【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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サイネリア

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 男同士のセックスでは尻を使うらしい。受け入れる場所がそこしかないからだ。そのために、尻を洗い解さなければならない。昨日環がの一方的な会話の内容や、その行動の意味を1日遅れて理解した。

 知らないことだった。その先にある行為自体を知らないほど無垢ではない。恋人と何をしたのか、武勇伝のように行為の全貌を詳らかに話す同級生もいた。
 しかし、最近になって漸く気づいたこの気持ちは胸の中に秘め、いつかは消化させなければならないものだと考えていたせいで、その先の行為のことなど頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。

 多様性だと、ここ数年間の間に同性愛者を受け入れる風潮が広がっている。だからと言って公表した身近な人間を、はいそうですかとすんなり受け入れる人間はきっとまだ多くない。
 己の嗜好をひた隠しながら、身を潜める同志を見つけ、さらにその中から想いの通じ合った人を探す。その難しさを知っている。
 だからこそ、想像が届かなかった。自分には関係のない話だと決めつけて、無意識に先送りにしてしまったのだ。

 短い電子音が鳴る。のっそりとした動きで脇に挟んでいた体温計を取り出すと、ディスプレイを確認するよりも早く、さっと手から奪い取られた。

「8度5分……結構高いわね」
 
 「病院行く?」と尋ねる母にそっと首を振る。

「そう? なら、しっかり寝ときなさい。布団もちゃんと被って。お粥作っておいたから食べなさいよ。薬もしっかり飲むこと。分かった?」

 矢継ぎ早に飛ぶ母の指示を上の空で聞いき、唸るように返事をして布団の中に体を縮こませた。

「じゃあ、お母さん仕事行くわね。何かあったら連絡しなさいよ」
「行ってらっしゃい……」
「行ってきます」

 布団の上から軽く頭を叩かれる。遠のく足音。遅れて聞こえた施錠の音。部屋に広がる静寂をしばらく楽しんで、寝返りを打った。

 体には違和感が残っている。体、と言うより尻と言った方が正しい。何かが埋まっているような小さな違和感だ。痛みはない。それでも、ズキズキと痛みを訴える頭よりもずっと神経を削られる。違和感だけが原因ではない。昨日の行為の理由の検討がつかないことも大きい。
 
 『あざみが全然分かってなさそうだから教えようと思って』
 
 環はそう言っていた。しかし、そんなこと環がする必要はないはずだ。友人に性行為の手解きをすることも、そのために尻をいじるのも、きっと普通ではない。同姓であれば尚更だ。

 考えれば考えるほど底なし沼に嵌ったように、環の思考が理解できなくなった。やがて、考えるなと言わんばかりに主張する頭痛にかき消されていく。顔を顰め、蹲るように布団を巻きつけた。

 今朝目覚めてすぐ体の怠さを認識した時、どこか安心する自分がいた。どんな顔をして会えばいいのか分からなかったからだ。神様にも慈悲の心は残っていたらしい。考える猶予ができた。しかし、解決するかどうかは別問題だ。

 昨日の出来事はきっと普通ではない。先に俺が一線を越えたとはいえ、あそこまでする必要などないはずなのだ。ひどいと言う人もいるだろう。多くの人は、そう考えるのではないか。
 しかし、あの行為を喜んでしまった。男の体を触るのに抵抗がなかったことを嬉しく思ってしまうのだ。怒って、責め立てて、2度とするなと釘を刺した方がいい。そう主張する一方で、もっと触って、もっと抱きしめてと身を差し出してもいいと考えてしまう。
 
 正反対の自分が蔦のように絡みつき、身動きが取れない。どちらも本音であるから、尚更無碍にできず、頭を握り潰されるような痛みだけが残った。

 静かな部屋に腹の虫が響く。体調を崩していても腹は空くようだ。お粥を求めてのっそりと起き上がり、キッチンへと足を進めた。
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