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しおりを挟む部屋中に立ち込める淫靡な匂いと床一面に散乱する衣服。
男女の営みなど経験したことのないサラでも察してしまうほど、ただならぬ状況なのは一目瞭然だった。
『アルベールさま……アルベールさまぁ……っ!』
寝台の上で大きな背中に手を回し、腰には細く白い足を絡ませて、うわ言のように何度も何度もサラの愛しい人の名を呼ぶのはマリだった。
そしてアルベールは彼女の上になり、一心不乱に腰を打ちつけていた。
嬌声とベッドの軋む音が支配する空間で、サラはただ立ちすくむことしかできなかった。
そして目の前で繰り広げられる獣のような行為がただただ恐ろしくて、踵を返し、一心不乱に来た道を戻った。
そのあと、どうやって屋敷に帰ってきたのかは記憶がない。
翌日、サラは受け止めきれないショックから精神的に不安定になり、挙げ句高熱を出して寝込んでしまった。
ベッドの中で泣き続けるサラを心配した両親が、彼女になにがあったのか聞き出そうとしてきたが、『婚約者が他の女と激しく絡み合っていた』なんて言えるはずもなく。
思い悩んだ両親は、サラが寝込む直前に何があったのかを調査することにした。
その結果、サラがアルベールに会いに行っていたことがわかり、父であるオースウィン侯爵は王太子宮に勤める侍女を買収し、その日のアルベールの行動を聞き出したのだ。
事情を知ったオースウィン侯爵は激怒し、第一王子の不貞行為による一方的な婚約解消は認められないと、王家からの誠意ある対応を求めるため、裁判所に訴える準備に取りかかった。
『安心しろサラ。必ずお前を王妃にしてやるからな』父はそう言って励ましてくれたが、サラはそれを嬉しいとはどうしても思えなかった。
父はなんとしてでもサラを王妃にしたかったようだが、本当に娘のことを思うなら、このまま別れさせて欲しかった。
そして名目は何でもいいからどこか遠い国にサラを逃がしてくれたらいいのに。
あんな光景を見た後で、アルベールと今まで通りにできるかと言われても無理な話だ。
かといって第二王子と結婚すれば、アルベールとの縁は一生切ることができない。
この先ずっと、幸せそうなアルベールとマリの姿を見続けなければならないなんて──そんなの地獄だ。
サラは、自分にどんな道が残されているのか必死で考えた。
そして現在の自分の状況を鑑みて、実現可能な道がひとつだけ見つかった。
それは、修道院へ入ることだ。
例え王家に嫁ぐ話がなくなったとしても、父は懲りずにサラの結婚相手を探してくるだろう。
だが、青春のすべてをアルベールに捧げてきたサラには、今さら他の男性との未来なんて描くことはできない。
それに、修道院は俗世間からは隔絶された世界だ。
そこにいればきっと、アルベールとマリの話も届きはしない。
サラは覚悟を決めた。
(体調が元に戻ったら、家を出よう)
その日からサラは、頭の中からアルベールのことを追い出し、しっかりと睡眠を取るようにした。
食欲は湧かなかったが、修道院へ行けばもう二度とこんな贅沢はできないのだと考え、残さず口に運んだ。
そして決行の日の前夜、それは起こった。
風の強い夜だった。
寝台に横になりながら、頭の中で明日の行程を確認していたサラは、隣室から聞こえた物音に気づき、身体を起こした。
風が建物を揺らす音だろうか。
気になったサラは寝台から降りて、隣室の様子を見に行こうとした。
その瞬間、突然後ろから口を塞がれ、身体を引き倒された。
打ち付けられた背中が痛む。
目を開けると、黒い布で顔を覆った男が、サラの上に馬乗りになっていた。
助けを呼びたくても恐怖で声が出ない。
ギラギラと暗闇に光る、肉食獣を思わせるような金色の瞳がサラを映していた。
『恨むなよ』
男は懐から短刀を取り出し、鞘から抜いた。
『あ、あなた…誰なの……どうしてこんなこと……!』
震える声を必死に絞り出すと、男の目がいやらしく細められた。
『アルベール殿下からのご命令だ。マリ様と結ばれるのにおまえが邪魔なんだとさ』
『そんな……嫌ぁぁっ!!』
男は躊躇いもなく私の胸に短刀を突き立てた。
激しい痛みとともに、視界が真っ白に染まった。
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