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春の予感
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「もしかして水野くん? 2年の蒲田です。よろしくね」
「……あ、1年水野です、よろしくお願いします」
図書委員と言えば、染めたことのないまっさらな黒髪に眼鏡をかけ、校則の順守に人生をささげているのかと勘ぐってしまうような身なりの生徒を思い浮かべる。偏見だと指を指されるかもしれないが、事実、片手で数えられる程度しか訪れなかった中学の図書館のカウンターで貸出処理をしていた係や半年間ペアを組んでいた図書委員も例にもれず、その類の人物だった。
しかし、これはどうだ。
女子受けの良さそうな爽やかな笑みを浮かべ、差し出された右手に自らのそれを重ねながら、正面に立つ図書委員――もとい、蒲田の顔を不躾に見つめた。
効果音をつけるとするならば、じろじろと蒲田の顔を見て、頭の先からつま先を2度ほど往復する。端正な顔立ちや、程よく気崩された清潔感のある着こなし。どこを取っても女子が好みそうである。なぜ図書委員をしているのか、という疑問が絶えない。
俺が通う高校の図書室は第2特別棟の4階に位置している。一般棟から距離があり、教室のほとんどが物置状態になっているうえ、いつでも湿っぽい空気をまとっているこの建物には、随分と似合わない人物だ。こういうカースト上位の人気者が率先して就くような係ではないはずだが。
「早速で悪いんだけど、この本返却するの手伝ってくれるかな?」
「……っす」
無遠慮に見ていたせいか、困惑の笑みを向けられ、気まずさから視線を蒲田が指さしたカウンターへ移した。そこには、昨日の当番がさぼったのか、はたまたどこかのクラスが授業で使った本が返却されたのか、30冊程積み重なっている。誰かが並べてくれたのか、ラベリングされた数字は順番通りに並んでいる。蒲田に倣って数冊を手に取り、ラベルと棚の側面に貼られている番号札を見比べながら1冊ずつ棚へと戻した。
かれこれ半年ほど図書委員として、この湿っぽい空間の番人をしているわけだが、滅多に仕事がないため配置は全く頭に入っていない。背表紙に丁寧に貼られたラベルによって規則正しく並んでいるが、とはいえ大量の本の中から正しい場所を探し出すのは簡単ではない。たった30。されど30。ジグゾーパズルのピースを探すように時間をかけながら戻していれば、本棚の向こう側から「ねぇ」と声が届いた。
「水野くんは本好きなの?」
「どっちかっつーと嫌いですね」
初対面の下級生に気を使ってか、そんな当たり障りのない質問を投げかけた蒲田に、迷わず即答した。
授業を除くと最後に本を読んだのはいつか思い出すことさえも難しい。漫画であれば毎週水曜日に某漫画雑誌を欠かさず読んでいるのだが、それを読書だと言い張れば反論してくる人が後を絶たないだろう。図書委員という立場であるのならば尚更。
「はは、正直だね。普通は、好きじゃない、くらいにとどめておかない?」
本の隙間から綻んだ顔の蒲田が見え隠れし、口を噤んだ。
図書委員らしく毎月1冊は読むようにしています、とリップサービスをしていた方が良かっただろうか。しかし、そんな見え透いた嘘をついたところで、すぐにばれるのがオチだ。何を隠そう、今、脳内に浮かんでいる小説は羅生門と檸檬だけだ。それすらも、追い剥ぎババァと檸檬爆弾と言うなんとも抽象的で曖昧な記憶しか残っていない。
訂正しようと開いた口を一瞬止め、「まぁ、嫌いなんで」と答えた。
「何で本嫌いなのに図書委員?」
「じゃんけんで負けました」
「じゃんけんかぁ。災難だったね」
「先輩は何でやってるんですか?」
「僕はねぇ、くじ引きで外れひいちゃった」
爽やかな笑みを保ったまま、堂々と外れと言ってのける。確かにあたりではないが、外れと断言するのもなかなかに肝が座っている。それこそ、本が嫌いという率直すぎる俺の意見より、よっぽど正直だ。
「あぁ、でも大外れではなかったからいいかな」
「大外れ?」
「体育祭実行委員」
返ってきた答えは環が嬉々として手を挙げていた係だ。蒲田が言うには大外れらしい。確かに、自ら進んで就任したはずの環も絶賛後悔中だ。
「文化祭とか体育祭とか実行委員系やりたがる人って変わってるよね。あと委員長」
「俺の友達、体育祭の実行委員立候補してましたよ」
「うわぁ、変わってるね」
「そうっすね、変わってます」
突拍子のない言動で周囲のみならず、未来の自分までも振り回している。なんとも間抜けで向こう見ずな親友を思い出し、口元が緩んだ。その突拍子のなさこそが魅力であるわけだが。
「仲いいんだね」
「え、」
「だって楽しそうな顔してる」
本の隙間。整ったアーモンドと目が合い、顔に熱が集まる。
楽しい。環といる時間は、楽しくて飽きない。けれど、それを自覚することと、他人に指摘されることは全くの別物だ。高校生にもなって友人を思い出し、だらしのない顔をする等もってのほか。
アーモンドが覗く空間を埋めるように、無理やりに本を押し込んだ。狭い場所に押し込まれた本が悲鳴を上げる。その向こう側から聞こえる楽し気な笑い声だ。向こう側に立ててある背の高い本を抜き取られ、新たにできた隙間から再び蒲田の顔が垣間見える。
「水野くん、可愛いね」
「……あ、1年水野です、よろしくお願いします」
図書委員と言えば、染めたことのないまっさらな黒髪に眼鏡をかけ、校則の順守に人生をささげているのかと勘ぐってしまうような身なりの生徒を思い浮かべる。偏見だと指を指されるかもしれないが、事実、片手で数えられる程度しか訪れなかった中学の図書館のカウンターで貸出処理をしていた係や半年間ペアを組んでいた図書委員も例にもれず、その類の人物だった。
しかし、これはどうだ。
女子受けの良さそうな爽やかな笑みを浮かべ、差し出された右手に自らのそれを重ねながら、正面に立つ図書委員――もとい、蒲田の顔を不躾に見つめた。
効果音をつけるとするならば、じろじろと蒲田の顔を見て、頭の先からつま先を2度ほど往復する。端正な顔立ちや、程よく気崩された清潔感のある着こなし。どこを取っても女子が好みそうである。なぜ図書委員をしているのか、という疑問が絶えない。
俺が通う高校の図書室は第2特別棟の4階に位置している。一般棟から距離があり、教室のほとんどが物置状態になっているうえ、いつでも湿っぽい空気をまとっているこの建物には、随分と似合わない人物だ。こういうカースト上位の人気者が率先して就くような係ではないはずだが。
「早速で悪いんだけど、この本返却するの手伝ってくれるかな?」
「……っす」
無遠慮に見ていたせいか、困惑の笑みを向けられ、気まずさから視線を蒲田が指さしたカウンターへ移した。そこには、昨日の当番がさぼったのか、はたまたどこかのクラスが授業で使った本が返却されたのか、30冊程積み重なっている。誰かが並べてくれたのか、ラベリングされた数字は順番通りに並んでいる。蒲田に倣って数冊を手に取り、ラベルと棚の側面に貼られている番号札を見比べながら1冊ずつ棚へと戻した。
かれこれ半年ほど図書委員として、この湿っぽい空間の番人をしているわけだが、滅多に仕事がないため配置は全く頭に入っていない。背表紙に丁寧に貼られたラベルによって規則正しく並んでいるが、とはいえ大量の本の中から正しい場所を探し出すのは簡単ではない。たった30。されど30。ジグゾーパズルのピースを探すように時間をかけながら戻していれば、本棚の向こう側から「ねぇ」と声が届いた。
「水野くんは本好きなの?」
「どっちかっつーと嫌いですね」
初対面の下級生に気を使ってか、そんな当たり障りのない質問を投げかけた蒲田に、迷わず即答した。
授業を除くと最後に本を読んだのはいつか思い出すことさえも難しい。漫画であれば毎週水曜日に某漫画雑誌を欠かさず読んでいるのだが、それを読書だと言い張れば反論してくる人が後を絶たないだろう。図書委員という立場であるのならば尚更。
「はは、正直だね。普通は、好きじゃない、くらいにとどめておかない?」
本の隙間から綻んだ顔の蒲田が見え隠れし、口を噤んだ。
図書委員らしく毎月1冊は読むようにしています、とリップサービスをしていた方が良かっただろうか。しかし、そんな見え透いた嘘をついたところで、すぐにばれるのがオチだ。何を隠そう、今、脳内に浮かんでいる小説は羅生門と檸檬だけだ。それすらも、追い剥ぎババァと檸檬爆弾と言うなんとも抽象的で曖昧な記憶しか残っていない。
訂正しようと開いた口を一瞬止め、「まぁ、嫌いなんで」と答えた。
「何で本嫌いなのに図書委員?」
「じゃんけんで負けました」
「じゃんけんかぁ。災難だったね」
「先輩は何でやってるんですか?」
「僕はねぇ、くじ引きで外れひいちゃった」
爽やかな笑みを保ったまま、堂々と外れと言ってのける。確かにあたりではないが、外れと断言するのもなかなかに肝が座っている。それこそ、本が嫌いという率直すぎる俺の意見より、よっぽど正直だ。
「あぁ、でも大外れではなかったからいいかな」
「大外れ?」
「体育祭実行委員」
返ってきた答えは環が嬉々として手を挙げていた係だ。蒲田が言うには大外れらしい。確かに、自ら進んで就任したはずの環も絶賛後悔中だ。
「文化祭とか体育祭とか実行委員系やりたがる人って変わってるよね。あと委員長」
「俺の友達、体育祭の実行委員立候補してましたよ」
「うわぁ、変わってるね」
「そうっすね、変わってます」
突拍子のない言動で周囲のみならず、未来の自分までも振り回している。なんとも間抜けで向こう見ずな親友を思い出し、口元が緩んだ。その突拍子のなさこそが魅力であるわけだが。
「仲いいんだね」
「え、」
「だって楽しそうな顔してる」
本の隙間。整ったアーモンドと目が合い、顔に熱が集まる。
楽しい。環といる時間は、楽しくて飽きない。けれど、それを自覚することと、他人に指摘されることは全くの別物だ。高校生にもなって友人を思い出し、だらしのない顔をする等もってのほか。
アーモンドが覗く空間を埋めるように、無理やりに本を押し込んだ。狭い場所に押し込まれた本が悲鳴を上げる。その向こう側から聞こえる楽し気な笑い声だ。向こう側に立ててある背の高い本を抜き取られ、新たにできた隙間から再び蒲田の顔が垣間見える。
「水野くん、可愛いね」
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