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春の予感
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結果として、相談を持ち掛けた柳田の気持ちが環にばれると言う最悪の事態は避けることができたが、自分ばかりが責められることとなった状況に俺は不満を抱いていた。しかし、心に蓄積したもやもやを誰にぶつけるわけにもいかず、騒ぎ立てる環を何とか宥め、背中から引っぺがした。もちろん、環に思いを寄せる少女の隣に、だ。
「ってかさぁ、この人誰?」
ひとしきり騒いだ環は正面に座る赤いはちまきを巻いた男を指さした。不躾な人差し指が俺の手の平に収まる。しかし、口をへの字に曲げ、器用に片眉をあげた表情まで正すことはできず、俺の心配りは屋上屋を架すことになった。
「先輩。図書委員の当番が一緒なんだよ」
「えぇ、こんな人いたぁ? もっともっさりしてたじゃん」
「おい!」
あけすけなもの言いに俺の心臓が音を立てる。お前は知らねぇかもしれないけど、隣にお前のことを好きな奴がいるんだよ。幻滅されたらどうすんだ、と。
しかしながら、環が俺の心情はもちろん、隣の女子生徒が自分に思いを寄せていることなど知る由もなく、薄い唇から紡がれるはマイナスの嵐。堪らず掌を押し付け黙らせた。さわさわと落ち着きのない心で向かいの柳田を見れば、環の吐く言葉など耳に入っていないかのように熱のこもった目で隣を見上げており、不安は杞憂であったと悟る。
「もぉ急に何すんの」
「お前がペラペラペラペラうるせぇからだろ」
「だって本当のことだもん。ってかやっぱりこんな人いなかったでしょ」
環の指が蒲田を指す前に、今度はしっかりと押さえつけた。
「抜けた3年の穴埋めするって言ったろ。その穴埋め分のペアなんだよ」
「環くんの目に僕はどう映っているのかな?」
こてん、と首を傾た蒲田の顔に魅惑の笑みが浮かぶ。数刻前と異なり、柳田の顔が赤く染まることはなかった。その代わりに周囲を歩く生徒の視線が突き刺さった気がした。自分にちゅうもくが集まっているわけではないが居心地が悪い。それを直に浴びているであろう蒲田に気にする素振りはなく、慣れていることが窺えた。
「胡散くさー」
環が瞼を半分閉じた胡乱な目で、不愉快とでも言いたげに舌を突き出した。今回は口を塞ぐわけにもいかず肘で小突く。しかし、環は俺を一瞥しただけで、言葉にしがたい表情のまま不満を顕にいている。
「てか馴れ馴れしく呼ばないでよ。ねー、あざみ」
「何で俺に振るんだよ」
「あざみが嫉妬しちゃうんじゃないか心配で心配で」
「そんなことでするわけないだろ。つーか、そもそも何で俺が嫉妬するんだよ。意味分かんねぇ」
「可愛い後輩からの嫉妬は大歓迎だよ」
「あんたは黙っててください。話がややこしくなる」
「えぇー」
蒲田が形のいい唇を尖らせた、あざとい表情でさえ様になる。人間は不平等だと内心嘆いた。一般的な男子高生が同じ表情をしたとしても、「何その顔」と笑われるのが関の山だ。最悪、「あの顔見た? きしょかったよね」と井戸端会議に花を咲かせる女子たちの笑いのネタになりかねない。顔がいいだけで、世の中の大半は許されてしまう。そんな不満を込めた目で正面を見据える。
「えーじゃないです」
「そんなこと言ったって僕は環くんの名前なんて知らないからなぁ」
「小田原ですよ。小田原」
「そうなんだ、ところで環くん午後何か出ないの?」
揶揄することがひどく楽しいと顔に書いてあった。たった今俺から受けた指摘など蒲田の脳内には残っていないらしい。顔を赤くした俺を図書室で追いかけまわしたときと同じ顔で環の顔を覗き込んだ。その瞬間、環の周囲の温度が数度下がった感覚に陥り、俺は密かに心を焦らせた。しかし、それは杞憂に終わる。その流れを止めたのは意外にも柳田だった。
「でも、確かに小田原くんのこと下の名前で呼ぶ人いないよね。それこそ水野くんくらいで」
とりとめのない会話にブレーキがかかる。3人分の視線を一身に受け止めた柳田は照れくさそうに前髪を撫でつけた。環の変化に気付いての発言か、はたまた偶然か。眉間に刻まれた皺が薄くなるのを確認した俺は人知れず息を吐いた。
ふぅ、と安堵の溜息をこぼし、すぐにかぶりを振る。フォローを頼まれた側の俺がフォローをされてどうする。その役割は柳田ではなく自分にあるはずだ。自責の念に駆られ、別の感情をのせた溜息がこぼれる前に、「いつから仲いいの?」という柳田の疑問が飛んできた。それに答えたのは環だ。
「小1からだよ。俺とあざみはニコイチだから。ねー」
肩に手を回し、覗き込むように首を傾げた環に何と答えようかと視線を惑わせた。普段であれば、そーだな、と適当に相槌を打っているところだが、それが原因で親友の恋愛が遠のいていることを自覚させられた手前、素直に頷くことができず不自然な間が空く。違和感を感じた環の眉がぴくりと動くのと同時に、俺はその顔をむんずと掴んで押しのけた。
「近ぇ離れろ暑苦しい」
「ちょ、あざみひどい! もっと丁寧に扱ってよ!」
「そろそろ適切な距離感を学んでくれ」
人前では特に。そんな意味を込めて、わざとらしく溜息をこぼした。それに誰よりも早く反応した環の顔が不機嫌そうに歪むのを見て、しまったと目を逸らす。
「ってかさぁ、この人誰?」
ひとしきり騒いだ環は正面に座る赤いはちまきを巻いた男を指さした。不躾な人差し指が俺の手の平に収まる。しかし、口をへの字に曲げ、器用に片眉をあげた表情まで正すことはできず、俺の心配りは屋上屋を架すことになった。
「先輩。図書委員の当番が一緒なんだよ」
「えぇ、こんな人いたぁ? もっともっさりしてたじゃん」
「おい!」
あけすけなもの言いに俺の心臓が音を立てる。お前は知らねぇかもしれないけど、隣にお前のことを好きな奴がいるんだよ。幻滅されたらどうすんだ、と。
しかしながら、環が俺の心情はもちろん、隣の女子生徒が自分に思いを寄せていることなど知る由もなく、薄い唇から紡がれるはマイナスの嵐。堪らず掌を押し付け黙らせた。さわさわと落ち着きのない心で向かいの柳田を見れば、環の吐く言葉など耳に入っていないかのように熱のこもった目で隣を見上げており、不安は杞憂であったと悟る。
「もぉ急に何すんの」
「お前がペラペラペラペラうるせぇからだろ」
「だって本当のことだもん。ってかやっぱりこんな人いなかったでしょ」
環の指が蒲田を指す前に、今度はしっかりと押さえつけた。
「抜けた3年の穴埋めするって言ったろ。その穴埋め分のペアなんだよ」
「環くんの目に僕はどう映っているのかな?」
こてん、と首を傾た蒲田の顔に魅惑の笑みが浮かぶ。数刻前と異なり、柳田の顔が赤く染まることはなかった。その代わりに周囲を歩く生徒の視線が突き刺さった気がした。自分にちゅうもくが集まっているわけではないが居心地が悪い。それを直に浴びているであろう蒲田に気にする素振りはなく、慣れていることが窺えた。
「胡散くさー」
環が瞼を半分閉じた胡乱な目で、不愉快とでも言いたげに舌を突き出した。今回は口を塞ぐわけにもいかず肘で小突く。しかし、環は俺を一瞥しただけで、言葉にしがたい表情のまま不満を顕にいている。
「てか馴れ馴れしく呼ばないでよ。ねー、あざみ」
「何で俺に振るんだよ」
「あざみが嫉妬しちゃうんじゃないか心配で心配で」
「そんなことでするわけないだろ。つーか、そもそも何で俺が嫉妬するんだよ。意味分かんねぇ」
「可愛い後輩からの嫉妬は大歓迎だよ」
「あんたは黙っててください。話がややこしくなる」
「えぇー」
蒲田が形のいい唇を尖らせた、あざとい表情でさえ様になる。人間は不平等だと内心嘆いた。一般的な男子高生が同じ表情をしたとしても、「何その顔」と笑われるのが関の山だ。最悪、「あの顔見た? きしょかったよね」と井戸端会議に花を咲かせる女子たちの笑いのネタになりかねない。顔がいいだけで、世の中の大半は許されてしまう。そんな不満を込めた目で正面を見据える。
「えーじゃないです」
「そんなこと言ったって僕は環くんの名前なんて知らないからなぁ」
「小田原ですよ。小田原」
「そうなんだ、ところで環くん午後何か出ないの?」
揶揄することがひどく楽しいと顔に書いてあった。たった今俺から受けた指摘など蒲田の脳内には残っていないらしい。顔を赤くした俺を図書室で追いかけまわしたときと同じ顔で環の顔を覗き込んだ。その瞬間、環の周囲の温度が数度下がった感覚に陥り、俺は密かに心を焦らせた。しかし、それは杞憂に終わる。その流れを止めたのは意外にも柳田だった。
「でも、確かに小田原くんのこと下の名前で呼ぶ人いないよね。それこそ水野くんくらいで」
とりとめのない会話にブレーキがかかる。3人分の視線を一身に受け止めた柳田は照れくさそうに前髪を撫でつけた。環の変化に気付いての発言か、はたまた偶然か。眉間に刻まれた皺が薄くなるのを確認した俺は人知れず息を吐いた。
ふぅ、と安堵の溜息をこぼし、すぐにかぶりを振る。フォローを頼まれた側の俺がフォローをされてどうする。その役割は柳田ではなく自分にあるはずだ。自責の念に駆られ、別の感情をのせた溜息がこぼれる前に、「いつから仲いいの?」という柳田の疑問が飛んできた。それに答えたのは環だ。
「小1からだよ。俺とあざみはニコイチだから。ねー」
肩に手を回し、覗き込むように首を傾げた環に何と答えようかと視線を惑わせた。普段であれば、そーだな、と適当に相槌を打っているところだが、それが原因で親友の恋愛が遠のいていることを自覚させられた手前、素直に頷くことができず不自然な間が空く。違和感を感じた環の眉がぴくりと動くのと同時に、俺はその顔をむんずと掴んで押しのけた。
「近ぇ離れろ暑苦しい」
「ちょ、あざみひどい! もっと丁寧に扱ってよ!」
「そろそろ適切な距離感を学んでくれ」
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