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しおりを挟むまさか王太子自らが乗り込んで来るとは思いもしなかった。
それはエドナの兵士たちも同じようで、突然現れた高貴な男の正体がわからず、困惑の表情を向けていた。
「貴殿がエウレカの代表かな?出迎え感謝する」
イゴルも例に漏れずマヌエルの顔を知らないようだ。
しかしマヌエルはイゴルなど眼中にないといった様子で、シャロンに向かい真っ直ぐに進んでくる。
「おっ、おいっ!!」
ロートスの兵士が進んでマヌエルのために道を開けた事にシャロンは驚いた。
マヌエルはシャロンの前までくると、僅かに顔を歪めた。
「シャロン王女……良くご無事で……」
彼がどうしてそんな顔をするのかシャロンには見当もつかなかった。
運命の渦に巻き込まれ、なすすべもなかったシャロンに、同じ王族という立場から同情しているのだろうか。
「おっと、大事な取り引き材料に近付かれては困りますな」
二人の間に割って入ろうとしたイゴルの言葉にマヌエルは激昂した。
「取り引き材料だと……?黙れこの蛮族が!」
「な、何だと!?」
「暴力でしか物事を解決できない人間を蛮族以外に表現する言葉があれば教えて欲しいくらいだ。あまつさえ姫君を拐い、尊厳を踏み躙るような事を……お前たちのした事は畜生にも劣る下劣な行為だ!」
「失礼にもほどがある!我々はそちらが交渉に臨むというからわざわざここまで来てやったというのに!」
「落としどころを探っていたのはお前たちの方だろう。このままではあと数百年は蛮族の汚名を背負ったまま生きていく事になるとな」
イゴルはギリギリと奥歯を噛み、握り込んだ拳を震わせた。
「交渉するつもりはないと言うことか」
イゴルの背後にいるエドナの兵士らが一斉に拳の鞘に手を掛けた。
マヌエルの返答次第ではシャロンを取り囲むロートス兵に斬りかかり、人質を手に逃走を図るつもりだろう。
一触即発の空気にシャロンの喉が鳴る。
「勘違いするな。お前たちのした事は決して許されるものではないが、我々は無益な争いは望まない。交渉の席は設けるが──」
マヌエルは再びシャロンを見た。
「シャロン王女には自由を」
予想もしなかった言葉にシャロンは呆気にとられた。
(私に、自由を?)
そんな事、許されるわけがない。
だってシャロンは捕虜なのだから。
「シャロン王女を解放するのであれば、我々はお前たちに手出しはしない。交渉相手として丁重に扱うと約束しよう」
「そんな言葉が信じられると思うか。王女を解放した途端、我々に攻撃を仕掛けるつもりだろう」
「自分たちを基準にものを考えるのはやめてもらおう。繰り返し言うが、我々は無益な争いは望まない」
そしてマヌエルは、彼らの帯剣と城内を自由に出入りする許可を付け加えた。
イゴルはしばらくごねていたが、やがて渋々ながら承諾した。
「シャロン王女、どうぞこちらへ」
マヌエルは腕を出し、シャロンにエスコートの意志を見せた。
以前は日常だったそれも、今の自分には相応しくないように感じてならない。
(けれど、断るのも失礼だわ)
シャロンは戸惑いながらマヌエルの腕に手を添えたのだった。
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