何度繰り返しても愛してる

りんごちゃん

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救いはあった

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 手の中には彼女のために買った十字架のネックレス。彼女はいつも赦しを乞うように胸の前で手を組むから、喜ぶだろう。
 どうせ赦しを乞うなら、俺だけに赦しを乞えばいい。全てを赦すから。
 けれど、買い物が終わって戻ると、そこに彼女の姿はなかった。

「マリア? ……マリア!」

 ガヤガヤと辺りは騒がしい。ぐるりと辺りを見渡してもマリアはいない。
 血の気が引いた。

 逃げた? マリアが俺から。
 彼女がそうしたいなら逃がしてやれ、と俺の中の一人がそう言う。
 ああ、そうだ。彼女は充分に傷ついた。
 何度も彼女の心を傷付けて、何度も殺してきた。
 すべて、記憶のない俺が。
 わかってる。このまま一緒にいても彼女は苦しむだけだ。俺の心を一生疑って、疲弊していく。本来無垢で優しい彼女は人を疑い続けることに耐えられない。
 それでも、それをわかっていても、俺は彼女を失いたくなかった。
 時間はたっぷりある。
 貴族なんてしがらみのない場所で、俺と彼女の二人だけでやり直そうと思ってた。
 ずっと二人でいるなら、彼女は俺を疑わないで済む。
 穏やかな生活を二人で続けられる。
 マリアのためなら地位も名誉もいらない。幸い平民だった頃の記憶があるおかげで質素な生活も自炊も苦にならない。

 この祭りが終わったらそうなるはずだったのに。

「マリア、どこだ! マリア!」

 恥も醜聞も投げ捨ててマリアの名前を叫ぶ。人の視線が俺に集まる。どうでもいい。マリアが俺に気付いてくれるなら。
 行かないでくれ、頼むから。君がいなくちゃ私は生きていけない。
 君がいない世界で息をする気は無い。

 どうか、出てきて。

「もしかして、あんたさっき騎士様に連れてかれた女の連れかい?」
「女は、肩まである金髪の?」
「そうそう。肌が白くて! 貴族のご令嬢みたいなお淑やかな……」
「そうか。私の連れだ。すまない、騎士達がどこに行ったのか教えてくれ」

 ──北の森に向かった。
 二人の騎士と共にいた女の目撃情報は多く、最終的にマリアを連れていった男たちは北の森に行ったと予測した。

 どうやら連れてきた護衛は俺しか護衛対象として見ていなかったらしい。
 怒鳴って、怒りのまま彼らを殺してやりたいが、その前にマリアを見つけることが先決だ。
 護衛の一人に王都からマリアを出さないように検問を見張るようにという触れを兵たちに伝えるように言い、北の森に向かう。
 北の森には川があり、滝がある。もしもマリアを連れた騎士たちがマリアを殺すつもりで連れ出したのなら……。
 最悪な考えが頭をよぎる。
 マリアは決して抵抗しない。
 自分の死が俺の救いとすら思っているのだ。
 そんなの、ありえないのに。

 マリアの死が俺の死。
 彼女がいなければ生きていけない。
  
  
 思い出すのは彼女の最初の死。

 復讐だった。父と母と兄を惨たらしく殺した貴族へと復讐。
 そのために彼女を利用した。

「フィニ様っ!」

 少し幼さの残る少女はいつもまっすぐに俺を慕っていた。その気持ちに気付きながら、俺は彼女の心を利用した。
 最後に彼女と会った場所は、私たちが初めて二人きりで会った場所。
 小さな泉の前だった。
 質素な服に身を包んだ彼女は俺が呼び出しに応えたことにホッとしたように微笑んだ。いつもとは違うどこか諦めたような笑み。その笑みに心が軋んだ。
 そして一つの質問を投げかける。
 俺はそのどこまでもまっすぐな瞳から目を逸らし、その質問に答えた。

「愛してなどない。ただ利用しただけだ」

 彼女はその質問に満足そうに笑みを深めた。

 けれど、その瞳からは確かに、涙が。 

 言った瞬間に後悔した。彼女の涙は悲痛そのもので、思わず抱き締めて慰めてやりたくなる。
 そう思い手を伸ばしかけて、ハッとする。そんな資格、俺にはない。
 彼女はまだ若い。そして愛らしい少女だ。家が没落しても、彼女自身は俺と離縁し、親戚の家に身を寄せることが決まってる。
 幸せになれるんだ。
 そもそもカトレアを不幸のどん底に落としたのは俺。
 その俺が、抱き締めたいなど笑える。

 彼女が俺の前から消えて、一人そこにしゃがみ込む。

「……ハハッ」

 笑わなければ。復讐を終えた。
 俺の家族に罪を着せ、俺の愛した女を自殺にまで追い込んだ男を、のうのうと生きていた男を不幸のどん底に落としてやった。
 俺は笑わなければならない。
 俺は勝者だ。
 あの男に罪を着せた俺は、王太子に仕事の勤勉さを取り上げられ王城の仕事に就くことができる。哀れな娘婿だった男として。
 俺はこれから自由になれる。そのはずなのに。
「っ、クソッ!」
 カトレアのあの顔がずっと頭から離れない。
 追いかけることなどできない。
 俺の妻としていられるところを離縁としたのは俺だ。彼女を俺から自由にしたかった。
 それが、彼女の幸せだと信じたから。
 いつか会えたとき、カトレアがまた笑ってればいい。そう思った。

 けど、それは叶わなかった。

 次の日、俺に届いたのは彼女が海に身を投げたという報せだった。
 そしてその遺書には、すべての罪は自分の我儘のせいだから父を責めないで欲しいということと、嘘でもいいから愛してると言って欲しかったということが書かれていた。

 すぐに彼女を捜索させた。
 どこかで生きていると信じたかった。
 彼女が飛び降りたという崖のそばの港や漁村を捜させた。
 結局捜索は半年で打ち切られた。仕方ないだろう。むしろもう貴族でない娘を半年も捜索してくれただけよかった。
 だけど俺は諦めきれなかった。彼女が死んでいるとしても、死体だけでも見つけてやりたい。
 捜索が打ち切られても、仕事を辞めても、彼女を捜し続けた。
 一年後、俺は事故に巻き込まれて死んだ。彼女を捜索中、嵐に巻き込まれた。彼女と同じ海で死ねるならそれでいいと思えた。

 それで彼女への贖罪となるのならそれでいいと。

 それ以降、俺という意識が目覚めたときは、もう取り返しのつかないことになっていた。
 俺の腕の中で死んでいく。俺に愛してると言い残し。呪いのような「愛してる」。俺は決して言葉にできない。彼女にその言葉をあげられない。
 何度も何度も繰り返す。
 いつかそれが幸福だと思えた。狂っていく時の中で、変わらない愛情がただ一つの幸福。
 彼女は無条件で俺を愛し続ける。俺は彼女の死を独り占めできる。

 もう誰が彼女を連れて行ったのかなんてどうでもいい。

 誰にも渡さない。

 ──彼女の死だけは誰にも譲ってやらない。

 聴こえてくる人の声。その中に俺の唯一の声も混じっていた。

「マリア!」

 馬から飛び降りて彼女の元へと向かう。正確には彼女に迫ってる刃の前に。
 一瞬の痛みが俺の身体を走る。ジンジンと炎でも背中で燃えてるかのように熱い。

「っ、あ、あぁっ! いやあぁぁぁあああっ!」

 聴こえたのはマリアじゃない他の女の煩わしい悲鳴だ。
 俺の腕の中の彼女はわけがわからないとでも言うように呆然と俺を見つめてる。
 愛しいその表情をなぞるように、手のひらで顔を包んだ。

「さー、ふぃる、さま?」
「今度は一緒に死のうか」

 崖のそばに立つ彼女を道連れに。

 どうせ俺を信じないなら、もう一度始めからやり直そう。
 記憶を失って、また彼女が死ぬ瞬間に戻ってももう後悔はしない。彼女を苦しめても、俺は彼女の死を独り占めする。
 俺だけの唯一。何度も繰り返される中で絶対的に信じられるもの。

「っ、いや、いやっ! 死ぬのは、私で、」
「だめだ」

 君の幸せも不幸も俺のもの。
 劈くような悲鳴が聴こえてくる。うっとおしい。いらない。彼女の声以外聞きたくない。

 フッと意識が飛ぶような浮遊感。
 ああ、彼女を抱きながら飛び降りたんだと自覚する。
 彼女のために買ったネックレスが水の底へと落ちていく。水を漂う十字架はまるで教会の十字架のようで、結婚式を思い出した。

 ──神に誓ってこの愛を貫くと誓いますか?
 ──誓います。

 肌を刺すような水の感覚。彼女の温もりだけを感じながら意識が途切れた。
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