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第二章
1 ローゼンガルドからの使者
しおりを挟むアンリ様の元からグレンドールの自室に戻ると既にレニーは部屋に来ていて私を見るなりニマニマとした顔をする。
「お帰りなさいませ姫様。」
「た、ただいまレニー。」
何かしら。レニーの目がいつにも増して生温い。
「さぁさ、お着替え致しましょうね。昨夜はシュミーズで行かれたのですね。」
着替えを手早く用意するレニーはやはりニマニマと楽しそうだ。
「ぶにゃっ!!」
「ぶにゃにゃっ!!」
「あらおはよ。もう元気になった?」
昨夜ふて寝していた二匹は私に飛び付きふんふんと匂いを嗅ぎながらよじ登ってきた。
「いたたっ!こら、爪を立てちゃ駄目!」
しかしふんふんは止まらない。きっとアンリ様の匂いがするのだろう。昨夜はずっとアンリ様の腕の中にいたから…。
「なんでお前たちはそんなにアンリ様の事が好きなの?」
人懐こい猫は確かにいるが、この子たちがアンリ様にしたように手放しで飛び付いて甘えるなんて事は滅多にないだろう。
「ぶに」
「ぶにに」
何くだらないこと言ってんだとでも言うように相変わらずくんくん匂いを嗅いでいる。
「脱いだら好きにしていいからちょっと待っててね。」
私はレニーの用意してくれたお洋服に着替え、家族の待つ朝食の席へと向かった。
***********
「姉上!」
私の顔を見るなり弟のエリアスが抱き付いてくる。
「姉上!昨日はどこに行ってたの?僕…淋しかったよ。」
うっ…我が弟ながら最高に可愛い。アンリ様といい美形男子の上目遣いって破壊力抜群ね。
「エリアス、エルフィリア、座りなさい!」
「「はぁい!」」
お母様の小言が始まる前に二人仲良く返事をして席に着くと、お父様が口を開いた。
「エルフィリア。後で私の部屋に来なさい。」
お父様の部屋に?何かしら…。
お父様を見つめても返事は返ってこない。私は“はい”とだけ返し、運ばれた朝食を口にした。
***********
「今朝方ローゼンガルドより使者が来た。」
「えっ!?」
父の口から出たローゼンガルドという予想もしていなかった単語に驚き、若干食い気味に反応してしまった。
「ローゼンガルド!?でもアンリ様昨夜は何も言ってなかったわ。」
「昨夜………昨夜も行ってたのか……。」
お父様が蚊の鳴くような声でブツブツと言っている。了承した割に女々しいな。
「おそらくアンリ殿はこの事を知らないのだろう。送り主は大神殿の神殿長となっておる。」
神殿長…神殿の中で最高位の人物。
父から渡された質問状の内容を簡単にまとめるとこうだ。
数日前に巨大な火球がローゼンガルドの空中で弾けた。調査したところ火球の出所はグレンドールであると判明。これはどういった趣旨のものであるのか回答頂きたい。
と言った事が当たり障りなく書かれているが、遠回しに敵意があるのか無いのかという事を知りたいのだろう。
「…さすが閉鎖措置を取った国だけあって、何て言うか少しだけ刺々しい文章ね。そりゃいきなり巨大な火の玉が飛んできたら刺々しくもなると思うけど……。」
静かに暮らしていたところに物騒なものがいきなり飛んできたのだ。警戒心丸出しになるのもわからなくはない。
「使者の者が王都を見て周りたいと言うので騎士をつけて自由にさせている。質問状に対しては謝罪の旨を記した書状を送ろうと思う。それと…グレンドールが周辺国の者の受け入れを始める旨もな。」
「お父様…本当にいいの…?」
魔法使いの他国への流出と、その力の悪用を何よりも恐れていたお父様。他国からこの力を求める人々を受け入れれば必ずその不安は現実のものとなるだろう。
「…それでも…関わることを恐れていては前へは進めぬ。お前の言う通り、この国を守るには私たちも変わらなければ。」
グレンドールにとってとても大きな一歩だ。
願わくばこれを機に真の友好を結んでくれる国ができますようにと願わずにはいられない。
「まずは身元のしっかりとした者で、我が国の持つこの魔法の力を必要とする者から受け入れを開始する。気楽な観光目的なんかはおいおいだな。お前の力も借りねばならん。頼んだぞ、エルフィリア。」
「はい!お父様!」
***********
「神殿長から書状が?」
「えぇ。アンリ様も見たでしょう?ゼノが飛ばした火の玉を。」
「あぁ…一瞬の事だったけどすごい明るさだったからね。」
「神殿長ってどんな方なの?」
私の質問にアンリ様は難しい顔をする。
「…昔は良い方だったそうだよ。対立しがちな王家と神殿の間に入って諍いを収めてくれていたんだ。けれどファルサに出会った頃から徐々に変わられてしまってね……。」
以前アンリ様は王位簒奪を先導したのは神殿だと言っていた。
「じゃあ…アンリ様のお父様の命を奪ったのも……?」
「直接では無いが神殿長の指示だ。けれど叔父上を操ったのはファルサの力だろう。」
「…確かに人を意のままに操る魔法は存在するけれど、誰にでも効く訳ではないわ。」
かかりやすいのは意志薄弱だったり…妬み嫉みに苛まれているような人……。
アンリ様の叔父上はそんな気持ちを抱えていたのだろうか。
「人の心は誰にもわからないからね…。魔法にかかっていなくたって平気で人を裏切り嘘をつく人間もいる。」
「私はアンリ様に嘘はつかないわ。」
「知ってる。それに…あなたが嘘をつく時はきっと私を思っての嘘だろう。」
アンリ様は私の手を取り、それを自分の手のひらの上に乗せ、もう片方の手で包んだ。
「信じてるよ。あなたのすべてを…。」
何でだろう。アンリ様に真っ直ぐに見つめられると恥ずかしくなる。顔が一瞬で熱くなって…きっと今は真っ赤に染まってるはず。
「エルフィリア。神殿が動いたのは何かの前兆かもしれない。くれぐれも注意して?そして何かあればすぐ教えて欲しい。」
「はい…アンリ様。」
何かの前兆…その言葉に言い知れぬ不安が胸を過った。
「エルフィリア…来て…」
アンリ様は両手を出し、私を膝の上へと誘う。
毎日している事なのに、日に日に胸は大きく騒ぐ。アンリ様はどうして平気なのだろうか。私じゃなくても…あの日アンリ様のもとに来たのが私じゃなくてもこんな風に過ごしていたのだろうか。
差し出された手を取り、膝の上へ座りその広い胸に頬を寄せるとアンリ様の胸の音が聞こえる。心配になるくらい早い鼓動。驚いて見上げると苦しいような困ったようなアンリ様のお顔。
どうしようアンリ様…私も苦しいよ。
心が見える魔法があればいいのに。
そしたら…今アンリ様が何を考えてるのかわかるのに。
そっと重ねるだけの唇は優しくて切ない。
優しく頭を撫でてくれる手は私が子供だからなのだろうか。そう思うとまた胸がぎゅっとなる。
「…愛してるよ…エルフィリア……」
彼がそんな魔法の言葉を囁いていてくれた事を、眠る私は知らずにいた。
***********
グレンドールが魔法の力を必要とする者の受け入れを開始したという報せは周辺国に知れ渡り、その反響は凄かった。
不治の病は治せないが、それ以外には大抵何らかの対処ができる。
それぞれの国から許可を得た身元の確かな者達が続々とグレンドールを訪れた。中には皇族に名を連ねる方も。
「すごい人ね……!」
臨時の施療院にと用意した建物は外まで人が溢れていた。
国中から回復魔法が得意な者が集められ、症状を聞いて回っている。
これじゃとても人手が足りないわ…。
よしっ!
「重症の方は私の所へ!」
「姫様!助かります!」
大きな症状であればあるほどその治療には多くの魔力を使わなければならない。こういう時無尽蔵な魔力持ちって本当に役に立つわ。
たくさんの人を診て、治療して、その数だけお礼の言葉を言われる。そうしているうちに、魔法はただ便利なだけのものじゃないのだと、平和な暮らしの中少し忘れかけていた事を思い出す。そう、正しく使ってこそなのだ。
(何だか大切な事を思い出す良いきっかけになったかも…。)
私は治療の傍らそんな事を思っていた。
「おい!お前らじゃない!“姫様”とやらを出せと言ってるんだ!!」
入口付近から乱暴な声が響いてくる。
「一体どうしたの?」
「ひ、姫様!この方が姫様を出せと…」
そこには黒髪に灰色の瞳を持つ青年が立っていた。
「ほう…なかなかじゃないか。お前が“姫様”か?」
「ここは病の方が治療を受ける場所ですよ!何をしているんです?」
その男は乱暴な足取りで私の目の前まで来ていきなり手首を掴む。
「痛っっ!!」
「気に入った。お前、俺のものになれ。」
「放しなさい無礼者!!誰か!騎士を呼んで!!」
(何て力なの…!!)
ぎりぎりと握られた華奢な手首が痛む。
その時だった。彼のすぐ後ろに控えていた護衛らしき人物が止めに入った。
「お止めくださいギャレット様!!ここは祖国ローゼンガルドではございません!他国の王族へのこのような非礼は“冗談のつもり”では済みませんぞ!!」
(ギャレット!?今ローゼンガルドって…)
ギャレットと呼ばれた青年は舌打ちをして私の手を放した。
「いちいちうるさいんだよレイ。嫌なら国へ戻れ。」
「いいえ。ギデオン陛下からギャレット様をしっかり見張るよう言われております。」
「ちっ……。おいお前!」
(お前って私の事?何て失礼な奴なの…)
私は猛烈に腹が立っていたので、勇敢と言うべきか無謀と言うべきか無視する事にした。
つーん。
「おい!!お前に言ってるんだよ!!聞こえてんだろ!?」
つーんつーんつーんだ。お前となんか話してやるもんか。
「何事だ!?」
来た!私を溺愛する騎士その①ラウール!
「ラウール!!」
「姫様!その手は!?」
ラウールは手の痣を見るなり私を自分の後ろへと隠した。
「貴様…この方が我がグレンドールの宝、エルフィリア姫と知っての狼藉か!?」
しかし男はラウールを睨み付けるだけで答えない。その様子を見ていた護衛らしき者が慌てて前へ出た。
「グレンドールの姫君への非礼は御詫び致します。しかしこちらにおわしますはローゼンガルドの第二王子ギャレット殿下です。お言葉にはお気をつけ下さるようお願いいたします。」
本当にこいつがあの第二王子のギャレットなの?見た感じ健康そのもののこの男が一体何の用があるって言うのよ。
「この傷を治せ。」
ギャレットはぶっきらぼうに腕を差し出し傷を見せた。
何これ…ただの切り傷じゃない。馬鹿にしてるの?
「ラウール。行きましょう。」
私はギャレットを無視して元いた場所へと歩き出す。
「おい待てよ!ふざけるな!俺は王族だぞ!?早く治せ!」
(何て傲慢な男なの…!)
私は振り返らず言ってやった。
「ここでは平民も王族も同じ。身分など関係ありません。皆が等しく治療を受けるための場所です。それがわからないのであればお帰り下さい。」
「何だと!?お前…ただで済むと思うなよ!!」
ギャレットはまだ後ろでぎゃあぎゃあと騒いで護衛に押さえられていた。
「…とんでもない男ですね。姫様、あの者の滞在中はくれぐれもお気を付け下さい。」
「わかってるわ。ラウール。王宮内の警備、よろしくね!」
「はい!」
…感情のままに言ってしまったがあれは未来でグレンドールを滅ぼした国の王子だ。もしかしたら私の対応は大変な間違いだったのかもしれない。だからと言ってあんな男に好きなようにされるのは我慢ならなかった。
…アンリ様に会いたい。
アンリ様に会って早くこの事を相談したい。
私は夜が来るのを待った。
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