紺青の鬼

砂詠 飛来

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其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂

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     五、

「気味悪いね」

 声をひそめて蜂村が言った。

「こちらの眼科を見つけた途端、こんな目に遭ったので‥‥」

「なに? おれが悪いって?」

「そうとは言いませんが‥‥がっ!」

 突然、藤川は、自分の右眼を押さえた。

 いきなりのことに、蜂村は慌てる。

「なに? どうしたの、ちょっと!」

「が、あ、あ、あ、が、ぐ、ぐ、あ‥‥」

 小刻みに喉の奥で呻き、その場に膝をつく。

「ちょっと、藤川さん? なに、また鬼?」

 藤川の肩を揺らす。

 血走った左眼で蜂村を捕え、

「たすけ、たすけて、くれ」

 と呻く。

「おれはどうしたらいい? なにをすればいい?」

 蜂村がそう言った瞬間、藤川は右眼の目蓋の隙間から自分の指をもぐり込ませた。

「おい! なにやってんだ!」

 蜂村はその手をつかむが、藤川は目蓋のなかを指で掻きまわす。

「おい!」

 ぽとり

 蜂村の足元に、なにか丸いものが落ちた。

 血にまみれながら、床に落ちた藤川の黒眼が蜂村を見ていた。

「──」

 藤川は、右眼のあった場所を押さえ、その場に倒れた。

 その手が真っ赤に染まっている。

 自らの右眼を抉り出したのだ。

 血走った左眼は、蜂村を捕えたまま、見開かれている。

 藤川は事切れていた。

 床に落ちている右眼も、蜂村を見ている。

「なんだよ、これ‥‥」

 蜂村は、落ち着いている藤川の右眼と見つめ合う。

「一体、どうしたんだよ‥‥」

 言いながら蜂村は、ゆっくりと右眼を拾う。

 無意識であった。

 手のひらに、ころん、と眼球を乗せる。

 黒眼は、蜂村を見ている。

 蜂村は、その眼を見ているうちに、ふっと意識を飛ばしていた。



       六、

 蜂村は、暗闇のなかに独り立っていた。

 暗闇の向こう、青白い炎が浮いている。

 青白い炎──

 紺青の鬼。

 鬼がどしんどしんと迫ってくる。

 血の涙を流しながら、紺青の鬼が迫ってくるのである。

「!」

 蜂村は、その場から動けない。

 鬼との距離が縮まってゆく。

 鬼は、両の手を蜂村に向け、ふらふらと伸ばす。

 あっという間に鬼は、蜂村の眼の前までやって来た。

 伸ばした手で、蜂村の肩をつかむ。

 あまりの力の強さに、骨が、みしりと軋む。

「ようやく見つけた」

 しゃがれた声で鬼が言った。

 蜂村は、恐怖で声が出ない。

 声を出そうと思って口を開けるも、喉の奥で渇いて鳴るだけ。

「お前のためにあいつらを憑り殺してやった。お前を想っておれはすべてを投げ出した。これからおれはどうしたらよい?」

 紺青の鬼は蜂村に問う。

 自分の身になにが起きているのか判らないのと、眼の前の鬼への恐怖で、蜂村は困惑する。

 鬼は表情を歪め、

「おれは思いついた──お前も殺してしまえばいいと。そうすれば、おれはこの運命から逃れられる」

 肩をつかんでいた手を、すっと蜂村の頸に持っていった。

 ごつごつとし、鋭く爪が伸び、ほのかに温かい鬼の手。

 鬼は、血の涙を拭うこともせず、蜂村の頸を締める。

 蜂村の恐怖は、そこでふっと軽くなった。

 恐怖よりも、哀れむ気持ちのほうが強くなってきたのである。

 頸を締められて、蜂村は苦しいはずなのに、鬼のほうが苦しみに表情を歪めている。

 鬼の瞳から流れ出る血涙を見て、蜂村は、自分の幼い頃のとある秋の夕暮れを思い出した。

 と──

「許してくれ──」

 紺青の鬼は誰かの名を呼び、締める手に最後の力を込めた。

 蜂村の意識は、そこで途切れた。
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