侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第三章

8 成人の儀

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 「アマリール、来い。」

 「え?」

 殿下の成人の儀を一週間後に控えたある日。
 来いと呼ばれて付いて行くと、そこは殿下の成人の儀が行われる広間だった。

 「今から予行をするからよく覚えておけ。」

 「予行って……私は父と貴族席から見るのでは?」

 するとルーベルは眉間に皺を寄せた。

 「何を言っている。お前は俺の婚約者だろうが。お前の席は俺の隣だ。」

 「殿下の隣!?」

 「何だ。何か不満があるのか?」

 不満がどうとかいう問題ではない。
 そもそも成人の儀というのは殿下のためだけの式であり、誰かを伴って出席するなんて聞いたことがない。
 殿下のその気持ちはとんでもなく感動ものだが今回はちょっと話が違う。
 
 「女性を伴っての出席なんて殿下の評判を下げてしまいます。」

 「そんなのは放っておけばいい。」

 放っておけばいいってそんな……。

 「それからその後の宴にも出るぞ。前の晩はよく寝ておけよ。」

 「宴席も!?」

 突然の事だらけで頭が混乱する。
 だがきっと殿下は何者にも侵されない場所を私に与えるためにしてくれているのだ。
 前世とはまるで違う方向へと進んで行く物事。
 けどそのどれもが喜ぶべき事だ。そう、何もかもがうまく行っている。
 (それなのに……)
 アマリールは何故かわからないが不安で仕方なかった。


 **


 成人の儀の当日。
 アマリールは支度が終わると隣の皇太子宮へ向かった。
 そこには白の正装に身を包んだ凛々しいルーベルがいた。

 「もう終わったのか。早いな。」

 支度の事を言っているのだろう。
 今日の殿下は特別仕様だから時間がかかる。大勢の侍女によって爪の先まで磨き上げられた彼は男と言えど本当に美しい。

 「殿下……素敵……。」

 お世辞じゃない。
 本当に胸がときめいて止まらないくらい素敵だ。
 
 「そうか。」

 素っ気ない返事だが顔は珍しく笑っている。
  
 「うふふ、アマリール様にそんな蕩けた顔で言われたら殿下も参ってしまいますわ。」

 タミヤの言う通り、私の顔は相当蕩けているに違いない。
 だって殿下はまだ笑顔だから。

 「どうした?まだ見惚れているのか?」

 いつの間にか周りには誰もいない。
 式典の前に少しだけ二人きりにと気を遣ってくれたのだろう。

 ここのところ殿下にときめく度にチクチクと胸が痛む。それは何故なのだろうかとずっと気になっていた。
 でも少しだけわかった気がする。
 目の前にいる殿下は日を追うごとにどんどんルーにそっくりになっていく。けれど彼はルーじゃない。殿下だ。
 きっと私は殿下にときめく度にルーを裏切っているような気持ちになって胸が痛むんだ。
 だってこのまま行けば私はこの人といつか愛し合う事になる。ルー以外に身体を開くのだ。
 殿下も今まで私とリルが同じ人間だとわかっていても、記憶のないわたしに心を移す度にリルを裏切っているような気持ちになってしまっていたのかも。
 けれど私はルーに近付いて行く殿下と違って見た目も中身もリルからは遠ざかって行く。
 それで殿下の罪悪感のようなものも消えたのかも……

 「どうした。不細工だぞ。」

 「ひどい……私はあんなに褒めたのに。」

 殿下は笑いながら長椅子に腰掛けふてくされる私を膝の上に乗せた。

 「これで俺の準備は出来た。あとはお前だ。」

 「私?私ならもう……」

 「違う。身支度の事じゃない。お前の身体の準備だ。」

 「……身体の……準備?」

 殿下は人差し指で私の腹をなぞった。

 「俺は今日で妃を娶る資格を得る。だから……お前の身体が女になったら結婚する。」

 「殿下……」

 「いいな?」

 「はい……」

 「……泣くな……」

 そんなの無理だ。
 アマリールは時間が許すまでルーベルの胸の中で泣いた。
 ルーベルもそれを止めようとはしなかった。


 *


 「ここに皇太子ルーベルの成人を認める!」

 父である皇帝より成人の証である冠を授かり、ルーベルの成人の儀は無事終了した。

 ルーベルと共に入場し、式典の間中側にいたアマリールに対し向けられた貴族からの視線は、比喩ではなく突き刺さるのではないかと思うほどに鋭かった。
だがしかしルーベルはそれを自らの言葉でねじ伏せた。

 「これから俺は妃となるアマリールと共に、帝国のため、より一層の努力を惜しまぬ事を皆に誓おう。」

 ルーベルは隣にアマリールを立たせ、その手を取った。
 正妃は既に決まっている。そう見せつけるかのように。


 *


 式典が終わり、会場は宴の間へと移った。
 広間では酒類も振る舞われ、祝賀ムードは最高潮に達していた。

 「殿下!ご成人おめでとうございます!この凛々しいお姿はお父上であるアヴァロン陛下が成人された頃を思い出しますなぁ!」

 恰幅の良い男性は隣に娘と思しき若い女性を連れていた。

 「久しいなヴォルテーヌ卿。元気だったか?」

 (ヴォルテーヌ卿…ヴォルテーヌ伯爵家ね…)
 ヴォルテーヌ卿と呼ばれた男性はルーベルに名前を呼ばれた途端上機嫌で答える。

 「ええそれはもう!この子達のためにもまだまだ長生きしませんとな!」

 そう言って彼は“この子”と呼んだ女性を前へ出るよう促した。
 祝賀の席に相応しい品のある装いの美しい女性だった。

 「殿下、お久しゅうございます。エミーリアでございます。この度はご成人の儀、心からお祝い申し上げます。」

 どうやら二人には以前から面識があるようだ。ヴォルテーヌ卿もエミーリアも、ルーベルの後ろに立つアマリールには挨拶もしない。
 彼らだけではない。他のどの貴族もアマリールを敵対視しているのか寄っても来ない。
 しかしアマリールはそれを特に気に病む事も無かった。何故なら前世での彼との結婚生活においてこんな事は日常茶飯事だったからだ。
 アマリールが見ていようがお構いなし。愛されない正妃にどんな態度を取ろうが罰せられる事はないと思っていたのだろう。
 (それに……殿下も何も言わなかった……)
 アマリールが無視されてもそんな事彼には関係なさそうだった。
 (……きっとそれもハニエル様の嘘のせいよね……彼は私に怒っていたから……)
 では今の彼ならどうだろう。
 アマリールは黙って様子を見守っていた。

 「殿下、我が家からの祝の品はご覧いただけましたでしょうか?」

 「いや、かなりの数が届いていてすべてに目を通す時間がなかった。すまないな。」

 「とんでもございません!帝国の世継ぎの君の成人の儀ですもの。それは大変な数が届けられた事でしょう。ですが……」

 エミーリアはルーベルからほんの少しだけ視線をずらし、後ろにいるアマリールを視界に入れて続けた。

 「我が家からはとても特別なお品を贈らせていただきましたの。私が選んだんです。ぜひご覧下さいませね。」

 “お前になど負けない”
 暗にそう言われているのだとアマリールは思った。
 (……お父様が張り切った理由がよくわかるわ……)
 これがここにいる貴族達の本音なのだ。
 同じ財力さえ示す事ができれば私などすぐにでも追い落とせると思っているのだ。
 この四年の間アマリールは相当な数の貴族について、あらゆる知識を皇女クロエの助けを借りながら頭に叩き込んできた。
 ヴォルテーヌ卿は言わば父の“二番煎じ”。
 いつの日かクローネ侯爵家に取って代わろうと画策しているうちの一人だ。
 当然私には見えないところで財力好きな皇后陛下からも可愛いがられているはず。
 今回の祝の品はルーベルがエミーリアを妃にするメリットを最大限アピールするいい機会だろう。
 ヴォルテーヌ卿は嫌らしい笑みが隠し切れていない。
 しかし……

 「そうか。確認するのはゲイルだ。後で奴にどんな物だったのか聞いておく。」

 「え!?」

 (え!?)

 エミーリアとアマリールの心の声は同時だった。
 (……いくらなんでも目録くらいは殿下が確認するはずなんだけど……)
 こういった作業も無駄に見えて貴族の勢いや忠誠心を探る材料になる。もちろん妃選びの材料にも……
 それをまるで“俺は見ない”とでも言うようなその言葉にエミーリアは一瞬言葉を失った。

 「で、殿下はお忙しいですからな!しかし是非ともご覧いただきたい!どの家にも負けぬお品を御用意いたしましたから!」

 ヴォルテーヌ卿もアマリールを視界に入れた。
 “お前の家になど負けない”
 そんな顔をして。

 「そうか。わかった。では宴を楽しんでくれ。」

 しかしルーベルはアマリールの肩を抱いて親子とは反対側へと歩き出す。
 肩を抱く手を包む袖から見えるのは黒と菫色の石が輝くカフリンクスだった。
 
 

 
 



 

 
 

 

 
 
 

 
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