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ちゅ、ちゅく、とはしたない水音が聞こえてハッと息を飲んで、口に手を当てて声を出さないようにする。
「ん……こういうことなの。だから、私との婚約は破棄してくださいね」
可愛らしい鈴の音のようなころころとした声。静かな図書室で始まった淫らな行為とそれに伴う婚約破棄の言葉。
それを聞いて、なるほど。これはいよいよ運が回ってきたわ、とほくそ笑んだ。
私、アスティ・ローレルには前世がある。
前世の私の名前は覚えてないけど、とにかく見栄っ張りで面食いだったことは覚えている。
今の私もそう。伯爵家の一人娘として生まれた私は見栄っ張りで面食い。
幸い前世よりも美しい顔に恵まれたので、日々美容を心がけて、何匹もの猫を被ってオホホウフフなお嬢様として生活してる。
私の家は伯爵家としての家格はそれなり。さらに父は事業に成功してるのでお金もある。
最高の家だと思う。それにお父様もお母様も美男美女で目の保養。今の家族が私はとても好きよ。なにも文句はない。
私はとても美しいし、父も母も美しいし。
ただ惜しむべきは婚約者が平凡顔だったこと。性格は良かったんだけど、顔がね。整ってはいるんだろうけど、没個性。埋もれてる。その辺にいそう。小さい頃からの婚約者だったし、我が家と彼の家である侯爵家の繋がりのためと言われたら、まあ結婚してやらなくもないって感じだった。
上から目線? だって私ってば美しいもの。仕方ない。
この美しさなら皇太子も絶対釣れるのに……。と、思わなくもない。だけど、悲しいことに皇太子には婚約者がいたので諦めるしかなかった。略奪愛には興味がなかったというか、食指が働かなかった。婚約者候補には名前が上がってたんだけどね。
王妃になって食っちゃ寝ダラダラ生活がしたかったわ。お金を使って宝石を買い漁ったりとかしたかったのに。あ、でも傾国の女とか言われて処刑されるのは嫌だからほどほどに。
まあ、それは儚い夢。私には婚約者がいる。
婚約者は侯爵家の次男で、一人娘しかいない我が家の娘婿として次期伯爵家当主になることが決まっていた。
結婚式は彼が二十歳のときで、私が十八歳のときに行われると決まっていたはずだった。
そう、決まっていたはずだったのだ。
あの平凡顔、私を捨てて平民の女と駆け落ちしやがってくれたのである。
どう考えても私のほうが美しい女なのだけど。お金も持ってるわ。性格は悪いけどね。でも猫被ってたから関係ないわね。あの婚約者腹立つ。
あのクソ男が駆け落ちの末に不幸になることを祈りながら、私は引きこもりになった。
とっても傷付いた体を装って、侯爵家からは慰謝料踏んだ食ってやった。
ふんっ、正当よね。だって私のプライドを傷つけたんだし。
私の元婚約者は勘当されたらしいし。これで帰る家もないわね。ざまあみろ。みんな大激怒よ、当たり前だけど。
そんなわけで私は結婚間近にして婚約者が消えた。ちなみに18~23が女性の結婚の適齢期なので、まだ大丈夫。まだセーフ。私はまだまだ見繕える。美しいもの、私。
けれど悲しいことに私の周りにはいい男性がいない。というかいい男には大抵婚約者がいるのよ。本当あの平凡顔不能になってしまえ。
そのうえ私は基本が出不精なので、夜会などにも出る機会が少なかった。だってダンスって苦手なんですもの。汗なんてかきたくないわ。
たまに出るとローレル家の妖精とか深窓の令嬢なんて言われてチヤホヤされるけど、妖精なんてこっぱずかしい名前で呼ばれるのは嫌。美しいって褒め称えられるのは嫌いじゃないけど、繊細なの。ガラスのハートなの。褒められると怖がるタイプなの。めんどくさい? いいのよ、美しさでカバーするから。
婚約者が駆け落ちして、もう数ヶ月が経つけど、新しい婚約者は見つからない。こんなに美しいのに。やっぱり巨乳で泣きぼくろがあるからかな。エロチックな見た目だからかしら。でも、私ってば垂れ目で優しい顔してると思うのよ? 見た目で言うと家庭教師のお姉さんおっとりタイプ。見た目は。中身はそんなんでもないけど。
婚約者欲しい。悠々自適に生活したい。でも夜会は出たくない。やりたいことだけしかしなくてもいい世界にいたいわぁ。
安定のクズ思考。でも、嫌いじゃないわ。
とりあえず当分は心に傷を負ったということで婚約者探しは中断させてもらってるけど、そのうち本格的に探さなくちゃいけない。めんどい。夜会に出る頻度は増えたけど、やっぱりめんどくさい。
今は王都にいるから、城の図書室で好きなだけ本が読めるから最高だけど。私、こんなクズだけど本を読むのは好きなの。城の図書室は普通の令嬢じゃ入れないんだけど、私は特別に許可が出ている。
これもお父様が結構な地位にいるから。お父様素敵! イケメン!
そんな父親のコネを使いまくりで、私は今日も図書室で本を読んでいた。
前世にはなかった魔法書とか最高に面白いです。私、魔法使えないけど。
と、ここで冒頭に戻る。
図書室でディープキスして婚約破棄を伝える女ってさすがに鬼畜すぎだと思うわ。
図書室の奥にいた私はバレてないらしい。
「わたくし、ショータ様を愛してるの。ショータ様もわたくしを……」
「ああ、愛してるよ、ドルテラ」
「ショータ様……」
んっ、ちゅ、とまたディープキスを始める二人組。
わーお、濡れ場。どんな趣味かしら。聴いてるこっちはドン引きだけど、女の名前に私はニヤリと笑った。
ドルテラと呼ばれた女は皇太子の婚約者だ。つまり、婚約破棄を伝えられてる相手は皇太子様。
皇太子にそんなこと言っちゃうなんてすごいわよね。権力万歳の私としては無理無理。皇太子様万歳だわ。
まあ、皇太子は婚約者を溺愛してるって噂があったから、それが本当ならこんな強気に出られるのもちょっとは納得。
相手の男のショータって名前は確か異世界から来たとかいう迷い子だ。なんかたまに異世界から来るらしいのよ、そういう人。
絶世の美男子とか言われてたけど、私から見たらただのキモオタだった。みんなの目が心配だ。皇太子のほうが絶世の美男子だと思うのだけど。
一回会ったことがあるけど、目が合ったらヌフッとか気持ち悪い笑い方されてゾゾーッと鳥肌が立った。私が美人なのはわかるけど、ノーセンキュー。本当きもい。生理的に無理。ニキビだらけだし、太ってるし、唇厚くて目が小さいし。ブタみたい。
そのくせそいつがハーレムを作ってるっていうんだから驚きよねぇ。私は絶対に無理だけど。
「ドルテラ……ッ!」
「わたくし、真実の愛に目覚めましたの。純潔も捧げましたわ。お父様と皇帝陛下にはあなたから婚約破棄についてお話してくださいね。行きましょう、ショータ様」
「むふっ、ああ。行こう、ドルテラ」
コツコツと音がして図書室から人が出た気配がする。私はそっと物陰から出て、皇太子を見た。
「……っ、そん、な……っ」
皇太子、泣いていた。
絶世の美男子の泣き顔は絵になる。思わずキュンッとときめいてしまった。
私、長髪男性が髪を縛ってる姿が好きなのよね。綺麗とイケメンが合体してる感じがもーなんとも言えない。萌え。
しかも絶世の美男子皇太子は蜂蜜色の髪にエメラルドグリーンの瞳。あの顔を見たときは神が作りし芸術かと思った。圧倒的感謝。
そんな麗人が泣いてるのよ? しかも自分の女を男に寝取られて!
可愛すぎる。母性愛がめっちゃ高まる。
いや、そんなことはどうでもいい。
今重要なのは皇太子が婚約者を寝取られたってこと。しかも婚約破棄されるときた。
それならさぁ。
皇太子のこと狙ってもいいわよね!
「ん……こういうことなの。だから、私との婚約は破棄してくださいね」
可愛らしい鈴の音のようなころころとした声。静かな図書室で始まった淫らな行為とそれに伴う婚約破棄の言葉。
それを聞いて、なるほど。これはいよいよ運が回ってきたわ、とほくそ笑んだ。
私、アスティ・ローレルには前世がある。
前世の私の名前は覚えてないけど、とにかく見栄っ張りで面食いだったことは覚えている。
今の私もそう。伯爵家の一人娘として生まれた私は見栄っ張りで面食い。
幸い前世よりも美しい顔に恵まれたので、日々美容を心がけて、何匹もの猫を被ってオホホウフフなお嬢様として生活してる。
私の家は伯爵家としての家格はそれなり。さらに父は事業に成功してるのでお金もある。
最高の家だと思う。それにお父様もお母様も美男美女で目の保養。今の家族が私はとても好きよ。なにも文句はない。
私はとても美しいし、父も母も美しいし。
ただ惜しむべきは婚約者が平凡顔だったこと。性格は良かったんだけど、顔がね。整ってはいるんだろうけど、没個性。埋もれてる。その辺にいそう。小さい頃からの婚約者だったし、我が家と彼の家である侯爵家の繋がりのためと言われたら、まあ結婚してやらなくもないって感じだった。
上から目線? だって私ってば美しいもの。仕方ない。
この美しさなら皇太子も絶対釣れるのに……。と、思わなくもない。だけど、悲しいことに皇太子には婚約者がいたので諦めるしかなかった。略奪愛には興味がなかったというか、食指が働かなかった。婚約者候補には名前が上がってたんだけどね。
王妃になって食っちゃ寝ダラダラ生活がしたかったわ。お金を使って宝石を買い漁ったりとかしたかったのに。あ、でも傾国の女とか言われて処刑されるのは嫌だからほどほどに。
まあ、それは儚い夢。私には婚約者がいる。
婚約者は侯爵家の次男で、一人娘しかいない我が家の娘婿として次期伯爵家当主になることが決まっていた。
結婚式は彼が二十歳のときで、私が十八歳のときに行われると決まっていたはずだった。
そう、決まっていたはずだったのだ。
あの平凡顔、私を捨てて平民の女と駆け落ちしやがってくれたのである。
どう考えても私のほうが美しい女なのだけど。お金も持ってるわ。性格は悪いけどね。でも猫被ってたから関係ないわね。あの婚約者腹立つ。
あのクソ男が駆け落ちの末に不幸になることを祈りながら、私は引きこもりになった。
とっても傷付いた体を装って、侯爵家からは慰謝料踏んだ食ってやった。
ふんっ、正当よね。だって私のプライドを傷つけたんだし。
私の元婚約者は勘当されたらしいし。これで帰る家もないわね。ざまあみろ。みんな大激怒よ、当たり前だけど。
そんなわけで私は結婚間近にして婚約者が消えた。ちなみに18~23が女性の結婚の適齢期なので、まだ大丈夫。まだセーフ。私はまだまだ見繕える。美しいもの、私。
けれど悲しいことに私の周りにはいい男性がいない。というかいい男には大抵婚約者がいるのよ。本当あの平凡顔不能になってしまえ。
そのうえ私は基本が出不精なので、夜会などにも出る機会が少なかった。だってダンスって苦手なんですもの。汗なんてかきたくないわ。
たまに出るとローレル家の妖精とか深窓の令嬢なんて言われてチヤホヤされるけど、妖精なんてこっぱずかしい名前で呼ばれるのは嫌。美しいって褒め称えられるのは嫌いじゃないけど、繊細なの。ガラスのハートなの。褒められると怖がるタイプなの。めんどくさい? いいのよ、美しさでカバーするから。
婚約者が駆け落ちして、もう数ヶ月が経つけど、新しい婚約者は見つからない。こんなに美しいのに。やっぱり巨乳で泣きぼくろがあるからかな。エロチックな見た目だからかしら。でも、私ってば垂れ目で優しい顔してると思うのよ? 見た目で言うと家庭教師のお姉さんおっとりタイプ。見た目は。中身はそんなんでもないけど。
婚約者欲しい。悠々自適に生活したい。でも夜会は出たくない。やりたいことだけしかしなくてもいい世界にいたいわぁ。
安定のクズ思考。でも、嫌いじゃないわ。
とりあえず当分は心に傷を負ったということで婚約者探しは中断させてもらってるけど、そのうち本格的に探さなくちゃいけない。めんどい。夜会に出る頻度は増えたけど、やっぱりめんどくさい。
今は王都にいるから、城の図書室で好きなだけ本が読めるから最高だけど。私、こんなクズだけど本を読むのは好きなの。城の図書室は普通の令嬢じゃ入れないんだけど、私は特別に許可が出ている。
これもお父様が結構な地位にいるから。お父様素敵! イケメン!
そんな父親のコネを使いまくりで、私は今日も図書室で本を読んでいた。
前世にはなかった魔法書とか最高に面白いです。私、魔法使えないけど。
と、ここで冒頭に戻る。
図書室でディープキスして婚約破棄を伝える女ってさすがに鬼畜すぎだと思うわ。
図書室の奥にいた私はバレてないらしい。
「わたくし、ショータ様を愛してるの。ショータ様もわたくしを……」
「ああ、愛してるよ、ドルテラ」
「ショータ様……」
んっ、ちゅ、とまたディープキスを始める二人組。
わーお、濡れ場。どんな趣味かしら。聴いてるこっちはドン引きだけど、女の名前に私はニヤリと笑った。
ドルテラと呼ばれた女は皇太子の婚約者だ。つまり、婚約破棄を伝えられてる相手は皇太子様。
皇太子にそんなこと言っちゃうなんてすごいわよね。権力万歳の私としては無理無理。皇太子様万歳だわ。
まあ、皇太子は婚約者を溺愛してるって噂があったから、それが本当ならこんな強気に出られるのもちょっとは納得。
相手の男のショータって名前は確か異世界から来たとかいう迷い子だ。なんかたまに異世界から来るらしいのよ、そういう人。
絶世の美男子とか言われてたけど、私から見たらただのキモオタだった。みんなの目が心配だ。皇太子のほうが絶世の美男子だと思うのだけど。
一回会ったことがあるけど、目が合ったらヌフッとか気持ち悪い笑い方されてゾゾーッと鳥肌が立った。私が美人なのはわかるけど、ノーセンキュー。本当きもい。生理的に無理。ニキビだらけだし、太ってるし、唇厚くて目が小さいし。ブタみたい。
そのくせそいつがハーレムを作ってるっていうんだから驚きよねぇ。私は絶対に無理だけど。
「ドルテラ……ッ!」
「わたくし、真実の愛に目覚めましたの。純潔も捧げましたわ。お父様と皇帝陛下にはあなたから婚約破棄についてお話してくださいね。行きましょう、ショータ様」
「むふっ、ああ。行こう、ドルテラ」
コツコツと音がして図書室から人が出た気配がする。私はそっと物陰から出て、皇太子を見た。
「……っ、そん、な……っ」
皇太子、泣いていた。
絶世の美男子の泣き顔は絵になる。思わずキュンッとときめいてしまった。
私、長髪男性が髪を縛ってる姿が好きなのよね。綺麗とイケメンが合体してる感じがもーなんとも言えない。萌え。
しかも絶世の美男子皇太子は蜂蜜色の髪にエメラルドグリーンの瞳。あの顔を見たときは神が作りし芸術かと思った。圧倒的感謝。
そんな麗人が泣いてるのよ? しかも自分の女を男に寝取られて!
可愛すぎる。母性愛がめっちゃ高まる。
いや、そんなことはどうでもいい。
今重要なのは皇太子が婚約者を寝取られたってこと。しかも婚約破棄されるときた。
それならさぁ。
皇太子のこと狙ってもいいわよね!
応援ありがとうございます!
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