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第二章
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しおりを挟む「気に入った。」
黒髪の青年…ギャレットはだらしなくソファに寝そべり酒を飲んでいる。
「何がですか?」
「あの女だ。“姫様”だよ。俺への態度はムカつくが、いい女だ。あと数年もすれば身体もいい具合に育つだろう。」
護衛のレイはこの主の発言に溜め息しか出なかった。
「今回のギャレット様の振る舞いは、両国の間に亀裂を産み出してもおかしくないほどのものですよ!」
「亀裂?そんなものできたところで関係ない。」
「は?」
「俺はこの国も気に入った。あの極寒のローゼンガルドなぞもういらん。この国を手に入れる。」
一体この主は何を言っているのか。
レイは頭を抱えた。
「あの女を俺のものにする。そしてこの国もな。」
ギャレットは目を細め笑った。
**********
「お父様!何であんな軽傷の人間が国内に入れたの!?検問は何をしてるの!?」
昼間の出来事に納得の行かないエルフィリアは、夕食の席でも憤慨していた。
「ローゼンガルドの王族という事を振りかざして相手も相当ごねたらしい。表向きは治療と称して本当の目的は視察だろうな。…大方この前の使者の報告で我が国に興味を持ったのだろう。」
お父様ったら何でそんなに落ち着いてるのよ。それって物凄く良くない事態なんじゃないの?
「既にローゼンガルドへは抗議の文書を飛ばした。相手の出方次第でこちらも考える。」
「出方次第?」
「そうだ。早速友好を結びたいと打診された国があった。手を打つなら早い方が良いだろう。」
「もうそんな話が出ているの!?逆に怪しくない?」
「今打診が来ているのはアテルナとエストリアからだ。」
「アテルナとエストリア……。」
アテルナ…名前は聞いた事がある。精霊が住まう土地と美しい都。子供の頃は精霊に会ってみたいと憧れたものだ。
そしてエストリアは誰もが知る大国だ。国力もこの周辺国の中では特に大きい。
「どちらの国からも内密で王族が治療に来られている。」
「まぁ…。こんなに早く打診が来たのはそれでなのね。」
どんな大国であろうとも、やはり命より大切なものはないのだ。 これからも王族が治療に通うと言うのなら、友好を結んでおいた方が待遇も違ってくると見越しての事なのだろう。
ローゼンガルドに目を付けられたと言うのなら、この両国との友好は我がグレンドールにとって渡りに船だ。
「それでエルフィリア、明日なのだが両国の王族の方の治療にお前も立ち会って欲しい。」
「私が?そんなに大変なの?」
「…詳しくはまた明日だ。あまり夜更かしするなよ。」
「夜更かしって……」
アンリ様のとこでって事!?
まずい顔が熱くなってきた。
「姉上お顔が真っ赤!!僕が治してあげる!」
心配したエリアスが私の頬を包んで治療をしようと手を伸ばす。
ぷくぷくとした小さく可愛い手だが、エリアスも私と同じ与える者。
「大丈夫よエリアス。もう元気になったわ。」
「ホントに?でも心配だから今夜は一緒に寝てあげる!」
「それ、エリアスが私と寝たいだけでしょ!」
「エヘッ。ばれたか。」
「じゃあ絵本読んであげるから早く寝るのよ?」
「やったぁ!大好きだよ姉上!」
“僕、今日は絶対寝ないよ!だからたくさん絵本読んでね姉上!”
そう意気込んでベッドに入ったエリアスは、最初に読んでやった物語が半分も終わらないうちにあっさり陥落した。
可愛い可愛い薔薇色のぷにぷにほっぺにキスをすると、もっちりとした感触にたまらず悶えてしまう。
まずい!こんな事してる場合じゃないわ!
急いで自室に戻り転移魔法の暗唱を始めようとした時、ふと部屋に置いてある鏡に目が留まる。
私、変じゃないかしら…。
今まで気にもならなかった自分の見た目が彼の目にどう映るのかが気になる。
早く行かなきゃ…なのにさっき梳かしたばかりの髪をまた梳かし、肌に粗がないかくまなく探してしまう。
…アンリ様はどんな女性が好きなのかしら…
きっととても美しくて優しくて、誰よりもアンリ様の事を想ってくれるような…そんな人よね…。
な、何考えてるの私!!
早く行かなくちゃ!アンリ様が苦しんでるかもしれない!
「お帰り。エルフィリア。」
少し遅くなった私に嫌な顔一つせず笑顔で迎えてくれる。けれどその優しい笑顔は一瞬で険しいものへと変わった。
「エルフィリア!この手はどうしたの!?」
アンリ様は昼間ギャレットに強く掴まれ鬱血した私の手を見て声を上げた。 まるで壊れてしまった大切な宝物を包むような優しい手付きで私の腕を持ち、そっと擦る。
…見ればあいつを思い出して腹が立つようなこんな痣、何で魔法で治しておかなかったんだろう。こんなのすぐ治せるのに…。
…違う。私が治そうとしなかったんだ。
この痣をアンリ様に見て欲しくて…アンリ様ならきっと優しい言葉をかけて心配してくれる…“エルフィリア大丈夫?”って手に触れてくれる…。だからわざと治さなかったんだ。
何て嫌な子なんだろう。何て…
「エルフィリア!?」
まさかこんな浅ましい心が自分にあったなんて。恥ずかしくて悲しくて、こんな時泣くのは卑怯だってわかってるのに涙が出てしまう。
いつの間にこんなに…こんなにアンリ様の事を…。
「エルフィリアこっちにおいで。さぁ、早く。」
アンリ様は動かない私に腕を伸ばし、軽々とその膝の上に乗せて抱き締めた。
お膝の上は今までも乗ったけど、抱き締められたのは初めてだ。アンリ様の匂いと体温に包まれると嬉しくて、でも切なくて、胸の痛みは治まるどころかどんどん痛んで涙が止まらない。
「…よほど辛い事があったんだね。可哀想に…。今夜はたくさん話をしようね。ローゼンガルドの夜はとても長いから、二人でいれば朝には笑えるようになるよ…大丈夫…。」
アンリ様はその大きな手でずっと私の背中を擦り続けた。私の涙が止まるまでずっと…。
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