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第一章
38 襲撃
しおりを挟むまだ熱の冷めやらぬ身体をルーベルに預けていると、馬車の外からカーテン越しに差し込んでいた光が急に暗くなる。
「森に入ったようだな。」
離宮へ向かう日も通った森は密生した木々に太陽の光を阻まれ薄暗い。時折響く鳥の声すら不気味に感じてしまうほどだ。
ルーベルが窓を開けると外から冷たい空気に樹皮の香りが混じって流れてきて、それが火照った身体に気持ち良かった。
「うちには独身も多いんですからあんまり刺激的な事は帰ってからにしてもらえます?」
「ひゃあっ!!」
び、びっくりして変な声が出てしまった。窓の外にはアドラー公爵。先頭を行かれていたはずなのにいつの間に…!
「何だアドラー。お前だって独身だろうが。わざわざ聞き耳立てに来たのか?」
「そうしたいところなんですけどね、何か匂うんですよ。」
アドラー公爵は軽口を叩きながらも顔は前を向けたままだ。まるで何かを警戒しているように。
「この森が静かなのはいつもの事なんですけどね…それにしても静か過ぎる。まるで先住していた生き物が追い出されたようだ。」
言われて見れば鳥のさえずり一つ聞こえない。落ち葉を踏み締める音がやけに耳に付く。絶え間なく続くその音に紛れ、トスッと不自然な音が聞こえた。続いて団員の叫び声、ドサッと荷が地面に落ちるような音も。
「殿下、窓をお閉め下さい。お前ら、上だ!!」
アドラーの声にルーベルは素早く外を確認して窓を閉めた。
「ルー!?」
「襲撃だ。しゃがめ。」
「襲撃!?」
ルーベルに頭を押さえられしゃがんだ瞬間、車体を何か細い物で突くような衝撃が立て続けに走る。混乱する頭はそれが空から放たれている矢だと気付くのにしばらくかかった。
「とにかく奴らの射程圏内から抜けるぞ!!走れ!!」
アドラーの指示に騎士団と馬車はスピードを上げる。
「ル、ルー!」
「喋ると舌を噛む。黙っていろ。」
御者の遠慮無い運転に何度も身体が跳ねる。アマリールはルーベルに必死にしがみついた。
「止まれ!くそっ!待ち伏せていたのか!」
前方には覆面の集団。その手には剣だけではなく、騎士達も目にした事のない形状の武器も握られている。隆起する肉体に残る無数の傷は、これまでの戦闘の多さを物語っている。
「お前ら何者だ!!我らがエレンディールの第一騎士団と知っての事か!?」
先頭の団員からの問いに答えたのは一人だけ異質なほど体格の良い男。おそらくこの群れのリーダーなのだろう。臆しもせず前へ出て来た。
「お前らに用はねえ。やれ!!」
男の号令で後ろにいた仲間達が一斉に斬り掛かってきた。狭い森の道、前方はあらかじめ待ち伏せていた者、後方は先程木の上から矢を射た者達が追い付いて挟み撃ちの様相だ。いくら百戦錬磨の第一騎士団とはいえ圧倒的に不利な状況である。
「殿下、絶対に車外に出ないで下さいよ。」
それだけ言い残し、アドラー公爵は駆けて行った。
恐怖で身体が動かない。外からは金属のぶつかる音と怒号とも悲鳴ともつかない叫び声が聞こえて来る。
「ルー……!!」
「大丈夫だ。アドラーは負けない。」
その強い言葉の中にはルーのアドラー公爵へ対するこれまでの信頼が全て詰め込まれているようだった。
しかしその時だ。
「おい!いたか!?」
「馬車の中だ!!急げ!!」
外で叫ぶ敵の声が聞こえた。
(…まさか…私を探してる…?)
ルーベルの顔を見ると、いつの間にかその眉間に深い皺が刻まれている。
「…いいかリル。何があっても馬車から出るなよ…!」
帯剣していたルーベルはその鞘に手を掛けた。
「嫌だ!!行かないでルー!!」
「いいかリル、あいつらが狙ってるのはお前だ。そしておそらくだが首謀者はハニエル。」
「ハニエル様が!?」
どうして…だってハニエル様は公爵邸で軟禁されているとルーが言っていた。
「逃げ出したんだ。」
「逃げ出した!?」
なんで…?どうしてそこまで私を…?
「今は話してる時間がない。いいな、俺が出たらすぐに鍵を閉めろ。そして絶対に俺が戻るまで外に出るなよ!」
「ルー!!」
そしてルーベルはアマリールを残して馬車を出た。
「いたぞ!!黒髪の奴だ!!」
(黒髪の奴……?)
おかしい。今ルーは狙われているのは私だと言った。けれど今の声は明らかに敵兵だ。ルーを知らない者など第一騎士団にはいない。
(まさか…まさか狙われているのは私ではなくて…ルー!?)
まさか…けれどその証拠に誰も私を捕らえになど来ないではないか。
アマリールは居ても立っても居られず馬車の外に飛び出した。
「あの男だ!!やれーー!!!」
リーダー格の男が雄叫びを上げ部下を鼓舞する。車外に出たアマリールの姿など誰の目にも映ってはいない。敵が目を見開き血眼になって追うのはアマリールの誰よりも愛しい男。
応戦するルーベルの背後に太った半月のような刃が振り下ろされるのが見えた。
「いやーーーーーーっっ!!!!!!」
あの日。ルーベルが自分に手を伸ばしてくれたようにアマリールはその手を伸ばした。
しかし無情にもその手は届かず、アマリールの目の前で鮮血が飛んだ。
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