近かった。なぜか胸元がはだけているのは不思議だけど。
 なんとなくこのキモノを見ていると落ち着く。それとも着ているのがカムイ様だからかしら。
 カムイ様のキモノの衿もとをぎゅっと握りしめながらその腕の中を堪能する。す、っと息を吸うとカムイ様の匂いが肺の中に入ってきて、それにすごく落ち着いた。

「カムイ様……。カトレア様と、ブルー様って……?」
「我が番、男の名は口にするな」
「んっ……、ぁ、ごめんなさい……?」
「それでいい。我が番。我以外の男の名はそなたの中になくていい」

 くん、と高い鼻筋で私の首を撫でるようにしてカムイ様が囁く。カムイ様の鼻息を感じて、恥ずかしくなりながらも頷いた。
 たぶん、ブルーっていうのが男の人の名前?
 けれどそれなら。

「カムイ様も、」
「んむ?」
「カムイ様も女性の名前は呼んじゃいや、です……」
「っ!」

 カムイ様がハッとして息を止める。驚いたように目を丸くしたカムイ様に後悔した。
 ああ、少し、ううん、すごく言い過ぎてしまったかもしれない。こんなこと、誰にも言ったことがなかった。前世の記憶を探しても、エドガー様との記憶を探しても。こんな過ぎた言葉。

「ごめんなさい、カムイ様……。私、」
「ああっ! 我が番のなんと愛らしいことか!」
「あっ……。お、怒ってない……?」
「誰が怒るものか。我が番の言葉で不快に思うことなどありはしない」

 そう言われて脇に手を入れられて持ち上げられる。高さに驚いてカムイ様の頭を慌ててぎゅっと握り締めると、カムイ様はうっと苦しそうな声を漏らした。

「カムイ様?」
「ああいや、なんでもない。しかし、この体勢はちと辛いな……」
「あぁっ、やっぱり私が重いから……」
「いやっ、ちがう! そうではない! 心地よ過ぎて男には辛いという意味でな!」
「ここちよすぎて、おとこには……?」

 カムイ様の言葉を繰り返して、ハッとして慌ててカムイ様の頭を離す。
 そ、そっか! 私の胸は豊かな方。カムイ様のお顔が胸に沈むような体勢になっていたんだわ!

「ご、ごめんなさい……」
「いや、我はその、嫌だったわけでは、な?」

「なー、そろそろおれの話も聞いてもらっていいスかぁー?」

「おぬし……いつからそこにいた」

 カムイ様の頭から火竜族の彼のことはそっくりそのまま抜けていたらしい。威嚇するようなカムイ様のお言葉に「そりゃねーよお」と泣きそうになりながら言う彼に、私は今までのやり取りが見られていたことを自覚して顔を真っ赤に染めた。
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