【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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シクラメン

5※排泄表現あり

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 嘔吐中枢花被性疾患。症例の少なさ故に不明点の多いこの病気の、明らかになっている数少ない情報の1つ。それは、花を媒介した感染だ。俺の口の中に手を入れていたのだ。吐き出した花に触れていないわけがない。感染るといっても触っただけで病に罹るわけではないはずだ。インフルエンザや風邪のように、ウイルスに触れた手を鼻や口元に近づけなければきっと大丈夫なはずだ。そうでなければならない。
 俺の顔を掴んだままの環の手を引きはがそうと力を込める。しかし、俺が力を込めれば込める程、顔を掴む力が増していく。

「環なにしてんだ! 手洗わないと!」
「あざみさぁ、男同士がどういうことするか分かってる?」
「そんなことより手! うつったら――」
「分かってんのかって聞いてんの」

 強制的に振り向かせられる。様々な液体で汚れた俺の顔を見下ろす環に息を飲んだ。遅れて飲み込んだ唾液は胃液交じりで喉を刺激する。いがいがと違和感を訴える喉を震わせて、漸く絞り出した「手」の一文字に環が返したのは深い溜息だ。理由の分からない怒りに肩を震わせた俺を一瞥すると、掴んでいた顎を離した。ようやく手を洗う。そう胸を撫で下ろしたときだ。
 
「は……? おい! 何してんだよ!」

 身につけているベルトが緩められる。気が付いたときには緩め終わっていて、制止に伸ばした手を絡め取られた。片手で纏め上げ、空いた方の指先を下着ごとスラックスにかけるのだ。

「本当何やってんだって!」
「何って脱がせてるんだよ。ちゃんと洗わないとね」
「俺じゃなくて環が……! いいって、俺は汚れてないし、てか放せ! 自分で脱ぐから!」
 
 じたばたと必死に足を動かす。しかし、その抵抗は意味をなさず、重力のままに落ちた服が足首に絡まる。さらけ出された下半身に顔が真っ赤に染まった。咄嗟に股間を手で隠しその場に蹲ろうとしたが、環の手がそうさせてはくれない。動ける範囲で何とか隠せないかと体を小さくしている間に背中を押され、成すすべなく浴室へと入ることとなった。後を追うように入った環を見ないよう俯き、今度こそしゃがみ込む。
 
「何今更恥ずかしがってんの。風呂くらい一緒に入ったことあるでしょ」
「あれは子供の頃の話だろ……!」
「いーよいーよ。俺そういうの気にしないから」
「環が気にしなくても俺が――ぅあっ!?」

 頭上にシャワーが降り注いだ。温まる前の冷水が全身を濡らし、体がぶるりと震える。
 
「ちょっ、急にかけるな……!」

 咄嗟に上げた視線の先。無表情の環に続く言葉を飲み込んだ。ころころ表情を変える垂れ目が、真っ黒く俺を見ている。謝る気など微塵も感じさせないような「ごめんね」も、「冷たかったね」と揶揄うように頬をつぶす大きな手も来ない。そこにあるのは、何も写さない真っ黒な瞳だけだ。知らない人と対峙しているかのようだった。俺の知らない環の姿。その姿を引き出してしまった自分に、視界が歪んだ。
 
「あ、ごめっ……ごめん……」

 俺がこんな気持ちを抱いてしまったから。それを悟られてしまったから。己の胸の内に隠し続けていれば、環にこんな顔を指せることはなかったのに。俯く視界の中、白いタイルの上を流れる水が止まる。静かな空間の中で、俺の謝罪の声だけが小さく響いていた。湧き上がる後悔につられて溢れそうになる涙を必至に飲み込んだ。泣きたいのは環の方で、自分にそんな資格はない。
 ふいに、環の手が俺の腕を引っ張り上げた。よろける俺を抱きしめるように回した手。その手が尻たぶを掴み、隠された入り口が空気にさらされ体が強張った。

「え、何して――」
「あざみが全然分かってなさそうだから教えようと思って」

 膝が曲がり、尻を突き出すような体制のまま体を固定された。押し返そうとする俺を片腕でいなした環は、さらされた後孔を二つの指で押し広げる。浴びるには温度の低い、温まり切っていない水が力なく落ちる。ヘッドの取り払われたホースが尻に近づけられ、押し広げられた孔の中にちょろりと入り込んだ。
 
「、っ!!」

 水圧が腸壁を押し上げ、逆流する感覚に粟肌が立つ。拒絶の意を込めた手を伸ばせば、あっさりと侵入は終わる。しかし、入り込んだ水は違和感となって腹部にじんわりと広がった。

「待て、環! お前本当に何してんだよ……!」
「まだ分かんない? 洗ってるんだよ」
「洗うって何で……」
「何でってそんなの決まってるじゃん。セックスするためだよ」
「はっ?」

 セックス。環には似合わない単語に、脳内が真っ白に塗りつぶされた。ここ1か月を除いて、環が恋愛に言及することはなった。それは男子だけの空間で繰り広げられるあのグラドルが可愛いだとか、どの動画が抜けるだとか、性的な話題も含まれていて、話を振られても興味なさげに曖昧な相槌を打っているだけだった。環はそういうことに興味がないのだろうと、人前で口に出すことに抵抗があるのだろうと考えていた。だから、面と向かって言い淀むこともなく口にしたその単語に耳を疑った。
 環を見上げたまま困惑で瞳を揺らす間に、体内に入れられた水は直腸を這いまわり、便意を促していく。

「ぁ、やば、これ……トイレ……!」
「まだ出しちゃだめだよ」

 トイレに走ろうと暴れる身体を抱え込まれる。俺の身体に回った環の腕は思いのほか力が強く、押した程度で離れることはなかった。むしろ藻掻けば藻掻くほどその力は強くなり、俺から自由を奪っていく。
 
「なぁ離せって!」
「暴れる元気があるなら大丈夫そうだね」
「待て本当に……!」

 抵抗する力はだんだんと弱まっていく。抱きかかえられた拍子に環の体で、ぐるりと回る液体で張った腹部が圧迫されるのだ。僅かでも身じろぎをすれば今にも出てきそうな感覚に、環の体を力なく押した。もちろん、その程度で解放されるわけもなく、自身の体を追い込むだけに終わり、額に脂汗が滲み始める。表皮の温度も下がりきり、体から力が抜けていく。環の胸元を押す手も、抵抗しているのか縋っているのか分からない程だ。

「はい、出していいよ」

 何でもない様子でそう言ってのける環を睨む気力もなく唇を噛みしめる。それだけはしたくない。トイレ以外の場所で、人に見られながらの排泄などしたいわけがない。その相手が好きな人なら尚更だ。そんな葛藤が汲み取られることはなく、「出さないの?」と顔を覗き込まれる。

「早く出さないと、あざみも辛いんじゃない?」
「ぃやだ……」
「意地張っちゃってさぁ」

 溜息が吹き込まれる。それと同時に腹部に環の手が重なり、そのまま力を込められた。明確な意思をもった圧迫に、乾いた喉から空気が溢れる。容赦無く押し込む環の手に、腹がぎゅるりと音を立てた。
 出したくない。出したくない。そんな俺の理性とは裏腹に、体の限界は勇足で近づいてくる。浅くなった呼吸が焦りを助長させ、体が小刻みに震え始めた。

「ほーら、早く」
「ぁ、やめろ……」
「そういうのいいから」
「やだ、……ぁ、……」

 入り口を開くように尻を掴まれ、腹を力強く押されれば、寸でのところで堪えていたものが滲み出るようにこぼれ落ちた。一度決壊してしまえば、抑えることなどできるはずもなく、体内から溢れた液体が床に跳ね返り、静かな浴室にびしゃびちゃと音が反響する。それは次第に勢いを増し、時折空気の溢れる音と混ざり合う。その度に、くつくつと喉を震わせる声が鼓膜を揺らすものだから、怒りやら羞恥心やらがない混ぜとなった言葉にしがたい感情が瞳に膜を張った。

「あざみ泣いてるの?」
「泣いてねぇ……」
「そう? じゃあ、あと2回頑張ろうね」

 ようやく見えた環の笑顔。喜色を浮かべた満面に目の前が真っ暗になった。
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