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第一章
39 反撃
しおりを挟む振り下ろされた大剣はルーベルの背中を捉えた。側にいた騎士団員が咄嗟に身を呈し大男の剣とルーベルの間に割って入った。斬り裂かれた首からは鮮血が飛び散る。しかし剛剣は団員一人を斬り裂いただけでは止まらず、後ろに庇われたルーベルの脇腹にも届いてしまった。
「ルーーー!!!」
アマリールの悲痛な叫びが辺りに響く。
脇腹を裂かれたルーベルは流れ出る血を押さえながら倒れ込むようにして地面に膝を付いた。
「固まれーー!!!奴らの狙いは殿下だ!!命を賭してお守りしろ!!」
アドラーの掛け声に散り散りに戦っていた団員達がルーベルの元へ集結する。
「ルー!!しっかりして!!」
ルーベルに駆け寄ったアマリールはその身体を支えた。
「…馬鹿…お前、絶対に出るなと言っただろうが……!!」
「喋らないで!!…酷い血…!!」
アマリールは自身の服でルーベルの血を一緒に押さえた。
冷静さを欠いていた騎士団も一箇所にまとまった事で落ち着きを取り戻した。ルーベルとアマリールを取り囲むようにして輪ができる。
「お前達の雇い主は誰だ?」
「お前に答える義理はねえ。」
アドラーの問いに答えたのはまたしてもリーダー格の大男。ルーベルの腹を裂いたのもこいつだ。
「お前ら、この方が誰かわかっていての狼藉か?そうだろうな。黒髪に黄金の瞳と言えばこの国で知らぬ者などいない。」
しかしアドラーの言葉に若干のざわつきが起こった。周りにいる仲間の顔をあたふたと見ている者もいる。
(嘘だろ…皇太子とも知らずに襲ったって言うのか?)
さすがのアドラーも頭が痛くなってきた。
おそらく首謀者はこいつらが怖気付くのを恐れて、暗殺対象であるルーベルの身分を教えなかったのだろう。自分の名前と身分も。そして最後は切り捨てるつもりなのだ。
「皇族殺しは未遂でも大罪だ。一族郎党地の果てまで一生追われる事になる。この先この国で生きて行く限りはこんな薄暗い森の中ですら顔を上げて歩く事を許されないと思え。」
その言葉に敵の雰囲気が変わる。明らかに動揺しているものがちらほらと見えた。
(行ける……!!)
アドラーはリーダー格の男に向かって強く踏み出した。体格差を活かし素早く男の懐に剣で斬り込む。大男はその巨体からは想像出来ない俊敏さで応戦するもさすが相手は第一騎士団長だ。その磨き抜かれた剣技は返すどころか防ぐ事しか出来ない。二人の戦いを見守っていた敵の群れは、その気迫に押され少しずつ後退し始める。
「おい…やべえよ…!」
「皇太子なんて嘘だろ!?」
ざわめきは渦となり、敵を飲み込んで行く。
「ちくしょうっっ……!!」
防戦一方の大男は苦々しげに顔を歪めた。
(何だこいつ…!こんな細っこい身体ですげえ力だ!!)
額からは嫌な汗が伝って来る。強いからこそ相手の力量が嫌と言うほどわかる。
(くそっ!あの金髪の小僧め…こんな奴が相手だなんて一言も言わなかったじゃねーか!)
大男は木の陰に隠れているだろう依頼者をチラリと見た。そしてそれをアドラーは見逃さない。
「あの木の陰を探せ!何としても首謀者を捕らえるんだ!!」
アドラーの戦いに士気を上げた団員達は大声を上げて突進する。一旦怖気付いてしまった敵は一人、また一人と敗走を始めた。
「お、お前ら!!逃げるなーー!!」
大男は逃げ始めた仲間に声を荒げるが、誰一人として止まるものはいない。
「残念だったな。我らの勝ちだ。」
(しまった……!!)
気付いた時にはもうアドラーの剣が喉元で止まっていた。
**
「ルー!!しっかりしてルー!!」
アマリールは馬車の中、泣きながらルーベルの頭を膝に乗せ、自身も血だらけになりながら傷口を押さえた。
「…そんなに泣くなリル…内臓はやられてない。」
「でも…でも…!!」
「お前のあの日の血の量に比べれば大した事は無い。」
「そうですよ。普段血の気が多いんですからちょっと出した方がいいくらいです。」
窓の外からアドラー公爵が言う。
軽口を叩くのは大丈夫な証拠だと思っても良いのだろうか。少しだけホッとする。
襲撃者との決着がついた後、アドラーは部下に命じ首謀者を追わせたが、森のどこにもその姿は見えず、既に逃亡した後だった。
敗走した者も捕らえられ、今は縄に繋がれながら後ろを付いて来ている。皇宮へ戻り次第取り調べが行われるそうだ。
「どうしてルーを…。」
殺すなら私を殺せばいい。ハニエル様が憎んでいるのは離れて行った私だろうに…。
「浮気した恋人よりも浮気相手の方を憎むってのはよくある事です。」
浮気…。きっとアドラー公爵は気遣ってくれての発言なのだろうけれど、事情を知る人が自分の事をどう思っているのかがその一言の中に詰め込まれている気がして少し胸が痛い。
「アドラー!リルをお前と一緒にするな…!リルはアイツに攫われただけだ……リル、気にするな。お前の恋人は俺だ。俺だけだ。」
「ルー…。」
ルーの手が頬を撫でてくれて涙が出る。
こんな時なのに私の事ばかり…。本当に優しい人…。
「…私…ルーがいないと生きて行けないわ。だから…お願いだから私を置いて逝かないで。」
「当たり前だ。例え死んだって地獄を制圧して戻ってくる。」
何故かわからないけれど、彼の中では地獄行きが決定しているようだ。何だかとってもルーベルらしい。アマリールはほんの少しだけ笑顔を見せた。
***
アドラー公爵が早馬を飛ばしていたため、皇宮の前では皇太子宮の使用人達と数名の皇宮医が私達を待ち構えていた。
「タミヤ……!!」
顔を見た瞬間ホッとする。それはタミヤも同じ気持ちだったようだ。私を見る目が潤んで赤く染まっている。
「殿下!まずは処置を致しますのでこちらへ…」
皇宮医は医務室へと案内しようとするもルーベルはそれを止めた。
「駄目だ。処置は皇太子宮で行う。リディアとゲイルはいるか!?」
ゲイルの姿は見えなかったが護衛の選抜のために一足先に帰したリディアはそこにいた。
「こちらに。皇太子宮には既に厳正に審査した護衛を二十名配置しております。」
「よし。行くぞ。」
ルーベルを乗せた担架は皇太子宮へ向きを変えた。だがその時
「お義兄様!!!!!」
つんざくような悲鳴と共に階段を降りてきたのはローザだった。そしてルーベルの姿を確認した途端ローザはアマリールに駆け寄り勢いよくその頬を打った。
皇宮の庭にバチィィンと派手な音が鳴り響く。周りにいた侍女達からは悲鳴が上がった。
(…痛……耳が……)
あまりに突然の衝撃で頬は火を噴いたように熱くなり、耳はよく聞こえない。
「あんたのせいよ!!あんたのせいでお義兄様がこんな目に!!この疫病神!!さっさとここから消えて!消えてよーーー!!!」
ローザがいなくなった事を聞いて追いかけて来たのだろう。ゲイルが後ろからローザを止めた。
「お止め下さいローザ様!!」
「離しなさい無礼者!!私を誰だと思ってるの!?」
癇癪を起こしたように暴れるローザに手が付けられない。信じられないほどに強い力でゲイルを振り払い、もう一度アマリールに向かって手を振り上げたその瞬間
「やめろローザ!!!」
地の底から睨み付ける鬼のような形相で、ルーベルはローザを止めたのだった。
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