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第三章
7 拗ねる
しおりを挟む四年も暮らしたからだろうか。一週間ぶりの皇太子妃宮の自室の方が侯爵邸の自室よりも
“帰ってきた”という感じがする。
「お帰りなさいませアマリール様。」
出迎えてくれたのはタミヤだ。
タミヤは元々皇太子宮の侍女だが私がここに住むようになってからは二つの宮を行き来してくれている。
「殿下がお喜びになりますわ。アマリール様がいらっしゃらない間はとても無口になられてしまって……ふふ。」
タミヤは思い出したように笑いを漏らす。
「殿下はもともと無口だからじゃないの?」
「うふふ、アマリール様がいらっしゃる時は違いますわ。」
「そうかしら……。」
まあ四年も側で暮らしていればそれもそうかもしれない。
彼にとって私は今のところ何でも話せる家族に近い存在なのかも。
「それと殿下が今夜はお夕食を御一緒にとの事です。」
「今夜?」
いつも遅くまで書類とにらめっこしている彼がそんな事を言うのは珍しい。
(何か大事な話でもあるのかしら……)
けれど彼のために用意したプレゼントを渡すのには丁度いい。
「あのねタミヤ、夕食が終わったら殿下とここでお茶を飲みたいの。用意だけお願い出来る?」
この四年で彼女の呼び名は“タミヤさん”から“タミヤ”に変わった。
彼女からそうしてくれと願い出たのだ。
その時は殿下の側にいる者として認めて貰えたようで嬉しかったのを覚えている。
「わかりました。ではハーブティーをご用意致しますね。」
「ありがとう。」
(喜んで……はくれないわね。)
そもそも殿下は喜びを表面に出すタイプじゃない。
だから使ってくれる事が喜んでくれた事になるのだろう。
(男の人にプレゼントなんて初めてだわ。)
アマリールの胸はしばらく落ち着かなかった。
**
夕食の席にやってきてルーベルを見た瞬間、収まったはずの胸の音がまた騒ぎ出す。
けれどこれはさっきのとはまた違う音だ。
たった一週間会わなかっただけなのに、ルーベルが何だかまた大人の男性になったように見える。
「実家はどうだった?」
ルーベルは席に着くなり聞いてきた。
「殿下のお祝いに父が張り切り過ぎて、足の踏み場もないような状態でした。」
比喩ではない。本当に箱だらけだった。
「俺のためと言うより一番はお前のためだろう。」
「私の?」
「お前が皇宮で恥をかかないように気を遣っているんだ。皇太子妃への周りの態度や扱いは生家で決まると言っても過言ではないからな。」
出自が低く、力の無い妃は冷遇される。
私が馬鹿にされる事なく、むしろ丁重すぎる扱いを受けているのはクローネ侯爵家のお陰だ。
ルーベルへの祝の品は言わば結納品の一部のようなもの。
「成人の儀に届けられた品々は皇宮内で披露される。お前はそこで更に一目置かれる事になるだろう。卿なりの牽制だ。感謝しないとな。」
「はい。」
以前は生家の財力について言われる事に抵抗があったが、最近はそれほど嫌でもなくなった。
溢れる財は父の才が築き上げたもの。父の能力の証明でもあるそれは、誇らしいものでもあるのだと殿下がこの四年で教えてくれたから。
「それで?」
「はい?」
「それでどうだった?」
「何がですか?」
「何がじゃない。一週間どう過ごしたんだと聞いている。」
「一週間……目録と品物の確認に忙しかったです。あとはアドラー様と市場に行ったりしてとっても楽しかったですよ。」
しかし笑顔で答えるアマリールとは対照的に、それを聞いたルーベルはいきなり黙ってしまった。
「殿下?どうしました?」
しかしカチャカチャと食器の音がするだけでルーベルからは何の返事も返って来ない。
(何?何か怒ってるの?)
今の話の流れのどこに不機嫌になる要素があると言うのか。
アマリールは頭を抱えた。
しかしその後デザートを食べ終える頃になってもルーベルは無言のままだった。
この雰囲気では絶対に断られるかと思ったが、アマリールは駄目元で食後のお茶を自分の部屋でと誘ってみると、意外にもルーベルはすんなりついてきた。
タミヤにお湯の用意だけしてもらい、お茶はアマリールが淹れた。
「殿下、少しだけ待っていてくれますか?」
アマリールはそう告げると寝室にしまってあるカフリンクスを取りに向かった。
上品なビロードの箱を取り出し後ろを向くと、寝室の入り口にもたれ掛かるようにしてルーベルがいた。
「で、殿下?」
やはりルーベルは何も答えない。
一体何がそんなに気に入らないのだろう。
しばらく無言で見つめ合った後、ルーベルはアマリールのベッドに向かって歩き出し、ドサッと音を立てて寝転んだ。
「……そんなに実家が楽しかったか……?」
「え?」
今何て?“実家が楽しいか?”
そんなの楽しいに決まってるじゃないか。
いつも誰かに見られて気の張る皇宮と違って実家なら誰の目を気にする事もない。
(まさか私一人で羽を伸ばしてきたのが羨ましかったのかしら……)
アマリールは自分のベッドで寝転ぶルーベルの側に寄り、腰掛けた。
「じゃあ今度殿下も一緒に行きましょ?ここに比べると狭いですけど気楽ですよ。」
しかしルーベルから返ってきたのは予想もしない返事だった。
「ここでの生活は窮屈か?」
「……殿下……」
窮屈かと聞かれると窮屈だ。
そしてその度合いもこれからどんどん上がって行くはず。
これは遠回しに皇太子妃になるのが嫌かと聞かれているのだろうか。
そんな事ないと今までも何度か否定した事があるのに。
(……不安なの……?)
それなら何度でも否定するだけだ。
「殿下。皇宮での暮らしは確かに色々と窮屈ですが、何にも変えられない事があります。」
ルーベルは目だけでアマリールを見る。
「殿下の側にいられる事ですよ。もう何度もお伝えしてるでしょう?」
「……里心が湧いて決心が揺らぐ……なんて事は誰にでもある。」
「もう……またそんな……!!」
「俺はアドラーのように気楽にお前を市場に連れて行ってやる事も出来ない。楽しかったんだろ?」
(あっ!しまった!)
アマリールは気付いた。
(不機嫌の原因はアドラー公子だ!)
いやしかし公子が悪いと言うより私が悪い。
“楽しかったですよ”と言った私のせいで殿下は機嫌が悪くなってしまったのだ。
これはまずい。一刻も早く彼のご機嫌を直さねば。
アマリールは靴を脱いでベッドに上がると仰向けのルーベルの側に座った。
「殿下?私が実家に帰ったのはこれを……これを取りに行っていたんです。」
アマリールは手に持っていたビロードの箱を差し出した。
「見て下さいますか?」
ルーベルは起き上がり箱を受け取った。
そして中で輝くカフリンクスを見て眉を上げた。
「これは……?」
「前回帰った時に父に頼んでおいたんです。殿下の成人のお祝いに私からも何か贈りたくて。」
ルーベルはカフリンクスを手に取って見つめている。
「私と殿下の色です。これからもずっと離れずにいられるようにと。」
薄暗い部屋の中、ルーベルはアマリールの顔を眩しそうに見つめた。
(気に入らなかったかしら……)
何も答えてくれないルーベルに、アマリールは少し不安を感じた。しかし次の瞬間そんな不安など吹き飛んでしまった。
「……んっ……!」
ルーベルはアマリールの顎に手をあてて上を向かせると、何も言わずにキスをした。
そしていきなりの事に驚いてふらつくアマリールの腰を自分に引き寄せ、唇を深く重ならせた。
四年前にしたキスとは違い、熱を孕んだキスだった。
「……ふ…ぁ………」
唇が離れる頃にはアマリールはすっかり蕩かされていて、力の入らない身体をルーベルが支えていた。
「……帰るのは構わないが“楽しかった”じゃなくて“淋しかった”と言え。」
「……出る前に言ったじゃないですか“淋しい”って。」
「それなら演技でも淋しそうにしとけ。満足気な顔で帰って来やがって……」
(本当に……何てわがままな人だろう……)
アマリールは呆れ返ったがしかし、翌日ルーベルの袖口を留めるカフリンクスを見てあっさりと許してしまったのだった。
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