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第四章
2 夜会
しおりを挟む皇族の入場を告げるラッパの音が鳴り響く。
会場に足を踏み入れた途端、二人に人々の視線が集中した。そしてアマリールの頭上で煌めくティアラを見た人々は、感嘆とも驚愕ともつかないような声を上げた。
アマリールは、突き刺さるような視線を受けながらも、努めて平静を装った。
「皆の者、よく集まってくれた。今日は我が愚息ルーベルの婚約者、アマリールが誕生した実にめでたい日でもある。どうか心ゆくまで楽しんでくれ!」
皇帝アヴァロンの言葉が終わると、会場には夜会の始まりを告げる音楽が流れ始めた。
「お久し振りでございます。ルーベル皇太子殿下、アマリール妃殿下」
アマリールを“妃殿下”と呼ぶのは一人しかいない。
ルーベルとアマリールの元へ真っ先に近寄ってきたのは、昨年公爵位を継いだエクセルと、アドラー公爵夫人となったクロエだった。
二人はアマリールたちに向かって臣下の礼を取る。
『ど、どうか顔をお上げくださいクロエ様』
そう言って慌てて彼女を止めようとしたのはもう何年も前のこと。あの時は逆に、ルーベルからアマリールが止められてしまったが。
降嫁してからのクロエは、とりわけアマリールに対してはどの貴族にするよりも丁重に接してくれる。そうすることで、ルーベルの妃の座を狙う貴族たちを牽制してくれているのだと教えてくれたのは、やはり姉の性情を誰よりも理解しているルーベルだった。だが、わかっていても未だに恐縮してしまう。なぜなら、かつてクロエはこの皇宮において、皇女殿下として誰よりも気品に満ち溢れ、敬われる存在だったのだから。
「姉上も元気そうで安心した。エリックは元気にしているか?」
「ええ。エクセルに似て、とってもやんちゃで困ってるわ。あの子ったら昨日も木刀を振り回して、お義母様が大切にしている壺を割ったのよ」
エリックとは、エクセルとの婚姻前にクロエのお腹にやってきた、あわてんぼうな二人の愛の結晶である。
本来なら、エクセルの元へ嫁ぐ日を指折り数えながら、ゆっくりと揃えるはずだった花嫁道具。皇女殿下が嫁ぐのだ。並大抵の支度ではもちろん足りない。だが急がないとクロエのお腹はどんどん膨らんでいく。
困り果てた皇家から依頼を受けたアマリールの父が、その広い伝手を使って猛スピードで目録通りにすべて揃えたことも、当時は大変だったが今ではすっかり笑い話だ。
アマリールもエリックとは何度も会っているが、日を追うごとにエクセルにそっくりになっていく容姿と、ルーベルの目を盗んではアマリールを口説いて行くあたり、遺伝子の神秘を感じざるを得ない。
エクセルとクロエが結ばれたことだけでも奇跡のようなことだと思っていたのに、まさか二人の子どもまで目にすることができるなんて、過去に巻き戻った当時は思いもしなかった。
「殿下も気をつけなければなりませんね」
「なにをだ」
「エリックに妃殿下を取られないようにですよ。あれは私に似て、相当なやり手に育つはずですからね。油断していると危ないですよ?いつの間にか妃殿下を掻っ攫われたりして……ね?」
「ぬかせ。万が一これに触れようものなら例え姉上の子といえど手打ちにしてやる」
冗談のつもりなのだろうが顔が怖い。見かねたアマリールが口を挟んだ。
「殿下ったら、エリック様はまだ子供なのですよ?怖いことおっしゃらないでください!」
「ふん」
相変わらずな二人のやりとりをクロエも呆れ顔で見ていた。けれどエクセルの軽口を許しているのは、やはりルーベルなりの彼への信頼の証なのだろう。なんだかんだ言って二人は仲がいいのだ。
エクセルとクロエはしばらくの間、皇太子に挨拶をしたくてそばで待ち構えている貴族たちから、ルーベルとアマリールを守ってくれていた。しかし残念ながらそれも長くはもたなかった。いつの間にか痺れを切らした貴族たちが、ルーベルたちを取り囲むようにして輪を作っている。
「……さすがにもう限界かな。名残惜しいが行こうかクロエ」
とんでもなく悪くなってきた周りの空気を察し、エクセルが苦笑する。
「そうね。アマリールちゃん、頑張ってね!」
そう言い残し、エクセルとクロエはアマリールたちから離れていった。
そこからはもう、いつものことではあるのだが、各家門による娘の売り込み合戦だ。アマリールが横にいようがお構いなし。もはや恒例行事となっているそれ自体はアマリールもすっかり慣れたのだが、今回はいつもと少し様子が違う。皆笑ってはいるが、妙に刺々しい雰囲気。だが目線を見ればわかる。これもおそらくルーベルが贈ってくれたティアラが原因だろう。
もちろんエレンディールに名を連ねる貴族であれば、ルーベルのアマリールへの寵愛を知らぬ者はいない。この八年の月日を経て、さすがに直接アマリールに向かってなにか言う者はいなくなったが、それと比例するように悪意ある陰口や噂を流すものが増えた。それはまるで遅延性の毒のように、周囲をじわじわと囲い込むようにして迫ってくる。今のアマリールは、本人も気づかぬうちにその毒に少しずつ蝕まれている状態だった。
「子を産めない女が婚約者なんてね」
ルーベルから一歩下がったところで話しを聞いていたアマリールの背後から、はっきりとそう聞こえた。そして嘲笑めいた複数の笑い声も。
くだらないと一笑し、睨みつけてやればいいだけの話しなのに、振り向くことができなかった。本当のことだからだ。
「まあ皆さん、ごきげんよう。どうかわたくしもお話しに混ぜてくださらないかしら?」
突如聞こえてきたのは、まるで陰口を吹き飛ばすような朗らかな声。それはアマリールもよく知る人物のものだった。
「まあ、ローザ殿下!」
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