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しおりを挟む食堂には既に全員が揃っており、珍しく父親の姿もあった。
ヴィンセントはアーヴィングの姿を見るなり立ち上がった。
「なんでお前が俺の服を着てるんだ!!」
(やっぱり……)
嫌な予感は当たってしまった。
ヴィンセントとアーヴィングの顔はさほど似ていないが、体型はそっくりなのだ。
ヴィンセントの反応から察するに、この服は父が無断で侍女に持ってこさせたのだろう。
「脱げよ汚らわしい!!」
ヴィンセントはアーヴィングの側まで来ると、今にも掴み掛かりそうな勢いで詰め寄った。
「座れヴィンセント!」
兄弟の揉め事に父が口を挟むのは初めてのことだった。
叱責されたのがヴィンセントだったことに驚いた継母は、信じられないものを見るような目を父に向けた。
「あなた!アーヴィングはヴィンセントのものを無断で持ち出したのよ!?さすが卑しい女の血を引くだけのことはあるわね。手癖まで悪いなんて!」
「いい加減にしろ!!あれは儂が持ってこさせたのだ!」
「なぜですの!?ヴィンセントの服ならもう十分なほど与えてやってるでしょう!?」
「王女殿下に拝謁するんだぞ!ラザフォード侯爵家の人間をあんな格好で行かせる気か!?」
結局それが原因で恥をかくのは自分なのだと暗に言われ頭が冷えたのか、それきり継母は黙り込んでしまった。
「父上!私も王宮へ行きます」
「馬鹿かお前は!昨夜アナスタシア殿下の不興を買ったことをもう忘れたのか!?」
「不興を買ったのであれば挽回せねばなりません!きっとこいつを呼んだのだって殿下の戯れに過ぎませんよ。それならば私も行って昨夜の非礼を詫びて来ます」
“戯れに過ぎない”
アーヴィングはその言葉を否定することができなかった。
卑しい血。汚らわしい。手癖の悪い女の産んだ子。同じ血が流れているかと思うと吐き気がする。
毎朝毎晩、顔を合わせれば呪いのように繰り返しぶつけられてきた言葉。
幼いアーヴィングは涙を流しながら何度も何度も考えた。
同じ血が流れているのにどうして自分だけが汚いのだろう。
なぜ母と一緒に暮らすことができないのだろう。
どうしていじめられている自分に、誰も優しい言葉をかけてくれないのだろう。
心がすべてを諦めるまでにそう時間はかからなかった。
卑しい血の混じった自分はどんなに努力しても“貴族”にはなれないのだ。
この上等な衣服だってそう。素性をごまかそうとこんなものを着たところでかえって滑稽なだけだ。結局人は身の丈以上のものにはなれないのだから。
でも、裏切られるかもしれないとわかっていても、アナスタシアにもう一度会ってみたいという気持ちは確かにあった。
なぜなら殴るためじゃなく、慰めるために自ら進んでアーヴィングに触れてくれた人は、自分を産んでくれた母親以外では彼女が初めてだったから。
隣ではまだヴィンセントが喚いていたが、アーヴィングにはそんなことどうでもよかった。
──もう一度会いたい
アーヴィングは、昨夜見たアナスタシアの青い瞳を思い出していた。
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