侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第二章

30 本当に欲しいものは

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 「今何て言ったんだアマリール!!」

 「殿下……何でここに!?」

 まだ雨は止んでいない。それなのに回廊ではなく庭園を抜けて来たのだろう。殿下の身体は闇夜でもわかるほど濡れている。
  
 「今何か拭くものを……っっ!!」
 
 部屋の中へ取りに行こうとした瞬間強く肩を掴まれた。

 「アマリール!!今何て言ったんだ!!もう一度……もう一度言え!!」

 なんて事……。恋しくてつい口に出してしまった名前を聞かれてしまったとは。
 しかし過ちを悔いている時間はない。殿下はすごい剣幕で迫ってくる。

 「何で黙ってる!?頼むから言ってくれ!!」

 我を忘れて喚く殿下に言葉が出ない。
 この人の欲しい言葉はわかってる。
 思い出したのだと言って欲しいのだ。

 けれど私が殿下との過去で思い出したのは鍵とドレスの色だけ。それ以外はすべて今生でのルーとの記憶だ。

 「アマリール!!本当は思い出しているんだろう!?なぜ何も言ってくれないんだ!!」

 なぜ、なぜと何度も殿下は繰り返す。

 「リル!!」

 その時だった。今まで決して口にしなかった二人だけの秘密の名前を殿下が叫んだのだ。

 「リル!!頼むから……頼むから……!!」

 その殿下の顔に心臓を握り潰されたような痛みが走る。


 『アマリールちゃん……どうかルーベルを一人にしないであげて。』


 そうだ……殿下を孤独の中に置き去りにしたのは私だ……。
 さっきもあれだけ後悔したじゃないか。
 嫌われても避けられても諦めずに気持ちを伝えればよかったと。
 同じてつを踏むために戻ったんじゃない。
 たとえそれでうとまれようとも……。


 「……殿下……」

 「なぜ殿下なんだ?遠慮してるのか?さっきのように呼んでくれ!」

 「……まだ呼べません……!」

 「…………?」

 「私が思い出したのはあの日……頭を打ったあの日に殿下がくれた銀色の鍵と黄色のドレスだけ……そして必死に手を伸ばしてくれた殿下……」

 「リル!!」

 「でも!!」

 胸が痛い。また傷付けてしまうかもしれないから。

 「でも殿下が欲しいのは“リル”なのでしょう?……今の私は“リル”じゃない。」

 殿下はハッとしたように動きを止めた。

 「……記憶を無くしてからは“リル”じゃなく“アマリール”として殿下に接してきました。殿下と過ごす時間の中で、殿下がどれほど“リル”を求めているのかが痛いほどわかって何も言えなかった。私がどんなに殿下を想ったところで殿下に必要なのは私じゃないから……」

 「お前が……俺を想って……?」

 「全部思い出せればどんなにいいか……そうすればこんな淋しい想いもきっと消えて無くなる。だって私が“リル”に戻れば殿下は優しく受け入れてくれるから!!」

 言葉を紡ぐたびに感情が制御できなくなる。
 殿下がリルに焦がれるように、私だってルーに焦がれている。
 私達は一緒だ。一緒なのに……。
 泣きながら一気に捲し立て肩で息をする私に、殿下はさっきとは打って変わったように落ち着いた声を掛ける。

 「……中に入れてくれないか……ここでは身体が冷える。」

 殿下の服は濡れたままだ。

 「……今拭くものをお持ちします……」

 部屋を振り返る私の腕を殿下が掴んだ。

 「……違う。お前の身体が冷えるから……」

 あの日……リルの身体が冷えると言ってくれたこの人が、アマリールである私に同じ事を言っている。
 殿下の手は冷たい。

 「どうぞ……」

 私は真っ暗な部屋へと殿下を招き入れたのだった。

 

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