侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第一章

46 優しい人

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 「……あなたが…あなたのような方が私の花嫁だったら良かったのに……」

 「……ロウ公爵……?」

 不思議そうに聞き返すアマリールを見てロウ公爵は我に返った。

 「す、すみません!!皇太子殿下の婚約者の方になんて失礼な事を……!!」

 冷や汗をかきながら必死に謝るロウ公爵に、アマリールは微笑み返した。

 「いえそんな……でも驚きました。ふふ、真面目な顔で冗談を言われるから。」

 冗談なんかじゃない。
 その証拠に本当の婚約者となるローザ殿下を見た時、確かに噂されている以上の美しさだと思いはしたが、自分の心は微塵も動きはしなかった。
 今目の前にいる彼女を見た時の雷に打たれたような衝撃と、この泣きそうなくらい切ない胸の痛みは生まれて初めて味わい……そして帝国の皇女を娶る自分にはもう一生抱える事を許されない気持ち……これは恋だ。
 だからどうしても聞きたかった。馬鹿だとわかっていても聞いておきたかったのだ。

 「ルーベル殿下は……アマリール様を大切にして下さいますか……?」

 エレンディールの皇太子ルーベルと言えばこの大陸で知らぬ者などいない。冷酷無比。残忍非道の血の皇太子。
 現皇帝アヴァロンの御代が終われば次代はどうなるか……列国は戦々恐々としている。
 そんな男の元に嫁いで本当に彼女のような純粋無垢な女性が幸せになどなれるのだろうか。
 歴史の中では権力者の妃達が織り成す愛憎劇や、寵愛を失った女性がどんな末路を辿ったのか、その子細が克明に記述された書物なども数多く出回っている。それらを読む限り……この先彼女を待ち受けている運命はあまりにも過酷なものだ。
 (今なら……もし彼女の答えが私の望むようなものならば……)
 我がアーセルの国王からどんなお叱りを受けてもいい。今ならまだ婚約も成立していない。我がロウ公爵家はかなりの犠牲を払う事になるかもしれないが、考え得るあらゆる理由をつけてローザ殿下との婚約を無かった事にするのも不可能ではない。
 (そして……あなたがルーベル殿下から解放される日が来たらその時は……!!)
 しかしそんな想いは脆くも崩れ去る事になる。

 アマリールはロウ公爵に向かって花が綻ぶように微笑んだ。

 「……初めて殿下にお会いしたのはもう十年以上も前の事になります……。幼い私は殿下の宮を厠と間違えてしまって……ふふふ。」

 「厠!?皇太子宮を?」

 「はい。けれど殿下はそんな私を叱らずに本当の厠へ案内してくれました。それから私は殿下に会いたくて…また間違えたフリをして会いに行ったんです。」

 記憶が戻り、あの時の事は鮮明に思い出せる。そう。二回目は間違えたんじゃない。会いたかったのだ。あの美しい黒と金を持つあの人に。だからドキドキしながら会いに行った。また厠を借りるフリをして。

 「殿下は優しい人だから…幼い私のお喋りに嫌な顔一つせず付き合ってくれました。私は殿下の事が大好きで大好きで……だからお願いしたのです……“私をお嫁さんにして”って……。」

 それは今でも大切にしまっている思い出なのだろう。昔を思い出しながら語るアマリールの顔は優しく、愛に満ちている。

 「……殿下は……優しい人なのですか……?」

 「……はい。誰よりも強く、そして優しい人です。」

 自分が入り込む隙などどこにもない。
 彼女の目に迷いは無く、宿るのは殿下に対する確かな信頼と愛情。
 (……きっと殿下は優しい男なのだろうな。だがそれはおそらくあなたにだけだ……)
 彼女が側にいれば彼は好色で名高い父親のようには決してならないだろう。話を聞いただけでもわかる。彼女の想いは一方的なものではない。それに…

 『そしてこれは我が妃…今はまだ婚約者だが、アマリールだ。』

 殿下は私に彼女を紹介する時【妃】だと言った。婚約者である事実よりも先にだ。
 それが殿下の彼女への愛の深さを十分に表している。
 (……聞けて良かった……)
 まさか二人が幼い頃からの仲だったなんて思いもしなかった。列国に轟く噂話とは違い、本当は誠実な男なのだろう。幼い彼女の気持ちを真正面から受け止めて、長い時をかけて実らせたのだから。
 (……負けて悔い無し。信用に足る人だ……)

 「……とてもいいお話が聞けました……。私もローザ殿下とお二人のような関係を築けたら……素直にそう思います。」

 「いいえそんな!……何だか恥ずかしい話をお聞かせしてしまって……でもありがとうございます。……ロウ公爵、ローザ様をどうか幸せにして差し上げて下さいね。」

 最後まで彼女を好きになる事はできなかった。
 けれど同じ女として、今の彼女の気持ちを考えると憎み切れないのだ。ルーから……愛する人から贈られる祝福の言葉はさぞかし辛かっただろう。未練を残す事すら許されないのかと打ちひしがれたはずだ。
 だからせめて願わずにはいられない。
 彼女のこれからの幸せを……。

 「努力してみます。愛を育めるかはわかりませんが、決して不幸にはしない……お約束します。」

 (良かった…)
 アマリールは心からそう思ったのだった。


 ***



 「……あなたのような方が私の花嫁だったら良かったのに……」

 バルコニーから聞こえてきた言葉にローザは耳を疑った。
 (……ロウ公爵……?今の言葉は何?一体誰と喋っているの……?)  

 ゆっくりと近付いたローザの目に映ったのは恥じらいの籠もったような熱い目でアマリールを見つめるロウ公爵の姿。

 (アマリール!!なんであの女がロウ公爵と!?)

 ローザの心の中に治まったはずの濁り黒ずんだ澱みが、再び勢いよく溜まっていった…


 
 
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