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春の予感
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「か、らかうの、やめてもらっていっすか」
「からかってないよ、本心本心」
「ふふふ」と品よく笑ってみせてはいるが、その顔にはいたずら心が隠せていない。元に戻らない顔を誤魔化す様に乱雑に本を棚に戻した。
「本は丁寧にね」
「分かってます!」
「本当かなぁ」
喉を震わせ揶揄される。急いた仕草で本を押し込んでいれば、新しい本の束を抱えた蒲田が俺の隣に立った。かと思えば、俺が仕舞おうと棚に差し込んだ本に手を重ねる。
「これはこっち」
俺の手ごと本を一段上へと移動させる。手を柔らかく包み込み、斜め上から覗き込む。そして、にっこりと背景にバラでも浮かんでいそうな綺麗な笑顔を向けるのだ。自分が女子だったならば、今この瞬間に恋に落ちただろうと他人事な感想を浮べた。シチュエーションとしては完璧だ。ドラマや映画であれば国民的アイドルグループが歌う恋愛ソングのイントロが流れているところだろう。試しに脳内で流してみたが、違和感のあまりにすぐに取り消した。おかげで茹だっていた頭は冷静になり、ほんのり色づいていた頬は正常へ戻る。代わりに、口説かんばかりの言動を一男子生徒にする目の前の男に不信感を募らせた。
「やっぱ、揶揄ってますよね」
「えぇー」
「俺、女子じゃないですから、そういうこと辞めてもらっていいですか」
「そういうことって?」
すべてを理解した顔でわざとらしく手を握る蒲田の顔を俺は胡乱気な目で見た。
「こういうことですよっ」
空になった手で叩こうとすれば、その手が届く前に、パッと離される。叩き損ねた掌が宙を掻く。蒲田はというと何事もなかったかのように、見るものを虜にするような笑みをたたえたまま、懇切丁寧に本を収納している。
晴らすことのできなかったもやもやを散らす術はない。隣のこの男が環であったならば、頭を小突くなり、脚を回し蹴るなりするところであるが、年上のしかも初対面の人間にそんなことをできるわけもなく、やり場のない苛立ちを散らすようにぐるりと眼球を回し上を見た。
「あはは、照れてはくれないかぁ」
「照れませんよ。なんだと思ってるんすか」
「揶揄いがいのある可愛い後輩だよ」
「先輩って意外と――」
「意外と?」
いい性格してますよね!
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。こういうタイプに過剰な反応をすると図に乗ることは環で把握済みだ。
「サンタって1番欲しいものくれる代わりに、1番大切なものを持って行っちゃうんだって」
小学6年生の12月。クリスマスまで1か月を切り、今年のクリスマスは何を頼んだのか、と言う話題の中での環の発言だった。いつも寄り道していた通学途中の公園の、ブランコの囲いに座り、神妙な面持ちで呟いた環に生唾を飲んだ。その年は新しく発売したゲーム機が欲しいと強請っていたが、1番大切なものを取られるとは聞いていない。「宝物が取られちゃう」と近所中に響き渡る程の声量で泣きながら帰ったのを、クリスマスが近づくたびに今でも揶揄われる。それに対して「やめろよ」と過剰な反応をすればするほど、環は楽しそうに笑い声をあげ、俺の肩に腕を回すのだ。あの時、自分は何を取られると泣き叫んだのか思い出せないが、今でも時折話題に上げるところを見ると、くだらないことに違いない。くだらないからこそ、永遠と揶揄の対象にされるのだ。
この人好きする笑みを浮かべる蒲田という男も、きっと本質は環と同じに違いない。だから、こういうときは何でもないふりをするのが最適解である。
「何でもないです。さっさと手動かしてもらっていいですか。俺、昼飯まだなんで」
4限終了後、足早に向かった購買で買った焼きそばパンは袋に入ったままだ。競争に打ち勝ち手に入れたせっかくの焼きそばパンを食べずにいることも、昼を抜いたまま体育に挑むこともごめんだ。本の山は半分以下まで減っている。早いところ終わらせて昼食にしたい。
「そうなの? 後は僕がやっておくから食べてていいよ」
「大丈夫です」
蒲田の魅力的な提案を迷うことなく断った。いい性格をしている目の前の男に、これを貸し1だと、後々何か請求されることを恐れたからだ。面倒ごとは事前に避けるに越したことはない。
「そう? じゃあ、早いとこ済ませちゃおうか」
「そうしてください」
不満げな表情のままそう言い捨てた俺の後ろを楽しそうに追いかける蒲田に、残りの本の大半を押し付け片づけに取り掛かった。
「からかってないよ、本心本心」
「ふふふ」と品よく笑ってみせてはいるが、その顔にはいたずら心が隠せていない。元に戻らない顔を誤魔化す様に乱雑に本を棚に戻した。
「本は丁寧にね」
「分かってます!」
「本当かなぁ」
喉を震わせ揶揄される。急いた仕草で本を押し込んでいれば、新しい本の束を抱えた蒲田が俺の隣に立った。かと思えば、俺が仕舞おうと棚に差し込んだ本に手を重ねる。
「これはこっち」
俺の手ごと本を一段上へと移動させる。手を柔らかく包み込み、斜め上から覗き込む。そして、にっこりと背景にバラでも浮かんでいそうな綺麗な笑顔を向けるのだ。自分が女子だったならば、今この瞬間に恋に落ちただろうと他人事な感想を浮べた。シチュエーションとしては完璧だ。ドラマや映画であれば国民的アイドルグループが歌う恋愛ソングのイントロが流れているところだろう。試しに脳内で流してみたが、違和感のあまりにすぐに取り消した。おかげで茹だっていた頭は冷静になり、ほんのり色づいていた頬は正常へ戻る。代わりに、口説かんばかりの言動を一男子生徒にする目の前の男に不信感を募らせた。
「やっぱ、揶揄ってますよね」
「えぇー」
「俺、女子じゃないですから、そういうこと辞めてもらっていいですか」
「そういうことって?」
すべてを理解した顔でわざとらしく手を握る蒲田の顔を俺は胡乱気な目で見た。
「こういうことですよっ」
空になった手で叩こうとすれば、その手が届く前に、パッと離される。叩き損ねた掌が宙を掻く。蒲田はというと何事もなかったかのように、見るものを虜にするような笑みをたたえたまま、懇切丁寧に本を収納している。
晴らすことのできなかったもやもやを散らす術はない。隣のこの男が環であったならば、頭を小突くなり、脚を回し蹴るなりするところであるが、年上のしかも初対面の人間にそんなことをできるわけもなく、やり場のない苛立ちを散らすようにぐるりと眼球を回し上を見た。
「あはは、照れてはくれないかぁ」
「照れませんよ。なんだと思ってるんすか」
「揶揄いがいのある可愛い後輩だよ」
「先輩って意外と――」
「意外と?」
いい性格してますよね!
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。こういうタイプに過剰な反応をすると図に乗ることは環で把握済みだ。
「サンタって1番欲しいものくれる代わりに、1番大切なものを持って行っちゃうんだって」
小学6年生の12月。クリスマスまで1か月を切り、今年のクリスマスは何を頼んだのか、と言う話題の中での環の発言だった。いつも寄り道していた通学途中の公園の、ブランコの囲いに座り、神妙な面持ちで呟いた環に生唾を飲んだ。その年は新しく発売したゲーム機が欲しいと強請っていたが、1番大切なものを取られるとは聞いていない。「宝物が取られちゃう」と近所中に響き渡る程の声量で泣きながら帰ったのを、クリスマスが近づくたびに今でも揶揄われる。それに対して「やめろよ」と過剰な反応をすればするほど、環は楽しそうに笑い声をあげ、俺の肩に腕を回すのだ。あの時、自分は何を取られると泣き叫んだのか思い出せないが、今でも時折話題に上げるところを見ると、くだらないことに違いない。くだらないからこそ、永遠と揶揄の対象にされるのだ。
この人好きする笑みを浮かべる蒲田という男も、きっと本質は環と同じに違いない。だから、こういうときは何でもないふりをするのが最適解である。
「何でもないです。さっさと手動かしてもらっていいですか。俺、昼飯まだなんで」
4限終了後、足早に向かった購買で買った焼きそばパンは袋に入ったままだ。競争に打ち勝ち手に入れたせっかくの焼きそばパンを食べずにいることも、昼を抜いたまま体育に挑むこともごめんだ。本の山は半分以下まで減っている。早いところ終わらせて昼食にしたい。
「そうなの? 後は僕がやっておくから食べてていいよ」
「大丈夫です」
蒲田の魅力的な提案を迷うことなく断った。いい性格をしている目の前の男に、これを貸し1だと、後々何か請求されることを恐れたからだ。面倒ごとは事前に避けるに越したことはない。
「そう? じゃあ、早いとこ済ませちゃおうか」
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