【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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春の予感

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 頭上に影が落ちる。木の葉を覆い、一段と暗い影を落としたのは蒲田だった。太陽を背に負けず劣らずの眩しい笑みを浮かべたその姿に、柳田が「わ、」と小さく呟く。

「人聞き悪いこと言わないで貰っていいっすか」
 
 相変わらずきらびやかな背景を背負う蒲田に俺はじろりとした目を向けた。ただでさえ熱いというのに、やたらと輝かないでほしい。そんな気持ちを込めた視線のつもりだったが、何でもないように受け流した蒲田は俺たちの前にしゃがみ込み、文化祭の文字と柳田、そして俺を見て頬杖をつく。
 
「せっかくの体育祭にこんな隅っこで内緒話してるのはサボりじゃない? あぁ、それとも好きな子でも口説いてたのかな?」
 
 うっそりと思わず見とれてしまうような笑みを浮かべ、爆弾を落とした蒲田に顔がカッと熱くなった。
 
「ちっ、がいます! 逆です恋愛相談です!」
「あっはは、焦りすぎだよ。冗談冗談。そんな必死だと本当みたいだよ。困っちゃうねぇ」
「えっ、あ、いやっ」
 
 蒲田に笑いかけられた柳田が分かりやすく動揺を見せた。無理もない。人を揶揄することに人生の喜びを見出していそうなこの男は随分と顔が良い。初めてその姿を見た時は、同性の俺でさえも見惚れたほどだ。女子からすればその威力は数倍に膨れ上がるのだろう。満面の笑みに当てられた柳田が俺の陰に隠れるように、そろりと移動する。そして、「ねぇ」と声をかけてきた。
 
「水野くん、英先輩と知り合いなの?」
「英先輩?」
「僕のことだよ。蒲田英。名簿はちゃんと見ようね水野あざみくん」
 
 蒲田に聞こえないように、柳田は少し声を落としていたのだが、効果はなかったらしい。しっかりと聞き取り、嫌みまで付け加えてきた。そんな蒲田の頭からつま先を目だけで往復する。初めて会った時のように、じろじろとその姿を視界に入れ、俺は溜息をついた。名前までイケメンらしい。英なんて少女漫画でしかいないと思っていたが身近にいた。いい加減にしてほしい。俺の視線が蒲田の顔に戻ったところで、豪勢なその名に負けない煌びやかな笑顔を向けられる。うんざりとした態度でその美丈夫から柳田へと視線を戻した。
 
「知り合いって言うか委員会が一緒。ってか柳田さんこそ蒲田先輩のこと知ってんの?」
「知ってるもなにも、知らない人探す方が難しいよ! あの英先輩だよ? 入学式の日、在校生代表の先輩がかっこいいって皆騒いでたじゃん」
「……そうだっけ」
 
 首を傾げ、半年前まで記憶をさかのぼる。期待と希望に満ちていたであろう高校生活スタートの日のことを思い出そうとしたが、なかなかうまくいかない。唯一記憶にあるとすれば、入学式の前日――4月7日までが中学生だと勘違いした環に連れられ、中学最後のハンバーガーから始まったありとあらゆる最後の思い出作りに振り回され、あまりの疲れに毎晩泥のように眠った日々だ。結局、4月からは高校生あつかいらしく、最後の思い出作りの記憶が最初の思い出作りに塗り替わったわけだが。きっと、入学式ではその疲れの残った体に遠慮なく襲い来る睡魔にあらがうことに必死だったのだろう。在校生代表の顔など1ミリたりとも記憶に残っていない。そんなことよりも、この顔で勉強までできるのかと頭が痛くなった。それこそ、マンガの登場人物じゃないか。この世は不平等の塊だ。二物も三物も与えるな。
 
「覚えていてくれたの? 光栄だね」
「あっ、いえ、はい……やばぁ、破壊力やばぁ」
「……環じゃなかったの?」
「そりゃ好きなのは小田原くんだけど、あの顔は心臓に悪いというかなんというか」

 この炎天下で暑さを微塵も感じさせず、涼し気な笑みを浮かべる蒲田の顔は確かに整っている。初対面のあの日、質の悪い揶揄われ方をしなければ、俺も柳田に同調かもしれない。しかし……。
 
「あぁ、そういえば恋愛相談してるんだっけ? ふふふ水野くんにできるの?」

 こてん、とあざとく首を傾げるその姿は、俺の目には新しい玩具を見つけた悪戯好きの子供にしか見えない。面倒な人に見つかったと、今にも溢れ出しそうな溜息を飲み込み眉根を寄せた。
 
「失礼っすよ。相手は俺の友達なんでまだいけます」
「水野くんすぐに表情に出るけど大丈夫? その友達にばれちゃったりしない?」
「えっ! それは困る!」
「いや、さすがに環にはバレないように気を付けるって」
 
「俺が何?」
「「うわぁ!」」
 
 背中にのしかかる重みに肩が跳ねる。飛び出た悲鳴は柳田のものと重なり周囲に響いた。手からすり抜けたハンディファンが地面で跳ね、砂を巻き上げる。
 
「急に話しかけんなよビビんだろ」
 
 バクバクと飛び出そうな心臓を服の上から押さえつけ、首だけで振り返る。不満げな環にばれることがないよう地面の文字を慌てて消した。それに、環が目を眇めたことに気が付き、しまったと冷や汗をかいた。思わず消してしまったが、今しがた俺が消したそこには大した情報が載っているわけではない。文化祭のたった3文字だ。早速怪しまれそうな展開に慌てて環から目を逸らす。
 
「何の話してたのぉ」
「いや、別に、世間話……?」
「世間話ぃ? この謎メンツでぇ?」
 
 謎メンツ。普段環以外と話すことのない俺がクラスの女子と、加えて学年すらも違う蒲田とくれば、環が疑うのも仕方がないことである。この場を切り抜ける上手い言い訳が見つからず俺は視線を惑わせた。
 
「そうだよ」
「ふぅん? 世間話だとして、何で俺の名前出てたの? 何隠してるんですかぁ」
「そ、それは、」
「君の悪口だよ」
 
 誰が見ても明らかな動揺を滲ませる俺に蒲田が素直に感謝しづらい助け船のような何かを出した。柳田の恋心を隠したいのは確かであったが、親友の機嫌を損ねたいわけではない。俺が同意をしようものなら、環が気を悪くするにとどまらず、隣の少女の環に対する好感度が著しく低下するだろう。協力どころか、邪魔をしているようなものではないか。
 俺の想像通り、背後からは「はぁ?」と不満を滲ませた低い声が届いた。背中の重みは一段と増し、肩に乗っていただけの腕が俺の首に回された。
 
「実行委員に立候補したはいいけど今になってめんどくさがっている馬鹿、だっけ?」
 
 笑みを湛えたまま同意を求める蒲田に、先日の会話が甦る。あの日、たしかに俺は蒲田に体育祭実行委員に立候補した友人の存在を話した。しかし、その友人の名前を言った覚えはない。短時間でその人物と、新たに登場にした人物を結びつけるとは頭の回転が速い。感心し、少しばかり間の抜けた顔で蒲田を見て、ハッとしたように眉根を寄せた。
 
「そこまでは言ってない!」
「そう? 次々とあふれ出る悪口のオンパレードにドン引きしていたところだよ。ね?」
「あっ、いえ、はい……」
「ちょっ!」
 
 多くの人を魅了する笑みを向けられ、柳田は再び曖昧な返事をする。それにより、図らずとも俺が環の悪口を言いふらしていたかのような事態になってしまった。
 
「あーざーみー?」
「だからちげぇって! ただ……」
「ただ?」 

 隣から注がれる縋るような視線に気づいた俺は一度口を閉ざした。そして観念したように小さく息を吐く。

「ただ、アホって言っただけ……」
「一緒じゃん! ひどい!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる幼馴染に俺は掌で耳を覆った。視線はどこか満足気な蒲田に向いている。通り様に女子生徒が送る熱を孕んだものとは真逆の冷たい目だ。お前のせいだぞ、とでも言いたげな生意気な視線であるにも関わらず、蒲田は満面の笑みを浮か続けている。
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