【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

文字の大きさ
63 / 65
百合

3

しおりを挟む
 痛いほど視線が突き刺さる。それでも、環の顔を見ることはできなかった。
 見てしまえば、固めたはずの覚悟が崩れ落ちてしまいそうで、必死にせき止めている涙も、本音も何もかもぶちまけてしまいそうで。
 今日を逃してしまえば、今までのように、人には言えない関係をずるずると続けてしまう。その先に俺の望む未来はない。

 親友も好きな人も、すべてを失うその世界に行きたくない。

「何で、」
「今までがおかしかったんだよ。もとに戻るだけだろ」

 きっと、元通りにはなれない。
 だらだらと過ごし、なんてことない会話を交わして、無邪気に笑い合っていたあの頃に戻れるなんてありえない。

 この数か月のことは、一生忘れられないに決まっている。俺の心に絡みついて、生涯蝕み続けるのだ。

 環の心に気づかなければ、この関係だってぬるま湯のように心地いいままだったのかもしれない。
 俺が目を瞑れば、今からでもその関係に戻れるのかもしれない。

 でも、そのぬるま湯は時間と共に冷たくなって、いつか俺の心を冷やしてしまう。
 だから今が好機だ。この先、俺たちの関係は落ちていくだけだから、今断ち切って、いい記憶だけを残そう。

「だから、やめよう。こういうの」
「何で急にそんなこと言い出すの? ……あいつのせい?」
「あいつ?」

 顔を上げると不安に揺れる瞳と目があった。悔し気に顔を歪め、眉を顰める俺だけを見ている。

「蒲田って先輩のせいなの」
「は……?」

 思ってもみない名前に、一層顔を顰めた。
 何故この状況で蒲田の名前が出てくるのか見当もつかないが、迷惑をかけるわけにはいかない。仮にもお世話になった先輩で、相談にも乗ってもらっていたのだ。
 
「先輩は関係ねぇよ」
「どーだか。あざみ懐いてるもんね。あの人の言うことなら何でも聞いちゃうんだ」
「だから先輩は関係ないって」
「どうせ俺より、あの人のこと信用してるんでしょ」

 いくら否定しようとも俺の話を受け入れない環は、やがて痺れをきらしたかのように肌をなぞっていた手を動かし始めた。下着に手をかけ性急にことを進めようとする手を掴む。

「おい、やめろ」
「やだ」
「やめろって」
「やだ!」
「俺がお前としたくねぇの!」

 荒げた声に環が傷ついた顔をした。
 それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。この関係は潮時を迎えてしまったから、折れちゃだめだ。

「普通の友達だった頃に戻りたい。先輩に何か言われたからとかじゃない。1人で考えて、出した結論だから」

 俺が始めたことだから俺が終わらさなければならない。楽をするために先輩を巻き込むのも、環に自分のよくを押し付けるのもこれが最後だ。

「何で」
「何でって、そんなの。そんなの……」
 
 好きだからだよ。決して言えない言葉を胸の内に吐き出した。
 
 好き。環のことがどうしようもないほど、好き。
 
 ぎりぎりのところでとどまっていた涙が、途端に溢れ出す。
 じわじわと視界が滲んで環がどんな顔をしているのか見えない。自分の情けない顔を見られるのが嫌で、腕で顔を覆い隠した。

「……お前、自分勝手すぎ。意味分かんねぇ。何なん、ほんと。人の気も知らないで」
「あざみ……?」
「もう、やだ、何、お前」

 声が揺らぐ。支離滅裂な言葉として溢れ出した本音に誘発されて、決壊してしまったようにぼろぼろと涙が落ちる。
 余計なことまで行ってしまう口が憎い。こんな予定ではなかったのに、一度溢れた言葉は涙と同じで中々止まってはくれない。

「ごめん、泣かないで、あざみ」
「優しくすんなぁ!」

 塞いだ腕の隙間から流れる涙を拭う環の手を振り払った。
 それでも懲りずに伸ばされる手は、憎いほどに優しい。だからこそ嫌になる。
 
「優しくすんなよ……。雑に扱えばいいじゃん。こっちの様子伺わずに自分勝手に動けばいいだろ。何で心配そうに声かけるんだよ。性処理扱いするならずっとそうすればいいじゃん。中途半端に優しくすんな。……勘違いしそうになるだろ……」
「あざみ、」

 頬に触れる手も、名前を呼ぶ声も、行為の最中だって全部全部優しいから、微かな希望に縋りついてしまう。
 ありえないと分かっているのに、もしかしたら環も俺のことを1ミリくらいは好きなのではないかと、少しくらいは意識してくれているのではないかと、ありもしないことを考えてしまう。
 
「そのくせ、全然話してくれないしさぁ。ほんと、」

 愚かな妄想だと理解していたはずなのに、いざ環に避けられるとひどく傷ついてしまう。
 俺に恋愛感情なんてものは抱いていないと真正面から突きつけられているようで苦しかった。
 環のしたいことならなんでも付き合えるのに、どんなに気まぐれな態度を取られようと一生傍にいるのに、性別と言う覆すことのできない要素だけでその対象にすらなれないのが悔しかった。

「俺ばっか振り回されてさぁ、……なのに、諦められなくて……」

 端から望み何てないのに、環の言動一つ一つに心がかき乱されてしまう。
 かき乱される程、環の理想からはかけ離れていく。例え理想通りの人物になれたとしても、その先には虚しさしかないというのに。

 そんな未来の見えない苦悩はもうやめにしてしまいたい。
 何もかも全部忘れて、ただ笑い合っていたあの日々に戻りたい。
 ゲームして、マンガ読んで、環の思い付きに付き合ってバカ騒ぎしていたあの頃に戻りたい。

「あざみ」

 ふいに名前を呼ばれる。涙を拭っていたはずの手は、いつの間にか顔を覆う俺の腕にある。
 その手に力が籠められるのを感じ体を強張らせたが、大した意味もなくあっけなく引きはがされた。

「ねぇ、何の諦め……?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嘘をついたのは……

hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。 幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。 それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。 そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。 誰がどんな嘘をついているのか。 嘘の先にあるものとはーー?

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから
BL
無愛想美形×世話焼き平凡 幼なじみに好きバレしたくない一心で、真逆の好きなタイプを言ったら……!?

処理中です...