侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第一章

23 動く

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    ルーベルが政務を行う部屋の隣室は、彼が激務に追われる時などの為に簡易的な生活用品一式が備わっている。
    あの日ゲイルに連れて来られてからずっとローザはこの部屋に滞在していた。

    「これも素敵ね!あぁ、あとそれも!」

    ローザの目の前には仕立屋のアルノー自慢の品々が所狭しと並べられていた。

    「あらあらまぁローザ!素晴らしい眺めね!」

    「お母様!」

    ローザの母シェリダンは毎日のように娘のいるこの部屋を訪れていた。と言うのもこの部屋で開かれている娘のにあやかるためだ。

    「今日はアルノーなのね。毎日大変ね。」

    そう言いながらもシェリダンの目は美しい布地に釘付けになっている。

    ルーベルはあの日以降ローザにこの部屋に留まるよう言った。何故かと理由を聞いても【お前のためだ。】としか言わない。
    きっと自分に少しのお灸を据えるためとハニエルからの仕返しから守ってくれようとしているのではないかとローザは思った。優しい義兄の事だ。私を心配してくれているのだろう。
    部屋は狭くて調度品も簡素なものではあったが、いたるところに愛する義兄の匂いがするこの部屋をローザは気に入っていた。隣を覗けば毎日会える事も。

    「お義兄様ったら私が“退屈だ”って言ったらアルノー達を寄越してくれたのよ。【好きなだけ選べ。どうせ後で必要になるからな。】って。ねぇお母様?どれが私とお義兄様の瞳と肌の色に合うかしら?」

    アマリールには三十着だったドレスを自分には【好きなだけ】と言ってくれた。靴も宝石も選び放題だ。

    「殿下も人が悪いわ。あなたを妃にするつもりだったのなら陛下の提案を止めて下されば良かったのに。」

    しかし婚約式でアヴァロンがローザを隣国アーセルの公爵家へ嫁がせると言ったあの言葉も、ルーベルの今回の行動で帳消しになるだろう。シェリダンは胸を撫で下ろしていた。

    「あの日は仕方がないわお母様。だって隣にあの女がいたから…。陛下はあの女の実家の財力が欲しいんでしょう?あの日はクローネ侯爵も出席していたし…なら機嫌を損ねるのは得策じゃない事くらいお義兄様だってわかってるはずだもの。」

    「そうね。しかもアマリールは既に皇太子宮から追い出されて離宮に入れられたって言うじゃない。さすが殿下ね。情け容赦の無い仕打ちだわ。」

    「やめてよお母様!お義兄様が私のためにしてくれた事なのよ?そんな酷い言い方しないで!」

    「はいはい、わかったわよ。アルノー、その布地広げて見せてくれるかしら?」

    「はっ、はいシェリダン様。お待ち下さいませ。」

    黙って二人のやり取りを聞いていたアルノーは複雑な心境だった。
    確かにルーベルにここに来るよう言われたのだが、この注文はそういう意図だったのだろうか?アマリールの時はルーベル自ら出向いてあれこれと熱心に品物を選んでいた。
    (それに比べて…)
    ルーベルはこの部屋に一切顔を出さない。見積りを受けとるのは側近のゲイルで、しかもその内容に苦々しい顔までしている。
    アマリール様を見つめるあの眼差しと笑顔…同じ男の自分が思うのだ。間違いなく殿下はアマリール様を愛しておられる。
    (それなのになぜ…。)
    アルノーだけではない。ルーベルに近しい者は皆彼の意図がわからず困惑していた。
    花畑の中にいたのはローザとシェリダンだけだった。
    そしてその花畑には満開の花が咲く事になる。離宮焼失とアマリールの死という知らせによって。


    
   ***



    「アマリールが死んだ!?」

    その知らせはローザの元にも届けられた。

    「はいローザ様。まだ殿下は公にされていないようですが間違いありません!」
    
    侍女のルイザが興奮気味に戻ってきたと思ったら、素晴らしい情報を土産に持っていた。

    「アマリール様の寝所からは同じ背格好の焼死体も見付かったそうです!」

    何て事だ。まさかあの目障りな女が死んだとは。これでもうお義兄様と私を邪魔するものは何もない。
    私がお義兄様の妃となればお母様も喜んでくれる…!今まで私達を見下してきた奴らを見返してやれるのよ…!!

    「うふ…うふふ…ふふ…!」

    小さな部屋の中でローザは堪えきれない笑いを漏らしながら未来の夢を見ていた。

    
    ここに来てからずっと一人だった。
    下賎な女の娘と何度もなじられた。
    お義姉様達も口を揃えたように私を嗤った。
    でもお義兄様だけは私の味方だった。

    『気にするな。あれらは何も言えない立場のお前に自分の鬱憤をぶつけて憂さを晴らしているだけだ。』

    いつも私を見ていてくれた。辛い言葉を投げ掛けられる度に力強い言葉で沈んだ心を掬い上げてくれた。僅かだけど微笑んで…。
    あんな顔…お義兄様は私にしか見せない。
    義妹だから…ずっと私への気持ちを胸にしまっておいてくれたのよ。
    でももう邪魔者はいない。
    (私の身体もお義兄様を満足させられるくらいに成長したわ…。)
    豊かな胸の膨らみに手を当てる。こうやってあの人に触れて貰う日も近いのだと思うと身体中の血が騒ぎ出す。

    「早く…早くお義兄様…ローザはもう待てないわ…。」



   *****



    久し振りに少しだけゆっくりと眠れた。
    身体も今日はそんなに痛くない。
    何より心が…。
    朝の光を受けて輝く海がこんなに美しいと思えたのも久し振りだ。

    「おはようございますアマリール様。」

    朝食を運んできたのは昨日の侍女ではなかった。目の前に蜂蜜のたっぷりとかかったパンケーキが運ばれると、とろりとした黄金色にハニエル様を思い出す。
    戻られたらまたすぐに始まるのだろうか。あの地獄のような時間が…。そう思うとせっかくの甘い香りにも嫌気が差した。
    けれどこれも全て自分の弱さが招いた事だ。
    ではそれを正して行く事は出来るだろうか。
    ちゃんと自分の意志を伝えればハニエル様もわかってくれるのだろうか。元の優しい彼に戻ってくれるのだろうか。

    けれどハニエル様に巣食う心の闇は、もう取り返しのつかないところまで彼を蝕んでいたのだということに、この時の私は気付いていなかった。  


    「…実家に戻りたい?」

    「はい…。このままでは私もハニエル様も…誰も幸せにはなれません。離宮の火事の事は決して他言いたしません。ですから私に時間をくれませんか?これからの事を考えたいのです。ハニエル様ともちゃんと向き合いたいから…。」


    昼過ぎに帰ってきたハニエル様はその手にたくさんのお土産を持っていた。
    『アマリール!美味しいお菓子を買ってきたよ!』
    前世と同じ優しい笑顔に胸がぎゅっと握り潰されたようになる。今の彼なら話を聞いてくれるかもしれないと、私は昨夜考えた言葉を伝える事にした。


    「…君は死んだ事になってるんだよ?周りにどう説明するの?」

    「それは…何とか逃げて森の中に倒れていたところを助けてもらった…とでも…。でも決してハニエル様にご迷惑が掛かるような証言はしません!ですから…!!」

    しかし言葉を最後まで伝える事は出来なかった。途中で首が曲がりバチンと言う音が耳の奥に木霊したから。 
    さっきまでの笑顔はもうどこにもありはしない。目の前には憎悪にも似た感情を瞳の中に宿し、私を睨み付けるハニエル様がいた。

    「…何言ってるんだよ…僕がどんな思いで君を救いに行ったと思ってるんだ!!」

    再び肉を打つ音が響き、アマリールは自分の身体を支えきれず床に倒れこんだ。

    「君を救うために何をしたと思う?」

    「…私を救うために…?」

    痛む頬を押さえて彼を見遣るとその顔には狂気の色が浮かんでいた。

    「身代わりを用意したって言ったよね?」

    「…病で亡くなった女の子をと…」

    しかしアマリールの言葉にハニエルは狂ったように嗤う。

    「そんな都合よく君と同じ年頃の子の遺体が手に入る訳ないだろ!?用意したんだよ!僕の言うことなら何でも聞く傀儡をね!君も知ってるだろう?シャロンさ!可哀想に生きたまま焼かれたんだ。全部君のためにね!!」

    「…何て事を……!!」

    「その顔は何さ。シャロンのお陰で君はルーベルから逃れられたんだ。僕に感謝すべきだろう?」

    「そんな…そんな事願ってなどいません!シャロン様を生きたまま焼くなどそんな…!」

    私のせいだ…!私がハニエル様の愛に答えてしまったから…!

    「どうしてですか…?あんなにもシャロン様はあなたの事を想っていたのにどうしてそんな惨い事を!!」

    「僕が愛してるのは君だけだ!!言ってるだろ!?」

    違う…こんなのは愛じゃない…支配だ…。

    「私を帰して下さい!あなたの優しさに甘えた償いは必ずします!でももう逃げたくない!殿下ともちゃんと向き合いたいのです!!」

    「この………っ!!」

    その時だった。上に振り上げたハニエル様の手が止まった。

    「…いい加減にしろ。アマリールはお前の玩具じゃない…!!」

    ハニエル様の金色の髪の後ろに見えたのは艶やかな黒髪。美しく透き通る金色の瞳のその人は、しっかりと私をその中に捉えた。

    「ルー!!」






    

    

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