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第一章
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しおりを挟む「あっ!姫様!?」
叫ぶレニーを置いて駆け出す。憶えてる。毎日歩いた広く長い廊下。これは現実なの?それとも神様がくれた最後のご褒美?どっちだっていい。もう一度会えるなら………!
「エリアス!!」
「姉上!?」
乱暴にドアを開け、朝食の席に着いていたエリアスを後ろからさらうように抱き上げる。柔らかな頬っぺ。ふわふわの髪。幸せな温もりに涙が溢れる。
「……エリアス!……エリアス大好きよ!!」
「もう、姉上ったらどうしたの!?でも嬉しい!僕も大好きだよ姉上!」
柔らかい唇が頬に触れる。
「エルフィリア!お行儀が悪いわよ!」
あぁ、お母様………。
「まったく、着替えもしないでどうしたんだいエルフィリア?」
お父様も………。
間違いない。戻って来れたんだ。
あの幸せな日々に………!
私はエリアスを抱き締めたまま、溢れる涙を拭いもせずしばらくの間泣き続けた。
「一体どうしたんです姫様?お着替えもせずに寝間着で走り回るなんて………。城の者達が噂してましたよ?」
「………ごめんなさい。」
だって夢かと思ったからつい………。
恐る恐る鏡の前に立つとそこには確かにあの日の私。ローゼンガルドへ連れ去られたのは十四の時だったから、今はまだ十三ね。
ローゼンガルドでの生活は、世話をしてくれる侍女もいなかった。寒さと独りで食べる孤独な食事に食欲も生きる気力も湧かず、髪はパサパサで肌艶も悪く痩せ細っていた。けれど今鏡に映る私は、金色の髪がお日様の光を反射しながら豊かに波打ち、透き通るような白い肌にはシミ一つない。頬は薄紅に色付いている。
本当にあの頃のまま………信じられないけど、これは現実なのよね………。
時を遡る魔法なんて聞いたこともない。ならば何故私は戻ってこれたのだろう。何度考えてもわからない。しかしここが本当に一年前ならば、これから起こる悲劇を止める事が出来るのではないだろうか。
………でもたった一年で何ができる?
たった一日で一国を落とす事の出来るローゼンガルドに真っ向から立ち向かう事は得策じゃない。では和平を結ぶ?でも何のために?これといった理由もないからそれも無理だ。
なら…一年後にやってくる結婚の申し込みを受けて私がローゼンガルドへ行く………?
現実的にはそれが一番だろう。しかし相手は私さえ手に入ればグレンドールには用はない。
私が嫁いだ後にグレンドールが滅ぼされる可能性はゼロじゃない。
どうしたらいいの………。
初めてアンリ様に会った時は本当に驚いた。その頃はまだ私の感情もしっかり機能していたからとても鮮明に記憶に残ってる。
青白い顔。苦しそうに顔を歪めながら懸命に呼吸をしていた。やっと生きてる…そんな感じだった。人には命の器がある。その器には寿命分の力が入っていて、人は少しずつゆっくり、その一生をかけて力を使いきるのが普通だ。
けれどアンリ様は違った。誰が何のためにそんな事をしたのかはわからないが、無理矢理その器に穴を空けられていたのだ。
それでもまだあの頃は私にも彼を思いやる心があった。すぐにでもその穴を塞いであげたかったがその魔法は呪いのように複雑なもので、おそらくかけた術者しか解けない類いのものだった。こんなひどい術式を組み上げるのだ。かなりの腕前のはず。
この世に存在する魔法は二種類だ。与えるか、奪うか。どちらも使える人間はこの世に存在しない。そして私は与える側の力の使い手だ。
だから与えたのだ。目の前で苦しむその人に。
今思えばよくあんな大胆な事をしたものよね…
彼のあまりにひどい様子に思わず駆け寄って状態を調べた。いきなり王子に向かって行った私を衛兵達は止めようとしたけど、【彼を死なせたいの!?】そう叫ぶ私を尚も捕らえようとする者はいなかった。
脈も弱く、息もきちんと吸えていない。私が来るのがあと数日遅かったなら彼はこの世にはいなかっただろう。一刻の猶予もない。だから口付けた。私の魔力を直接その命の器に流し込んだのだ。
彼の顔は段々と色付いて行き、呼吸も落ち着いた。その場に居た者達は奇跡を見たように驚いていたが、グレンドールに生きる者にとっては特別珍しい光景でもない。
………そうか。ローゼンガルドでは魔力での治療についてはあまり認知されていないのだ。そして彼の状態を詳しく理解出来る者もいない。
それならばグレンドールが広く病人を受け入れれば良いのではないだろうか。今まではお父様が魔法の力を悪用されないようにと他国の者を快く受け入れてはいなかった。それがグレンドールを閉鎖的にさせていた原因の一つでもある。
治療を受けられると宣伝して、周辺国と友好を結べばローゼンガルドもいきなり攻め込むような真似はしないだろう。そして場合によってはアンリ王子の治療に我が国の優秀な魔法使いを派遣する事も出来る。
いいんじゃない!?このプランとてもいいんじゃないの!?
しかし問題はお父様の説得だ。私を溺愛するお父様はとにかく頭が固い。石以上の固さだ。 一体どうやったら説得出来るだろうか。
…いっそのこと本当の事を話してみる?
いや、駄目だな。こんな突拍子もない話、お父様じゃなくたって信じない。
一体どうしたら……。
考えても考えても良い考えは浮かばなかった。
頭の中はその事でいっぱいで、夕食の席でも上の空の私を家族も不思議そうに見ていた。
肌触りの良い上質な寝間着に真っ新なシーツ。ふかふかの肌掛けにくるまるとローゼンガルドでの暮らしがいかに劣悪だったか思い知る。
もう思い出したくもない………。
柔らかな感触と温まっていく身体に誘われて、私は目を閉じた。
『……リア……………フィリア………。』
誰………?何故私を呼ぶの………?
『エルフィリア………エルフィリア………。』
泣いてるの?どうして?
目を開けるとそこは真っ暗で寒い部屋。
私…浮いてる。
こんな魔法はない。ならなんで浮いてるの?
部屋の真ん中には黒い大きな棺。
男の人がその棺に顔を埋めるようにして泣いている。
サラサラと流れる青銀の髪はローゼンガルドの王族の証。
アンリ様………。
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