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プロローグ
しおりを挟む愛してもいない人に身体を揺さぶられる事がこんなにも切なく悲しい事だと初めて知った。
「アマリール…顔を見せろ…」
鍛えられた無駄のない身体で押さえ付けられ奥深くまで杭を打たれた私に逃げ場などない。
無理矢理押し広げられた花弁がジンジンと熱を持って痛む。
「アマリール…」
顎に添えられた手が私の顔を上へ向かせる。
見えたのは獰猛な肉食獣のように光る金色の瞳。この瞳に捕らわれまいとずっとずっと逃げて来たのに…それなのに…。
***
エレンディール帝国。
この国は今、現皇帝アヴァロンの治世のもと、幾世紀も続いてきた歴史の中で最盛期と言っても過言ではない時を迎えていた。
アヴァロンには三人の妃がいたが、残念な事に男子は一人しか恵まれなかった。
帝国唯一の後継者。誰も逆らうことの許されない唯一無二の存在。それが皇太子ルーベルである。
ルーベルはその存在の貴重さ故に傲慢に育ち、気に入らない者をすぐ処刑するその行いから周りから【血の皇太子】と呼ばれていた。
『あら、何か臭うわね。発情した雌猫でも迷い込んだのかしら?』
扇の裏でクスクスと取り巻き達が笑う。
顔を醜く歪めて私に下品な言葉を投げ付けるのは皇女のローザ様。第三皇妃シェリダン様の連れ子として入宮した彼女は義兄である皇太子ルーベル殿下を慕っていた。
『ローザ様、発情した猫はもっといやらしい声をあげるものですわ。』
『あらそれもそうね。じゃああれはさしずめ泥棒猫と言ったところかしら?』
泥棒猫…。酷い言い種だ。
盗んでまで欲しいものなどこの皇宮のどこにあると言うのか…。
こんな所、定期的に行われる皇后陛下主催のお茶会でなければ絶対に訪れなどしない。きっと皇后陛下から呼ばれない事も私を気に入らない理由のひとつなのだろうが、一番の理由は彼女の義兄ルーベル殿下だ。
私の生家、クローネ侯爵家に皇太子との婚約の打診があったのは随分前の話だ。あんな恐ろしい男と結婚なんて冗談じゃないと父に泣きつき何とか婚約を回避して貰い続けたが、打診が止むことはなかった。
それからもう十年以上の時が経つ。彼に相応しい爵位と容姿を持つご令嬢は国内外に山ほどいる。それなのになぜこれ程まで私に執着するのか。誰に聞いても答えは返って来なかった。
『本当に目障りな猫ね…いっそ毒でも飲ませてしまおうかしら?ふふ…。』
『まぁローザ様!!それでしたら猫用の残飯にでも混ぜるのがよろしいですわ。』
馬鹿にしたように嘲笑う声に嫌気が差し、逃げるようにして薔薇園へ入った。
皇宮は大嫌いな場所だがここだけは別だ。
幼い頃はこの薔薇園見たさに何度も父に頼んで連れて来てもらった。
あの頃はローザ様もいなかったし皇宮に行くのが大好きだった。
『きゃっっ!』
固くつるりとした石に足を取られ肝を冷やす。
(危なかった…!忘れてたわこの滑りやすい石の事…。)
幼い私はある日この薔薇園の帰り道で転び、その時頭を打った衝撃で一部の記憶が抜け落ちてしまったそうだ。しかし抜け落ちたのはほんの一部分だった事と、怪我の方もその後の生活に何の支障もなかったため、大事には至らずに済んだ。
(この石畳は滑りやすいから気を付けないと…。)
また頭を打つのはごめんだ。
そんな事を考えながら薔薇を見ていただけだったのに。
『アマリール。』
その声に身体が固まる。
いつの間に側に来ていたのだろう。誰もいなかったはず。けれど彼は私のすぐ後ろに立っている。
(…逃げられない……!!)
振り向くとそこには会いたくなかったその人がいた。
『……ルーベル殿下……!!』
何がそんなに気に入らないのだろう。
ただ名前を呼んだだけなのに。
それだけなのに、その顔はまるで私を憎悪するかのように形を変えて行く。
『痛っっ!!』
ルーベル殿下は私の手首を痕が残るほど強く握り、引き摺るようにして進んで行く。
(…この方角は…殿下の宮…!!)
『殿下!お離し下さいませ!!』
しかしどんなに叫んで抵抗しても男の力には敵わない。彼は私を振り向きもせずひたすらに進む。
誰か…!お願い誰か助けて………!!
すれ違う者は皆皇太子の機嫌を損ねないよう下を向いて息を殺している。
もう逃げられない……!
自室の扉を乱暴に蹴り開けたルーベル殿下は私を中へ引きずり込み、奥の寝室の広いベッドへと投げた。
ギシリ。音を立ててベッドが沈む。そこにはベッドに膝を立て、冷たい目で私を見下ろすルーベル殿下がいた。
***
「あっっ……痛っ、痛い……!!」
激しく抉るように突き入れられる熱杭は容赦なく私を責め立てて啼かせる。
嫌って拒んで逃げ続けた私が憎らしいのはわかる。でもせめて初めての時くらいは優しくして欲しかった。
「そのうちすぐ悦くなる…これから毎晩こうして俺に抱かれていればな。」
そう言うと彼は自身をギリギリまで引き抜き再び奥まで打ち付ける。何度も何度も繰り返される抽挿は乱暴で悲しくて、赦しを乞う言葉が口から出て行った。
「…もう止めて…どうかお赦し下さいルーベル殿下……痛い…痛いの……」
けれど私の言葉に彼の顔は腹立たしそうに歪んだ。
「あっ…!嫌っ!嫌ぁ!!」
股を大きく開かされ、彼が覆い被さるようにしてより一層激しく突かれた私は痛みと疲労で意識が保てなくなっていた。
その瞬間だった。
ビリビリと稲光りに打たれたかのような酷い痺れが全身に走る。その時ある光景が走馬灯のように頭の中を通り過ぎて行く。
(……何……これ……)
流れる記憶は私のものに違いない。
でもこれは幼い頃頭を打って失った記憶じゃない。流れる映像の中に見えたのは成人した私と……ルーベル殿下……。
愛のない政略結婚…鬱陶しげに私を見る金色の瞳。
(…そうだ…私達は夫婦だった。)
幼い頃に決められた結婚。
しかし彼は私を憎んでいた。彼の愛するのは義妹のローザただ一人。
彼が私の元へ通ったのは初夜の一度きり。
そのたった一度の交わりで私のお腹には新しい命が宿った。
(けれど…あぁ…止めて…止めてお願い…!!)
愛する義兄の子を孕んだ私を許せなかったローザは悲しみに暮れた。そして何者かが私を階段から突き落としたのだ。
流産した私をルーベル殿下が見舞うことは一度もなかった。
(そして私は一生お飾りの皇后として離宮で暮らした…)
これは私の前世の記憶。
命を終えた私は静かに旅立ったはず。
なのに…なのになんでこんな事になっているの?
「アマリール…!アマリール…!」
「あっ、やぁっ、痛っっ!!」
あの頃はキスなんてしてもくれなかった。なのに目の前にいる彼は私を黙らせるように深く口付け熱い舌で腔内を掻き回す。
(それに…さっきの“これから毎晩こうして俺に抱かれていれば”って…どういう事なの…?)
「あっっ!!」
手を頭の上で一纏めにされ、更に自由を奪われる。
苦しい。息がうまくできない。それなのに彼は容赦なく下の口も自身の剛直で責め立てる。
(…もう…もうダメ……)
沈み行く意識の端で、悲しそうな呟きが聞こえたのは夢だったのだろうか。
「…昔のように俺の名を呼べ……アマリール…」
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