侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第二章

13 殿下の記憶③

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 会えない一月は長い。その間彼女がなぜ俺の所に来なくなったのか何度も考えた。茶会で見せたあの切ない表情の意味を。
 だが何度考えても答えは同じ。
 (……きっと俺の正体を知って嫌になったんだ……。)
 あの場にいた少女達は俺を見るなり目の色を変えて近付いてきた。おそらく父母にたっぷりと言い聞かされて来たのだろう。皇太子の心をなんとしてでも射止めて来るようにと。
 運良くそれが叶えば皇后を輩出したとして家門は栄え、貴族社会で権勢を振るう事ができる。
 親の喜ぶ顔を見たいがために健気に俺に擦り寄って来る姿は、見ていてあまり気持ちの良いものではない。
 だが彼女は違う。俺と初めて会った時のあの天真爛漫さ……あれは両親の愛を受けて素直に育った証拠だ。おそらく両親は我が子を皇后に……などとは一切望んでいないのだろう。むしろ皇宮へ入る事の恐ろしさを言って聞かせているはずだ。
 もう彼女は茶会に来ないのだろうか。
 しかし母上の誘いをずっと断り続ける事は不可能だ。
 俺はあの表情の意味を彼女の口から直接聞きたかった。だから待つ事にしたのだ。彼女が再び皇宮へ訪れる日を。


 **


 長い一月が経ち、いつものように俺を迎えに来た侍従に聞くと、今日は欠席者はいないと言う。
 (やっと来た……!)
 しかしあの場にいきなり俺が現れたところで彼女は本心を明かしてはくれないだろう。
 俺はどうすればいいかしばらく悩んだ。
 けれど……良い考えは一つも浮かばなかった。
 顔を出したところで彼女が気まずい思いをするのかと思うと足が止まる。
 こんなままならない気持ちは初めてだった。

 結局何も出来ぬまま、俺は芝生の上で横になって空を見ていた。
 
 
 『きゃあっっ!!!』

 『い゛っっっ!!!』

 ガツッと思い切り足先を蹴られる強烈な痛みには覚えがある。
 (俺の記憶に間違い無ければ次はフワフワしたのが降ってくる……!!)
 やっぱりだ!!
 俺の上に降ってくるそれはやけにゆっくりと、そして落下に伴う凄い重量を持って襲い掛かる。

 『ぅぐっっ!!!』

 内臓を抉られたかと思うほどの一撃だ。でも離す訳には行かない。ずっと待っていたんだ。
 しっかりと腕に力を込めて自身の上に乗るフワフワを閉じ込めると、それは顔だけ上げてまた悲鳴を上げた。

 『きゃーっっ!!』

 『こっ、こらっ!!静かにしろ!!』

 しかしそれでも尚暴れまくるものだから、ルーベルはくるりと体制を変えて上になった。
 そしてあの日彼女が自分にしたように、鼻先が触れそうなほど顔を近づけその目をしっかりと見つめながら言った。

 『頼むから話をさせてくれアマリール!お前にずっと会いたくて待っていたんだ!!』

 ルーベルの真剣な眼差しに、言う事を聞く気になったのかアマリールは大人しくなった。

 『……どうして俺を避けるの?』

 するとその言葉に彼女は顔を歪ませた。

 『……茶会の間もずっと俺の事避けてただろ……何で?……俺が皇太子だから……だから…』

 『…………違う…………』

 ルーベルの言葉を遮るように小さな声が聞こえた。
 (……違う……今“違う”って言った……?俺が皇太子なのが嫌なんじゃないのか?)

 『……だってルーは嘘をついたわ……』

 『嘘?……あぁ……確かに皇太子とは言わなかったが嘘はついていないぞ?』

 するとアマリールはルーベルを下から睨むように見た。

 『お名前……嘘だった!本当は“ルーベル”って言うのに私には教えてくれなかった!お父様はいつも“お前に嘘をつく人はお前を傷つける人だから近付いちゃ駄目だ”って言うの!!わ、私は、私は………!!!』

 それだけ一息に言うとアマリールはポロポロと涙を流し始める。

 『私はルーの事が大好きなのに……ルーが私に嘘をつくから……だから……!!』

 『俺の事が……“大好き”……?』

 悲しそうに悔しそうに、彼女は拳をぎゅっと握り締めて震えながら泣いている。

 『……俺が皇太子だから避けたんじゃないのか……?』

 駄目だ……聞いてない。
 しかも“ルー”は愛称だ。別に嘘にはあたらないと思うのだが……。
 
 『……アマリール……俺は嘘をついたんじゃなくて、お前だけしか呼べない俺の名前を教えただけなんだ。』

 『……私……だけしか呼べない名前……?』

 『そう。“ルー”は幼い頃母親が呼んだ俺の愛称だ。そう呼べるのは血の繋がる家族だけ。……そして……』

 『……そして……?』

 『……俺の“特別な人”だけだ。』

 そうだ。認めたくないけど初めて会ったあの瞬間、お前は俺にとって特別な存在になった。

 『だから嘘じゃない。俺はお前だけの“ルー”だよ。』

 『……嘘じゃない……嘘じゃ……良かった!!ルー!!!』

 それまでの泣き顔はどこへやら。
 アマリールは弾けるような笑顔でルーベルの首に抱きついた。

 『ア゛、ア゛マリール……!!苦し……!!』

 『会いたかった……!!会いたかったよルー!!!』

 『ぞ、ぞうが……』

 
 こうして誤解が解けた俺達は、その後は茶会の日に必ず会う約束をした。



 『……ルー?どうしたの?』

 あの日から変わらず月に一度一緒の時を過ごして来た。けれど俺は……俺のリルに対する気持ちは変わっていった。
 リルの甘い香りを嗅ぐたびに下腹部に言い知れない疼きを感じ、柔らかな赤い果実を思わせる小さな唇を見ると口に含んで食べてしまいたくなる。
 ほんの少しでもそんな心の内を見せたらまだ幼いリルを怖がらせてしまうだろうか。でももう我慢が出来なかったんだ。

 『……リル……』

 『なあにルー?今日は何だか変よ?』

 アマリールはルーベルの顔を覗き込む。
 そうだよ。変なんだ。お前に会ったあの日からずっと。

 『ルー、お腹空いたの?何だか元気が無いわ。』

 目の前でぷるんとした唇が動くたびに目が離せなくなる。

 『……リルの唇を食べたい……』

 『私の……お口を……?』

 数秒おいて、意味を理解したのだろうリルの顔は火を噴いたかのように赤く染まる。

 『だっ、だめよ!!そういうのはけ、けっこんする人とだけって……!!』

 『なら結婚しよう?約束する。俺はキスもその先も……絶対にリルとしかしない。絶対だ。』

 『……私だけ……?本当に……?』

 『本当だ……』

 俺の心の中はもうお前でいっぱいなんだ。
 他の女なんて入れてはやれない。

 『もし私がお父様から他の人と結婚しなさいって言われたら?』

 『それはない。』

 何故ならそんな事したら俺に殺されるから。とは言わないが。

 『でも……もし他の人に取られそうになったら?』

 『その時は何が何でも取り返すまでだ。その後そいつにはこの世に生まれて来た事を死ぬまで後悔させてやる。』

 『ふふっ怖いわルー……じゃあ約束よ。私を誰にも渡さないでね。誰かに取られちゃう前に絶対にルーのものにして……約束……約束よ……。』

 『誓うよ。この命をかけてお前に誓う。』

 そして俺は跪き、目を閉じて待つリルにキスをした。
 この心も身体もすべてお前だけに捧げる。
 嘘が何よりも嫌いなお前だから誓ったんだ。
 俺の想いを信じて貰えるように…


 ***


 『うわあ……綺麗な鍵……!!』

 アマリールの手には蜂蜜色の宝石がはめられた銀色の鍵が光っていた。

 『食い意地が張ってるお前には大好きな蜂蜜色の石にしてやった。どうだ?見たら腹が減ってきただろう?』

 『もう!違うわ!ルーの瞳の色だから蜂蜜が好きなのよ!!』

 知ってる。お前が俺の事を好きな事も。

 『……母上にちゃんと話すよ。茶会の日はお前を俺の部屋に招くって。もちろんそれ以外でもな。だから俺が遅くなる時はそれを使って先に部屋に入って待ってろ。』

 俺の部屋に許可なく入れるその鍵は皇太子妃の証だ。お前はそれを持つ意味をわかっているのだろうか。
 
 『ルーの石は私なのね……。』

 俺の持つ鍵を見て嬉しそうに、けれど恥ずかしそうにリルは頬を染める。

 『そうだ。お前の瞳の……菫色の石にした。リル……おいで。』

 手を伸ばすとリルはそれを待っていたかのように微笑んで俺の膝に乗る。
 柔らかくていい匂いのする小さな身体を優しく抱き締めると、いつもよりほんの少し身体が冷たい。
 朝から降り続く雨で冷えたのだろう。

 『リル、今日みたいな日はその鍵で部屋に入って毛布にくるまってろ。行儀なんて気にしなくていい。俺のベッドは広いから、本でも広げて読んでいれば退屈しないだろ?』

 『ルーのベッドに!?ダメよ!!そういうのは……!!』

 『俺達は結婚するんだから大丈夫だ。』

 『……うん……。』

 そして俺は今日もリルの唇に誓う。
 愛してる…絶対にリルだけだと。

 『ルー、雨があがったみたいよ。もしかしたらたくさん水を吸った苺の薔薇が咲くかも!!』

 『じゃあ見に行くか?』

 『うん!』

 リルは俺を待たずに外に飛び出して行く。

 『ルー!早く早く!』

 『リル!危ないから走るんじゃない!』

 けれどリルは止まらない。
 ようやく顔を出した太陽に銀色の鍵をかざし、それがキラキラと輝く様にはしゃぎながら走って行く。

 『リル!!』

 リルの身体が浮き、頭から落ちて行く。
 数秒遅れて石畳に広がる血。
 そこから先は記憶が曖昧だ。
 気が狂ったようにリルの名を呼んでいた事だけは覚えてる。
 
 リルが目を覚まし、一部記憶を失ったと聞かされた時は絶望しかなかった。その“一部”の中に自分も含まれていたからだ。
 俺は誓ったんだ。生涯リルだけだと。
 お前に嘘はつけない。だから早く思い出してくれリル。
 お前がいないとこの先俺はたった一人で生きて行かなければならない。
 けれど悲嘆に暮れる俺に光が差した。
 あの日、謁見の間でのお前の言葉だ。

 
 【殿下とたくさんお喋りして、殿下の事をたくさん知って、殿下で胸の中をいっぱいにして……そして誓いたいです。私は殿下だけのものだって。】


 あの日のお前の言葉を聞いて確信した。
 お前の中には俺の記憶が眠っていると。
 俺を知りたいと言うのなら幾らでも教えてやる。

 だから……

 「だから今度はお前が俺に誓ってくれリル……その心も身体も俺だけに捧げると……!!」


 そしてルーベルは庭園を走った。アマリールの後を追い掛けるようにして……

  

 
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