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しおりを挟む車窓から見えた街並みは、意外なほど穏やかだった。
ちょうど食事時なのか、あちこちの家からはいい匂いが立ち上り、風にのってシャロンの鼻に届く。
エドナに連れ去られてから今日までまったく食欲がわかなかったシャロンだが、郷土料理の香りは自然とシャロンの心を癒やし、お腹がくぅ、と小さく鳴いた。
エドナの急襲を受けたあの日、王宮は酷い惨状であったが、意外にもセシルたち率いる軍隊は、ロートスの民には手を出さなかったようだ。
しかし、エドナの衣装に身を包んだ兵士が現れた瞬間、あちこちから悲鳴が上がり、皆蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの家へと逃げ込んでいく。
エドナに対し、国民に悪感情がある事は間違いない。
ロートス城周辺にはおびただしい数のエウレカ兵が配置されていた。
その中にはロートスの鎧を纏った兵士の姿も。
今にも射殺さんばかりの目を向けてくる彼らの中を、イゴルは余裕綽々と進んで行く。
いくら最強と謳われるエドナの軍隊といえど、ここにはエウレカの軍隊もいるというのに。
いったいその自信はどこから来るのか。
シャロンは不思議でたまらなかった。
「姫様!」
「シャロン王女殿下!!」
シャロンが馬車を降りると、それまで沈黙を貫いていたロートスの兵士たちが、堪えきれず声を上げた。
「皆……」
視線を向けるとそこには見たことのある顔が何名もいた。
その中でも真っ先に声を上げたのはまだ少年の面立ちを残す年若い兵士。
彼は主に城内の警備を担当していて、シャロンと会うと、いつも恥ずかしそうに挨拶をしてくれていた。
はにかんだ笑顔がとても可愛い子だった。
「ああ、あなた……!」
気付けば勝手に足が動いていた。
「お、おいっ!!」
イゴルの制止も聞かず、シャロンは兵士に駆け寄った。
「生きていたのね……良かった……ごめんなさい、私たちのせいで何の罪もないあなたたちをこんな目に……!」
懐かしさと深い悔恨の念により、身を震わせながら涙を流すシャロンに、ロートスの兵士たちが彼女を中心に輪を作るようにして押し寄せた。
「姫様は何も悪くありません」
「俺たちよりも姫様の方が辛い目に」
「よく生きていてくださいました」
見れば兵士たちの頬も濡れていた。
恨まれて当然だと思っていたのに、怨嗟の言葉をシャロンにぶつける者はその場に一人もいなかった。
「どうして……私たちは責められて当然なのに……」
あの日、大勢のロートス兵の遺体を目にした。
国王が決めた事とはいえ、至極身勝手な理由で仲間を殺され、反王政へと寝返ってもおかしくないのに。
「姫様がエドナへ連れ去られたと聞いたからです!」
年若い兵士が堰を切ったように喋りだした。
「姫様は僕たち下級兵士にも分け隔てなく声をかけてくださった!微笑んでくださった!」
「……そんなの……当たり前の事だわ……」
何も特別な事じゃない。
だって皆の働きがあったからこそ、シャロンたちは日々を平穏無事に過ごせていられたのだから。
「ですが我々は肝心な時に何の役にも立ちませんでした……挙げ句姫様を守るどころか奪われ……」
年若い兵士はそこまで言うと言葉を詰まらせた。
「……姫様を……死ぬよりも酷い目に……!!」
顔を歪ませ、滂沱の涙を流しながら言葉を紡ぐ男につられるように、輪の中から嗚咽が漏れ聞こえてきた。
シャロンが連れ去られた先でどんな目に遭ったのか、彼らが詳細を知っているのか定かではないが、捕虜の末路──特に女子どもがどんな目に遭わされるかなんて、幼い子でも知っている。
彼らはそれでも尚シャロンの身を案じ、祖国の兵士として待つ事を決断してくれた。
(こんなにも大切に思われていたなんて)
生きて帰ってこれて良かった。
もしもすべてを諦めていたら、彼らをもっと苦しめていたはず。
男たちに崇められるようにして立つシャロンはまるで女神のようだった。
そのある種異様なまでの神聖な光景を、イゴルたちエドナ兵も、エウレカの兵士たちもただ黙って見つめることしかできなかった。
その時、後方へ向かってエウレカ兵が一斉に礼を取った。
(何?)
彼らの視線は一点に注がれていた。
太陽の光を受けて黄金に輝く髪を揺らしながら歩いてくる長身の男性。
こちらへ向かって歩いてくる男の顔をシャロンは知っていた。
「……マヌエル殿下……」
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