侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
29 / 125
第一章

28 相違

しおりを挟む






    「…アマリール…。」

    落ち着いたのか、いつの間にかルーベルの身体の震えは止まっていた。

    「違うわルー。お願いだからあの頃みたいに呼んで…?」

    少しだけ身体を離して顔を見るとアマリールは照れ隠しに頬を膨らませている。あの頃よくしていた仕草だ。

    「…本当に思い出したんだな…。」

    ルーベルの大きな手がアマリールの頬を優しく撫でる。その目にはまだ涙が滲んでいた。

    「…リル…。」

    優しい声はアマリールの心にじわじわと染み込んで行く。あんなに彼の事が怖かったのに…記憶を取り戻した今、胸の奥から湧き出る愛おしさに心が震えた。    
   しかしアマリールの表情がどこか重い事をルーベルは見逃さなかった。

    「リル…顔色が悪い。大丈夫か?」

    脳を無理やりじ開けるようにして流れ込んで来た記憶。酷い頭痛は収まったものの、まだ少しはっきりとしない。

    「…少しだけ頭が痛むの…ごめんなさいルー…」

    もっとたくさん話したい事がある。聞きたい事だって。

    「…俺はどこにも行かない。大丈夫だから寝ていろ。」

    ルーベルはアマリールを優しく包むように抱き、一緒に横になった。

    「…ルー?」

    「なんだ?」

    「あの鍵…最初はだった?」

    「…まだ記憶がぼやけてるみたいだな。あれは最初からで作らせてある…。」

    金…?
    じゃあさっき見えたのは私の思い違い…?

    「鎖なんてつけなければ良かったと思った。お前はあれが鳴る音が綺麗だとはしゃいで…」

    「…鎖が鳴る音が綺麗だったのは本当だけど…ルーとお揃いのものを貰ったのが嬉しくてはしゃいじゃったの…ごめんなさい…。」

    「…もういいんだ…謝るな。だが石畳の上でお前の薄紫のドレスが赤く染まって行く時はさすがに肝が冷えたぞ。」

    「薄紫…?    黄色じゃなくて…?」

    「ふふ…やっぱりまだ完全に思い出してはいないみたいだな。あの日お前は薄紫のドレスを着てたんだ。ちょうどその色の花が咲く頃だったからな…。」

    ……薄紫。
    何故だろう。そう言われればそうだった気もする。けれど私がさっき見た記憶では確かに黄色。そして銀の鍵だった。

    「少し眠れ…起きたらまた話そう。俺もお前に話したい事がある。」

    「…話したい事…?」

    しかしルーベルはそれ以上何も言わなかった。アマリールはルーベルの温もりに身を委ね目を閉じる。
    (…きっと思い違いだわ…。)
    そして訪れた眠気を受け入れたのだった。



    ***




    「アマリールが全て思い出した。皇宮へ連れて帰るぞ。」

    感情を読み取る事が難しい主の声はわかりやすく弾んでいた。…と言ってもこれが普通の人間だったら“不機嫌”と捉えられても仕方ないような声音なのだが。

    「ローザ様はどうされます?」

    ローザは未だルーベルの執務室の隣で暮らしている。それが軟禁だと本人は露程も思っていないが。

    「何か理由をつけて早くアーセルへ出発させる。話自体は纏まっているんだ。問題無いだろう。」

    「…シェリダン皇妃の反発が予想されます。ローザ様御本人も。」

    「そこはゲイルの腕の見せ所だ。早馬を出せ。“何とかしろ”とな。」

    リディアはあの口煩くて嫌味なモノクル男のげんなりする顔が浮かび、良い気味だと口元を緩めた。
    (…しかし…穏やかには行かないだろうな…。)
    ルーベル自らが動くのが一番だろうが主は今それどころではない。焦がれてやまなかったアマリールがついに記憶を取り戻したのだ。しばらく皇宮へは戻らないだろう。今だって寝室から出てきたのは奇跡だ。

    離宮の一件でルーベルがアマリールを逃がしたと聞いた時は耳を疑った。しかもただ自分から逃がすのではない。他の男にくれてやるために逃がしたと言うのだ。狂気じみた言動は今までも多々あったが今回は気が触れたとしか思えなかった。だがルーベルはその後リディアを呼び出しアマリールのいる別荘へ潜り込む事を指示した。そしてこう言ったのだ。

    『…もしもアマリールが俺の名を呼んだならすぐに知らせろ。』

    名など呼ぶはずがない。他の男と逃げたのだ。アマリールが口にするのは主の名ではなくあの金髪タレ目のハニエルという男の名だろう。
    しかしルーベルの目は真剣だ。
    (信じていたのだろうな…幼き日の彼女の愛を……。)
    記憶を無くした彼女だからこそ自分の元から飛んで行く事を許したのだろう。けれど助けを求めたのならいつでも救う気だった。
    まるでアマリールに待ち受けている運命を知っていたかのように。
    繰り返される暴力に心も身体もボロボロになっていく彼女。これを予想していたのだとしたら殿下はどんな気持ちだっただろう。良い気味だとでも?…いや違う。けれど必要な事だと考えた上でだろう。
    そして彼女は呼んだ。出ない声を振り絞るようにして、私達も知らない二人だけの呼び名を。   
    (こうなる事がわかっていたのだとしたら、もはや殿下は預言者だ。まぁ、これまでも近いものはあったけど…。)    

    「皇宮に戻るにあたってアマリールの身辺の警護を増やす。その選抜も頼む。」

    「何名ほど?」

    「交代の数も考えて最低二十名だ。」

    「二十!?皇帝陛下だってそこまで引き連れて歩かないですよ!?」

    自分の周囲にだって“鬱陶しい”とか何とか言って、何度注意しても最低限の護衛しかつけてくれないのに。これは舞い上がっているのか?  仏頂面すぎてその心を読み取る事は出来ないが、ようやく両想いになれて浮かれちゃってるのか? 

    「アマリールは俺の…帝国の世継ぎを生むただ一人の女だ。それくらい当たり前だ。」

    いやあなたのお母様だって唯一の世継ぎの君の生母ですけど公式行事に護衛二、三人が関の山ですよ?ていうか皇宮内は警備も万全ですし!

    「…いや、二十では足りないか…やはり三十……ダメだな。数が多すぎると動きが悪くなる……。」

    恋と愛に我を忘れる人間らしい主の姿にある種の感動も覚えたが、どうにも不安でならない。だからつい口から出たのだろう。

    「…窮屈すぎていつかアマリール様に逃げられますよ。」

    しかしせっかくのリディアの忠言も、今のルーベルには届かなかった。



しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...