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百合
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痛いほど視線が突き刺さる。それでも、環の顔を見ることはできなかった。
見てしまえば、固めたはずの覚悟が崩れ落ちてしまいそうで、必死にせき止めている涙も、本音も何もかもぶちまけてしまいそうで。
今日を逃してしまえば、今までのように、人には言えない関係をずるずると続けてしまう。その先に俺の望む未来はない。
親友も好きな人も、すべてを失うその世界に行きたくない。
「何で、」
「今までがおかしかったんだよ。もとに戻るだけだろ」
きっと、元通りにはなれない。
だらだらと過ごし、なんてことない会話を交わして、無邪気に笑い合っていたあの頃に戻れるなんてありえない。
この数か月のことは、一生忘れられないに決まっている。俺の心に絡みついて、生涯蝕み続けるのだ。
環の心に気づかなければ、この関係だってぬるま湯のように心地いいままだったのかもしれない。
俺が目を瞑れば、今からでもその関係に戻れるのかもしれない。
でも、そのぬるま湯は時間と共に冷たくなって、いつか俺の心を冷やしてしまう。
だから今が好機だ。この先、俺たちの関係は落ちていくだけだから、今断ち切って、いい記憶だけを残そう。
「だから、やめよう。こういうの」
「何で急にそんなこと言い出すの? ……あいつのせい?」
「あいつ?」
顔を上げると不安に揺れる瞳と目があった。悔し気に顔を歪め、眉を顰める俺だけを見ている。
「蒲田って先輩のせいなの」
「は……?」
思ってもみない名前に、一層顔を顰めた。
何故この状況で蒲田の名前が出てくるのか見当もつかないが、迷惑をかけるわけにはいかない。仮にもお世話になった先輩で、相談にも乗ってもらっていたのだ。
「先輩は関係ねぇよ」
「どーだか。あざみ懐いてるもんね。あの人の言うことなら何でも聞いちゃうんだ」
「だから先輩は関係ないって」
「どうせ俺より、あの人のこと信用してるんでしょ」
いくら否定しようとも俺の話を受け入れない環は、やがて痺れをきらしたかのように肌をなぞっていた手を動かし始めた。下着に手をかけ性急にことを進めようとする手を掴む。
「おい、やめろ」
「やだ」
「やめろって」
「やだ!」
「俺がお前としたくねぇの!」
荒げた声に環が傷ついた顔をした。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。この関係は潮時を迎えてしまったから、折れちゃだめだ。
「普通の友達だった頃に戻りたい。先輩に何か言われたからとかじゃない。1人で考えて、出した結論だから」
俺が始めたことだから俺が終わらさなければならない。楽をするために先輩を巻き込むのも、環に自分のよくを押し付けるのもこれが最後だ。
「何で」
「何でって、そんなの。そんなの……」
好きだからだよ。決して言えない言葉を胸の内に吐き出した。
好き。環のことがどうしようもないほど、好き。
ぎりぎりのところでとどまっていた涙が、途端に溢れ出す。
じわじわと視界が滲んで環がどんな顔をしているのか見えない。自分の情けない顔を見られるのが嫌で、腕で顔を覆い隠した。
「……お前、自分勝手すぎ。意味分かんねぇ。何なん、ほんと。人の気も知らないで」
「あざみ……?」
「もう、やだ、何、お前」
声が揺らぐ。支離滅裂な言葉として溢れ出した本音に誘発されて、決壊してしまったようにぼろぼろと涙が落ちる。
余計なことまで行ってしまう口が憎い。こんな予定ではなかったのに、一度溢れた言葉は涙と同じで中々止まってはくれない。
「ごめん、泣かないで、あざみ」
「優しくすんなぁ!」
塞いだ腕の隙間から流れる涙を拭う環の手を振り払った。
それでも懲りずに伸ばされる手は、憎いほどに優しい。だからこそ嫌になる。
「優しくすんなよ……。雑に扱えばいいじゃん。こっちの様子伺わずに自分勝手に動けばいいだろ。何で心配そうに声かけるんだよ。性処理扱いするならずっとそうすればいいじゃん。中途半端に優しくすんな。……勘違いしそうになるだろ……」
「あざみ、」
頬に触れる手も、名前を呼ぶ声も、行為の最中だって全部全部優しいから、微かな希望に縋りついてしまう。
ありえないと分かっているのに、もしかしたら環も俺のことを1ミリくらいは好きなのではないかと、少しくらいは意識してくれているのではないかと、ありもしないことを考えてしまう。
「そのくせ、全然話してくれないしさぁ。ほんと、」
愚かな妄想だと理解していたはずなのに、いざ環に避けられるとひどく傷ついてしまう。
俺に恋愛感情なんてものは抱いていないと真正面から突きつけられているようで苦しかった。
環のしたいことならなんでも付き合えるのに、どんなに気まぐれな態度を取られようと一生傍にいるのに、性別と言う覆すことのできない要素だけでその対象にすらなれないのが悔しかった。
「俺ばっか振り回されてさぁ、……なのに、諦められなくて……」
端から望み何てないのに、環の言動一つ一つに心がかき乱されてしまう。
かき乱される程、環の理想からはかけ離れていく。例え理想通りの人物になれたとしても、その先には虚しさしかないというのに。
そんな未来の見えない苦悩はもうやめにしてしまいたい。
何もかも全部忘れて、ただ笑い合っていたあの日々に戻りたい。
ゲームして、マンガ読んで、環の思い付きに付き合ってバカ騒ぎしていたあの頃に戻りたい。
「あざみ」
ふいに名前を呼ばれる。涙を拭っていたはずの手は、いつの間にか顔を覆う俺の腕にある。
その手に力が籠められるのを感じ体を強張らせたが、大した意味もなくあっけなく引きはがされた。
「ねぇ、何の諦め……?」
見てしまえば、固めたはずの覚悟が崩れ落ちてしまいそうで、必死にせき止めている涙も、本音も何もかもぶちまけてしまいそうで。
今日を逃してしまえば、今までのように、人には言えない関係をずるずると続けてしまう。その先に俺の望む未来はない。
親友も好きな人も、すべてを失うその世界に行きたくない。
「何で、」
「今までがおかしかったんだよ。もとに戻るだけだろ」
きっと、元通りにはなれない。
だらだらと過ごし、なんてことない会話を交わして、無邪気に笑い合っていたあの頃に戻れるなんてありえない。
この数か月のことは、一生忘れられないに決まっている。俺の心に絡みついて、生涯蝕み続けるのだ。
環の心に気づかなければ、この関係だってぬるま湯のように心地いいままだったのかもしれない。
俺が目を瞑れば、今からでもその関係に戻れるのかもしれない。
でも、そのぬるま湯は時間と共に冷たくなって、いつか俺の心を冷やしてしまう。
だから今が好機だ。この先、俺たちの関係は落ちていくだけだから、今断ち切って、いい記憶だけを残そう。
「だから、やめよう。こういうの」
「何で急にそんなこと言い出すの? ……あいつのせい?」
「あいつ?」
顔を上げると不安に揺れる瞳と目があった。悔し気に顔を歪め、眉を顰める俺だけを見ている。
「蒲田って先輩のせいなの」
「は……?」
思ってもみない名前に、一層顔を顰めた。
何故この状況で蒲田の名前が出てくるのか見当もつかないが、迷惑をかけるわけにはいかない。仮にもお世話になった先輩で、相談にも乗ってもらっていたのだ。
「先輩は関係ねぇよ」
「どーだか。あざみ懐いてるもんね。あの人の言うことなら何でも聞いちゃうんだ」
「だから先輩は関係ないって」
「どうせ俺より、あの人のこと信用してるんでしょ」
いくら否定しようとも俺の話を受け入れない環は、やがて痺れをきらしたかのように肌をなぞっていた手を動かし始めた。下着に手をかけ性急にことを進めようとする手を掴む。
「おい、やめろ」
「やだ」
「やめろって」
「やだ!」
「俺がお前としたくねぇの!」
荒げた声に環が傷ついた顔をした。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。この関係は潮時を迎えてしまったから、折れちゃだめだ。
「普通の友達だった頃に戻りたい。先輩に何か言われたからとかじゃない。1人で考えて、出した結論だから」
俺が始めたことだから俺が終わらさなければならない。楽をするために先輩を巻き込むのも、環に自分のよくを押し付けるのもこれが最後だ。
「何で」
「何でって、そんなの。そんなの……」
好きだからだよ。決して言えない言葉を胸の内に吐き出した。
好き。環のことがどうしようもないほど、好き。
ぎりぎりのところでとどまっていた涙が、途端に溢れ出す。
じわじわと視界が滲んで環がどんな顔をしているのか見えない。自分の情けない顔を見られるのが嫌で、腕で顔を覆い隠した。
「……お前、自分勝手すぎ。意味分かんねぇ。何なん、ほんと。人の気も知らないで」
「あざみ……?」
「もう、やだ、何、お前」
声が揺らぐ。支離滅裂な言葉として溢れ出した本音に誘発されて、決壊してしまったようにぼろぼろと涙が落ちる。
余計なことまで行ってしまう口が憎い。こんな予定ではなかったのに、一度溢れた言葉は涙と同じで中々止まってはくれない。
「ごめん、泣かないで、あざみ」
「優しくすんなぁ!」
塞いだ腕の隙間から流れる涙を拭う環の手を振り払った。
それでも懲りずに伸ばされる手は、憎いほどに優しい。だからこそ嫌になる。
「優しくすんなよ……。雑に扱えばいいじゃん。こっちの様子伺わずに自分勝手に動けばいいだろ。何で心配そうに声かけるんだよ。性処理扱いするならずっとそうすればいいじゃん。中途半端に優しくすんな。……勘違いしそうになるだろ……」
「あざみ、」
頬に触れる手も、名前を呼ぶ声も、行為の最中だって全部全部優しいから、微かな希望に縋りついてしまう。
ありえないと分かっているのに、もしかしたら環も俺のことを1ミリくらいは好きなのではないかと、少しくらいは意識してくれているのではないかと、ありもしないことを考えてしまう。
「そのくせ、全然話してくれないしさぁ。ほんと、」
愚かな妄想だと理解していたはずなのに、いざ環に避けられるとひどく傷ついてしまう。
俺に恋愛感情なんてものは抱いていないと真正面から突きつけられているようで苦しかった。
環のしたいことならなんでも付き合えるのに、どんなに気まぐれな態度を取られようと一生傍にいるのに、性別と言う覆すことのできない要素だけでその対象にすらなれないのが悔しかった。
「俺ばっか振り回されてさぁ、……なのに、諦められなくて……」
端から望み何てないのに、環の言動一つ一つに心がかき乱されてしまう。
かき乱される程、環の理想からはかけ離れていく。例え理想通りの人物になれたとしても、その先には虚しさしかないというのに。
そんな未来の見えない苦悩はもうやめにしてしまいたい。
何もかも全部忘れて、ただ笑い合っていたあの日々に戻りたい。
ゲームして、マンガ読んで、環の思い付きに付き合ってバカ騒ぎしていたあの頃に戻りたい。
「あざみ」
ふいに名前を呼ばれる。涙を拭っていたはずの手は、いつの間にか顔を覆う俺の腕にある。
その手に力が籠められるのを感じ体を強張らせたが、大した意味もなくあっけなく引きはがされた。
「ねぇ、何の諦め……?」
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