47 / 125
第一章
46 優しい人
しおりを挟む「……あなたが…あなたのような方が私の花嫁だったら良かったのに……」
「……ロウ公爵……?」
不思議そうに聞き返すアマリールを見てロウ公爵は我に返った。
「す、すみません!!皇太子殿下の婚約者の方になんて失礼な事を……!!」
冷や汗をかきながら必死に謝るロウ公爵に、アマリールは微笑み返した。
「いえそんな……でも驚きました。ふふ、真面目な顔で冗談を言われるから。」
冗談なんかじゃない。
その証拠に本当の婚約者となるローザ殿下を見た時、確かに噂されている以上の美しさだと思いはしたが、自分の心は微塵も動きはしなかった。
今目の前にいる彼女を見た時の雷に打たれたような衝撃と、この泣きそうなくらい切ない胸の痛みは生まれて初めて味わい……そして帝国の皇女を娶る自分にはもう一生抱える事を許されない気持ち……これは恋だ。
だからどうしても聞きたかった。馬鹿だとわかっていても聞いておきたかったのだ。
「ルーベル殿下は……アマリール様を大切にして下さいますか……?」
エレンディールの皇太子ルーベルと言えばこの大陸で知らぬ者などいない。冷酷無比。残忍非道の血の皇太子。
現皇帝アヴァロンの御代が終われば次代はどうなるか……列国は戦々恐々としている。
そんな男の元に嫁いで本当に彼女のような純粋無垢な女性が幸せになどなれるのだろうか。
歴史の中では権力者の妃達が織り成す愛憎劇や、寵愛を失った女性がどんな末路を辿ったのか、その子細が克明に記述された書物なども数多く出回っている。それらを読む限り……この先彼女を待ち受けている運命はあまりにも過酷なものだ。
(今なら……もし彼女の答えが私の望むようなものならば……)
我がアーセルの国王からどんなお叱りを受けてもいい。今ならまだ婚約も成立していない。我がロウ公爵家はかなりの犠牲を払う事になるかもしれないが、考え得るあらゆる理由をつけてローザ殿下との婚約を無かった事にするのも不可能ではない。
(そして……あなたがルーベル殿下から解放される日が来たらその時は……!!)
しかしそんな想いは脆くも崩れ去る事になる。
アマリールはロウ公爵に向かって花が綻ぶように微笑んだ。
「……初めて殿下にお会いしたのはもう十年以上も前の事になります……。幼い私は殿下の宮を厠と間違えてしまって……ふふふ。」
「厠!?皇太子宮を?」
「はい。けれど殿下はそんな私を叱らずに本当の厠へ案内してくれました。それから私は殿下に会いたくて…また間違えたフリをして会いに行ったんです。」
記憶が戻り、あの時の事は鮮明に思い出せる。そう。二回目は間違えたんじゃない。会いたかったのだ。あの美しい黒と金を持つあの人に。だからドキドキしながら会いに行った。また厠を借りるフリをして。
「殿下は優しい人だから…幼い私のお喋りに嫌な顔一つせず付き合ってくれました。私は殿下の事が大好きで大好きで……だからお願いしたのです……“私をお嫁さんにして”って……。」
それは今でも大切にしまっている思い出なのだろう。昔を思い出しながら語るアマリールの顔は優しく、愛に満ちている。
「……殿下は……優しい人なのですか……?」
「……はい。誰よりも強く、そして優しい人です。」
自分が入り込む隙などどこにもない。
彼女の目に迷いは無く、宿るのは殿下に対する確かな信頼と愛情。
(……きっと殿下は優しい男なのだろうな。だがそれはおそらくあなたにだけだ……)
彼女が側にいれば彼は好色で名高い父親のようには決してならないだろう。話を聞いただけでもわかる。彼女の想いは一方的なものではない。それに…
『そしてこれは我が妃…今はまだ婚約者だが、アマリールだ。』
殿下は私に彼女を紹介する時【妃】だと言った。婚約者である事実よりも先にだ。
それが殿下の彼女への愛の深さを十分に表している。
(……聞けて良かった……)
まさか二人が幼い頃からの仲だったなんて思いもしなかった。列国に轟く噂話とは違い、本当は誠実な男なのだろう。幼い彼女の気持ちを真正面から受け止めて、長い時をかけて実らせたのだから。
(……負けて悔い無し。信用に足る人だ……)
「……とてもいいお話が聞けました……。私もローザ殿下とお二人のような関係を築けたら……素直にそう思います。」
「いいえそんな!……何だか恥ずかしい話をお聞かせしてしまって……でもありがとうございます。……ロウ公爵、ローザ様をどうか幸せにして差し上げて下さいね。」
最後まで彼女を好きになる事はできなかった。
けれど同じ女として、今の彼女の気持ちを考えると憎み切れないのだ。ルーから……愛する人から贈られる祝福の言葉はさぞかし辛かっただろう。未練を残す事すら許されないのかと打ちひしがれたはずだ。
だからせめて願わずにはいられない。
彼女のこれからの幸せを……。
「努力してみます。愛を育めるかはわかりませんが、決して不幸にはしない……お約束します。」
(良かった…)
アマリールは心からそう思ったのだった。
***
「……あなたのような方が私の花嫁だったら良かったのに……」
バルコニーから聞こえてきた言葉にローザは耳を疑った。
(……ロウ公爵……?今の言葉は何?一体誰と喋っているの……?)
ゆっくりと近付いたローザの目に映ったのは恥じらいの籠もったような熱い目でアマリールを見つめるロウ公爵の姿。
(アマリール!!なんであの女がロウ公爵と!?)
ローザの心の中に治まったはずの濁り黒ずんだ澱みが、再び勢いよく溜まっていった…
32
あなたにおすすめの小説
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる