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プロローグ
始まり
しおりを挟む小さな窓の外は今日も雪。
ローゼンガルドの冬は長い。夏でも肌寒いほどの気温にしかならない事をこの国に連れられて来て初めて知った。
ドーム型の天井に小さな小窓。まるで鳥籠のようなこの部屋が私のすべて。
「お時間です。」
ノックと共に衛兵の呼ぶ声がする。
一日に一度、私はこの部屋を出る。
寒さに凍える身体を薄いショールで包み向かう先はこの国の第一王子の部屋。
扉の向こう側には大きなベッド。
そこには少し息苦しそうな顔の第一王子アンリ様がいる。
あぁ、また足りなくなってしまったのね。
与えても与えてもこの人の身体からは命が流れ出てしまう。
だから毎日私は彼に命を吹き込む。
「エルフィリア………。」
差し出された手に触れると彼は私を抱き寄せる。苦しそうな唇は口付けるといつも冷たい。
魔力を吸われる感覚は、血の気が引く感覚に似ている。だから冷たかった彼の唇に熱が戻り、魔力を与え終わる頃、私はいつも貧血のようにぐったりとしてしまう。
「エルフィリア、大丈夫かい?」
彼の大きな手が私の背を擦る。
私には大丈夫だと伝える事が出来ない。
一切喋ってはならない。そう命令されているから。
衛兵は私がアンリ王子に魔力を与え終えた事を確認すると、直ぐに部屋に戻そうとする。
「待て!まだ彼女は…………」
衛兵を止めようとする彼にふるふると首を振ってベッドを降りる。
ふらつく身体を自身で支えるようにしてお辞儀をする。少しの罪悪感でも感じているのだろうか。彼はいつも私が扉の外へ出るその瞬間まで見守っている。
魔力を大量に放出した帰り道は来た時よりもっと寒い。かじかむ手を合わせ、囚われている小さな弟を想う。
可愛い可愛いエリアス。ちゃんとご飯を食べているだろうか。淋しくて泣いてはいないだろうか。私達はあの日、この世にたった二人だけの家族になってしまった。
グレンドールは緑豊かな国だった。争いを嫌い、武力は最低限しか持たなかった。
優秀な魔法使いを何人も輩出するこの国には美しいお姫様が住んでいた。お姫様の名前はエルフィリア。彼女は生まれながらその身に膨大な魔力を宿していた。
ある日グレンドール国王の元へ極寒の国ローゼンガルド国王より書状が届いた。
そこには第一王子アンリの妻にエルフィリアを貰いたいと記されていた。
グレンドール国王はそれを断った。エルフィリアの魔力を外に出すのは危険だと思っていたからだ。国外へ出れば必ずエルフィリアを利用しようとする者が現れる。エルフィリアを守るため、国王はその日のうちにローゼンガルドへ丁寧に記した断りの書状を送った。
それがすべての悲劇の始まりだった。
グレンドールからの書状が届くなりローゼンガルドは挙兵した。
武力を持たないグレンドールは一夜のうちに滅ぼされ、王女エルフィリアと弟のエリアス王子は目の前で両親を殺された。抵抗するなら弟を殺すと脅されたエルフィリアは何も出来ないまま今日に至る。
部屋に戻ると本が数冊入れ替わっている。
この部屋にあるものと言えば寝具とこの本くらい。刺繍などはさせてもらえない。針で自死でもされたら困るのだろう。
本の題名はどれも夢のあるものばかり。
皮肉なものだ。囚われの身にしておいて、夢を見る事だけは許すなんて。
ページを繰っても頭には何も入ってこない。
そのうち私は狂ってしまうのではないだろうか。最初の頃はそれを考え恐れた。けれど空っぽになってしまった心と身体はもうそれを恐怖とも思わなくなっていた。
ある日いつものようにアンリ王子の部屋へ向かう途中、豪奢なドレスに身を包む美しい令嬢と会った。
彼女は私を上から下まで睨み付けるように見た後、持っていた扇で私の頬を叩きつけた。
「汚らわしい!!」
そう言って扇を投げ捨て去って行った。
ぶたれた頬は薄く切れ、熱を持ってジンジンと痛んだ。
「エルフィリア!!どうしたの!?」
アンリ王子は私の顔を見るなり言った。
そんなに息苦しそうにしてるのに叫ぶなんてどうかしてる。
「血が出てるじゃないか!早く手当てを!」
けれど衛兵は動かない。そう。私のためになんて誰も。この人はきっと知らないのだ。私がどこの誰で、どうやってここに連れられて来たのか。でも知らなくていい。同情されても腹が立つだけだ。
「エルフィリア………」
いつものように口付けると大きな手が頬を包む。最初はピリッと痛んだが、包む手の冷たさが心地良かった。
「エルフィリア待って!」
アンリ王子はベッドから降り、側にあったチェストから綺麗なハンカチを取り出す。
「これで血を拭いて?」
受け取らずにいると、彼は無理矢理それを私の手に握らせた。
私はお辞儀だけして部屋を出た。
部屋に戻ると綺麗に揃えたはずの本が滅茶苦茶に破られ床に投げ捨てられていた。
翌日も令嬢は同じ場所で私を待っていた。
今日も頬をぶたれるのかと思ったがいつまで経っても扇は飛んで来ない。
通り過ぎようとしたその時だった。
「お前のような化け物がアンリ様に触れるなんて許さないわ!!」
その言葉と共に私の身体を刃が貫いた。
一瞬何が起こっているのかわからなかった。
視界には自分の腹から突き出た鋭い刃。その先から真っ赤な血が滴り落ちて来る。
後ろにいた兵士が私の腹から刃を抜き取ると、身に纏った服に大量の血が滲む。
令嬢は狂ったように嗤う。
騒ぎを聞き付けて辺りから人が集まってくる。
早く回復の魔法を………
そう思ったその時、彼女が嗤いながら言った。
「あなたの弟も殺してあげたわ。姉上、姉上って大声で泣くもんだから煩かったわ。」
エリアス………!!!
「だから無駄な事なんてせずにそのまま死になさいな。死んだら弟と一緒に跡も残らないよう焼いてあげる。」
そう言って彼女はまた嗤う。
エリアスがいないのならもう生きている意味もない。このまま死んでしまおう………。
冷たい石の床に身体を預けると、騒ぎに紛れて聞き慣れた声が聞こえた。
「エルフィリア!!!!」
アンリ王子は汚れるのも気にせず血だらけの私を抱き起こす。
「何て事………!!エルフィリア早く回復の魔法を!!君なら出来るんだろう!?」
出来る。でもしない。
もうこれ以上利用されるのはいや。
「エルフィリア!お願いだ!早く……!!」
流れ出る血で意識が保てなくなってきた。
これでもうすぐ逝けるだろう。
私は残された最後の力でアンリ王子の身体を振り払った。
「……触らないで…あなたなんて大嫌いよ……」
この人の前で喋るのは初めてだった。
私の血にまみれるアンリ王子はひどく顔を歪めた。
エリアス………。
可愛い弟の笑顔を思い浮かべながら真っ白い雪の中に倒れこんだところで私は真っ暗な闇の中へと落ちた。
*************
「………さま!………リア様!!」
ん………あったかい。ふかふかふわふわ……。
「エルフィリア様!!!!!」
!?
目を開けるとそこは………私の部屋!?
「いつまで寝てらっしゃるんですか!?皆様もう朝食の席に着かれてますよ!!」
「レニー!?」
目の前には私が幼い頃から仕えてくれている侍女のレニー。
何で!?私さっき兵士に刺されて………お腹から剣が突き出てて……血もいっぱい出てそれで……死んだはずなのに……………。
「レニー?今はいつ……じゃない、何年!?」
「もう姫様ったら何を仰ってるんですか?決まってるじゃないですか。今は……………。」
レニーの口から出た言葉に声を失う。
ここは私がローゼンガルドへと連れ去られる一年前の過去の世界だった。
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