【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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チューリップ

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「……いつから気づいてたんですか」
「初めて会ったときにそうかなって。確信を持ったのは最近だけど」

 初めからバレていたのだ。いや、バレていたというのは違う。初めて蒲田と会った体育祭前の当番の日。あの頃はまだ、胸の内に芽吹いていた感情に自分ですら気づいていなかったのだから。
 諦念を乗せたため息をこぼし、視線を落とした。
 
「……誰にも、言わないでほしいです」

 自分でさえ、このまま受け入れて良いものか考えあぐねている感情を第三者に踏みにじられる光景が脳裏に流れた。今まで普通に接してきたクラスメイト達から奇怪なものを見る視線が送られる。それが原因で隣にいる環で好奇に晒されてしまったら……。
 顔を俯かせ拳を握りしめていると、ふふ、と控えめな笑い声が聞こえた。
 
「言わないよ。僕だって言いふらされたくないしね。だから、そんな顔しないで」

 そこでようやく、あぁそうかと納得をした。伝える必要のない自分の嗜好をわざわざ伝えた。隠すこともできたはずだが、そうしなかったのは、俺が打ち明けやすくするために他ならない。
 そんな気遣いを気づかなかったとは、なんと情けない話だろう。

「すみません……」
「いいよ。僕の方こそごめんね。急にこんな話して。……喧嘩して気まずいの?」
「喧嘩ではないと思うんですけど……。色々あって、俺が勝手に気まずくなってるだけです」
「色々ねぇ」

 俺の言葉を反芻し、蒲田は思案するように窓の外を見た。カウンターの丁度後ろの窓からは、中庭と向かいの校舎が見える。中庭は貸切っているのだろうか、いつも空高く音色を響かせる吹奏楽部の姿やストレッチに取り組む運動部のはなく、代わりにダンス部がSNSに上げるためであろう動画を撮影していた。
 向かいの校舎は受験勉強に専念するためと、他学年とは離れた場所に配置された3年の教室がある。他の階も多目的室とは名ばかりの空き教室や教員の個人部屋が多い。向かいに見える教室も、そのうちのどれかなのだろう。

「水野くんは小田原くんとどうなりたいの?」
「どうって……」
「付き合いたい?」
「付き合うとか、そんな」
「じゃあ、付き合いたくないんだ」
「そういうわけじゃ……」

 環と付き合いたい。しかし、幼馴染として隣を許してもらえるだけでも幸せだというのも本心だ。その先の恋人を願うことは不相応な願いだと自覚している。そんな行き過ぎた願いを抱き続けるよりも、現状を維持する方がずっと楽だ。自ら傷つきに行きたくない。
 そう俯く俺に、蒲田は「はっきりしないなぁ」と苦笑を溢すのだ。

「だって、難しいじゃないですか。その、……普通とは違うし」

 自分と同じ蒲田に向かって、普通じゃないと表現することに躊躇いはあったが、結局はそのまま伝えた。それ以外の言葉が浮かばなかったのだ。加えて、自分の嗜好と病気を知られたあの日、環から言われた”普通じゃない”という棘が心に突き刺さったままだ。
 心を沈ませる俺とは対照的に、蒲田はあっけらかんとした様子で「でも仲いいでしょ」と言う。続けて「その分有利だとは思わない?」とも。
 
「有利……」

 果たして、本当にそうなのだろうか。環と過ごした時間の長さでは誰にも負けないと自負している。1番仲が良いのは自分である、とも。
 しかし、それだけだ。得られるアドバンテージと言えば、環に好意を抱く第三者を遠ざける間男として動きやすいくらいのものだ。それもうまくできる保障はない。下手をすれば、それが原因で距離を取られる可能性だってある。
 そういったことが自分に向いてないことは柳田の一件で痛いほどに分かった。

「だといいんですけどぉ……」
「ふふ、先輩が協力してあげようか」
「えっ」

 願ってもみない蒲田の提案に、ぱっと顔を上げた。1から10を理解する男が味方になってくれたらどんなに心強いことか。そんな思いは一瞬で霧散した。
 親身な先輩かと思った蒲田の表情は、新しいおもちゃを見つけた子供のそれだ。

「いや、いい。いいです。自分でなんとかします」
「ははは。そう言わずに」
「本当に大丈夫です」
「まぁまぁ」

 何を言ってもなんのそのと言った様子で、笑顔を浮かべた蒲田がぐっと近づいた。

「ちょっ、近いです」

 目と鼻の先まで近づく顔に思わず体を反らした俺の腕を掴み、それを妨げる。
 
「首に手回して」
「は?」
「無理そうなら肩に置くだけでもいいよ」

 さぁ、早くと俺を急かす蒲田の真意は分からないまま、そっと誘導された腕をおずおずと蒲田の肩に置いた。満足気に頷いた蒲田の顔がさらに近づき、俺はぐっと顔を顰めた。

「……あの、これ何してるんですか」

 会話の流れから推測するに、協力であると思うのだが、いくら考えても手助けになるとは思えない。どちらかと言えば、数分前までのお悩み相談のほうがよっぽどためになるというものだ。俺の問いかけに、んーと首を傾ける蒲田を見つめながら、黙っていれば顔だけはいいななどと考えていれば、背中に腕を回され引き寄せられた。

「うぉっ」
「練習だよ。風が吹けば桶屋が儲かる、って言うでしょ」

 さすがにこの距離は冗談ではすまないのではないかと、肩をそっと押したが離れることはない。ピクリともしない体に、俺は不機嫌そうに顔を歪めた。その顔にくすくすと喉を鳴らした蒲田が続ける。

「肩を組まれるだけで真っ赤になっちゃう友達が、顔を近づけても平然としてたら気になると思わない?」
「たし……かに……?」
「っていうのは建前で、本当はもっと直接的だけどね」

 にっこりと口角をあげ、あっさり離れていく。まるで何事もなかったかのように頬杖をついた蒲田に倣って、俺も背もたれに体を預けた。そして蒲田の言葉を聞き返した。

「直接的?」
「そう」

 直接、直接、直接……。口の中で反芻し、その言葉の意味を考えるも答えは見つからない。助けを求めるように蒲田に視線を送っても、それ以上答える気はないようで、楽しそうに目を細められるだけだ。
 頭のいい人の考えていることは分からない。が、分からないなりに考えてみようと振り返る。
 肩を組まれても赤くならないように、練習。平常心、照れない、赤くならない……。刷り込むように呟いたところで、ハッと気づき顔を上げた。

「てか顔赤くするとか決めつけないでください!」

 噛み付くように反論する。今更だと笑われるかもしれないが、黙ったままでに止めてしまうのは癪に障るというものだ。そも、その程度で赤くなるはずがないのだ。向ける感情に変化があったとしても、これまで築き上げてきた関係性がなくなったわけではない。
 幼馴染として10年近く共に過ごしてきたというのに、距離が近いからといっただけで赤くなるわけが……。

「決めつけなんかじゃないよ。文化祭のとき遠目から見ても真っ赤だったしね」
「そんなことない!」

 怒りと羞恥が混ざり合って釣り上がる俺の眉と比例して、蒲田の口角が上がっていく。一周まわって無邪気とも取れるその顔は俺の神経を逆撫でするが、当の本人はどこ吹く風と言った様子で「もしかして気づいてなかった?」と言ってのける。気づくも何も、赤くなってなどいない。そう自分に言い聞かせながら、顔を窄めたところで、もう一度勢いよく顔を上げた。

「そもそも何で、俺が環のこと……!」
「そんなの小学生でも分かるよ。分かりやすいんだもん」
「は、小学生……はぁっ!? そんなわけ……!」

 ない。そう続けようと開いた口は、過去蒲田の前で見せた落ち込む様子や文化祭のいざこざを思い出して閉じた。
 芋づる式に、柳田に協力する俺に語り出した蒲田の恋愛持論と、その訳が繋がり、カウンターに顔を伏せた。一体、いつから気づかれていたのか。もしかすると、蒲田以外にも気づいている人もいるのだろうか。
 怒りは抜け落ち、純粋な羞恥心を散らすように「あぁー!」と叫べば、くすくすと笑い声が響いた。恨めしげに見上げた顔と目が合うと、蒲田は小さく息を吐き悪戯なものから穏やかな笑みを見せた。

「元気が出たようで良かったよ」
「……ありがとうございます」

 蒲田なりに心配をしていたのだろう。己の中で燻らせていたことを誰かに知ってもらえただけで、心が軽くなる。これからは相談できる相手がいるという事実だけで、心強い。

「何かあったらいつでも相談して。他の人よりは頼りになると思うよ」

 タイミングよくチャイムが響く。図書委員の終わりの合図にしているものだ。その余韻が消えたところで、「帰ろうか」と立ち上がった蒲田に続き、俺も鞄を手に取った。
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