何度繰り返しても愛してる

りんごちゃん

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はじめまして

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 この赤ちゃんはよく笑う。

「うー、あ!」

 紅葉みたいな小さな手を必死で私へと突き出す赤ちゃん。そっと手を出すと、赤ちゃんは私の指をがっしり掴んだ。
 かわいらしい仕草に、キュンッと胸が高鳴る。
 赤ちゃんは私の指をしゃぶって、あうあうとなにか言葉にならない言葉を紡ぐ。

「うふふ、フランったらリルちゃんのことがすっかり気に入ったみたいね」
「ほ、ほんと?」
「ええ。だって、フランはこんなに幸せそうよ?」

 赤ちゃん──フランを見る。フランは確かに幸せそうに笑ってた。



「リル!」
「フラン様」
「どこに行ってたの? 僕から離れちゃダメだよ」

 そう言ってフラン様はぎゅっと私の手を握る。
 私より背の低いフラン様なのに、手は大きくてゴツゴツしてる。男の人の手。そんな些細なことに顔を赤くする。私よりも年下なのに、フラン様はどんどん男の人になっていって、なんだか恥ずかしい。
 そんな私の様子に気がつくと、フラン様は嬉しそうに微笑んだ。

「ねぇ、リルは僕の婚約者だよね」
「はい。リルはフラン様の婚約者です」
「ねぇ、リル。愛してるよ」
「わ、私もフラン様のこと、愛してます……!」

 フラン様と婚約したのはフラン様が生まれて間もない頃。
 彼の家は代々宰相職を担う一族で、私の家は王族の血を受け継ぐ公爵家。王家と宰相家を繋ぐ政略的な婚姻だけど、私は確かにフラン様を愛してる。
 優しくて、可愛らしいのに男らしいフラン様。
 フラン様はいつも愛してる、と囁いてくださる。それがくすぐったくて、でも嬉しい。
 私も愛していると返すと、フラン様は優しく微笑んでくださる。

「早くリルと結婚したいなぁ」
「でも、フラン様……。本当にリルでいいのですか?」

 少しだけ不安。フラン様はまだ幼いけど、将来有望な人。
 神童と呼ばれるフラン様は、隣国のお姫様に気に入られてるらしい。
 私はというと、フラン様よりも三つも年上で、あまりパッとしないとよく言われる。公爵令嬢としては普通なんだけど、フラン様の婚約者としてはパッとしないらしい。
 私が唯一誇れるのは、フラン様に愛されているということだけ。令嬢としての作法も、刺繍の腕も、フラン様のためだけに身に付けたもの。フラン様の婚約者でない私にはなにもない。

「違うよ、リル。僕はリルじゃなくちゃダメなんだ」
「フラン様……」

 彼に相応しくない私だというのに、フラン様はいつも欲しい言葉をくださる。
 フラン様の隣に立てる女になれるように頑張ってるつもりだけど、なかなか難しい。

 というか、こんな弱気になってる場合じゃない。
 フラン様に言わなくちゃいけないいけないことがあるんだった。そのためにフラン様の家まで来たのに。

「フラン様、あの──」
「アルリリア!」

 ああ、来てしまった。びくっと肩を揺らしてフラン様のそばに身体を寄せる。
 フラン様の家と私の家は比較的近く、すぐに行き来できる距離にある。普通の貴族としてはおかしいのだけど、まだ幼いフラン様が私と離れると大泣きすることからこうなった。

 フラン様から絶対に守るように言われてることが一つある。
 フラン様以外の男性と二人きりにならないこと。
 だからフラン様に助けを求めに来たのに。どうして彼は家で待っていてくれなかったのだろう。

「……殿下がなぜここに?」

 私の従兄弟でもあり、この国の王子。
 彼、ユーリシア様は私の家によく来る。大変困ることに、よく来る。

「用があるのはお前にじゃない。アルリリアにだ」
「アルリリアは私の婚約者ですから、殿下といえど二人きりにはできません」

 そして私には用がありません。

「だが、アルリリアは私の従姉妹でもある」
「従兄弟とは言え異性です。人になにか言われるのはアルリリアなので、どうかご容赦ください」
「ならば昔から言っている。私の婚約者になればいい」
「私も昔から言っています。殿下はこの国の唯一の王子。そんな方が冗談でもそのようなことを口にしないでください」

 フラン様、かっこいい……。
 殿下は私より三つ上。だからフラン様とは六つも離れてるはずなのに、そんな殿下に怯んだりせず真っ向から自分の意見を述べるフラン様。
 うっとりとそんなフラン様を見つめる。
 すると殿下が私を見た。

「アルリリア、アルリリアはどうなんだ」
「わたくし、ですか?」
「ああ、そうだ。お前の意見が聞きたい」

 パチパチと瞬きを繰り返す。
 いきなりの質問に驚く。今までこんな風に私の意見なんて聞かれたことなかったから。
 でも、なにか聞かれようと私の意見なんてたった一つだけ。

「わたくしは、フラン様を愛しております。離れたら死んでしまいます」

 フラン様の手を握りしめる。私の唯一の人。私が離れてはいけない人。彼と離れたら生きていけないと、細胞の全てが叫ぶ。
 ずっと昔から彼を知ってる気がする。そう言ったらフラン様はきっと「運命だね」って言ってくれる。そういう人だから。
 フラン様から離れたら私はきっと死んでしまう。フラン様が目を開けて、私と目を合わせたときから、ずっとそう思うの。
 私の答えにフラン様は満足そうに微笑む。
 フラン様は私の唯一の救い。きっと彼だけが私を救ってくださる。彼以外はダメ。
 フラン様と他の人、どちらかを選びなさいと言われたら、それが周りの人にとってどんなに尊い人でも、私はフラン様を選ぶ。

「殿下、そういうことなのであまりリルをからかわないでください。怖がりなんです、リルは」
「……帰る。見送りはいらん」
「ええ、お気をつけて」

 殿下が身を翻して玄関へと向かう。彼の姿が見えなくなってから、私はフラン様に抱きついた。
 私よりまだ背の低いフラン様は私にされるがまま。とは言っても、フラン様もどんどん背が伸びて、私がフラン様よりも背が高くいられるのはきっとあと少しだろう。

「フラン様、リルはフラン様の言いつけ守れましたか?」
「もちろん。いい子だね、リルは」

 よしよしと頭を撫でられる。ふにゃんとだらしなく笑ってしまう。あまりにも幸せで、胸がほっこりする。
 この幸せが奇跡だと、私の中の誰かが言う。この幸せが尊いことだと、私の中の誰かが言う。

 だけど思い出さなくていいと、誰かが言うの。

 その誰かが誰なのかわからない。でも、幼い頃から私の中には誰かがいて、私はその誰かとフラン様に恋をする。フラン様と一緒にいて懐かしいな、って思うものに出会うと、それは出てきて思い出してはいけないと囁く。

「ねぇ、リル」
「なんですか、フラン様」
「リルはなにか思い出してる?」

 フラン様はそう私に問いかける。私はそれに首を傾げる。

「なにか……?」
「覚えてないならいいよ、リル。ずっと思い出さないで」
「はい、フラン様。リルはなにも思い出しません」

 なにも、なにも思い出さない。思い出したくない。
 だからなにか・・・には頑丈に蓋をして、決して開かないように。
 それが溢れ出してしまえば、きっと今のようにはいられない。幸せではなくなってしまう。私はそれを知っている。
 少しだけ漏れ出した記憶は教えてくれた。たぶん、どこかフラン様を信じきれなくて不安になってしまうのはこの記憶のせいだと。
 フラン様は信じていいと思ってるのに、どこかで怖いと思ってる。
 矛盾する心。相対する感情。
 だけど私はそれを持ちながらも、彼を愛してやまない。
 記憶の蓋を開けてしまうことは許されない。幸せでいたいなら、その記憶は頑丈に心の奥底にしまいこんでしまわなければ。

 記憶の海の底に投げ捨てなければ。

「フラン様」
「なぁに?」
「リルは、私はフラン様を信じてます」

 不安をかき消すように、私は口にする。フラン様の手を握りしめ、フラン様をジッと見つめる。
 蒼い瞳が私を射抜く。綺麗な蒼。まるで雲ひとつない青空のような。その瞳が私は好き。優しそうなタレ目も、蒼い瞳の下の泣きぼくろも、雲のような銀髪も、全部大好き。もちろんその中身も。優しくて、強くて、私を甘やかしてくれて、だけどちょっぴり厳しくて、それから──私を愛してくれる。
 全身全霊で彼は私を愛してくれてる。だから、私はその愛を信じたい。
 フラン様は私から目を逸らさない。
 やがてフラン様は微笑んで、庭園に咲いていた一輪の花を私の髪へと添える。オレンジ色の鮮やかなお花。

「愛してるよ、リル。前世むかしも、今世いま来世これからも。ずっと君だけを愛し続ける」
「──はい。フラン様。リルもフラン様を愛してます」

 彼になら裏切られてもいいと思うから、私はその愛に浸かって微笑む。

 私は今日も幸せです。
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