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第二章
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しおりを挟む「 ふぉんふぁんふぁ、ふぁんふぃふぁふぁ!」
この巨体でベッドに落ちると皆を圧死させてしまうと思い、気を遣って床の上に着地するよう強く願ったのに…それなのに私が下りた瞬間ズザザッッと後ろに下がるアンリ様と““シャーーッッ!!!””と戦闘態勢に入る二匹。ひどい、ひどすぎる。
「エ、エルフィリア…?」
「「ぷぎゃーー!?」」
「……ふぃふぉふぃ……」
***
「この姿でいきなり誰かが落ちてきたら驚かない人はいないと思うよ?」
「ぶにゃ!」
「ぶにゃにゃ!!」
「…まったくもってその通りでございます。ごめんなさいアンリ様。」
ただいま絶賛反省中のエルフィリアはアンリのベッドの上で正座をしていた。
「だって持つのは大変だし着るのが一番運ぶのに楽だったから…」
「なら今度はせめて顔だけは出して来てくれる?そうすれば私達も安心だ。お帰りエルフィリア。さぁ来て。」
「アンリ様!」
毎日毎日抱き締め合っているのに、アンリ様とのぎゅーはいつも特別だ。
(…いい匂い…)
アンリ様の肌はとてもいい匂いがする。爽やかだけど少し甘い…青い果実のような香り。
「本当に実行するつもりなの…?」
アンリ様は不安げに聞く。
ファルサ達は毎日のようにアンリ様の宮の前まで朝のご機嫌伺いに来るのだという。
魔力封じの着ぐるみを手に入れた私がファルサに会いたいとお願いするとアンリ様は、“どうせ明日も宮の前まで来るだろうから…そんなに言うなら少しだけ”としぶしぶ了承してくれた。
「二十分が限度って言われたわ。大丈夫アンリ様?」
「本当に挨拶だけという約束で入れるから大丈夫だよ。それよりエルフィリアこそ大丈夫?」
「私?何が?」
「いきなり飛び出して来たりしちゃ駄目だよ。」
「もう!私そこまでおっちょこちょいじゃないわアンリ様!」
「はは、ごめんごめん。」
アンリ様ったら!頭をナデナデして誤魔化したってだめなんだから!
「…でも本当に心配なんだ。絶対に見付からないようにしてね?」
それは大丈夫だ。万が一私が見付かってしまったらアンリ様が危険に晒される事になる。
「絶対に着ぐるみから出ないわ。約束…」
指切りの代わりに約束のキス。
たくさん約束し終わる頃にはアンリ様も納得してくれた。
「さぁ!明日に備えて早く寝なきゃ!」
やる気と寝る気満々で言う私にアンリ様は“そんなんで本当に寝れるの?”と苦笑していた。しかし今宵私はアンリ様の腕の中で、彼と猫二匹も驚くほどの入眠最速タイムを叩き出したのだった。
***
(あったかい……。)
目が覚めると外はまだ薄暗く、朝日が昇りだした頃だった。
頭の上から静かな寝息が聞こえてくる。
(…アンリ様…可愛い……。)
少しだけ開いた唇。力の抜けた顔はあどけなくて何だか胸がきゅうっとしてしまう。
「…愛してるわアンリ様……。」
(やっぱりあんなに早く寝たのは勿体なかったかも…。)
今日も夜はやってくるし、これからずっと彼と一緒に数え切れないほどの夜を過ごすのに…。欲張らなくてもいいはずなのに…。
「…早くアンリ様と一つになりたい……。」
・・・・え?・・・・
・・・・今私・・何を・・・
わ、私ったら!!あ、朝から何て事を!!
変態よ!痴女よ!!恋人の寝顔を見てこんなこと呟くなんて親も泣くわ!!
本だ!本でも読もう!そうだ朝の読書だ!
エルフィリアはアンリが起きていなくて良かったと胸を撫で下ろしながら本棚へと向かった。
しかし寝ているはずのアンリの顔は真っ赤に染まっている。
そしてアンリの足元で寝る二匹の尻尾は上下にパタパタと動いていた。
***
「エルフィリア、側近のキランだよ。私の乳母の息子なんだ。」
朝食の前にアンリ様が紹介してくれたのは、以前話していた数少ない側近の一人だった。
「まぁ!じゃあお二人は小さい頃からずっと一緒なのね?」
「あぁ。子供の頃はキランと二人で悪いことばかりしていたよ。キラン、エルフィリアだ。私の何よりも大切な人だ、よろしく頼む。」
アンリ様に呼ばれてやってきたキランは私の姿を見るなり目を見開いた。主の部屋に突然見知らぬ女がいたのだ。それはびっくりした事だろう。しかもベッドには二人で横になった形跡もある。ベッドとアンリ様を交互に指差し口をパクパクさせるキランにアンリ様は苦笑した。
アンリ様はキランにこれまでの経緯をざっくりと説明していった。キランもアンリ様に心からの忠誠を誓っているのだろう。余計な口を挟まずアンリ様の口から語られる話を真剣に聞いていた。
「ではファルサだけをお通しすればよろしいのですね?」
「あぁ、頼む。」
いつも通りであればそろそろ神殿の者達が挨拶にくる時刻だと言う。キランは様子を見に部屋から出て行った。
「何だか緊張してきたわ…。」
ファルサに会うのは前世ぶり…。
私が死ぬのを笑いながら見ていたのが最後。
「今ならまだ止められるよ。」
アンリ様は心配そうに私を見る。
駄目だ。戦うって決めたのだ。最初はグレンドールのため。でも今はそれに加え自分の幸せのために。
「止めないわ。だって私、アンリ様と幸せになりたいの。私の周りの皆の幸せだって…何一つ諦めたくないから。」
アンリ様は真っ直ぐに私を見つめた後、“わかった”と言うように頷いた。
「来ました!」
扉の向こうでキランの声がした。
「わかった。できるだけゆっくり。」
“承知しました”とキランは言い残し、再び戻って行った。
「よし!」
私は気合いを入れて着ぐるみを装着したのだった。
「あぁ!やっとお会いする事が出来ましたわ。愛しいアンリ様、ご機嫌麗しゅう。」
鍛冶職人が視界良好仕様にしてくれたお陰で離れていても二人の様子がよくわかる。
感極まった様子のファルサがアンリ様に礼をする。燃えるような赤い髪と深緑の瞳。そしてアンリ様を見るあの目つき…。
(全てがあの時のままだわ…。)
「久し振りだなファルサ。変わりないか?」
「まぁ…アンリ様ったら…」
ファルサは許しも得ずアンリの側に近寄った。
「変わりはあるに決まっています。こんなにも長い間アンリ様にお会いする事が出来なかったのですよ?婚儀の話も進めなければならないというのに…。」
物憂げな瞳で訴えかけるファルサにアンリはうんざりしたようにため息をつく。
「…何度も言うが私はお前と結婚する気はまったくない。私に執着するのもいい加減にしてくれないか。」
アンリがそう告げた時だった。
(あの目……!)
あの下から睨めあげるようなあの目がアンリ様を捉えた。まるで暗闇の底から覗く悪魔のような雰囲気にぞわりと肌が粟立つ。
「…私とアンリ様の婚姻はローゼンガルドに暮らす全ての民の望みですわ。ねぇアンリ様?私、もう待てないんです…アンリ様が欲しくて欲しくて…。」
ファルサがアンリの腕に手を掛けた。
「うっっ……!!」
するとアンリは急に胸を押さえて床に膝をつく。
(アンリ様!?)
「ほら…アンリ様には私が必要なのです。でも安心なさって?今助けて差し上げますわ。私の全てで……。」
アンリは息をするのも苦しそうでしゃべる事も出来ない。そしてその顔色はどんどんと青白く変わる。
その様をうっとりと微笑みながら見ていたファルサはアンリに口付けようと顔を寄せた。
(嫌だ…嫌だ…!!)
「駄目ーーーーーーーっ!!!」
その瞬間、着ぐるみの内部で抑えきれなくなったエルフィリアの力が爆発した。
「!?」
部屋の奥で起こった爆発にファルサは驚きアンリから手を離した。
アンリの周囲を光輝く壁が囲む。そのあまりの眩しさにファルサは腕で目を覆い後退った。
「アンリ様!!」
エルフィリアはアンリに駆け寄り身体を起こす。
「…駄目だ……早く…逃げろ……!!」
「誰なの!?」
ファルサは光り輝く壁の向こうから叫んだ。その身体に恐ろしいほどの魔力を纏って。
「お前達も!行くわよ!!」
「「ぶにゃー!!」」
ベッドの下に隠れていた二匹がアンリを守るように前へ出る。
「待ちなさい!!」
防御壁を無理矢理破ろうとしているのだろう。咄嗟とはいえエルフィリアほどの魔法使いが作り出した防御壁は音を立てて軋み始めた。
しかしエルフィリアの詠唱の方が速かった。そしてファルサの目の前でアンリ達は飛んだ。破裂した着ぐるみの胴体だけ残して…。
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