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第二章
27 知る事
しおりを挟む皇宮に着き馬車を降りるとそこにはクロエ様の宮勤めの侍女が待っていた。
「ようこそいらっしゃいましたアマリール様。クロエ殿下より宮へ案内するよう仰せ付かっております。さあ、どうぞこちらへ……」
殿下の宮と近いクロエ様の宮だがさすがに今日は案内役の方がいる。身体は庭園を突っ切りたくてウズウズしたが、大人しく止めておいた。
長い回廊を抜けて出た先には真っ白な宮。
(……まるでクロエ様みたいだわ……)
金髪碧眼。透けるような白い肌にスラリと伸びた細い手足。柔らかい物腰の中に潜む鋭い棘。
皇女クロエという人は、美女の条件をその細く豊かな肢体にこれでもかと詰め込んだような人だ。
「クロエ殿下、アマリール様をお連れいたしました。」
侍女が扉の向こうへ話し掛けると中から“は~い”とふんわりした返事が帰ってくる。
大きな扉が開かれると明るく風通しの良い室内でクロエ様はお茶を飲んでいらした。
「いらっしゃいアマリールちゃん。この間はルーベルが本当にごめんなさいね。」
「とんでもありません。私こそ今日はご無理を言ってしまって……」
お時間を作っていただいた事のお礼を言い、私は自分宛に届いた招待状をクロエ様に見て貰った。
「これはまたすごいわね。」
クロエ様はその招待状の山を見てしばらくの間驚いていた。お優しい方だから気を遣って言わないでいて下さったのだろうが、これは七歳の小娘に届く招待状の量ではないと思ったのだろう。
「その……頼みの綱の父は今不在でして、私だけではどこに顔を出せば良いのか判断がつかなくて……」
七歳の私なら当然なのかもしれないが、今の私は二度の生を生きてきた立派な大人だ。それなのに貴族の名前が何とかわかるくらいの知識しかないなんて……。
(……プルマの言う通りだわ……以前の私は部屋に籠もって家庭教師が教えてくれる事しか学んでこなかった。結局それも何の約にも立たなかったけど……)
こんなんで殿下の隣に……幼い頃から血を吐くような努力をしてきた殿下の隣に立とうだなんて……愛されようだなんてよく言えたものだ。
今更ながらに自分の愚かさが身に染みる。
「……ねえアマリールちゃん?」
「はい。」
「あなた、ルーベルのお嫁さんになる気はあるの?」
「えっ!?」
お茶会の話から何でそんな質問を?
私はクロエ様の真意がわからず混乱した。
「いきなりごめんなさいね。でもルーベルのお嫁さんになる場合とそうじゃない場合とで、どのお茶会を優先すべきかが決まるの。」
殿下と結婚するかしないかで出席するお茶会が決まる……?
「例えばこのコンラッド伯爵家。表向きは中立派と見せ掛けて本当は反皇帝派よ。あ、でもあくまでこれは私見だけどね。」
「えっ!?」
「だからアマリールちゃんがルーベルのお嫁さんにならないならお茶会に出席しても構わないけど、なるつもりがあるのなら止めて欲しいわ。」
コンラッド伯爵家が反皇帝派……?
嘘……そんなの今も昔も聞いた事がない。
「何をしたって訳じゃないわ。でも近いの。」
「近い?」
「……父上の実弟アルザス公爵の事は知ってるわよね?」
「はい……」
知ってるなんてもんじゃない。前世は公爵邸に入り浸る……とまではいかなかったがしょっちゅうハニエル様に呼ばれてお邪魔していた。
そして今生ではハニエル様と……あの時に戻って自分の頭をぶん殴って(あらお下品な言葉でごめんなさい)首根っこ掴んでぐわんぐわん振り回してやりたいほどの事をした。
「幸か不幸かあの二人は正妃の子として生を受けたわ。したたかで柔軟性のある兄アヴァロンと、柔和で控え目な弟のミカエル。
二人とも正妃の子であったのと兄弟仲が良好だったため兄アヴァロンの皇帝即位は特に揉める事なく終わった。でもね、今の二人はどう?」
今のお二人は……等しく正妃の子であるがアヴァロン陛下が帝位につかれたのでミカエル様は臣籍降下されて公爵へ……
「そう。でも叔父上には皇位継承権があるの。そして叔父上の子にもね。それがどういう意味かはアマリールちゃんもわかるわよね?叔父上は父と違って……言葉は悪いけど悪意ある人間が御しやすい性格なのよ。」
「ではコンラッド伯爵にはアルザス公爵を旗印に持ち上げて謀反を起こす気配があると?」
「んふふ。なかなか話が早くて助かるわ。叛意があるかどうかはまだわからないけど、叔父上へすり寄ってるのは確かなの。皇宮に来る回数よりも叔父上の行く先々で顔を出す回数の方が多いみたいだしね。」
「でもそんな方がどうして私に……?」
「皇帝とその弟が争うとなったら国中を巻き込んだ大変な戦争になるわ。それこそ何年と争いが続くかもしれない。だって二人は同じく正当な皇家の血筋。父上の元で辛酸を嘗めてきた貴族が一発逆転を狙って叔父上につく事も考えられる。
では争いに不可欠なものは何?」
クロエ様の目はいつの間にかその趣を変えている。
(さっきからずっと質問形式だわ……まるで試されているみたい……)
戦争に必要なもの……人に武器に食料に……ああ、でもそれらを手にする手段は最終的にある一つの物に辿り着く……
「……争いに不可欠なのは資金力です。そうか……だから私を……!」
「良く出来ました。そう。あなたが必要なのよ。莫大な資金力と産業技術を持つクローネ卿が溺愛する一人娘。今まではまだあなたが幼い身であったから縁談などの話も出なかったのでしょうけれど、今回のルーベルの行動であなたが皇家に望まれている身だと知られてしまった。先手を取られた彼らはそれは躍起になるでしょうね。」
「ではコンラッド伯爵家だけでなく反皇帝派の貴族は皆お茶会と称して私との縁談にこぎつけるのが目的なのですね。」
「あわよくば婿入りしてクローネ侯爵領の乗っ取り……とかね。」
これは大変な事……。
たかがお茶会、されどお茶会だ。敵を見抜く力が無ければ甘い言葉を囁かれて真に受けて、姻戚関係を結ぶ頃には無意識のうちに貴族達の醜い権力争いに巻き込まれてしまう。
「では反皇帝派以外の皆様からのお誘いはどうやって判断していけば?」
「あとは単純に懇意にしておけば得になると考えてる貴族がほとんどだろうから、そこは家柄や評判を知るのが一番ね。それと……あとはクローネ卿と敵対しているかどうか。」
「お父様と!?」
あの心優しい父が誰かと敵対などと、そんな事あるのだろうか。
「うふふ。家で娘に甘々でも男はひとたび外に出れば別人なのよ。……こればかりはクローネ卿本人に聞いてみない事にはわからないけれど、クローネ卿の真似してる二番煎じみたいな人間は何人か知ってる。アマリールちゃんもそこはよく知っておいた方がいいわ。“知る”事は大切な事よ。そうでないといついかなる時に足を引っ張られるかわからない。」
“知る”事……。前世の私は知ろうとする心すら持ち合わせていなかった。恥ずかしいわ。
果たして今からでも間に合うのだろうか……ううん、間に合わせるしかないのよ。とにかく知らなきゃ……!!
一通りクロエ様から各家の評判を聞いたところで、私はずっと気になっていたアーデン伯爵家についてそれとなく尋ねてみる事にした。
「アーデン伯爵家?何か気になるの?」
そのお返事だと何も問題のない家なのだろうか。それともこれから問題を起こすのか……。
「アーデン伯爵家は隣国ローランとの国境沿いに領地を構えているわ。良くも悪くも田舎なんだけど、商人達にとっては重要な関所であるわね。」
「関所?」
「ええ。ローランには鉱山があるの。エレンディールは鉄の輸入をほぼローランに頼っているわ。鉄は民の生活だけでなく、騎士団にとっては欠かせない武器や防具を作るのに必要な物。横流しなどがないよう厳しい管理が必要なのよ。」
ローランの鉱山は聞いた事がある。もちろん勉強もしたのだが……。
でも何だろう……何か思い出しそうなのに出て来ない。おそらくその時は完璧な他人事だと思って聞いていたのだろう何かが……。
「そしてローランの商会はクローネ卿の販路の一つでもある。だからアーデン伯爵家とクローネ卿は昔から懇意にしてるはずよ?今度聞いてみたらいいわ。」
クロエ様のアドバイスの元で無難な出席先を決め、それをようやく紙に纏め終えるという時だった。
さっきまで明るかった空が急に黒く変わり、ドォーーンという轟音がまるで砲撃のように鳴り響いた。それに続くようにして地面を叩きつけるような激しい雨。
「あらあら大変!」
あちこちで悲鳴が聞こえる中侍女達は一斉に窓を閉めていく。
夕立かと思いしばらく待ってみたが雨は一向に止む気配がない。
「アマリールちゃん、諦めて今日は皇宮に泊まっていかない?」
「でも……家の者が心配しますし……それに皆様にもご迷惑をかけてしまいます。」
「そんな事気にしないで。それにこんな雨の中帰して事故にでも遭ったらクローネ卿に会わせる顔がないわ。侯爵邸には使いを出すから安心して?ね?」
確かに……事故は予測できないものだ。今の私はほんの少しの危険も避けたいところ。
「では……お言葉に甘えてお世話になります。」
こうして私はその夜、皇宮に泊まる事になったのだった。
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