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第二章
12 殿下の記憶②
しおりを挟む少女は名前をアマリールと名乗った。姓はクローネ。俺の知る限り皇宮に出入り出来るクローネ姓の貴族はクローネ侯爵しかいない。
おそらくこの少女は母上が呼んだ俺の妃選びの対象なのだ。
しかしそれならばなぜこんなところをうろついている?母上のサロンはここから随分離れている。
『……ここで何してる?』
そう聞くと彼女は身体を起こし、下腹部に手をあてる。
『あっ、あの……厠を探してるの……迷っちゃったみたいで……』
もじもじしてるところを見るともう限界なのだろう。いつもなら放っておくはずだ。それなのに俺は……
『来い』
『えっ!?』
自分でもわからなかった。だが俺は彼女の小さく温かい手を引いて、自分の宮の厠まで案内してやった。
『ありがとう。あなたのお名前は?』
俺の事知らないのか……?
黒髪金眼の皇太子ルーベル。この国で俺ほど有名な奴もいないと思うのだが……。
けれど彼女はいつまでも答えない俺をキョトンとした顔で見ている。
『……ルー。ルーだ。』
母親が昔自分をそう呼んでいた。
だからこれは……この名前を教えたのはただの気まぐれのつもりだった。
『ルー?ルーね!可愛いお名前!』
『か、可愛い!?』
『お友達になりましょ!今度はお菓子を持って来るわね!』
そう言って彼女は走って行った。
『……そっちサロンじゃないし……』
あいつ……また迷子になって誰かにぶつかる度に“友達になりましょ!”とか言うんじゃないだろうな……。
何故だか急に苛々とした気持ちになって、俺はさっき呼びに来た侍従を見付けて言ったのだ。
『母上のところに来ている令嬢が庭で迷子になってる。連れて行ってやれ。』
**
それから一月後、あの子はまたやってきた。
ハンカチにたくさんのお菓子を包んで。
『ルー!やっぱりここにいた!』
俺を呼びに来た侍従から逃げるためにここにいたんだ。お前を待っていた訳じゃない。
『一緒にお菓子食べましょう?』
そう言って膝の上に広げたハンカチの中に入っているのは明らかに皇宮お抱えの菓子職人が作った物。お前……母上のサロンから持ってきたな……。
呆れ顔で見ている俺に、何を勘違いしたのか遠慮していると思った彼女は、菓子を手に持ちいきなり口に突っ込んできた。
『んぐっ!?』
『ルー?甘い物食べるとここの皺がなくなるわよ。』
そう言って短く小さな指で俺の眉間を優しくグリグリする。
『お父様もよくここに皺を作るの。だからそんな時は私がお菓子を口に放り込んであげるのよ。』
得意気に言うその顔は……可愛かった……。
生まれて初めて目を奪われたその美しい菫色の瞳。そこに映る俺はとても優しい顔をしている。
こんな失礼な奴には会った事がない。普通なら処罰してやるところだがしかし……彼女相手だとまったく腹が立たなかった。
**
更に一月後。
俺は初めて自分の妃選びの場となっている母上の茶会に顔を出した。
俺の顔を見るなり声は出さなかったが驚いたように口元を両手で塞ぐ彼女が見えた。
『まあルーベル!やっと来たのね。皆さん、息子のルーベルです。宜しくお願いしますわね。』
俺の名を聞いて驚いていた顔が今度は青褪めていく。最初は面白かったが茶会の間中俯く姿にだんだんと心配になってくる。
チラチラと彼女に何度も目をやる俺の姿を見逃すほど母上も鈍くはない。何やらニヤニヤとしているが今はそれどころじゃない。
彼女は何を考えているのだろう。その顔は切なそうだった。
そしてまた一月後。
芝生の上で待つ俺の元に彼女が現れる事は無かった。
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