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第二章
42 心の声
しおりを挟む「それにしてもルーベルはいつになったら顔を出すの?」
未来の妃選びの場でもあるというのにあの息子は本当にこういう事に頓着しない。
そして痺れを切らしたマデリーンが側にいた侍女に様子を見に行くよう耳打ちしたその時だった。
ふいに辺りがざわめき、人々の視線の先を追うとそこには息子である皇太子とその隣には幼いながらも気品ある装いのアマリールがいた。
「まあまあルーベル!随分遅かったわね。皆様がお待ちよ。アマリールもよく来てくれたわ!体調は大丈夫なの?」
ルーベルはアマリールの側に寄り添いながらマデリーンの側まで来た。
「皇后陛下、こんなに遅れての出席誠に申し訳ございません。熱は下がったものの体調が不安だったのですが、殿下がわざわざ迎えに来て下さって……。」
「まあ、ルーベルが無理をさせたんじゃない?クローネ卿には後で謝らないといけないわね。」
マデリーンの口から“クローネ卿”という言葉が出た途端、一度は静まったざわめきが再び巻き起こった。さっきよりも大きく。
「クローネ卿には俺からもよく言ってあるから大丈夫だ。母上、アマリールを紹介しても?」
「ええ、構わないわ。」
構わないどころか願ったり叶ったりだ。
マデリーンは喜々として声を張り上げた。
「皆様、やっとルーベルが来ましたわ。今日は皆様にお伝えしなければならない大切な話がありますの。さあ、ルーベル。」
マデリーンに促されたルーベルは、隣にいるアマリールの顔を見て“行くぞ”と声を掛け、左腕を差し出した。
腕を差し出す。それは男性が女性をエスコートする時当たり前に行われる事。たったそれだけの事だったのに、その場にいた者達の間にはかつてない衝撃が走った。
特にショックを受けていたのはこれまでルーベルに冷たくあしらわれてきた令嬢達だ。
何度挨拶しても“ああ”としか返って来ず、目を合わせるどころか顔さえまともに見てもらえた事がない。
ここにいるのはいつかその二文字の後に言葉が続いてくれる日が来ると、めげずに何度も挨拶を続けて来た者達ばかりだ。
それなのにルーベルは今、隣にいる少女を気遣いその腕を差し出したのだ。
少女もルーベルの顔を見て頷くようにした後、自分の前に出された腕に自身の小さな手を添えた。
ルーベルが未だ誰のものでもないからこそこれまでの冷たい態度にも耐えられたのに……。令嬢達の心は一瞬にして嫉妬で燃え上がった。
「今日は皆に伝えたい事があって来た。俺はここにいるクローネ侯爵家のアマリール嬢と婚約する。そして彼女は俺の希望で今日より皇太子妃宮で暮らす。彼女はまだ七歳という事もあり、これから皆の力を借りる事もあると思うがよろしく頼む。」
二人の周囲からはざわめきを通り越し、半ば悲鳴に近い声まで上がった。
前世で婚約をした時とはまったく違うこの状況にアマリールはたじろいだ。
(あの時は皆の前で挨拶なんてしなかったわ。だって殿下がそう言ったから……あれ……?あの時殿下は何て言ったんだっけ……)
遠い遠い記憶。婚約する事が決まったあの日に彼は何と言ったのだったか……。
しかし今は薄れた記憶に思いを巡らせている場合ではない。
「で、殿下……?」
収まらないざわめきに、アマリールは助けを求めるようにルーベルを見た。
「どうした?」
しかしルーベルは目の前の騒然とする招待客など気にしていない様子だ。
「あの……私はどうすればよろしいですか?」
何か挨拶したほうが良いのだろうか。けれど既に殿下が私の出自については紹介してくれた。
(こういう時は黙って後ろにいたほうがいいのかしら……)
アマリールはルーベルの返答を待った。
するとルーベルは
「お前は何もしなくていい。」
そう言った。
だがその一言はアマリールが忘れかけていた記憶を甦らせた。
“お前は何もしなくていい”
(そうだ……あの日殿下もそう言った……)
将来を共にする人が決まった。
それもとびきり素敵な人。
皇宮に呼ばれ今後の予定について話をする事になった私は浮かれていた。
これからどうするんだろう。二人で皆の前で挨拶したりして、たくさん祝福を受けるんだろうか。
そんな事を呑気に考えていた私には、殿下からのその一言がとても切なかった。
しかし当時を思い出し少しだけ胸が痛んだアマリールに、ルーベルは小声で囁いた。
「お前が何か言えば奴らの不満の矛先がお前に向く。だから今は黙って俺の後ろにいろ。」
その言葉はアマリールが思い出した記憶の中にストンと落ちた。
(……殿下は私には口数の少ない人だった……余計な事は何も言わない人で……)
もしかしたらあの日の殿下も言わなかっただけで今の殿下と同じ事を考えていたのだろうか。私に悪意の矛先が向かないようにと守っていてくれたのだろうか。
(……言ってくれれば良かったのに……)
アマリールはルーベルの腕にもう片方の手も添えて寄り添った。
あなたがそう望むのなら何も言わない。
けど……
「後ろじゃなく、隣にいます。ずっと殿下の側に。」
守られてばかりじゃ駄目だから。
だから隣にいる。
口下手なあなたの囁きが、さっきみたいにすぐ届く場所に。
「そうか。」
口下手な彼の放った一言は、なぜだか今までで一番優しく聞こえた気がした。
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