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百合
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開けた視界の中、見下ろす環と目が合う。その祈るような視線に目が離せない。
ぐちゃぐちゃの顔を見られたくないのに、捕らわれてしまったかのように動くことができなかった。
「腕離せよぉ……」
僅かに示した抵抗もすぐに抑えられてしまう。目じりを伝って頭皮に流れ込む涙を拭うことも許されないまま、続きを促される。
「お願いあざみ、教えて?」
言ってしまえば終わりだ。もう後戻りはできない。あの頃に戻れるかもだなんて望みも砕け散ることは分かっている。
けれど、お願いをするときに見せるあの甘えたような表情によく似たそれを向けられれば、俺には断る手段等ない。
環もそれを分かっているはずだ。諦めるの先に続く言葉も、少し考えればたどり着くはずだ。
それなのに言わせようとするのだからひどい。
俺の口から言わせて、全てを終わらせるつもりなのだろうか。
ぐちゃぐちゃにかき乱れた頭の中には、環に対する思いで溢れていて、逃げ道を探しても見つからない。
何度掘り返しても、結局は好きにたどり着いてしまう。
「……好き」
「あざみ、」
「……環のこと、好きなの、諦めたい……」
急かす言葉に応えるように小さく溢した本音が部屋に響いた。こちらを見下ろしていた環の目が見開く。
これで終わりだ。何もかも。これまで長い時間をかけて積み上げてきたもの全てが崩れ落ちた瞬間だった。それ以上を受け入れる覚悟も勇気も足りず、ぎゅっと目を瞑った。
「環の言う通り、叶わないし、こんなもの持ってたって辛いだけだし」
腕を掴んでいた環の手が離れる。
引いただろうか。もう触ることすら嫌なのかもしれない。
自由になった手で目元を擦るとピリピリと痛みが走った。
恋人どころか親友にすらなれない。
普通じゃないこの想いを受け止めてくれる人はいない。
受け入れてもらえるなんて奇跡のようなことだ。
そんなことを環に強要したくない。
「俺、頑張って環のこと嫌いになるから、だから、こういうの、もうやめよう……。じゃないとおれ、いつまでたっても環のこと……」
にわかに、手のひらに何かが落ちてくる。顔を上げると軟く軽やかなその正体が目に入り、体を起こした。
「え、はっ、環お前……!」
口元を抑える環の手から零れ落ちる大量の花。次から次へとまろび出る色鮮やかな花たちに、体温が急激に下がっていく。
なんで。いつから。脳裏によぎる質問の答えは自分が一番わかっている。
俺が環の前で花を吐いたから。
俺が環の恋を素直に応援できなかったから。
俺が、環のことをすきになってしまったから。
全部俺のせいだ。
「環、ごめん俺――」
環の体を埋め尽くしているであろう不安や苦しみを少しでも緩和したいと伸ばした腕は、環の身体に届く前に強く引っ張られた。
環がこぼした花が宙を舞う様子を視界の端で捉えながら、環の腕の中で瞬きを繰り返す。
「諦めないで」
そう呟いた環を見る。
痛いくらいにきつく腕を回し、肩口に顔を埋めている環の顔は見えないけれど、聞こえた声に乗せられていた祈りに、呼吸が浅くなった。
「お願い、諦めないで。今まで酷いこといっぱいしてごめん。謝って許されるようなことじゃないって分かってるけど、でも、俺のこと諦めないで……」
期待が胸に広がる。何度も夢に見た光景に、心臓がうるさいほどに鳴っている。
何度も諦めようとして、やっぱり捨てきれなかったたらればが、今目の前にある。
名前を呼ぶと背中に回された腕が離れ、両手で顔を包まれた。
「あざみのことが好き」
柔く緩んだ垂れ目に真っ直ぐに見つめられる。
ずっと待ち望んでいた言葉だ。一生聞くことは叶わないと思っていた。環の1番近くにいるけれど、俺から1番遠い場所にある言葉。
夢なのではないかと信じられない自分が顔を出すたび、バクバクと音を立てる心臓に走る握りつぶされるような痛みが現実だと教えてくれる。
「ずっと前から大好きだよ。だから、嫌いになるなんて言わないで」
ぽたぽたと頬に落ちる涙を指先で優しく拭われた。
「ずっと、っていつから……」
「ずっとだよ。小学生の時から、ずっと」
環が伝えてくれる言葉すべてが信じられなくて、ゆるゆると首を振る。
「う、そだ。だってそんな感じ全然なかっただろ。てか、柳田さんのこと好きだったじゃん。俺のこと放って、一緒に帰ってたじゃん」
「あれは、あざみが盗られると思ったから引き離そうとしてただけ。俺が好きなのはあざみだけだよ」
「盗られるって、何それ、盗られるのは、むしろ環の方だったぁ」
拭っても拭っても、絶えず流れる涙にクスクスと笑われる。そんな環のあの頃のような笑顔に一層泣けば、仕方ないなぁと抱き寄せられた。
肩に顔を埋めてしがみつく。背中に回した手に応えるように、抱きしめて頭を撫でる手が夢のようだ。
誰かの代わりでも、気まぐれでもない。真っ直ぐな環の言葉が胸の奥にじんわりと広がる。
もう何も隠さなくていい。偽りではない、ありのままの姿で環の隣に立つことができる。本音に蓋をして自分を傷付けなくていいんだ。
「あざみ、好き。大好き」
「……俺も好き」
「あざみ、こっち向いて」
髪を撫でていた手が頬に移動する。ゆっくりと近づき、自然と目を閉じた。
吸い込まれるように寄せた唇がそっと触れる。それだけで不安も緊張も溶けて消える。たった一瞬の触れ合いが永遠のように長く感じた。
唇を離してからも鼻を突き合わせてくすくすと笑い合う。これまでとは違う距離感がくすぐったくて身を捩ると濡れた目元を指先で拭われた。
「あざみ」
「何?」
「俺と付き合ってください」
「……うん」
ゆっくりと頷く。胸の奥に仕舞っていた苦衷が解けて、気がつけば口から花が落ちていた。
苦しいばかりのこれまでとは違い、呼吸をするかのように溢れた。
環からも生まれた白銀に輝く揃いの花。カーテンの隙間から溢れる陽の光に反射して輝く花の上で、もう一度唇を重ねた。
ぐちゃぐちゃの顔を見られたくないのに、捕らわれてしまったかのように動くことができなかった。
「腕離せよぉ……」
僅かに示した抵抗もすぐに抑えられてしまう。目じりを伝って頭皮に流れ込む涙を拭うことも許されないまま、続きを促される。
「お願いあざみ、教えて?」
言ってしまえば終わりだ。もう後戻りはできない。あの頃に戻れるかもだなんて望みも砕け散ることは分かっている。
けれど、お願いをするときに見せるあの甘えたような表情によく似たそれを向けられれば、俺には断る手段等ない。
環もそれを分かっているはずだ。諦めるの先に続く言葉も、少し考えればたどり着くはずだ。
それなのに言わせようとするのだからひどい。
俺の口から言わせて、全てを終わらせるつもりなのだろうか。
ぐちゃぐちゃにかき乱れた頭の中には、環に対する思いで溢れていて、逃げ道を探しても見つからない。
何度掘り返しても、結局は好きにたどり着いてしまう。
「……好き」
「あざみ、」
「……環のこと、好きなの、諦めたい……」
急かす言葉に応えるように小さく溢した本音が部屋に響いた。こちらを見下ろしていた環の目が見開く。
これで終わりだ。何もかも。これまで長い時間をかけて積み上げてきたもの全てが崩れ落ちた瞬間だった。それ以上を受け入れる覚悟も勇気も足りず、ぎゅっと目を瞑った。
「環の言う通り、叶わないし、こんなもの持ってたって辛いだけだし」
腕を掴んでいた環の手が離れる。
引いただろうか。もう触ることすら嫌なのかもしれない。
自由になった手で目元を擦るとピリピリと痛みが走った。
恋人どころか親友にすらなれない。
普通じゃないこの想いを受け止めてくれる人はいない。
受け入れてもらえるなんて奇跡のようなことだ。
そんなことを環に強要したくない。
「俺、頑張って環のこと嫌いになるから、だから、こういうの、もうやめよう……。じゃないとおれ、いつまでたっても環のこと……」
にわかに、手のひらに何かが落ちてくる。顔を上げると軟く軽やかなその正体が目に入り、体を起こした。
「え、はっ、環お前……!」
口元を抑える環の手から零れ落ちる大量の花。次から次へとまろび出る色鮮やかな花たちに、体温が急激に下がっていく。
なんで。いつから。脳裏によぎる質問の答えは自分が一番わかっている。
俺が環の前で花を吐いたから。
俺が環の恋を素直に応援できなかったから。
俺が、環のことをすきになってしまったから。
全部俺のせいだ。
「環、ごめん俺――」
環の体を埋め尽くしているであろう不安や苦しみを少しでも緩和したいと伸ばした腕は、環の身体に届く前に強く引っ張られた。
環がこぼした花が宙を舞う様子を視界の端で捉えながら、環の腕の中で瞬きを繰り返す。
「諦めないで」
そう呟いた環を見る。
痛いくらいにきつく腕を回し、肩口に顔を埋めている環の顔は見えないけれど、聞こえた声に乗せられていた祈りに、呼吸が浅くなった。
「お願い、諦めないで。今まで酷いこといっぱいしてごめん。謝って許されるようなことじゃないって分かってるけど、でも、俺のこと諦めないで……」
期待が胸に広がる。何度も夢に見た光景に、心臓がうるさいほどに鳴っている。
何度も諦めようとして、やっぱり捨てきれなかったたらればが、今目の前にある。
名前を呼ぶと背中に回された腕が離れ、両手で顔を包まれた。
「あざみのことが好き」
柔く緩んだ垂れ目に真っ直ぐに見つめられる。
ずっと待ち望んでいた言葉だ。一生聞くことは叶わないと思っていた。環の1番近くにいるけれど、俺から1番遠い場所にある言葉。
夢なのではないかと信じられない自分が顔を出すたび、バクバクと音を立てる心臓に走る握りつぶされるような痛みが現実だと教えてくれる。
「ずっと前から大好きだよ。だから、嫌いになるなんて言わないで」
ぽたぽたと頬に落ちる涙を指先で優しく拭われた。
「ずっと、っていつから……」
「ずっとだよ。小学生の時から、ずっと」
環が伝えてくれる言葉すべてが信じられなくて、ゆるゆると首を振る。
「う、そだ。だってそんな感じ全然なかっただろ。てか、柳田さんのこと好きだったじゃん。俺のこと放って、一緒に帰ってたじゃん」
「あれは、あざみが盗られると思ったから引き離そうとしてただけ。俺が好きなのはあざみだけだよ」
「盗られるって、何それ、盗られるのは、むしろ環の方だったぁ」
拭っても拭っても、絶えず流れる涙にクスクスと笑われる。そんな環のあの頃のような笑顔に一層泣けば、仕方ないなぁと抱き寄せられた。
肩に顔を埋めてしがみつく。背中に回した手に応えるように、抱きしめて頭を撫でる手が夢のようだ。
誰かの代わりでも、気まぐれでもない。真っ直ぐな環の言葉が胸の奥にじんわりと広がる。
もう何も隠さなくていい。偽りではない、ありのままの姿で環の隣に立つことができる。本音に蓋をして自分を傷付けなくていいんだ。
「あざみ、好き。大好き」
「……俺も好き」
「あざみ、こっち向いて」
髪を撫でていた手が頬に移動する。ゆっくりと近づき、自然と目を閉じた。
吸い込まれるように寄せた唇がそっと触れる。それだけで不安も緊張も溶けて消える。たった一瞬の触れ合いが永遠のように長く感じた。
唇を離してからも鼻を突き合わせてくすくすと笑い合う。これまでとは違う距離感がくすぐったくて身を捩ると濡れた目元を指先で拭われた。
「あざみ」
「何?」
「俺と付き合ってください」
「……うん」
ゆっくりと頷く。胸の奥に仕舞っていた苦衷が解けて、気がつけば口から花が落ちていた。
苦しいばかりのこれまでとは違い、呼吸をするかのように溢れた。
環からも生まれた白銀に輝く揃いの花。カーテンの隙間から溢れる陽の光に反射して輝く花の上で、もう一度唇を重ねた。
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